神風
written by 神代 祐介  
 隣を歩いていた佳枝が、足を止めて聞き返した。
「…今、なんておっしゃったの?」
 道の脇で、梅の木が満開の花をつけている。
 佳枝の唇は、白く色を失っている。
 稔は唾で咽を湿して、大きく息を吸い込んだ。
「特攻に行くことになりました」
 佳枝が顔を伏せる。長く押し黙ったあと、佳枝は微かな声で言った。
「今日のあとに、お手紙で知らせてくださればよかったのに」
 稔は、しばらく口を開くことができなかった。
「直接伝えたかったんです。…あなたには」
 佳枝が顔を上げて、澄んだ瞳で稔を見据える。
「ご両親は知ってらっしゃるの?」
「今夜話すつもりです」
 稔は、足元の石を軽く蹴った。
「二ヶ月は特別訓練を受けることになりますから、その間は大丈夫ですよ」
「でも…」
 佳枝は、まだ稔を見つめていた。稔はため息をついた。
「…今はまさに神国日本の、危急存亡のとき秋です。米国はその兵力の
 ほとんどを集中して、沖縄に攻撃をしかけています。この戦局を打開し一大攻勢に転ずるのに、もはやこれしか方法がないんです」
 佳枝は何も答えなかった。
 稔も口を閉ざししばらく、風だけが吹き抜けていた。
 二人の足はどちらからともなく、村外れの丘へ向かっていく。
 芽をふきはじめた木々に隠れて、ひっそりと社が建っている。佳枝が小さな鳥居の下で振り向いた。
「さあ、本音を話して」
 稔は言った。
「さっき話したのが本心だよ」
「嘘つくんじゃない。ここには私たちっきゃいないんだよ」
 眉を吊り上げた佳枝を見て、稔は微笑した。
「変わってないね」
「疎開先だから、普段は猫かぶってるけどねぇ。浅草は燃えちまっても、江戸っ子が変わるわけないだろ」
「化粧はしてないようだけど」
 佳枝が、視線をわずかに泳がせた。
「わっ、悪かったね」
「冗談だ。そのままでも、佳枝は十分綺麗だぜ」
 佳枝が稔を見つめる。丸みをおびた光が、瞳の中に満ちている。
「…お嫁にもらってくれるって、言ったじゃないか」
 稔は目を閉じて、首を横に振った。
「すまない」
「謝ったって駄目だい。それに稔さん、最初から戦争には反対だったじゃないか。マルクスとかの話はどこいっちまったんだい?」
 稔は鳥居にもたれかかって、腕組みした。
「そういう話、おじさんやおばさんにはするんじゃないぞ」
「んなことわかってるよ。自由だの社会主義だのって言ってた稔さんが、神国だとか特攻だとか…どうしちまったのさ?」
 最後の言葉は、涙に埋もれて稔には聞き取れなかった。
 稔はまた、首を振った。
「もう、そういう問題じゃないんだ。資本論は素晴らしい本だけど、
俺はそれを言い訳にして逃げるわけにはいかない」
「男って馬鹿だよ。言うこととやることがいつも違う」
 稔は身体を起こした。手振りを交えながら、稔は言った。
「そりゃあ、俺だってそう簡単に勝てるとは思っちゃいない。だけど負けたとして、その後はどうなるんだよ? …わかるだろ? 俺たちが突っ込むことで、講和の条件やこれからの日本の運命もいくらか変えられるかもしれない。俺たちがやらなかったら、日本って国自体がなくなっちまうかもしれないんだ」
 佳枝は涙をうかべて口をへの字にし、押し黙っている。稔は自分の声が震えそうになるのを懸命にこらえた。
「俺は日本を守りたいんだ。父さんや母さんのことを、俺の家族を、
佳枝のことを守りたいんだ。アメリカは、ここにだって爆弾を落としにくるかもしれない。占領されれば、日本人はアメリカの白人に迫害されるだろう。佳枝をそんな目に会わせたくない。…俺たちが突っ込むことでそんなことが避けられる可能性が少しでもあるなら、俺たちは迷わずに、片道燃料で出撃する」
「…怖いよ…」
 佳枝が、両手で顔を覆った。指の間から嗚咽がもれた。
「稔さんが…いなくなっちゃうなんて…」
「泣かないで」
 稔は、そっと佳枝の手首を握った。彼女の耳にささやいた。
「…一緒になりたかった」
 佳枝は手を下ろして、真っ赤になった目を上げた。
「稔さん、大好きだよ」
「俺も佳枝が大好きだ。…」
 稔は、佳枝の背に両手を回した。佳枝は稔の胸に、涙に汚れた顔を埋めた。

 梅が散って、桜の花の季節になった。
 佳枝は友人達と田の中の道を辿っていた。勤労奉仕の帰りだった。
 絶えない会話から抜け出し、彼に気付いたのは、佳枝一人。
 あぜ道の中央に、知らない男が立っていた。くたびれた軍服姿で、佳枝の視線がいくと男はそっと帽子をとった。
「富沢佳枝さん…でしょうか?」
 友人たちがちらちらと目配せをしながら、足早にその場から去って行く。
「そうです。…あの、どちらさまですか?」
 男は痩せて、青白い顔つきをしていた。年は佳枝より一、二歳上でしかないようだが、ろうがい労咳でも患っているかのように、動きに力がなかった。
 しばらくして佳枝が気付いたことは、どこか見覚えがあるような感じがすることだ。
「私、滝村少尉の乗機の整備をしていた、大平二等兵であります」
 佳枝は胸元で両手を組んだ。
「稔さん…の?」
「はい」
 大平は微笑した。そうすると意外に優しげな顔つきになる。
「滝村少尉には、大恩がありまして。こんな身体で軍務に遅れがちの私を、いつも庇って助けていただきました」
「稔さんは…どうなったんですか?」
「…これをあなたに渡すようにと、頼まれました。受け取ったのは三日前です」
 大平は、懐から封筒を取り出した。
 『佳枝様』と、毛筆で宛名がしてある。まぎれもなく、稔の文字だった。
 佳枝は両手を伸ばした。肘から指の先までが、細かく震えていた。
 手紙を受け取ると、佳枝はそれをしっかりと胸に抱いた。
「あの人は…?」
 声までも、はっきりと出なかった。
 大平が不意に敬礼した。
「大平二等兵、報告いたします。滝村少尉は、去る四月六日に沖縄洋上へ向けて出撃せり。友軍機と共に敵大型輸送船五隻命中、轟沈せしめ」
 最後の一言は、絶叫だった。
「名誉の、特攻戦死を遂げり!」
 佳枝の目の前が暗くなった。
 大平の顔も田舎の道も、何もかもが、視界から消えていった。

 気がついたときは、佳枝は畳の上で横になっていた。
 障子の向こうから西日がすけて見える。母親の声が反対側の部屋
から聞こえていた。
 佳枝は起き上がって障子を開けようとした。だが思いなおして、
その場に腰を下ろした。
 佳枝が枕にしていた、たたんだ座布団の脇に、稔の手紙がある。
佳枝は丁寧に封を切った。
 稔の筆跡が、一字一句大切なものを刻むように、佳枝への思い、彼女の家族への感謝の言葉、出撃することへの誉れ、などを綴っている。佳枝の目を引いたのは、最後の段だった。
『稔はもう現実には存在しない。少々抽象に流れるかもしれぬが、散ってゆく男子として、女性であるあなたに、言って行きたい。
・ あなたの幸を願う以外に何物もない。
・ 徒に過去の小義にとらわれるなかれ。
・ 勇気をもって過去を忘れ、将来の新活面を見出す事。
 今後は明るく朗らかに。
 自分も負けずに、朗らかに笑って征く。

 真に他人を愛し得た人間ほど、幸福なものはない。     』
 佳枝は、しっかりと手紙を胸の中に抱いた。

「…手紙は、読まれましたか」
 ふすまを開けると、大平が一人で座っていた。
「…はい…」
 佳枝は崩れるように、畳に腰を下ろした。
「…都城まで同行しました」
 大平がつぶやくように言う。
「少尉の隼は、私にしかわからないクセを持っていまして。整備は私でないと駄目なのです」
「…稔さんはどこの基地から?」
「我々整備兵は都城までしか同行しませんでしたが。少尉たちはそれから知覧、徳之島と経由し、沖縄へと出撃しました」
 大平が寂しそうに笑う。
「私は千葉の柏へ転属になりました。それで滝村少尉は、私に手紙と出撃のことを託されたのです」
 佳枝はひとつ頷いたまま、口をきかなかった。
 大平はうつむきがちに、言った。
「それでは私は…失礼します」
 佳枝は顔を上げた。
「あ…」
 大平が立ちあがって、一礼した。佳枝も腰を上げて、深々と頭を下げた。
「…あの、大平さん」
 大平が佳枝を見つめる。
「差し支えなければ、これからもいらして下さい。…私、軍での稔さんのこと、何も知らないんです。だから…いろいろ話を聞かせていただけると、嬉しいんです」
 大平は、微笑した。
「では、今度の外出日にはお邪魔しましょう。私も、少尉の話ができるのは幸せです」
 佳枝は、もう一度頭を下げた。

 四ヶ月後、広島と長崎に原爆が落ち、何十万人もが死んだ。
 そしてようやく、戦争が終わった。

 昭和二十一年、上野。
 佳枝は、人の肘やリュックに小突かれながら人の群れを掻き分けていた。道の両脇には裸になって着ていたものを売っている者や、簡単な料理の屋台を出している者、野菜や生活用品を並べている者などがびっしりとひしめいている。それだけでなく、道の真ん中で品物を出して行き交う人を呼びとめている者もある。
 佳枝は野菜を売っている店の前の人をかき分け、顔を出した。
「ただいま、卓也さん」
 大平がにこりと微笑する。
「お帰りなさい。どうでした?」
 日本人のざわめきは絶え間なく、佳枝はかなり大声を出さなくてはならなかった。
「うまくいったよ。またいろいろ仕入れてきた」
 佳枝はしょっていたリュックを下ろし、カボチャやイモを踏み越えて、大平の隣に落ち着いた。
「今度はナスとか、ダイコンとか。少しだけど、ニンジンもあるよ」
「いつも助かります」
「なに言ってんのさ。私が仕入れて、あんたが売る。それでうまくいってるんだから、お互いさまだよ」
「今日これが全部売れたら、肉うどんでも食べましょうか」
「売れたら、ね。ほら売った売った」

 その日の夕方、浅草への帰り道。
「あ、飛行機」
 佳枝が赤く染まった頭上を見上げる。
「あれって、隼じゃない?」
 十字型の機影が、紫色の雲を背に空を切り裂いていた。
 大きなリュックを背負った、大平は微笑して言った。
「日本軍は全て武装解除されましたからね。違いますよ」
「…でも、稔さんが生きてたら、隼に乗ってくるでしょ?」
 佳枝はうつむきがちにつぶやいて、大平の反応をうかがった。
 大平は立ち止まって、佳枝に背を向けていた。
 隅田川の流れに夕日がきらめき、波頭のひとつひとつが光り、砕け、宝石のような流れを作っていた。大平はそれをじっと眺めているようだった。
「…きれいだね」
 佳枝は、大平の横に並んだ。
 大平は佳枝の顔を見ずに、言った。
「滝村少尉のこと、吹っ切れてはいませんか」
 佳枝は、うなじのあたりをそっと撫でた。
「そう…だね。やっぱり、おもちゃみたいにちっちゃかった頃から一緒にいて…ずっと憧れてた人だったからね。そう簡単には忘れられないよ」
 佳枝は微笑した。
「でもねぇ、努力はしてるんだよ。稔さんの手紙の通り、出来るだけ明るく振舞うようにしてるし…未来のことを考えようとしてる」
「日本という国は負けましたけど」
 大平が言った。
「日本人は滅びませんね。むしろみんな、生命力にあふれている。なんだか、感激しましたよ」
 大平のまぶしそうな表情を見て、佳枝は微笑した。
「戦争が終わって…ものを壊す時代は終わったんだよ。これから皆で、この傾いた出し物小屋の屋台骨を修繕しなけりゃ」
 佳枝は、道端で眠っている小さな子供をじっと見つめた。
「こんだけの犠牲が、ほんとうに必要だったのかねぇ」
 大平がつぶやく。
「でも、私たちは生きてます。…生きようとしてます」
 佳枝は、大平の横顔にじっと視線を注いだ。
 彼が佳枝を見て、照れくさそうに笑うまで。
「なんですか?」
 佳枝はそっとささやいた。
「私も、たくさん子供産まなくちゃね」
「……」
 大平の顔色は、夕日に染まって判然としない。
「卓也さんって」
 佳枝は言った。
「初めて会ったときから、なんだか他人って気がしなくて。だから最初、普通なら無作法なことも言っちまったんだ。見ず知らずの男に、これからもまた来いだなんてさ」
「女性の勘っていうのは鋭いですからね…もしかしたら、僕達は遠い親戚に当たるのかもしれませんよ」
 佳枝は、卓也の両肩に手を置いた。
「そんなんじゃないよ。なんだかもっと近い…親兄弟みたいな感じ」
 二人の顔はなににも隔てられずに、すぐ傍にあった。
「…そ、そうですか」
 大平は顔をそむけた。佳枝は微笑んで言った。
「この一年間、ほんとうにありがとうね。あんたがいなかったら、あたし、生きる気力もなかったと思うよ」
 大平も、にこりと笑った。
「あなたは強い女性です。私がいなくても…」
「見かけだけだよ」
 佳枝は彼の言葉を遮った。
「…辛いことの連続だったけど、一緒にいてくれる人がいたからここまでこれたんだ」
「…でも、滝村少尉を失ったと思うのは、まだ早いかもしれません」
 突然大平が言った。
「この前噂で聞いたんですが。徳之島から各地の基地を転々として、出撃しないまま終戦を迎えた特攻隊員もいるそうです。だから滝村少尉も、もしかすると」
 佳枝は、口元に指をかるくあてた。
 少し唇が動いたが、佳枝は結局それを口にださなかった。
「…帰りましょうか」
「あ…は、はい」
 佳枝は、先にたって歩き出した。直後に、小さなため息をついた。

「あ…」
 また佳枝は飛行機を見た。手にはススキを持っている。大平は後ろからついてきていた。
「ねぇねぇ、あれは隼じゃない?」
 大平が空を見上げて小手をかざす。
「…グラマンでしょう」
「えー、何でわかるのさ」
「訓練したんですっ」
「ほんとに? あれでわかるの?」
「機影で機種を識別するのは非常に重要なことです」
「じゃァ稔さんは乗ってないね」
「ああ、ここにいるからね」

 佳枝は足を止めた。
 川の流れが止まったように見えた。
 音が一切聞こえなくなった世界で、佳枝は後ろを振り向いた。
 稔は、そこに立っていた。
 佳枝の手が震えて、ススキが道に落ちた。
 声も出せず、動くこともできず、ただ、佳枝は、夕日の中で笑う稔を見つめていた。
 やがて稔が肩をすくめて佳枝に近寄り、しっかりと彼女を抱きしめた。
 暖かい腕の感触を全身に感じたとき、初めて佳枝は泣き出した。
「泣くなよ。幽霊ならともかく、生きて帰ってきたんだぜ」
 稔の言葉にも構わず、佳枝は彼の胸にしがみついた。
 大平がそっと一礼して、どこへともなく消えていった。

「大平卓也」
 横浜の坂を登りながら、稔がつぶやく。
「妙なやつだった。こんなのがどうして身体検査を合格したのか、不思議になったよ」
 隣の佳枝は、手にメモを持っている。
「でも、凄くいい人だった。あたしに何にもしようとしないんだよ」
「…むむ」
「やっぱり上司への義理立てってやつなのかな…稔さん、もう少し帰ってくるのが遅かったらあたし、卓也さんと一緒になってたかもしれないよ」
「その話はするなよ。俺みたいにアメリカの収容所に一年、こんなのはまだいい方だ。シベリアなんかに連れて行かれたやつもいる」
「整備の人がよかったんだね、きっと」
 佳枝は嬉しそうに微笑した。
「特攻の前に投弾ラックから爆弾が外れた。稔さんはそのまま突っ込んだけど、コクピットだけが分解しなかった。なんとか稔さんを助けるために、卓也さんが仕込んだんじゃないかな」
 稔は首を横に振りながら笑った。
「とてもじゃないが、そんなことは無理さ。日本軍は、物資が極端に不足してた。いつ空中分解してもおかしくないような老朽機を、だましだまし飛んでたんだ。いくら腕がよくても、そんな仕込みは不可能だ。…運が良かったのさ」
 佳枝は坂の途中で顔を上げた。
「ここだよ。卓也さんから聞いた住所…」
 そこは、なにもない空き地だった。
 佳枝は呆然として、散らばった小石や、草の葉、地面のススを見つめた。
「…手がかりはなくなったか」
 稔が、後ろから佳枝の肩に手を置いた。佳枝は振りかえらずに、その手をしっかりとつかんだ。

 大平卓也はため息をつくと、シートベルトを外した。
 正面のディスプレイには、流線型のパトカーが何台も並んでいる。
「…さてさて…」
 卓也はドアを押し開き、乗り物から表に出た。
 両手を上げて抵抗の意志がないことを示す。無表情な背広の男が近づいてきて、一枚書類を示した。
「君に逮捕状が出ているんだ。時空干渉容疑。残念だが、署まで来てもらうよ」
「はい。…手錠は?」
「必要な場合にしかかけないんだ」
 卓也は刑事と一緒に、パトカーに乗りこんだ。
「旧日本陸軍航空部隊の見学、ということで航時装置の使用許可が下りていたはずだね」
 パトカーが走り始めると、刑事が聞いた。卓也は頷いた。
「ええ。隼の現物が見たかったんです」
「見るだけにしておけばよかったものを」
「そうですね…でも、とても他人事とは思えなくて」
 卓也は苦笑した。
「結局軍隊に入って、整備兵なんてやってました。特攻隊員の方とも仲良くなりましたよ」
「そこまでするかね。…」
 刑事が呆れ顔をする。卓也は窓から、流れ行くビルの森を見つめた。
「あの滝村少尉は、俺の曽祖父なんです」
 刑事が、卓也の顔を見る。卓也は続けた。
「米軍の空母に特攻をかけて、片手片足を失うはずでした。…それで、隼の投弾ラックと操縦席まわりをちょっといじらせてもらったんです。航時機の中にあった部品を使って」
 刑事が面白くもなさそうに言った。
「それから?」
「うまくいきましたよ」
 卓也は、にやりと笑った。
「五体満足で、彼は帰ってきました」
「それぐらいにしておけ。これから署で、いやってほど同じ事を聞かれるぞ」
「そうですね」
 卓也はため息をついて、シートに身を投げ出した。
「それにしても、おばあちゃん美人だったなぁ」
「ご存命かね?」
 相変わらず興味なさそうに刑事が聞く。
「ええ…そろそろ九十です。じいちゃんもぴんぴんしてます」
 卓也は微笑した。
「この問題にケリがついたら、ちょくちょく顔を出しに行きます」
 刑事が初めて、小さく微笑んだ。
「それがいい」
 


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