42℃の風呂

 ひどく退廃的だ。
 ぼくは正直そう思った。何もない夏休み。気が向いた時にどこかに出かけて、気が向いた時に寝て、気が向いた時に誰かに電話をかけて…。自分で望んでいたくせに、いざやってみると嫌になる。退廃的で、嗜虐的で…。そんな、自分でも意味のわからない言葉をひたすらならべたくなるくらいに、ただ無意味な時間。
 焦っているのだろうか。自分に残された時間がわかるわけでもないのに。大体、何に焦っているのだろう。焦る必要がないじゃないか。でも、なぜか落ち着かない。どこかいらいらして、なんだかわからないけど、嫌な時間。

 夜、秋の風が窓から入ってくるのを、真っ暗な部屋で感じていた。もう秋なのか。まだ九月に入って間もないというのに…。カレンダーを見ると、まだ八月のままだった。ラジカセからは、誰が歌っているのかもわからない曲が流れてきている。一日中FMをつけっぱなしだった。いらいらがおさまらない。
 ぼくは、長袖のカーディガンをつかむと家を飛び出した。外は寒かったけど、カーディガンを着ていれば十分だった。歩いてみよう、夜を。
 近くの公園に行った。広々として、結構気に入っている公園だ。昼間は、人がいっぱいいてうっとうしいけど、さすがにこの時間には誰もいない。静かだ…。ぼくは、歩き回った。静かで、広い公園を。風が気持ちいい。ふと、空を見上げた。月が、星が輝いている。ぼくはその場に仰向けにねっころがった。純粋に、星が美しいと思った。月が奇麗だと思った。目を閉じると、ぼくの上を吹き抜けていく風が見えるようだった。
 ベンチに座って、ひとつ息をつくと、ぼくはそこから見える夜景を眺めた。別に、何でもない夜景だと思う。街の明かりが遠くに見えるだけ。でも、心を打つ何かがあった。どこか暖かいものがあった。それは、空を見上げた時と同じ感覚だったかもしれない。
 ぼくは、立ち上がって歩き出した。ふと立ち止まる。また歩き出す。ただし、今度はさっきよりもゆっくりと。また立ち止まって、今度はさらにゆっくりと。一歩一歩地面を踏み締めるように。その地面は、赤い煉瓦が敷き詰められているものだった。そっと、手を当ててみる。硬い感触、冷たい。でも、赤は暖かい。ぼくは吹き出した。言ってることが目茶苦茶だ。また歩き出した。さらにゆっくりと。
 家に辿り着くまでにすごく時間がかかってしまった。ドアに手をかける。と、家族への言い訳をどうしようかという考えが頭をよぎる。ぼくは、手を放すと近くの自動販売機まで行くことにした。この季節は、まだ「あったか〜い」が置いていない。仕方ない、ぼくは冷たい麦茶を買った。
 部屋に戻って電気をつける。つけっぱなしにしていたラジオから流れていたのは、知らない曲じゃなくて、最近気に入った曲だった。でも、それはちょっと季節外れだろ? ぼくはくすりと笑った。ふと気づく。いらいらが消えていた。どこか、満たされたような、そんな気がした。目を閉じる。やるせなさがない。ぼくは麦茶を一気飲みした。…やらなきゃよかった。頭が痛くなった。
 ぼくは、空になった缶を机の上に置くと、バスタオルと着替えを持って部屋を出た。今日は、熱い風呂に入ろう。ゆっくり、ゆっくり…。

Copyright 1998. せい
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