2.まりあ、がんばる!!
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 ズガガ! ゴガガ! 池田と上岡が六階のガラクタ置き場で粗大ゴミの修理をしている。西村は池田の近くでその作業を覗き込んでいる。近くのパイプイスにすわっていた紫緒が声をかける。
「おい、まりあ。あんま近くにいると危ねえぞ?」
「だってだってぇ、とぉっても楽しそうですぅ! まりあもやるですぅ!」
「お前はお嬢様なんだから、ケガでもされたらこっちの命が危ねえんだよ…」
「ぶぅ〜。やるですぅ、やるですぅ!」
「ったく、うるせえなあ…」
 紫緒が呆れて相手にするのをやめる。すると池田がすくっと立ち上がった。
「おい、まりあ。ちょっとこっちに来い」
「わ〜い、なんですぅ、なんですぅ!?」
 目を輝かせて池田の後に続く西村。紫緒が慌てて池田の横に並んだ。
「…おい、まさかやらせる気なのか?」
「別に問題なかろう」
「だってよ、もしケガでもしたら…」
「まりあはあれでも、お前と同い年なんだ。そう心配することでもあるまい」
 池田たちは上の階の部室に戻る。ロッカーをガタガタ漁って、池田は小さな箱を取り出した。
「これぞ『やさしい分解 その1 「電卓編」』だあっ!」
「わ〜い、やったですぅ!」
「…電卓って…分解していいのか?」
「うむ、よい質問だな。いわゆるひとつの『よいこのみんなは真似しないでね。真似しちゃいけないと思うなら最初からやるんじゃねえ!』と言う奴だ」
「…あっそ」
 呆れる紫緒を横目に西村はもらったキットの箱を開けている。戻ろうとした池田に、西村が声を掛ける。
「部長様ぁ。ぐちゅぐちゅって溶かす奴がないですぅ…」
「あん?…はんだごてか。しょうがねえな」
 そして再び、池田はロッカーの中を荒らした。そして箱を高々と掲げる。
「これぞ『たのしい溶接 その1 はんだごて』だあっ!」
「わ〜いですぅ!」
「…もう、オレは知らねえからな…」

 西村家は日本を代表する富豪である。彼女の家は巨大そのもので、執事やメイドも多数にいる。そのうちの一人が荷物を持って廊下を歩いていた。
「何をしてるですぅ?」
「あ、まりあ様…ちょっとゴミを捨てに行く途中でございます」
 妙に好奇心が強いと言うか、不思議な感じのお嬢様なので意外と困りものだったりする。西村はメイドの手にしたものを指差す。
「それを捨てるですかぁ?」
 今日は自分の持っていた壊れたラジオに興味を示したらしい。内心困りながら、にこっと笑顔を見せて答える。
「はい、壊れてしまいまして、それにもう、だいぶ古いので捨ててしまおうかと…」
「それ、まりあがもらうですぅ!」
「え?…ですから、壊れて…」
「いいからもらうですぅ!」
 立場上、そう言われたのでは渡すしかない。メイドは渋々ながらそのラジオを西村に手渡した。
 次の日の朝、ベットの上でぽけ〜としている西村を担当の執事が急かす。
「まりあ様、急ぎませんと遅刻しますぞ?」
「はにゅう〜ねむいですぅ…」
 服を着替えると執事につれられて部屋を出る。玄関ホールでは手の空いているメイドたちが並んで、西村が来るのに合わせて頭を下げる。すると西村は途中で昨日のメイドに近寄っていく。
「確かあなたですぅ」
「は、はい?」
「はい、どうぞですぅ!」
 昨日渡したラジオを返される。よくわからず目をパチクリさせる。
「あ、あの…これは?」
「昨日、まりあが頑張って直したですぅ!」

 池田は西村から渡された菓子折りの包みを開ける。びっしりと最中が詰まっていた。池田は底を持ち上げてみる。山内が池田の隣にやってきてソファーにすわる。
「小判でも入ってるの?」
「いや、最中だけだな…」
「…なんちゅう会話だよ」
 紫緒は一つ手にとって見る。ずしりと重い、と最中に形容するのは不思議な感じだが、実際かなり身が詰まっている感じがする。
「ともかく頂くとするか…健、お茶入れろ」
「しかし、なんで俺らがお礼されにゃぁ、あかんのかね?」
 もう3つ目を食べている佐藤がそう言うと、西村がバタバタと暴れる。
「まりあがラジオを直せたことに、お父様が大変お喜びになられましたですぅ」
「確かにやり方は教えたが、しかし、あくまで直したのはまりあだからな。まりあが1番偉いんだからお礼をされることじゃないよ」
「ほんとですかぁ? まりあ、うれしいですぅ!」
 しばらく部員で最中を味わう。すると西村がぴんと右手を上げた。
「部長様! まりあ、お願いがあるですぅ!」
「あん?…なんだ?」
「まりあ、お料理がやりたいですぅ!」
 その言葉に紫緒がお茶を吹き出しそうになる。隣の和佳子が眉間にしわを寄せる。
「もう、汚いわねえ…」
「…だってよ、入部してきた時、お湯の沸かし方も知らなかったんだぜ、こいつ?」
「じゃあ、紫緒様。教えてくれませんかぁ?」
「オ、オレがっ!? いや、笑っちまったけど、オレもそんなに出来るわけじゃねえから…」
「でもぉ、紫緒様は、たまにお弁当作ってくるですぅ。ミートボールとか、小さいハンバーグとかぁ…」
「無理よ、まりあったら。この子にそんな事出来るわけないでしょう? 全部冷凍に…うぐっ!?」
 山内の口を紫緒が抑える。そして右手を引っ張って部室の入り口の方につれていく。突然の行為に山内は目を丸くする。
「ちょ、ちょっともう! 本当のことでしょ!?」
「バカにしたことは見逃してやるから、その先を言うな!」
「…ハァ?」
「い、池田に聞かれたら…」
 部室の端の方で固まっている二人の元に和佳子がやってくる。苦笑いを浮かべていた。
「お兄ちゃん、料理できるんだからそんなのバレバレに決まってるじゃない?」
「でもよ、一応ハッキリとは…」
 妙な慌てぶりを見せる紫緒に山内は呆れ顔になる。
「はいはい、乙女心を踏みにじるなってことね?」
「そ、そんなんじゃねえって…」
 その頃西村は身振り手振りを交えて池田に教えを請う。
「先日、3時のお紅茶を入れてあげましたらぁ、とてもお喜びになりましたですぅ。だから、お食事を作ってあげれば、もぉっとお喜びになられるですぅ!」
「そっか…なら、最初は朝食の練習でもするか…」
「わ〜い、やったですぅ!」
 西村は早速キッチンに走り込む。やれやれと立ち上がる池田に戻ってきた紫緒がささやく。
「おい、平気なのか? 火傷でもさせたら…」
「…人間ってのは大概、親孝行しようと思ったときにはその親がいなかったりるもんなのさ。出来るうちにやっておいた方がいい」
 池田の事情を知っている紫緒は、そんな言葉を聞かされれば何も言えることはない。池田はキッチンに入ると西村にエプロンを渡す。
「…これはどのようにするものなのですかぁ?」
「はいはい、今着せてやるよ」
 やってきた紫緒が後ろで紐を結んであげる。池田が冷蔵庫の中身を確認しながら西村に聞く。
「まりあはいつも何食ってんだ?」
「ええっと、パンとか、コーンスープとかですぅ!」
「……けしからん! 日本男児たるもの、朝食は御飯と味噌汁だと慶応のお触れ書きで決まっているのだ!」
「…よくわかんねえけど、書いてないと思うぜ?」
「それにまりあは女の子ですぅ、ぷう〜」
「ともかく、この際西村家に日本食のなんたるかを教えてやろう!」

 数日後、パソコン部の一同が部室でそわそわと西村を待つ。今日は作戦の決行日なのである。紫緒が腕時計を見る。
「まりあの奴、遅えなあ。失敗したか?」
「御飯に味噌汁で、どう失敗するのかって疑問もあるけど」
 和佳子はそう言って笑っているが、紫緒は険しい顔のままだ。すると部室の内線電話が鳴る。近くにいた山内が受話器を取った。
「はい、パソコン部です。…はい…ねえ、部長。天本先生が至急事務棟の応接室に来いって…」
「…用件は?」
「…なんでも、まりあちゃんの件だとか…」
 池田は首を傾げながらも廊下に出る。紫緒が後ろからついてきた。
「な、なんなんだ、一体?」
「…応接室ってことは、客でも来てるんだろ?」
「客って誰だよ?」
「…まりあが火傷でもして、まりあにバカを吹き込んだ部活の人間を引っ捕らえにでもきたんじゃねえの?」
「そんな!…やりてえって言い出したのはまりあじゃねえか?」
「まあ、どう出るかは相手の反応を見てからだが…」
 事務棟に着き、足早に階段を登る。応接室の扉をノックすると返事を聞かずに扉を開ける。
「パソコン部部長、池田直也ですが…」
 すると壮年の男性がソファーから立ち上がって池田に近付いてくる。
「君が池田直也君かね? いやいや、さすがに立派な顔付きの青年だ! 」
「は、はあ…」
 池田がきょとんとしていると後ろから西村がちょこちょこと出てくる。
「まりあ、この人は?」
「まりあのお父様ですぅ!」
「…まりあの親父!? ってことは西村財閥総帥!?」
 紫緒が目を白黒させる。西村の父は池田の手を強く握って振っている。
「まりあが料理が出来るようになるなんて、まるで夢のようだ! 君、お礼は何がいいかね?」
「いや…あくまでやったのは本人ですから…」
「しかし、そのやる気を引き起こしてくれたのはパソコン部という環境だ。遠慮はいらん」
「…じゃあ、なにか困ったときがあったら、それはその時に御相談に乗って頂ければ…」
「ふむ、その謙虚なところがまた気に入った。何かあればすぐに連絡してくれたまえ。それでは私は、仕事があるのでこれで失礼する」
 西村の父は疾風のように去っていく。天本が池田に話しかけた。
「…何をやったの?」
「…何もしてないです」

 部室に戻ると、皆で西村の作った味噌汁を味わう。なんでも作り過ぎたそうだ。和佳子が目をパチクリさせる。
「なんか凄いわね。お兄ちゃんが作るのとほとんど同じ味だわ」
「…なんでこんなにいい味が…」
 紫緒は半ば呆然としていた。自分で作るより遥かにおいしい。黙って飲んでいる池田の耳元でささやく。
「な、なあ…どうやって作るんだよ、これ?」
「別に簡単なことだよ」
 そういって池田はポケットから、キャラメルの包みのようなものを二つ出す。
「…なんだ、それ?」
「固形ダシ」
「…特別な奴なのか?」
 すると池田は、自嘲気味に笑ってからタネを明かす。
「いや、普通の倍いれてるからコクがあるだけさ」


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