王道勇者
 
<表紙> <配役紹介> <用語解説> <目次>

by 中村嵐
16th SCENE 魔王城出現
 
 ゆっくりと目を開けると、夕日に雲が染まっている。体を起こすと、一面の焼け野原。そして隣で、レディが物憂げな顔で落ちる太陽を眺めている。
「…お前、何してんだ?」
「何もしてない」
「はあ…アタタ…」
 シモンは体に走る激痛に再び寝そべる。腕には包帯が巻かれ、額にはばん創膏が貼ってあった。
「お前がやったのか?」
「そうよ…」
「はあ…」
 素っ気無いレディの言葉。なんとなく言葉を失う。そこでハッと気付くと飛び起きた。
「そ、そういえばあのクソ親父は!?」
「北の塔に飛んでいったわよ」
「な、何っ!? こ、こうしてる場合じゃねえっ!」
 駆け出そうとするシモン。しかし、レディがズボンの裾をつかんだ。
「こ、こら、放せよ! …おおっ?」
 立ちあがったレディが土手っ腹に突っ込んできた。と思ったが、自分に抱き着いてきたようだ。そしてすすり泣き始める。
「お、おい、こら…よせって…おい…」
 シモンはただ、言葉を失って、夕闇の焼け野原の中、レディの肩を抱いて立ち尽くしていた。

 シルディが北の棟に辿り着いたのは、その日の夕刻近くだった。シルディが飛び降りると、馬が泡を吹いて倒れる。開いたままの扉の奥は、漆黒の闇に包まれ、階段に沿って燈る松明だけが煌煌と燃えていた。ゆっくりと歩を進める。
 よくよく見ると、松明に見えたものには、火種が無い。魔力でついているようだ。消えてしまったら終わりだなと、ネガティブに思って少し歩みが速くなる。やがて進み出たバルコニー。そこにはミルキーがいらいらした表情で片足を踏みならしながら立っていた。シルディを見るときっと睨みつけてくる。
「…何してるの?」
「敵がおらんのじゃ、敵がっ!?」
「はあ…」
 確かに彼女以外に人影は無い。頂上ではないようだが、上に上がる階段も無いようだ。
「どうするの?」
「ふん…魔神がいないのなら…」
 そう言って右手を顔の前にかざすミルキー。彼女の爪が長く伸びた。
「貴様と決着をつける!」
「あらあら、せっかく二人揃うまで待っていたのに…勝手に戦われては困るのよ」
 その声にシルディが左手を見ると、パルコニーの中央にすうっと人影が現れる。真紅のドレスに、床まで伸びる漆黒の髪…ぞっとするような美しさだった。
「待っていた?」
「そうよ。一人ではすぐに終わってつまらないものね…まあ、二人でも大して変わらないだろうけど」
 そう言って微笑んだ。するとミルキーが首を振って相手にしない素振りを見せる。
「フン…魔神タイタニアよ、お主の相手をするのは赤毛の勇者・カトルだ。私の手を出すまでも無い」
「…カトルに頼まないと勝てないんじゃなくて?」
「…お、おぬしは黙っておれ」
 シルディの横やりに、顔を真っ赤にして振り返るミルキー。しかし、タイタニアの言葉に二人とも表情を失う。
「赤毛のぼうや? だったらもう、殺したわよ?」
「…な、何じゃと!?」
「確かに結構骨のある子だったわね。でも、連れの女をかばって一緒に死んでしまったわ」
 それは嘘である。塔から落下したところで何者かの魔法で転移してしまっている。しかし、撃退したことには変わりないし、そういった方が人間たちは怒りに震えて、ポテンシャル以上のものを見せてくれる時がある。ただ、片方は確か魔王の娘だったはずだが。
「…殺しちゃうのは、やっぱマズイのかしらねえ…でも、塔の中は不可侵のはずなんだけどね…」
「…ゆ、ゆ、許さ〜んっっっ!」
 床を蹴ってミルキーが跳ねる。その過程で獣化していく。鋭く伸びた爪がタイタニアを切り裂かんと振り下ろされる。微笑を浮かべながら、床を滑るようにしてその一撃を裂けると、両の手を前に広げる。空気が歪み、衝撃波となってミルキーを襲う。
 カッと、ミルキーが目を見開いた。衝撃波が薄青く染まり、そのスピードが鈍っていく。やがてそれは氷の塊になって、ミルキーに辿り着く前に床に落ちると粉々に砕け散った。
「ウフフ…素敵ね。ゾクゾクしちゃうわ」
 タイタニアが両腕を横に広げる。それと共にかまいたちがミルキー目掛けて襲いかかった。横にすべるようにして避けていく。笑みを浮かべながら両手を合わせ、その手のひらの中に気弾を作る。
「ヤアッ!」
 横からの気配を感じてすっと転移する。元いた場所には、北斗で斬りかかったシルディがいた。
「あら、魔族と神の申し子が仲の良いこと…」
「別に彼女を助けてるわけじゃない。たまたま敵が一緒なだけさ」
「うふふ…そういうところ、人間ぽくって素敵だわ」
 タイタニアの目がかっと見開くと、真空の刃がバルコニーの中で舞い上がる。昴を回転させてそれを受けながら直進するシルディ。
「フン…」
 彼女の一撃を再び転移して避ける。しかし、再び姿を見せるその隙にミルキーが襲いかかった。
「死ねぇぇぇ!」
 爪が喉元目掛けて伸びる。タイタニアは左手をかざして障壁を作るが、ミルキーはそれに爪を突き立てると氷の魔法を発動させて障壁を砕く。さらに横からシルディが行く! 北斗の刀身から光の刃が伸び、それと呼応するように全ての昴が飛び掛った。
「くっ…!?」
 後退しながら全ての攻撃を弾いていく。しかし昴が一枚、右肩をかすめる。そしてミルキーの爪先が左腕の小手の部分をかすめ、緑の鮮血が飛んだ。
「…いいわ。望み通り、一思いに殺してあげるわっ!」
 タイタニアが自分の前に巨大な真空の球を練り上げていく。ミルキーとシルディは並んだ状態で身構えた。
「どうするの?」
「おぬしがあの球を弾け。わらわはそれを飛び越えて切りかかる」
「な、なんで僕が?」
「おぬしはそのくるくる回るのがあるから防御は堅いであろう?」
「そっちだって凍らせればいいんでしょ?」
「グズグズ言ってんじゃないわよっ!」
 タイタニアはおとな大になった球を頭上に掲げる。血走った眼でこちらを睨みつけている。
「切り刻まれなさいっ!」
 ドガァァァン! 激しく塔が揺れた。タイタニアは後ろによろけ、転がった気球が背後の床を切り崩していく。南側のバルコニーに煙幕が立ちこめている。その煙が晴れると、ボロボロに崩れた床の上に、ブラッドが立っている。
「お、オジサマ!? な、何故このようなところに?」
「おやぁ、これはミルキーちゃんじゃございませんカ。何でも、おいたが過ぎて父君を困らせているようですナ」
「こ、これはわらわと姉上との問題だ。ブラッド殿には関係ない」
「まったく、ご子息揃ってこれでは、ゲオルグ様もさぞ心労が絶えないことでショウ…おや、そちらは? その鎧の紋、どこかで見たような…」
「そ、それより、何しにこられたのですか?」
「そうでシタ! 私はエクレアさんを追ってきたのデスッ!」
「エクレア?」
「…カトルについていた、我が国の騎士だよ」
「ああ、ならそこにいる奴が殺したらしいです」
 ミルキーはタイタニアを指差した。ブラッド将軍の登場におののき、様子を見ていたタイタニアはぶるっと震える。
「え?…いや、私は殺していない…」
「…エクレアさんを殺したデスとっ!! ウオオ! エクレアさん・・・この悲しみ、怒り…晴らさずにはいられまセンッ!」
 ブラッドが剣を引き抜いて振りかざす。巨大な炎の渦が巻き起こり、バルコニーを焼き焦がしていく。
「わわわ! 早く逃げなくては…ああなってはオジサマは止め様がないっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 ミルキーとシルディは階段へ飛び込んだ。タイタニアは炎の渦の中で絶叫する。
「な、なんで私がこのような…アアッッッ!」
 爆炎と共に北の塔が爆発し、上層部が崩れ出していく。ミルキーとシルディは必死の形相で塔から駆け出してきた。

「…あのバカが」
 ゲオルクが苦々しくつぶやいて王座を立つ。その横に側近が近付いた。
「城の方はいかがなさいますか? まだ、こちら側に…」
「いや、もう良い。適当な場所に出せ。わしは地下室に行く。後のことはそちに任せる」

 北の塔が立つ平野の側の小高い丘に、アドレア軍とジャンバラヤの部隊が対峙している。ミルキーとシルディは、二人並んで戻ってきた。
「どうするの? また戦うわけ?」
「…王宮が出ればそちらに向かう。襲いたければ勝手にしろ」
「僕等もそこに行くよ。決着をつけるのはその後でもいいでしょ?」
「フン…」
 ミルキーははっきりとは答えない。すると島の中央部分の上空の雲が暗雲に包まれ、雷鳴と共に巨大な城がゆっくりとその姿を見せ始める。アドレアの兵士たちは恐れおののき、べオ・ウルフたちは敬礼の代わりなのか遠吠えをし始める。
 城は、ゆっくりとだが、地上へと降りてきているようだ。
「…信じるならついてくるがよい。但し、わらわが見逃してやっても、他の者どもがどうするかは知らんぞ…」
 そういって陣地に入っていく。シルディはぽりぽりと耳の前を掻きながらアドレアの陣に入っていく。
「王子、大丈夫ですか?」
「ああ…ミルキー軍が動き出したらその後を追ってくれ」
「…はあ? 正気ですか?」
「何だ、クリフ。利用できるものはみんな利用のは君の主義でしょ」
「そ、そうですが…」
「僕は少し休むよ」
 シルディは自分の天幕の中に入る。ソフィアが席にすわったまま出迎える。
「お疲れ様でした」
「カトルたちはどこにいる?」
「さあ…わかりません」
「風の精がついているんじゃなかったのか?」
「帰ってきておりません。ですので、無事だとも、そうでないともわかりません」
「そう…」
 シルディはそういうと、椅子にどっかりと腰を下ろした。そして水を口に含む。
「…いよいよ決戦だね」
「正直言うと、行かしたくありませんが、この状況では行かざるをえませんね」
「…やるしかないよ。やるしか」
 シルディはそう、自分に言い聞かせる様につぶやいた。
 
by 中村嵐

17th SCENE カース オブ ダークネス
 
 林の中の、川のほとり。クリスタルソードが、木立ちの眩しさの中で、ゆらめきを見せている。輝きの残像が剣先の筋となり、川面の照り返しがキルシュの目にまぶしい。
「あんたってめでたいわねえ…」
「そう?」
「死にかけて、動けるようになったら、もう剣振ってんだから…」
「でも正直、体はかなりだるいけどね」
 中段で構えるカトル。ぴゅっ、と一回転して、キルシュがその肩に止まる。
「そりゃそうよ。回復魔法ってのは、あくまでその人間の回復力を促進するだけなんだから。あんな大怪我を一気に直したんだから、体力が無くなって当然よ。普通の人間だったら返って死んでるわよね…あっ…」
 飛びあがったキルシュがカトルの陰に隠れる。後ろを振りかえると、黒衣に身を包んだ青白い男がいる。鋭い眼光はいかにも一癖も二癖もありそうな感じである。少なくとも悪人だな、とカトルは思った。
「これはこれは。さすが赤毛の勇者殿。もうお元気になられたようで」
「ええ、こう見えても結構丈夫なんですよ…うん?」
 後ろからキルシュに髪を引っ張られる。くちびるがひん曲がっていた。
「ちょっとよしなさいよ。あんな邪気むんむんの男と話すの」
「そりゃまあ、友達になろうとは思わないけど、助けてもらったからね…」
「あんたに回復魔法かけたのはブラウンの方よ」
「兄者」
 ケルツハウトの後ろから、ブラウンが現れる。後ろにはカムカム姉妹も控えていた。
「ゲオルグの宮殿が現れました。私は向かいます」
「ふぅむ、そうですか。そう慌てなくてもいいでしょうが、あなたが行くというのなら仕方ありませんね…ん?」
「カトル、準備できたぞ?」
 エクレアが荷物を持って天幕から出て来る。それを見てパルフェが眉間にしわを寄せる。
「行くって…まさかゲオルグのとこに?」
「…他に行くとこ無いですけど・・・」
 慌てふためくパルフェ。しかし、カトルはきょとんとしてしまっている。
「お前、間違い無く死ぬぞ? 手下に負けたのに、その親玉なんて…」
「あの魔女にやられたのは、私を庇ったからだ。…一人なら負けはしない」
 視線をそらしながらエクレアがくちびるを噛み締める。彼女とカトルを、交互に見る。カトルはぽりぽりと頭を掻いていた。
「おい、ブラウン? 止めないと…」
「無理よ無理。あれは死んでも直らないわ」
「そういう問題かよ…」
 茶化すように言うアンジェにパルフェはいらだつ。丸眼鏡を外して、ふぅっと息で埃を飛ばすと、ブラウンは背中をむけたままのケルツハウトに問い掛ける。
「兄者。どうしますか? 止められはしないですが、死ぬとわかっている人間に何もしないのも気が咎めます」
「私は別にどうでもいいのですがね。かわいい弟がそういうのなら人肌脱ぐことにしましょう」
「…兄者?」
 ブラウンの顔が曇る。嫌な予感がどんどんと増幅していく。長いローブの袖から、物をつかんだ彼の手が出てきた時、ブラウンから血の気が引いた。
「あ、兄者…そ、それは!?」
「フフフ…勇者殿。どうしてもいくというのですか?」
 黒い宝石を手にしたまま、微笑を浮かべてケルツハウトが問う。カトルも微笑み返した。
「ええ、もちろん」
「…死ぬとわかっていて、ですか?」
「ええ」
「何故です? ゲオルグを倒すのに、命を捨てるほどの価値も義務も、君にあるとは思えませんね。今手にしている名声だけでも、充分に生きていけるでしょう?」
「ふふふ…まいったなあ」
 ぽりぽりと頭を掻きながら、カトルは横を向いてしまう。あまりにも場ににつかわない仕草に、ケルツハウトを除く一同が唖然としてしまう。キルシュは細い目でカトルを見つめる。
「…あんた、とうとう逝っちゃったのかしら?」
「…ケルツハウトさんたら、自分で答えを言っておいて、さらに僕に聞くなんて、計算高そうに見えて結構お茶目なんですね…」
「…お茶目? 私が?」
 恐らく、そんな形容詞で呼ばれたのは、ケルツハウトの人生の中で初めてだろう。彼が怪訝な表情をしていると、こちらに向き直ったカトルがきりっとした瞳で彼を見据える。
「ケルツハウトさん。さっき、僕のことを何と呼びました?」
「…『赤毛の勇者殿』、ですね。…なるほど、そうでしたね。あなたは勇者様でした。これはこれは私としたことが、お恥ずかしい…」
「ふふふ…」
「フフフフ…」
「…なーに、気が合ってんのよ…」
 キルシュがあきれ返って両手を振る。咳払いをすると、ケルツハウトがいつもの表情に戻ってカトルを見据える。
「あなたの剣戟は、世界無数でしょう。剣でなら、絶対負けるということはないかもしれません。しかし、魔法が相手となると、どうか…ゲオルグや、その娘・ティアラのような圧倒的な魔力の前には、場合によってはなすすべなく打ち負ける可能性もあるでしょう…」
「まあ、そうでしょうね…」
「私は生来、正義とか愛とか、そういうもの程嫌いなものはありません。しかし、あなたは気に入りました。そこで特別に、あなたに魔法と五分になる秘儀を授けましょう…」
 そういうとケルツハウトは、漆黒の宝石を地面に投げ捨てた。そして両手を印を組むと、呪文を唱え始める。
「兄者、正気ですか!?」
「ブラウン、どうしたっていうの?」
 脂汗が流れている。それを後ろから拭いてやりながらアンジェが聞く。
「…一つ間違えば、カトルは…いや、ここにいる全員が死ぬ!…」
 そうはいっても、ケルツハウトを止めることは出来ない。自分が死ぬだけだ。後はもう、カトルにかけるしかなかった。
  
「ケッ〜〜〜! ケッケッ!」
「ライタ、うるさいわよっ!」
 部屋で飛び跳ねるペットの鴉に向かって手近な物を投げつけるティアラ。しかし、ライタの興奮は収まらない。そういうティアラの震えも止まらない。
「な、なによこれぇ…こ、怖い!?」
 
 アドレアの行軍。騎乗から振り返るシルディ。後方の空が一部だけ、黒く黒く濁っていた。雨雲と言うわけでもなさそうだ。
「…一体、何だろう…」
 それを横目に見ながら、ソフィアは奥歯を噛み締める。
「ケルツハウトめ…何をする気なの?」
 
 突然レディがひざまづく。びくっとしたシモンが振り返った。
「どした? 足でもくじいたか? 早くしねえとカトルたちに追い抜かれんだろ?」
 近寄ってひざまづく。レディは頭を両手で抱え、ぶるぶると震えていた。
「怖い…」
「どうかしたのか?」
「なにか…何か入ってくるみたいっ!」
「レ、レディ?」
 
 宝石から立ち上る灰色の煙が、渦を巻いて上空に登っていく。息も出来ないような強風。立っていることも出来ないような風圧。踏ん張るカトルのクレリアアーマーの後ろ首で、つかまっているキルシュが強風の中の洗濯物の様になびいている。
「カ、カトルッ! 斬りなさいっ! あの男殺して止めなさいっ!!」
「そんなこと言われてもねえ…」
「そんな呑気なこといってる場合じゃないでしょ? 殺されるわよっ!!」
 風が、段々と弱まってきた。それととも煙も晴れていく。そしてケルツハウトの前に、漆黒の刃を持つ大剣が、地面に突き刺さっている。先程の宝石から生えたような感じだ。
「気持ち悪いわ…」
「ああ、なんか魂が吸い取られそうな感じ…」
 カムカム姉妹はぐったりとした顔でしゃがみこんでいる。ブラウンも脂汗を掻いていた。カトルがゆっくりと、その剣に近付いていく。
「…これは?」
 カトルが尋ねる。ケルツハウトはにやっと笑みを浮かべた。
「知りませんか? カース オブ ダークネスですよ」
「暗黒剣?…本物ですか?」
「ええ、もちろん」
 カトルは鼻の下をかいている。ひざまずいたままのエクレアが、剣を見据えたまま呆然としていた。
「暗黒剣? 伝説十刀のひとつ、邪剣・カース オブ ダークネスだというのか?」
「ケルツハウトさん。僕はクリスタル・ソードを持っているんですけど?」
「ええ、それも伝説十刀の一つ…切れ味・剣としての扱いやすさはそちらの方が上でしょう。しかし、この剣はある特徴を持っていましてね…」
「何よ、邪剣の癖に、魔力キラーだとでも言う訳?」
 キルシュが叫ぶように言う。ケルツハウトはにこやかな顔で首を振る。
「いえいえ…この剣には、力を吸い取る作用があるのです。実は今、皆さんが少々体がだるく感じているのは、この剣が生気を吸い取っているからなのですね。当然魔力を吸い取ることが出来ます。まあ、言いかえれば、魔力を無効化できるとでも言うのでしょうかね…」
「ふ〜ん…」
「ちょ、ちょっと待ちなさいって!?」
 キルシュの制止を聞かず、カトルが剣をつかむ。クリスタルソードも両手持ちの大剣だが、これはさらに一回り大きい。バスタードソードと同じ形である。長方形で切っ先が三角、そして両刃である。斬るというよりは、その重さで叩いて鎧ごと砕くものだ。重装歩兵による歩兵戦が発達した西方の国々で主に使われている。クリスタルソードも形こそバスタードソード型だが、重さがほとんどなく、切れ味も鋭い。まるで東方剣術の様にカトルは使っていた。カトルは暗黒剣の柄を握ると一気に引き抜いた。
「…んん!?」
 体に何かが流れてくる。どす黒い欲望。そして本能。体中の血が沸き立つような感じ。心臓がドクンと揺れて、右膝を突く。剣はバチバチと唸りをあげながら、黒い煙を立ち上らせている。カトルの足元の草原が、次々と枯れ、その輪が広がっていく。
「…はあはあ…」
 息を切らしながらも、カトルがゆっくりと立ちあがる。剣を一度振り、そして地面に剣先を置く。額から汗が流れていた。
「どうですか? 暗黒剣は?」
「かなり重いですね。クリスタルソードは片手で使う時もあるけど…これは両手じゃないと扱えないね…」
「ふぅむ…しかし、さすがは赤毛の勇者殿です。暗黒剣を握ったと言うのに魂を奪われないとは…普通は魂をとらわれて、自制が聞かず殺人鬼と化すのですがねえ…」
「な、何だとっ!?」
 エクレアが怒号を上げる。しかしケルツハウトはすまし顔だ。
「取り敢えず、これで最初のテストは合格です。剣を扱うことが出来る、と。まあ、ダメージを受けたりして精神力が弱ってくるとどうなるかはわかりませんがね…では、最後のテストです」
「…テストがあるのは聞いてないですけど?」
「フフフ…抜き打ちですよ。あなたは今、暗黒剣を握ってはいる。しかし、魔力を打ち消せるかどうかはわからない。それが出来るかどうかが、最終テストです」
 そういうとケルツハウトは空高く浮きあがった。それと共に、両手を掲げる。暗黒のエネルギー球が、バチバチと音を立てながらどんどんと巨大化していく。カトルは剣を持ち上げる。少しふらついたが、どっしりと腰を落とすと、両手でしっかりと握って縦に立てる。
「お、おい、カトルが受け止められなかったらどうなんだよ?」
「…全員死ぬな」
「そ、そういう冷静な答えをしている場合かよ!?」
 パルフェはブラウンの腕をつかむ。しかしブラウンは、険しい目つきでただカトルを見つめていた。
「さっき言っただろ…下手すれば全員死ぬと。今はもう、カトルにかけるしかない…」
 いくらカトルとはいえ、初めて使う暗黒剣で兄の強大な魔力を受け切れるのか。不安しかない。しかし、自分にはどうしようもない。あの兄者が自分たちのことなんて考えているわけも無い。ただ、自分の無力感が口惜しかった。
 カトルがきっとケルツハウトを睨む。ケルツハウトはとてもうれしそうに微笑んだ。
「さあ、来いっ!」
「いい返事ですっ!」
 ケルツハウトが両手を下に振る。家1軒はありそうな巨大なエネルギー体が高速で迫ってくる。カトルは1歩右足を下げると、手首を寝かせて水平に剣を振る。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 バシュンと言う激しい音。鼓膜が破れそうで、そして閃光で目が焼けそうで、エクレアは頭を抱え込んだ。さらに爆風で、しゃがんでいるのに吹き飛ばされた。草むらの中を転がる。
「カ、カトル!?」
  
by 中村嵐
18th SCENE 決闘の庭で
 
 山の麓に、魔王城は降り立っていた。大理石の宮殿風の城である。城壁に見張りは立っているが、門は広く開け放たれている。ミルキーの部隊はその手前で駐留していた。アドレアの部隊は少し離れたところで進軍を止める。
 ミルキーだけが、門の前に立った。そして手招きをしている。馬を歩ませようとしたシルディの馬の綱をクリフが握る。
「王子、お待ちください。罠かも知れないのですよ?」
「どちらにしろ、相手の城に入らなければしょうがないでしょ?」
「そういう問題ではないでしょう!」
「クリフ。ここまで来たら行くしかありませんでしょう?」
「あ、姉上まで何を!?」
 するとソフィアは馬から降りる。そしてシルディの前に跪いた。突然のことに、シルディは半分きょとんとした顔で彼女を見下ろす。
「王子…王子の命は、わたくしめが命に代えてお守りします。ですから、東の塔の時の様に私を庇うような真似はしないでください。例え敗れたとしても、王子がいてこそアドレアがあるのです。例え卑怯と言われようと、軟弱者と言われようと、私は王子の命を第一に致します」
 険しい顔で見つめるソフィア。クリフも言葉を失った。シルディは魔王宮の方に目をやった。ベスティアがソフィアの肩からふんわりと浮かぶ。ちりちりと光の粉を撒きながら、肩にかかる木の葉の様にしてシルディの耳元でささやく。
「行かれるのですか?…勇者様?」
「今まではただ…闇雲に戦ってきた。ただ兄上の代わりを務めようと、必死で戦ってきた。でも、今僕は思う。行かなければならないと。そう思うんだ…」
「でもあなたは…何が正義で、何が悪なのか…迷っているわ。とても、危険。その迷いを振りきるために剣を振るうのは、とても愚かなこと…」
 とつとつとした喋りが、かえってシルディの胸に染みる。
「そうかもしれない。でも、僕は行くよ。人々が生きるために、誰かが戦わなければいけない。ならば僕が行くよ。それがカトルの覚悟なんだから…」
 ゆっくりと、ベスティアが昇っていく。光の粉が、アドレア軍の陣に舞う。兵士たちが手を広げてその粉を受ける。
「なんて暖かいんだ…」
「シルディ王子に、神の御加護を!」
「オオッッ!」
 兵士たちの雄叫びが上がる。それらに目をやってから、シルディは馬を城門に向けて歩ませる。晴れ渡った空なのに、どうしてか肩に重かった。

 広い中庭だった。様々な魔物たちが、その周りを取り囲んでいる。生垣から顔を出すもの、屋根の上に上るもの…そして広場にはただ、ティアラ一人が立っていた。まるで人形が着せられているような、フリフリの服だった。すましてすわっていればきっと見間違えるろう。余りにも場違いな格好に、シルディは顔を曇らせる。
「ミルキー…うん?」
 震えていた。ミルキーはガタガタと震えていた。噛み締めた歯がぎりぎりと軋み、膝が今にもどうにかなってしまいそうな程であった。しかし、彼女は大きく息を吐くと腰の剣を抜いて剣先をティアラに向けた。
「姉上っ! 積年の恨み、今こそ晴らさんっ! いざ…いざ勝負!」
「もうや〜ねぇ。たった百年かそこら、からかっただけでいじけるなんて…」
「何をっ!? 私が初陣で大陸に出兵するのをやめさせたのは誰じゃ!? そのせいで私がどんな思いでいたかわかるのかっ!?」
「あらあらぁ。あなたよりよっっっっぽど強い4人の弟たちがどうなったか忘れたのかしら? あなたのことを思ってやったことなのにねえ。逆恨みされても困っちゃうわぁ」
「それがっ! その最初から人を見下した態度が許せんと言っておるのじゃ!」
 憤激を顔一杯に表すミルキーに対し、ティアラはにこにこと笑顔を絶やさなかった。
「まあ、ちょうど暇だったし、少し付き合ったげてもいいわよ」
 にこにこと笑いながらも、増幅する魔力に木の葉が揺れる。半獣化するミルキー。昴を抜いたシルディが横に立つ。
「あらあら、人間の手助けを借りるの?」
「悪いかっ!」
 投げやりに怒鳴り返すミルキー。しかし、ティアラはとても嬉しそうに微笑むのだった。
「ウフフ…その方が楽しめそうだからいいわっ!」
 真上に飛びあがって滞空すると、くるりと一回転。ドレスが幾重にも別れ、刃となって辺り一面を切り裂いた。大地と言わず、壁と言わず、次々とその破片が宙に待った。シルディの回りを北斗が滞空しながらその刃を弾き返す。逃げ惑い、また切り裂かれた魔獣たちの断末魔が一面に鳴り響く。
「な…なんのつもりなんだよ、あいつは!」
 もし自分一人、もしくはミルキー一人狙っていたのなら、今頃はバラバラになっていただろう。それを弄ぶかのように暴れている。ミルキーはぱっと後退して時折襲ってくる刃を弾いていた。じりじりと間合いを離す。
 しばらく暴れ続けた後、ティアラは回転を止めるとゆっくりと着地する。そしてこちらを見るとにっこりと笑った。
「どう? このぐらいで満足かしら?」
「なめるなぁぁぁぁぁっ!!」
 ミルキーが飛び上がって襲いかかる。シルディも駆けた。
「ソフィア! クリフ!」
「ははっ!」
 右に逸れてクリフが弓を放つ。ソフィアの風の魔法でシルディが加速する。北斗を従え正面から迫る。地面を蹴って上空からミルキーが行く。
「覚悟っっっ!」
「せいっ!」
 ほぼ二人同時に斬りかかる。シュンとワープしてティアラはなんなくかわす。地面に着地したミルキーは間髪入れずに攻めたてる。シルディもそれに続く。しかし、クリフの弓も、ミルキーの氷魔法も届かない。反撃することもなく、ティアラはただ庭ではしゃぎまわる子猫の様に跳ね回った。ぽんと地面を蹴ると、先程の立ち回りで崩れて斜めになっている柱の上に着地した。
「ウフフ…終わりなのぉ?」
「黙れっ!」
 氷の刃が柱を真っ二つに裂く。跳ねあがったティアラ目掛けてミルキーが飛ぶ。しかしティアラがきっと睨みつけると、ミルキーは丸太でも吹っ飛んで来てぶつかったような衝撃を受けて地面に叩き付けられる。
「行くぞっ!」
 ティアラの着地目掛けてシルディが走る。しかし、その目の前に漆黒の鎧をまとった大男が立ちふさがる。鉄仮面を付けたその男の迫力に、シルディは思わず立ち止まる。
「これはこれは、アドレアの王子殿。私は、ブラッド・レノ・テンプルと申しマス。以後、お見知り置きを…と言っても、今日でアナタ、死んでしまいマスがね」
「な、何?」
「我が妹、フローラの仇、取らさせて頂きマス!」
 腰の大剣を抜いて振り下ろす。シルディは右に体を崩し、地面を転がってよける。顔を上げた時には、ブラッドは既にその大剣を右手一本で持ち上げていた。
「殺られるっ!?」
 ドゴッ! ブラッドの体を爆音が包む。ソフィアの電撃魔法。しかしブラッドはまったく怯む様子は無かった。
「おやおや、私とシルディとの決闘に割り込むとは。さすがアドレアの兵士は、無抵抗の我が妹を惨殺しただけあって、やることが一味違いマスネ…」
「妹…惨殺?」
 眉をしかめながらつぶやくシルディ。そんなとまどいを余所に、ブラッドは剣戟を唸らせる。
「アッハッ八ハッ…愉快っ! 愉快です!」
「つ、強いっ! 強すぎるっ!?」
 北斗をフルに使っても、攻撃を受け切るのが精一杯。横殴りの一撃を昴で受けると、その反動でシルディは吹き飛ばされた。
「王子っ!」
 ソフィアが魔法でその衝撃を和らげながらシルディの体を受け止める。
「…ソフィア、七支剣を…」
「行けません。今のお体には危険過ぎます。…それに、お子を持った身で、果たして呼び出せるか…」
「…くそっ、このままじゃ…」
 一方、先程地面に叩き付けられたミルキーは体を起こしながら咳き込んでいる。そこにゆっくりとティアラが着地する。
「やだぁ、オジサマったら、私の楽しみを奪うなんてぇ。でもまあ、シルディは前からオジサマが狙ってたから仕方ないんだけどねえ、せめて一言言ってくれてもねえ。ねえ?」
 相槌を求められるミルキー。吐き捨てるように言った。
「知るかっ!」
「あらあら、そんな言い方して、自分の立場わかっているのかしら? 私と一対一なのよ? ねえ?」
「何をっ!?」
 闇雲に両腕を振り回すが、その鋭い爪はただ宙を切る。すっとティアラが消えた。ミルキーが後ろに振りかえると、目の前に立っていた。かっと睨むと、ミルキーは踊り場の廊下の法へ吹き飛ばされ、柱を真っ二つに砕いて貫通する。
「うう…ガハッ!」
 吐血するミルキー。それにゆっくりと歩きながら近付くティアラ。
「やぁだぁ。人間じゃないんだから、このぐらいじゃ死なないでしょぉ? 躾で死なれたら、たまったものじゃないものね」
「な、何をふざけた…ガッ!?」
「ウフフ…どうしたの? お姉さんにもう一度聞かせてくれないかなぁ?」
 腹に蹴り上げる。ミルキーは咳き込みながら、唾液と血が混じったものを床に流す。視線の先のシルディも、ソフィアに肩を借りながらひざまづいていた。ブラッドが高笑いをあげる。
「アッハッハッ…弱過ぎマスねえ、アナタ。つまらなすぎマス。こんな相手に殺られたのデスか…フローラは不甲斐ない夫を持って憐れでシタ…」
「さっきから何を…」
 クリフが剣を構えてブラッドとシルディの間に立つ。目を丸くしてクリフを見るブラッド。
「…邪魔をするんデスが?」
「殺るなら俺を殺れ! お前の妹を殺したのは俺だっ!」
「ク、クリフ!? 逃がしてあげたんじゃ…」
「…子供がいては、復讐は必至。生かしておくわけには行きません!」
「そ、そんな…」
「いやいやいや、ワタクシは感動致しまシタ。それこそまさに戦場のコトワリ。それをわからぬ主君を持って、さぞ大変でショウ…しかし、今日でその気苦労も終わりデス。ワタクシも戦場のコトワリを持ってあなたに応えまショウ!!」
 大剣を高く振り上げる。クリフは動かない。シルディはかばおうと立ち上がるが、ソフィアが彼女を引っ張って後ろに下がる。
「クリフっっっっっ!?」
 ドゴォォォン! 辺りを包む爆煙。クリフもシルディの方へ吹き飛んだ。鎧をボロボロにして、仮面も半分崩れたブラッドが煙の中から姿を現す。大きくくぼんだ、充血した眼がシルディにさらなる恐怖を感じさせる。
「…やれやれ、これだから人間は礼儀を知らぬのデス…」
「礼儀? そいつはうまいのか? ギャハハ!」
 城壁の上に立つのはシモン。腰から抜いた魔導剣の切っ先をブラッドに向けた。
「ヒーローというのは、常に最後に登場するもんなのさっ!」



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