君との暮らしは、いつも唐突だった。唐突に何かが始まり、唐突にそれが終わる。そんな毎日だった。そう、あのときも…。
「難しいな…。」
安アパートの一室、僕らが試行錯誤しながら作り上げた、そして、これからしばらく守っていかなければならないだろうちっぽけな世界のはしっこで、窓から入る風
に髪をなびかせ、気持ちよさそうに目を閉じながら、君は唐突にそうつぶやいた。
「何が?」
いつものように古くさい畳の上で仰向けに寝っころがり、火のついていない煙草をくわえたぼくがそう問い返すと、君は楽しそうにこういった。
「生きてくこと。」
六畳一間のこの世界から君が姿を消したのは、それからすぐのことだった。君が残していった物は、ただ一つ、『探し物をしてくる』と書かれた紙切れだけ。ぼくは
それですべてを理解した。そして、君からの連絡を待った。信じていたからじゃない。君がここに戻ってくるのがわかっていたから。
君を待つ日々は、全然苦痛じゃなかった。むしろ、わくわくしていたくらいだ。今度出会える君は、どんな君だろうって。唯一つらかったことといえば、モーニング
ティーを毎朝間違えて君の分まで入れてしまっていたこと。いや、それも今思えば間違えていたんじゃなくて、君が帰ってきたときのために習慣を変えないようにしてい
たのかもしれない。とにかく、そういうわけでぼくは毎朝二杯のお茶を飲まなければならなかった。
君がいなくなって何ヶ月かたったある日、まだ街が動き出すのをためらっている時間、あの日の君と同じように、窓から入る風を浴びていた時、珍しく電話がぼくを
呼んだ。きっちり三回のコール。それは、電話で話すのが苦手な君がぼくを呼び出すためのサイン。ぼくは、長い間買い替えようとしながら、いつのまにか愛着のわいて
しまったボロ車を走らせた。君のいそうなところに、心当たりはひとつしかない。というより、ひとつで十分だった。
波の音が聞こえる。ぼくらだけの力じゃとうてい守り切れそうにないほど広い世界。その縁に立って、君はこっちを見ている。
「はじめまして。」
ほほえみながら、ぼくは君に行った。君もほほえんで、そう返した。そして…。
「ようこそ、碧の世界へ。」
二人の影が、碧に落ちた。
君が探していたものは、見つかったのだろうか。答のない問いばかりを追い続ける君だから、今回もきっとそうなのだろう。でも、いつも君は、明確なものではない
けど、何かを見つけて帰ってくる。今度は何を見つけてきたのだろうか。帰ったら二人分のモーニングティーを二人で飲みながら、ゆっくりと君の冒険譚を聞こうと思う。ぼくらにとって一番の『碧の世界』で。
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