トータルベースボール理論ってなんなの!?
2003.7.28

 この野球ページのタイトルになり、様々なページで触れられる『トータルベースボール理論』。果たしてそれは一体全体なんなのか。それにはまず、野球には5つの理論があると言うことを知らなければならない。
・スーパースター理論
・超攻撃理論
・ディフェンス理論
・トータルベースボール理論
 
 これらは全て、どれが正しいというものは無い。私がたまたまトータルベースボール理論の信奉者であるという他ならない。トータルベースボール理論を知るには、全ての理論について学ばなければならない。ここに順番に解説しよう。
スーパースター理論
 これは単純明快な理論である。野球とは9人でプレイするもの、つまり9人のスーパースターを集めればいいということになる。

 1番から8番まで(ここではDH制は無視する)、走攻守揃った選手を集める。彼らが打って守る。
 9人目は? 無論、投手である。スーパースターの投手だから、完投するのは当たり前である。だから、先発投手だけを集める。中継ぎは先発枠から外れた人間がやる。控えもかつてのスーパースターや、スーパースターの卵が務める。
 補強はスーパースター若しくは本格派の投手になる。基本的に選手は野手8人と先発5人の13人が最重要になる。野手はスタメンとレギュラーの差は大きくなりがちだが、投手は数があって困ることはないので先発投手が7人も8人もいるような陣容になる。

 これを実践しているのは、2003年ではセントルイス・カーディナルスである。1番から8番まで、3割30本か3割30盗塁の選手が揃う。もちろん全員ゴールデンクラブの候補だ。昨年は四人取った。ジム・エドモンズとスコット・ローレンは3割30本ゴールドクラブだし、ショートでゴールデンクラブのレンテリアも3割バッターである。投手陣はイズリングハウゼンという専任ストッパーがいる以外は先発ばかりである。
 日本で言えば、王ダイエーがそれに当たる。城島・小久保・井口・松中・柴原。そして秋山。スーパースター軍団である。投手陣も、山田・山村・寺原・和田・新垣・永井・星野と、消えた選手もいるがともかく本格派を揃える。

 スーパースター理論の利点は、一度チームが出来てしまえばそれで10年は戦えると言うことである。王ダイエーもあと5年ぐらいはこのまま持つだろう。その王ダイエーを作ったのは故・根本球団社長である。彼はダイエーに来る前は西武にいた。そう、1990年前後の森西武黄金時代の選手を集めたのは根本前監督である。彼は日本で最大のスーパースター理論の信奉者であった。清原・秋山・石毛・辻・平野・伊東。全員一億円プレイヤーである。3割ゴールデンクラブ。30本か30盗塁。日本プロ野球史上、あれ以上強いチームは2度と存在しないのではないかとさえ思う。投手陣は工藤・渡辺・石井・松沼兄弟などともかく数を揃えた。工藤が名投手になったのは西武を離れてからである。
 
スーパースター理論の欠点は何かといえば、それは作るのが大変だと言うことだ。それに尽きる。その代わりとして一度完成してしまえば長く持つわけである。野球ゲームでも、みんなスーパースター理論で選手を集めようとして、多くの挫折を味わっているのではないだろうか。

 私がスーパースター理論についてどう思っているかというと、理想論だと思っている。カージナルスはFAを控えた貧乏球団のスーパースターを買い漁る。ダイエーは大金を渡して逆指名である。西武は巨人並の資金力がある。普通の経営で作れるチームではない。



超攻撃理論
 これも単純明快な理論である。野球とは点取りゲームである、つまり点を取れるチームを作ればいいということになる。

 これはわざわざ例を上げるまでも無く、近鉄バッファローズになる。何せたまに中村をショートで起用するようなチームだ。二遊間も捕手も打撃を優先する。投手陣は取り敢えず頭数が揃っていればいいわけで大物は要らない。ただ守備固めをする為に守備が上手いだけの選手がベンチにいるので選手層は少し厚い。
 先発は頭数だけいればいい。但し、勝ち試合をものにするために中継ぎ陣はある程度整備する。

 メジャーで言えばヒューストンアストロズだ。クリーンナップ三人のホームラン数は常にメジャートップクラスだ。新球場もわざわざホームランが出やすい様に作ってしまっている。同じく打線が強いチームと言えばテキサスレンジャースだが、あちらは万年最下位で、アストロズは常にカージナルスと優勝争いをしている。それはアストロズが大物がいないが投手陣の駒が揃っているからである。15勝クラスの先発が二人いるしビリー・ワグナーというメジャーを代表するストッパーもいる。レンジャースは10勝クラスの先発投手が一人もいないしストッパーもいない。それではいくら打線が強くても勝てるものではない。ちなみにレンジャースは1990年は常に優勝争いをしているチームであった。その頃は10勝クラスの先発投手が5人いてストッパーもいたからである。彼らが全てFAしても引き止めずにチームは打者の補強しかせず(先発5人分の年棒でアレックス・ロドリゲスを取ったようなものだ!)、優勝争いをするチームから万年最下位のチームに転落した。近鉄が優勝した時も、たまたま10勝の先発投手を5人揃えることに成功したからである。

 超攻撃理論の欠点はともかく野球が安定しないことである。アストロズも先発二人が故障した途端に最下位になった事がある。それにそもそも、野球は3割の確率でしか打てないスポーツである。そんなスポーツで打撃優先のチームを作ることがそもそも間違いであると私は思う。但し、5割打てる草野球レベルの場合は、実は一番有効な理論でもある。


ディフェンス理論
 野球とは点取りゲームであるから、点を取れるチームを作ればいいというのが超攻撃理論だが、その反語がディフェンス理論である。つまり、点取りゲームということは、点を取られなければ負けないという理論である。

 20勝クラスの先発を揃え、リリーフ陣も強力に整備する。打線はクリーンナップのみ作れれば、あとは守備が上手い選手を揃えてさらに失点を少なくすればいい。これがディフェンス理論になる。守備の要はセンターラインなのでここは打力は無くても守れる選手を揃え、サイドライン(一塁・三塁・ライト・レフト)には守備は悪くとも打力のある選手をスタメンに据えてクリーンナップを組ませる。つまり、野手にはスーパースターはいらないわけだ。
 
 この最大の信奉者が、コックス監督とシャーホルツGM率いるアトランタ・ブレーブスである。マダックス・グラビン・スモルツ・ネイグルを指したビック4という言葉は、20勝クラスの先発投手を四人集めることとして定着した。今のブレーブスにはマダックスしか残っていないが(スモルツもいるがストッパーに転向した)、欠員が出れは補充しているので今でもビック4は健在である。そしてリリーフは各チームのストッパークラスを5人も6人も集める無敵艦隊である。
 点を取られなければ負けないが、点を取らなくては勝てないのも明らかである。だからクリーンナップだけは、チッパー・ジョーンズとアンドルー・ジョーンズの二人のジョーンズとガララーガでそれぞれ100打点ずつ稼いだ。ガララーガは移籍したが代わりは常に獲得している。つまりクリーンナップの三人はそれぞれ100打点クラスのクラッチヒッター(ホームランバッターではない)であるが、残りのスタメンは一転して貧打といってもいい布陣になる。但し全員守備は上手い。クリーンナップによる僅かな得点を、強力投手陣と守備陣で守りきる、というのがディフェンス理論の要である。

 日本では、実はV9のON巨人がこれにあたる。王と長嶋という二人の偉大なスーパースターはいたが、実はそれ以外の野手は余り打てる選手がいない。森・高田・土井・黒江・柴田。全てゴールデンクラブクラスの名手だが、打撃の方はイマイチである。そして藤田や堀内のようなスーパー先発投手が投げ、そして日本初のストッパーとして宮田がいたわけである。
 そのV9の監督は川上だが、川上の愛弟子が藤田である。藤田巨人では打線は原一人に任せ、斉藤・桑田・槙原のビック3に宮本・木田の強力先発陣、そして川相や駒田などの守備が上手い選手を起用した。ディフェンス理論でなければ駒田のような3割打てても長打の無い一塁手を使ったりはしない。現に長嶋になってから駒田は巨人を去り、川相もスタメンではなくなった。
 東尾西武もディフェンス理論だ。松坂・西口の20勝投手二人に、石井・許は15勝クラスでビック4に相応しい。そして豊田・森という黄金のリリーフ陣。打線は松井(彼はスーパースターだが連れてきたのではなく元々いた)・マルティネス頼みだが守備力は非常に高い。マルティネスを解雇して点が取れなくなってしばらく優勝出来なくなったが、伊原監督になってカブレラが入ったことにより息を吹き返した。

 ディフェンス理論の利点は戦いが安定することだ。巨人はV9だし、ブレーブスは1990年から2002年に至るまで、ストライキでシーズン打ち切りになった94年以外は全て地区優勝している。東尾西武も他のパリーグのチームを突き放して2年連続で優勝した。日本シリーズで打てないからとマルティネスを解雇したりしなければしばらくは強いチームだったと思われる。

 ディフェンス理論に対する私の見解だが、実はトータルベースボール理論とディフェンス理論は、非常に似ている理論でもある。わかりやすく言えばチーム作りをする上での結果はほぼ同じになるが、その行程が別物だというのが、トータルベースボール理論とディフェンス理論の違いである。それはトータルベースボール理論の解説で述べることにする。



トータルベースボール理論
 野球をどんなスポーツとして見るか。それによって理論は代わってくる。点取りゲームであるという捉え方をすれば、点を取るチーム作り(超攻撃理論)か点を取られないチーム作り(ディフェンス理論)になる。
 もう一つの見方が、野球は何人でやるかという観点である。スタメン9人でやるものというのがスーパースター理論である。そして、一軍枠25人でやるものだというのがトータルベースボール理論なのである。

 投手陣はともかく頭数である。先発は5回持てばいいリリーフ陣も強力に整備して、勝ち試合なら6回から惜しみもなく注ぎこむ。負け試合では逆に先発を完投せたりする。
 リリーフ陣が強力と言う点で、ディフェンス理論と似通うが、先発のレベルは超攻撃理論と大差ない。先発を集めない代わりに力を入れるのが、野手である。センターラインに守備力のある選手、サイドラインに打撃の選手でスーパースターはいらないと根本はディフェンス理論と変わらないが、トータルベースボール理論ではあたかも2チームを作るが如く野手を集める。そして日替わり打線で戦っていく。代打・守備固め・代走を激しく使い、チーム全員の総合力で点を取っていく。先発にスーパースターがいらないのはすぐに代打を出すからでもある。
 こうして方法論が違うが、結果として強力リリーフ陣と強固なセンターラインが出来あがるという点でトータルベースボール理論とディフェンス理論は結果は同じになるわけだ。違いと言えばディフェンス理論は先発が強力で、トータルベースボール理論は野手層が厚いということになる。
  
 要するに一流半の集まりかと思う人がいるかもしれない。実はまさにそれを体現しているのが仰木オリックスである。イチロー以外ははっきり言って一流半の選手…打てるけれど守れない、守れるけれど打てない、足が速いだけ…そんな野手を多く集めて日替わりで挑んだ。リードしたら守備固め。先発はなんとか5回まで持たせ、勝っている場合は強力中継ぎ陣(特定のストッパーはいなかった)を注ぎこんで試合を物にする。それであんなに弱いチームで(笑)2年連続でリーグ優勝をしてしまった。仰木マジックと呼ばれたものは、実はトータルベースボール理論なのである。
 また、野村ヤクルトもトータルベースボール理論であった。お金が無くてスターを集められない。唯一のスターは古田である。高津・山本と言ったリリーフ陣を整備し、他のチームを解雇された先発投手をなんとか5回まで持たせる。「完投しようなんて思うな。5回まで全力で投げればそれでいい」それが他のチームを解雇された選手を蘇生させる方法であった。野手も古田・宮本・飯田というセンターラインを作れたのでサイドラインは打てる野手をかき集めて対応した。それが6年間で4度リーグ優勝を果たした秘訣である。

 そしてこのトータルベースボール理論をメジャーで実践しているのが、実はジョー・トーリ率いるヤンキースになる。80年代に強かった時はスーパースターをFAでかき集めるスーパースター理論だったが、現在のヤンキースはスーパースター軍団などと言われるが、実はスーパースターは誰一人としていない。メジャーのスーパースターと言えば投げてはランディ・ジョンソン、ペドロ・マルティネス、打ってはソーサ、ボンズ、マグワイアなど。ヤンキースにタイトルホルダーがいないことを考えればスーパースター軍団ではないのは明らかだ。
 ジーターやバーニーは確かに3割でゴールデンクラブクラスのA級選手だが、長打は無いのでS級ではないわけだ。クレメンスは若い頃は凄かったが、ヤンキースに移籍した時にはたいぶ衰えていて『普通の』いい投手クラスである。
 ただ、スター軍団なのには違いない。2003年で言えば、サードはすっかり衰えた元スーパースターのベンチュラと打てるだけのジールの二人がいる。無論、下手な3塁手よりはずっと上だが、スーパースター一人ではなくスター二人である。。外野の両翼も松井・モンデシー・シエラと三人で分け合っている。モンデシーとシエラはかつてのスーパースターで、松井はスターの卵である。投手陣も、リリーフ陣は移籍前のチームでストッパーをしていた人材が5人も6人もいる。そして5回・6回で息も絶え絶えになるかつてのスーパースター先発をフォローする。打線もポサダ(ルーキーの頃はジラルディという名捕手とツープラトンだった)・ジーター・バーニーというセンターラインがしっかりしているで、サードやレフト・ライト・DHは期待の若手やベテランとなって少し力の落ちた選手たちを日替わりで使う。レギュラーが固定されていないことを踏まえれば、決してスーパースター理論ではないことが理解頂けるはずだ。仰木オリックスは一流半によるトータルベースボールであった。トーリ・ヤンキースはスター(スーパースターではない)によるトータルベースボールである。 


これで四理論の説明が終わった。表にすると以下のような形になる。

スーパースター理論 野手打力○野手守備○控え×先発◎リリーフ△
超攻撃理論 野手打力◎野手守備△控え○先発△リリーフ○
ディフェンス理論 野手打力△野手守備○控え△先発◎リリーフ○
トータルベースボール理論 野手打力△野手守備○控え○先発○リリーフ○

 無論、全てが◎になるのが理想のチームだが、それは不可能である。よってどこから強化していくのかというのが…その優先順位の付け方が各理論の違いであるわけだ。
 さて、ここで最後の五つ目の理論をご紹介して終わりとする。



大物理論
 トレードやFAで脈絡も無く大物を集めることである。チーム予想図の無い補強…補強を目的とした補強は、どんなに選手を集めてもチームが崩壊するしか先は無い。

 最も端的なのは長嶋巨人だろう。一塁と三塁に落合と原がいるのに、同じポジションの広澤とハウエルを連れてきたところでそれは超攻撃理論にもなっていない(ポジションがバラバラなら超攻撃理論だが)。そして藤田監督の遺産で強力な先発陣が残っているのに川口や阿波野の先発を連れてきて宮本や木田を二軍に落としても何の意味が無い。二軍に落とすなら弱点補強のトレードに使うべきなのである。
 数年経ってチームがスリムになり優勝したが、今度はまたしても一塁に清原・石井を連れてきたりしている。石井はリリーフが弱いのにストッパーの石毛と交換である。チーム状況を見ずに、ただ大物だけを獲得しているのである。
 しかし、2度目の優勝の時は弱点のサードに江藤、左の先発に工藤とメイを獲得して図らずもスーパースター理論になっていた。多分長嶋監督自身はいつも通りにFAの大物二人を欲しがっただけだとは思うが、チームバランスの大切さを示す事例である。
 メジャーではメッツが外野手が5人もいるようなむちゃくちゃな補強でヤンキースの次にチーム年棒が高いのに2003年は最下位まっしぐらである。


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