「鉄骨でしょ、電車でしょ、車でしょ、次は何が来るのかなぁ。ワクワク」
「……もう充分よ。一生分の不運に見舞われたんじゃないかって気がするぐらいなんだから」
完全に楽しんでいるとしか思えない調子で呟く妖精に、私は深く溜息をついた。通いなれた高校への道が、こんなにも危険に満ちていたなんて。どうやら、認識を改める必要がありそうだ。
最初は、工事中のビルの下を通る時。落下してきた鉄骨に、危うく潰されかけた。
次が、駅のホームで。本を読みながら歩いていた学生のバックが背中に当たり、危うく線路に落ちる所だった。
(今の所)最後が、駅から学校までの道路。居眠りでもしていたのか、大型トラックが赤信号を無視して突っ込んできた。
いずれも、間一髪で妖精が私の身体を引き戻してくれたおかげで、怪我一つせずに済んだとはいうものの、寿命がそれだけで十年は縮んだ気がする。
あ、そうそう。意外なことに、この妖精、力が強いらしい。最初の鉄骨の時は肩ではなく制服の−−ちなみに、数年前に某有名デザイナーに注文したもので、女子の間では大人気だ−−襟の部分を引っ張られたのだが、一瞬本気で窒息するかと思ったぐらいだ。
あの細い腕と小さな身体でそんな怪力が出せるはずもないから、多分何か魔法のようなものを使っているのだろう。既に存在自体が非常識なのだから、今更それに付いてどうこう言おうとは思わないが。
「……でも、前もって警告してくれるとかは、出来ないわけ? 急に引っ張られるのって結構嫌なんだけど」
「出来ればやってるわよ。いいじゃない、無事に済んでるんだから」
私の呟きに、くるくると私の顔の周りを飛びまわりながら妖精がそう言う。はぁ、と、もう一度溜息を私はついた。周囲からは変な目で見られているかもしれないが、それを気にする余裕はない。
「ねー、ママ。お人形さんが飛んでたよ。あのお姉ちゃんの顔の所」
母親に手を引かれた幼稚園児らしき女の子が、私とすれ違いながらそう言っているのが耳に飛びこんできて思わず私はびくっと身体をすくませた。
「お人形さん?」
「羽が生えてるの」
「ふーん、そうなんだ。凄いわねぇ」
子供が突拍子もないことを言うのには慣れているのか、軽く受け流すように母親がそう言っているのが聞こえる。ほっ、と、内心で胸を撫でおろすと私はじろりと妖精を睨みつけた。
「ちょっと」
「しょうがないじゃない。姿を消してても想像力豊かな子供とかには見えちゃうんだから。心配ないわよ。大人には見えないし、見えないものは信じないでしょう? 人間って」
「それは、そうだけど……」
「それより、ぶつぶつと独り言を言ってる怪しい人になってるよ? そっちの方がまずいんじゃない?」
とん、と、私の肩に着地すると妖精がそう言う。ぐっと私は言葉に詰まった。言葉に出さない様に注意しながら心の中で妖精に問いかける。
(じゃあ、せめて、鞄の中に入ってるとかは出来ないの?)
「嫌よ、狭いし暗いもの。それに、そんなとこに入ってたらいざという時に間に会わないし。って、ほらぁっ」
ぐいっと、耳を引っ張られた。私が悲鳴を上げなかったのは、誉められてもいいと思う。冗談抜きで耳がちぎれるかと思った。
立ち止まった私の、ほんの一歩先に黒い穴が開いていた。マンホールの蓋が外れている……。
「道を歩いてて、マンホールに落っこちて首の骨を折りました、っていうの、かなり情けない死に方だと思うけど? 案外、注意力散漫なのねぇ」
(い、今のはっ……あなたのせいじゃない)
マンホールに落ちそうになったのは、妖精との会話に気を取られていたせいだ。普段の私なら、そんな間抜けなことはしない。……多分。
「ふーん、そう? なら、そういうことにしといてあげてもいいけど」
うう、流石に、落ちそうになったところを助けてもらったのは事実だし、あまり偉そうなことは言えないか。
「まぁまぁ、そんなに落ちこまないで。もうすぐ、学校に着くんでしょ?」
妖精の言葉に、私はもう一度溜息をついた。
まさか、学校生活がこんなに危険なものだったなんて。
通学路と同様に、私は認識を改めた。一日に三回も階段から落ちそうになれば、それも当然だろう。案外、見えているようで他人の動きは見えていないものらしい。ついでに、ちょっと肩が触れたぐらいでも、タイミング次第では充分足を滑らすことは可能なようだ。
「いい経験になったんじゃない? 普段、どれだけ危機管理が足りないか分かったでしょう?」
「充分すぎるぐらいに、ね」
昼休み、旧校舎と新校舎をつなぐ渡り廊下−−何故か、一階と四階にしかない。今歩いているのは一階の方で、壁はなくてグラウンドと繋がっている−−を歩きながら私は嘆息した。私はたいてい、移動教室の先で一人でご飯を食べるのだ。今はその移動中。……どうせ、友達いないですよ。
前から歩いてきた男子生徒とすれ違う。漫画とかだと、実は彼が片思いの相手で私は頬を染めて俯きながら、とかなる場面なのだろうが、残念ながら全然知らない相手だ。こちらは昔ながらの野暮ったい学生服−−昔は女子もセーラーだったらしいからバランスが取れていたのだろうが、女子の制服が今風になったせいで今は非常にアンバランスになっている。そのうちデザインが変わるのだろうか? 変わらない気がするなぁ−−で、襟章を見ると同学年だった。
「あっ……!」
不意に、背後で彼が小さく叫んだ。反射的に振り向いた私の目の前に、彼の手が突き出される。バシッという音と共に、彼の掌が飛んできたボールを受けとめた。
「すいませーん!」
「気を付けろ! 当たり所が悪ければ死ぬかもしれないんだぞ!?」
駆け寄ってきた野球部員にそう怒鳴りながら、彼がボールを投げ返す。ファールボールが飛んできたらしい、と、理解するまで少し時間がかかった。
(当たり所が悪ければ死ぬかもしれない……?)
「うーん、硬式ボールだしねぇ。ありえない話じゃないわね」
呆然とした私の内心の呟きに、あっけらかんとした調子で妖精がそう答える。私からはちょっと離れた場所で、腕組みをしながら。
あの位置だと、私を助けられなかったんじゃ……? じゃ、じゃあ、彼が受けとめてくれなかったら私にボールが直撃してた……?
い、いくらなんでも、本当に死んだりはしないだろうけど−−だから、妖精も気付けなかったんだと思うけど−−あ、危なかったぁ。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ。あ、あの……ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げた私に、照れたような笑いを彼は浮かべた。あ、結構ハンサム。
「いやいや、怪我がなくて良かった。じゃ、僕はこれで」
にこやかに笑い、去っていく彼。その背中を見送っている私の肩に、ふわりと妖精が腰をおろした。
「かっこいいなぁ、とか思ってるでしょ? もしかして、惚れた?」
「や、やーねー。そんなわけないでしょ。漫画じゃあるまいし」
「ふーん、そう?」
う……やだなぁ。心が読めるんだよね、彼女。ああ、もう、静まれ、私の心臓。
どきどきしてるのは、びっくりしたせいよ、きっと。いくらなんでも、こんなお約束みたいな展開で恋に落ちるなんて、ねぇ。
「恋に落ちる原因なんて、単純なものだと思うけど? あ、これ、一般論ね」
「……知らないわよ、もうっ」
「声に出てるわよ?」
あっと、いけない。でも……。
これが、私の初恋になるのかな……? って、もう、だから、勘違いだってば。大体、向こうにとっては私なんてその他大勢の女生徒の一人なんだから。あ、でも、もしかしたら印象に残ってるかも。
ああ、もう、自分で何を考えてるのか分からなくなっちゃった。変だなぁ。物事を冷静に判断するのが得意っていうのが、自慢だったはずなのに。
「恋と変って似てるわよね」
(……それって、結構使い古されたネタだと思うけど?)
「あら、普遍的だからこそ使い古されもするし陳腐にもなるんじゃない」
(うぅ、そう、だけど……。もう。いいわよ、好きに想像すればいいでしょ)
既に姿の見えなくなった彼の顔が脳裏に浮かんでくるのを、私は慌てて振り払った。
幸いというか、それともそれが当たり前というべきなのか、学校の残りの時間は平穏だった。帰り道も、行きと比べればずっと安全だったといっていいだろう。何しろ、ただ一回ひかれそうになった相手が、角から飛び出してきた自転車だったのだから。
……まぁ、飛び出してきた自転車にひかれそうになるというのは、普通に考えれば充分な不幸だと思うけれど。大型トラックが突っ込んでくる恐怖に比べればどうということもない。それに、妖精のおかげで結局はひかれなかったわけだし。
「さーて、家にとうちゃーく。これで恐いのは、階段で転ぶとか料理してて火事を起こすだとか風呂場で足を滑らすとか浴槽で溺れるとかいきなり強盗が入ってくるとかだけね」
「ちょっと、にこやかな顔して恐いこと連発しないでよ」
お母さんは仕事で毎日夜遅い−−時々、泊まりこみになって帰ってこないこともある−−から、今家にいるのは私たちだけだ。妖精に対する言葉も遠慮なく口に出せる。私の抗議に、妖精は軽く肩をすくめた。
「でも、用心しておけば大抵の危険は防げるし。ほら、言うでしょ? 備えはネズミにかじられるって」
「……備えあれば憂いなし、とは言うけど。何よ、それ?」
ま、確かに、たまにはチェックしないと倉庫の中身全部ネズミに食べられてました、とかいうのはあるかもしれないけど。備えてあるつもりでそれが全部駄目になってたら、ショックも大きいんだろうなぁ。……そういえば、うちの防災道具ってどうなってるんだろう?
「後で調べてみたら?」
「そうね。でも、その前に夕ご飯のしたくしなくちゃいけないけど。……そう言えば、あなた、ご飯は食べるの?」
「ううん、要らない。あ、でも、食べられないわけじゃないから、寂しいんなら一緒に食べてあげるよ?」
「あ、そっ。要らないのね。なら、いつも通り、私の分だけ作ればいいか」
わざとそっけなく言ってみる。何か言い返してくるかな? ……あれ?
ふわり、と、無言のまま妖精が舞い上がった。すうっと天井をすりぬけて消えてしまう。天井をすりぬけるなんて、幽霊みたいなことも出来るんだ。でも、急にどうしたんだろう? 気を悪くしたのかな?
そんなことを私がぼんやりと考えていると、どたんっ、と、何かが床に落ちたような大きな音が響いた。どたどたどたっと更に誰かが暴れてでもいるかのような音が上から聞こえる。ちょ、ちょっと、まさかポルターガイスト? ……じゃなくて、妖精が怒って上で暴れてるのか。
「ちょっとしたいじわるじゃない。本気で言ったんじゃないって事ぐらい分かりそうなものだけど……もう」
溜息をついて私は階段を登った。キッチンの真上と言うと私の部屋だ。お母さんの部屋を荒らされるよりは、まあましな事態かもしれない。嬉しくはないけど。
「ちょっと、あなた。冗談を真に受けて……」
ドアを開けながらそう文句を言いかけて、思わず私は絶句した。部屋の真ん中で、私の知らないおじさんがのびている。ふわふわとその上で浮かびながら、くるんと妖精が回転した。
「まずは強盗かぁ。次は階段かな? 火事かな?」
「ご、強盗、って……」
「ほらほら、呆然としてないで、ロープの用意。あと、警察に電話しなくていいの?」
妖精の言葉に、止まっていた私の頭がやっと動き出す。え、えーと、古新聞とか縛るのに使ってたビニールロープは下にあったはずだから……それを取ってきて、警察に電話して、と。
あ、でも、警察には何て言おう。妖精がやっつけてくれました、なんて、信じてくれるはず、ないし。
「帰ってきたら物音がするので見に行ってみた、そうしたらこの男が気絶してた、で、いいんじゃない。足滑らして気絶したドジな泥棒ってことになると思うよ?」
「そ、そっかなぁ……?」
でも、私がやっつけた、というのも無理がある話だし。それで行くしかないか。と、ともかく、この人が目を覚ます前に縛っちゃわないと。慌ててロープを取りに行く私の背中に向けて、妖精が溜息をついたような気が、した。何だったんだろう?
ああ、もう。こっちは被害者だっていうのに、何で警察の事情聴取ってあんなに長いんだろう? もう八時回ってるじゃない。家に付いたのが六時すぎぐらいだから……二時間もかかったのか。
ぐったりとキッチンのテーブルの上につっぷした私の前に、妖精が舞い降りてくる。どうでもいいけど、あぐらをかくのは止めた方がいいと思うんだけど。女の子なわけだし。って、別にそういうのはないのか、妖精には。
「大丈夫? 随分とお疲れみたいだけど」
「疲れもするわよ……今からご飯作るのも面倒だし、ピザでも頼もうかな」
「いいんじゃない? ぼーとしながら料理して火事だすよりは」
いちいち嫌なこと言うなぁ。鍵っ子−−って、最近じゃあんまり使わないか、この言葉−−なんだし、料理なんて毎日やって慣れてるんだから。
「でも、慣れてることが一番危ないのよねぇ」
「うっ……」
さらりと言った妖精の言葉に、私は言葉に詰まった。今日一日を振り返って見れば、確かに反論の余地がない。変に意地を張って料理しても損するだけか。面倒なのは確かだし。
宅配ピザに電話、それからお風呂にお湯を張って、と。宿題を終わらせて、お母さんが帰ってきたら強盗のことを話して、後は寝ちゃおう。今日は面白いテレビもやってないし。
「今日は?」
「まあ、別に、いつも見てる番組なんてないけどさ……」
「やっぱり。そんなんだから、親しい友達も出来ないんだよ?」
「いいのよ、狭く深くがモットーなんだから」
これって負け惜しみかなぁ? でも、無理矢理他の人の輪に入っていくために趣味じゃないことをしたくもないし。一人でいるの、慣れてるし。
「それはまぁ、幸せの形なんて人それぞれだし。別にどうこう言おうとは思わないけど、さ」
「でしょう?」
「それはそうと、今日会った彼はどうなの?」
う、わっ。今、心臓が一回鼓動をとばしたわよ、絶対。やだなぁ、頬が赤くなってる気がする。
「うん、真っ赤になってるよ」
「からかわないでよ」
「でもほら、命短し恋せよ乙女って言うし。タンホイザー、だっけ?」
「さぁ……知らないけど。別に、恋愛だけが人生じゃないし」
「可愛くないなぁ」
あん、もう。髪を引っ張らないでよ。中学の頃から伸ばしてるから抜けやすいんだから。くすくすと笑いながらふわりと妖精が舞い上がり、私の肩に腰かける。
「友達作って、恋をして、楽しまなくちゃ。一度っきりの人生なんだもん。ね?」
「友達に、恋人、かぁ……」
う、だから、どうしてそこで彼の顔が浮かぶのよ。やだなぁ、私らしくないぞ。
「うふふ。あ、電話」
「え?」
妖精が小さく呟くのと同時に、リリリリンと電話がなった。誰だろう、こんな時間に。
「はい、もしもし?」
『由香里? さっき、警察から電話があったんだけど、泥棒が入ったんだって!?』
お、お母さん!?
「別に、そんなに大袈裟な話じゃないのよ。何だか、ドジな泥棒だったらしくてね、私が帰ってきた音にびっくりして足を滑らしたみたい。何も取られてないし、ちょっと私の部屋が荒らされただけだから」
事実とは違うけど、妖精のことなんて話しても信じてはもらえないだろうし−−まあ、あの人のことだから、もしかしたら信じてくれるかもしれないけど−−実際に被害はなかったんだから無用な心配はかけたくない。担当の作家の原稿が遅れてるとかで、大変みたいだし。
『そりゃ、警察の人もそう言ってたけど……大丈夫? 私も、家に戻ろうか?』
「ううん、大丈夫。お母さんも、お仕事大変なんでしょう? 私は平気だから、ね?」
『……そう』
「ごめんなさい、心配かけて。お仕事、頑張ってね」
『……ん。それじゃ、由香里。おやすみ』
「うん、おやすみ」
「あーあ、可哀想」
ちん、と、音を立てて受話器を置いた私に、責めるような口調で妖精がそう言う。ちょっとむっとしながら私は振り返った。
「何がよ?」
「せっかく、娘のことを心配したのにあんなこと言われたんじゃねぇ」
「そんな……だって、お仕事の邪魔しちゃ悪いし……」
「子供はね、親には無条件で甘えていいのよ。それが当然の権利なんだから」
いかにも当然といわんばかりの態度で妖精がそう言う。そうかなぁ?
「権利には、義務が伴うでしょう?」
「あー、もうっ。すーぐにそういうこと言うから『可愛気がない』って言われるのよ」
ぐっ。そんなこと、言わなくても……。自覚は、してるんだけどね。しょうがないじゃない、これが私の性格なんだから。
「しょうがないって言うのは、逃避だとは思わない?」
痛いことをずばずばと言わないで欲しい。言葉に出して反論できないでいる私に向かってふぅと溜息をつくと、妖精はふわりと舞い上がった。
「私は、もう、戻らなくちゃいけないんだ。そういう、規則があってね。
……本当に、頑張ってね。あなたが幸せになってくれないと、私も困るんだから」
あ、何だか寂しそうにしてる。彼女のこんな表情、初めて見た気がするな。
でも、どういうことだろう? 私が幸せにならないと彼女が困るっていうのは。何かの試験みたいなものが妖精にもあるのかな? 私を守りに来たのも、その一環で、とか。
「幸せになってね、お母さん」
え……!?
ふっと、煙のように妖精の姿が消える。呆然と、私は妖精の最後の言葉を反芻した。
お母さん……?
「おはよう」
「おっはよー……って、ちょっと、相模さん、髪!」
あはは、やっぱりびっくりされたか。まあ、腰近くまであった髪をばっさり切ってきたんだから当然か。一瞬、誰にも気付かれなかったらどうしよう、とか思わないでもなかったけど。
「ああ、うん、ちょっと気分転換に、ね。変かな? 自分でやったんだけど」
「変じゃないけど……失恋でも、した?」
「ううん。本当に、ただの気分転換。後は、うーん、そうね、ちょっと自分を変えてみようかな、何て思って」
考えてみたら、もう二ヶ月近く隣の席なのに彼女とこうやって会話することなんてなかったっけ。一瞬、彼女の名前は何だったかな、なんて、本気で考えちゃったくらいだもん。
「ふーん。自分を変える、ねぇ」
唇に人差し指を当てながら何かを考えこみ、彼女がにっと笑う。
「さぁてぇはぁ。好きな男が出来たんだなぁ?」
「うふふ、そんなとこ、かな。友達や恋人作るのも楽しいかな、って思って」
「へぇ、相模さんてそんな顔して笑うんだ。初めて見た気がする。ね、ね、相手の男って、誰?」
彼女の言葉に、私はちょっと困った。顔とクラスは分かるけど、名前なんて。
「一目惚れだから……確か、Eの人のはずだけど……」
「背は? 顔は? ね、ね、教えてよ」
「うーんと、ね、背は……」
他愛のない会話。今までは煩わしいだけだと思っていたけど、そっか、こういうのも結構楽しいものなんだ。それが分かっただけでも、あの妖精には感謝、かな?
待っていてね、いつの日になるかは分からないけど、いつかは必ず、あなたを産んであげるから。
そうして、言うの。あなたのおかげで幸せになれたよって。
ありがとうねって。