ターンエーガンダム
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「結局、みんなが見たいのは何なのさ?」
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ターンエーが始まって3ヶ月ほど。評判はなかなかというか、実際かなりいい。低年齢層とはコンタクトがないのでよくわからないが、20代前後のアニメ・ファン−ガンダムを見てた人も、見てない人も−には非常に評判がいい。
ちなみに正確には「∀ガンダム」ですが、一部文字化けするとの報告があるので今後「ターンエーガンダム」として記載します。
そんな私にはとまどいがある。別に作品に対して首を捻っているわけではない。とても楽しんでいる。私のこの気持ちは、そのファンに対してのとまどいである。
始まる前は「ヒゲ」がどうの、「一年戦争だけがガンダム」だとか、果ては富野監督に対するモノ作りのスタンスに対する批判も多かった(まあ、それはZ以降、全てのガンダムにおいて言われていることだが)。
ところが始まってみるとこの評判の良さである。無論、「一年戦争が・・・」という人もいまだにいるし、「ガンダムじゃない、「ターンエー」として見てるんだ」という人もいる。中には「やっていることはブレンと同じなのに、なんでみんな「ブレン」は見ないで、「ガンダム」だと見るんだ!?」と怒っている人もいるとか。まあ、ブレンはWOWOWだったし・・・テレビがタダで見れるという感覚が染み付いているのは日本人ぐらいか?
私はそういう人たちに対して大きな戸惑いを覚えると共に、「今まで(その人たちが)言ってきたことは何なのさ!?」という、怒りに近い感情もある。
それを「面白ければそれでいい」で済ませるのは危険な感覚だ。
何故なら、F91・Vに対するファンのバッシングが「G」に続く作品群を産んだのである。無論、それら2作品を面白くない、という意見まで抹消しようというわけではない。「あんなのガンダムじゃない」というファンの大きな声・・・それを避けるが如く、ガンダムであってガンダムでない作品が作られるようになる。それでは、その「ガンダム」って、結局何なのだろうか?
私は前回の論評でターンエーについて、「ガンダムを見たいという人はギレンなり08なりを見てればいい」と言い、「富野さんの作るものに対して興味があるという人は取り敢えず第一話を見てから文句を言おう」と言いました(もちろん、これはガンダムをあまり見ていない人は除外されています)。 まあ、ターンエーのこの評判を冷静に分析するならば、「カプル」の登場が大きいのかな、という気もします。カプルことカプールはZZに登場した水陸両用MSで、つまりズゴックの進化系に当たる。ここで重要なのはカプールが出てきたことではなく、カプールの様なマイナーMSが再登場したことで、ミリタリー系ガンダムファンを味方につけた(あんまりいい表現ではないですが。よくいえば「心を捉えた」)ということなのです。現に私の友人間では「次は何が出てくる!?」的な会話が絶えません(かといって、これ以降の作品で同じ手を使っても支持されるかと言うと微妙ですが・・・)。
私は、ダンバイン・V・ブレンパワードと面白いと思い、それらの監督である冨野由悠季を面白い作品を作る人、という認識の元彼の作る作品はチェックしています。無論、面白くないものが続けば離れていくでしょう。事実、天外魔境2以降、注目して多くの作品を買ってきた広井王子が、サクラ大戦以降つまらない恋愛ゲームを連発するようになって私は彼の作品を買うのをやめたという証拠もある。ちょっと蛇足がついたが、それが私がターンエーを見ている理由だ。
じゃあ、他のガンダムファンは、一体「ガンダム」に何をもとめているのだろう? 多くの巨人ファンが「V9」の幻想に取り付かれているように、多くのガンダムファンは「1st」の熱狂を忘れられないと言うことなのだろうか・・・「ガンダム」と言う名の、熱狂と幻想、そして呪縛。
私には、彼らの見たい「ガンダム」がわからない。少なくともただ単なる「拒絶」から来る文句は聞きたくないのだが・・・。
今回は「ガンダム」に取りつかれていない人、ターンエーから見ている人には無意味な論評でした。作品批評は今後掲載するつもりです。と言っても、もしかしたら放映終了するまで無理かも知れませんが・・・。どっかで話に区切りがあれば、その時点で載せたい気持ちではあります。
99/7/4
中村嵐
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