桜花(さくらばな) ヒラヒラ ヒラヒラ ヒラヒラと 桜の花が舞い落ちる 風に吹かれてヒラヒラと 桜の花が舞い踊る 桜花に包まれて 夢の世界に遊ぶ君 柔らかい 陽射しの毛布 身体にかけて 僕はただ立ちすくむ あんまり桜が綺麗だから あんまり君が素敵だから 声を掛けることも出来ずに ただじっと見つめる やがて 君はゆっくりとまぶたを開けて 僕を見つけて微笑んだ 「おはよう」って
土屋瑠佳がどんな人間なのか、と、そう聞かれれば、たいていの人間が少し
考えた後にこう答えるだろう。美人で成績も優秀だけど、とっつきにくい優等生、と。
もしも本人がその評を聞いたとしたら、少し笑って受け入れるだろう。実際、
自分自身でもそう思っているのだから。
親友と呼べるような友人は、いない。休み時間はたいてい一人で本を読んでいる。
話しかけられれば答えるが、自分から誰かに話しかけることは滅多にない。 いつもぴんと背筋を伸ばし、毅然とした態度を崩すことがない。
そんな彼女に、唯一去年からまとわりついているのが、大滝修司 (おおたきしゅうじ)。小学校の頃からの付き合いである。
中学に入ってから身にまとう空気を一変させた瑠佳と、今でも昔と変わらずに
接しているのは、多分彼だけだ。
大滝修司はどんな人間か? この問いには様々な答えが返ってくるだろう。
成績優秀。スポーツ万能。お調子者。クラスのムードメーカー。
そして、プレイボーイ。
どんな評価も悪意を持って語られることはまずなく、どの行動も微笑ましいと
思われているような、そんな人間。ある意味で瑠佳とは対照的な人物だ。
朝、下駄箱を開けたらまず靴より先に手紙を取り出す。それが修司の最近の
日課だった。去年はそうでもなかったが、今年に入ってからは下駄箱に手紙の
入っていない日のほうが珍しい。
「下駄箱にラブレター? 古典的ね」
棘のある言葉に、苦笑を浮かべる。右手でピンクの封筒を持ったまま修司は
声の主のほうへと向き直った。
「あらら? もしかして妬いてくれちゃってるの? 瑠佳ちゃん」
「呆れているのよ。まさか、会いに行ったりはしないでしょうね?」
「んー、どうしよっかなぁ。わざわざお手紙くれたのに、無視するのも悪いよね。
まぁ、書いてある内容次第だけど」
「あんまり遊んでいると、そのうち背中から刺されるわよ」
素っ気なくそう言うと、瑠佳は上履きに履き替えて修司に背中を向けた。御忠告、
感謝、とおどけたような言葉を背中から投げ付けられ、彼女はきゅっと下唇を噛んだ。
何故だか最近、妙に苛々する。
理由は分かっている。最近、自分につきまとってくる人間が増えたせいだ。
その、自分の苛々の元凶の一人を廊下の先に見つけ、瑠佳は眉をしかめた。
現生徒会長、各務信哉(かがみしんや)。いつものように複数の女の子を連れて
歩いている。生徒会用の特別製の白い制服が似合っているのは認めるし、整った
容貌をしているのも確かだ。だが、どうして彼がそんなにもてるのか、どうしても
理解できない。
(もっとも、それは他の人でも同じ、か……)
他人の気持ちを理解しましょう。小学校ではよく言われた言葉だ。相手が
何をしてほしいのか、何をしてほしくないのか、相手の気持ちになって考えてみれば
きっと分かるはずです……。
(自分の気持ちも分からないのに、他人の気持ちなんて、分かるはずないじゃない)
心の中でそう呟いた瑠佳に気付き、各務が片手を上げる。
「やあ、ハニー。元気だったかい?」
「……どうも」
「相変わらずつれないなぁ。たまには笑顔を見せてはくれないのかい?」
「生憎と、楽しい事もないのに笑えるほど器用じゃありませんので。御用がなければ、
これで失礼します」
素っ気なく一礼すると各務たちの横をすり抜ける。その時取り巻きの女の子
たちからきつい視線を向けられたが、いつものことなので気にしない。
だが、今日はそのまま行くことはできなかった。珍しいことだが、各務が
彼女の肩を後ろから掴んだのだ。
「まぁ、待てよ。今日はこの前の話の答えを聞かせてほしいんだけどね」
「そのお話でしたら、もう何度もお断りしたはずですが?」
「君にとっても悪い話じゃないと思うけど?」
不思議そうにそう言う各務に、瑠佳は小さく溜め息をついてみせた。
「では、こう言えば分かってもらえますか? 私、こう見えてもめんくいなんですって。失礼します」
「なっ……」
ニッコリと笑顔で言われ、流石に各務が一瞬絶句する。くるりと踵を返した
瑠佳の肩を取り巻きの一人が掴んだ。
「ちょっと、あんた! 信哉様にちょっと目を掛けられてるからっていい気に
なってんじゃないわよ!?」
「……暴力は、嫌いなんですけどね」
小さくそう呟くと瑠佳は自分の肩を掴んだ女生徒の手首にそっと手を重ねた。
きゃっと小さく悲鳴を上げて女生徒が手をひっ込める。ゆっくりと振り返りながら
煩わしげに瑠佳は前髪をかき上げた。
「こう見えても私、柔道と合気道の段持ちですから。それでもというんなら、
お相手しますよ」
「う……」
取り巻きの女生徒たちがたじろぐ。憮然とした表情を浮かべて各務が口を開き
かけたとき、緊張感のない声がその場の緊迫した雰囲気をぶち壊した。
「あっれぇー? みんな集まって何してるの? そろそろ教室行かないと、
予鈴が鳴っちゃうよー?」
「大滝くん……」
げんなりとしたような視線を瑠佳は各務たちの背後へと向けた。頭の後ろで
手を組み合わせ、へらへらとした笑いを修司が浮かべている。
「あ、生徒会長、おはようございまーす。どーしたんですか? こんな所で?」
「ああ、いや、別に大した用じゃない。それじゃ、土屋さん」
ぎこちない笑みを浮かべながら各務が片手をあげる。無言で一礼すると瑠佳は
踵を返した。その後を小走りに修司が追いかける。彼女のことを追い越す瞬間に、
彼はぼそっと囁いた。
「無意味に敵作ってどーすんだよ?」
「……壊したいのよ、何も彼も」
修司の背中に向かってそう呟く。おそらくは彼の耳には届かないだろうと
思いながら。
予鈴の音に紛れて、小さく彼が舌打ちをしたような気が、した。
「何だ? 瑠佳の奴、また掴まってるのか……?」
校門の前で一年の少年に話しかけられている瑠佳の姿に目を止め、修司は
そう呟いた。彼のことは良く知っている。三谷一馬(みたにかずま)、無所属。
瑠佳に一目ぼれしたと広言し、ひたすらアタックを続けている少年である。 彼が瑠佳を落とせるか否か? もし落とせるとしたらその時期は何時か?
諦めるとしたら? そんな賭が校内で半ば公然と行われているほど、彼の行動はあからさまで人目をはばからない。
まぁ、単純にそれだけならば、何も問題はない。不謹慎かもしれないが、
しょせんは他人事である。瑠佳と一馬、二人が恋人になるならないで自分が 口を出す必要はどこにもない。
だが、問題なのは一馬が美少年であることだ。各務のように常に取り巻きを
連れているわけではないが、彼のファンクラブの会員と称する女生徒は数多い。
そういった人間の目に瑠佳がどう映るかといえば、それはもう考えるまでもない
事で、各務と一馬、二人に好意を持たれながらそのどちらにも答えようとしない
瑠佳の評判は、女生徒の間では最悪に近かった。
「ったく……何考えてんだよ、瑠佳」
いらただしげにそう呟くと、修司は大股で二人のほうへと歩き始めた。
「どうしても、駄目ですか? 土屋先輩」
「正直いって、あなたの事は嫌いじゃないわ、三谷くん。でも、恋人にできるほど
好きでもないの」
瑠佳の言葉に、一馬が表情を歪める。小さく溜め息を付くと、瑠佳は一馬のことを
正面から見つめた。
「ねぇ、三谷くん。一つ、質問をしてもいいかしら?」
「は、はい。僕に答えられることなら、どんな事でも」
「あなた……私のことを殺せる?」
すっと言われた言葉に、一馬が一瞬頷きかけて凍り付く。数度瞬きをし、
彼はのろのろと問い返した。
「え……? 今、何て……?」
「あなた……私のことを殺せる?」
口調も表情も全く同じに瑠佳が問いを繰り返す。ははっと乾いた笑いを一馬は
浮かべた。
「心理テストか何かですか? 嫌だなぁ、一瞬びっくりしちゃいましたよ」
「冗談でも心理テストでもないわ。そのままの意味よ」
表情一つ変えずに瑠佳がそう言い、あははと意味もなく一馬は笑った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。殺すって、ナイフで刺したりとか、首を
締めたりとか、そういう事ですか?」
「まぁ、そうね。首の骨を折るっていうのもありだけど、あなたには難しいで
しょうから。どう? 出来る?」
「出来るはずないでしょう!? そんな……そんなこと」
思わず大きな声を出してしまい、はっと一馬が口を押さえた。にっこりと笑うと
瑠佳は自分の胸に手を当てた。
「私はね、出来るわ。自分の好きになった相手の願いなら、どんな事でも叶えて
あげたいって、そう思うから。
だから、私はいま生きているんですもの」
「……どういう、意味ですか?」
「そのままの意味よ。そのままの、ね。
……だからね、三谷くん。私とあなたじゃ釣り合わないの。私みたいな怖い女と
付き合うには、あなたは純粋すぎるもの」
瑠佳の言葉に、怒ったような困ったような、微妙な表情を浮かべて一馬が首を
振った。
「そんなの……変だよ! 土屋先輩、自分の周りに壁を作ってるじゃない、自分で。
そんなんじゃ、何時までたったって独りぼっちじゃないか。寂しすぎるよ、 そんなの!」
「……だから?」
「え?」
「私が独りぼっちで『可哀そうだから』、私の恋人になりたいって言うの?
私のことを憐れんでいるの?」
怒っている口調ではなく、淡々とそう言われて一馬が言葉に詰まる。
「そ、そういう訳じゃ……」
「あなたは優しいのね。
でも、私が欲しいのは、優しさじゃないの、残念だけど」
瑠佳の言葉に何かを言いかけた一馬が、瑠佳の背後に視線を向けてアッと小さく
声を上げた。
「危なっ……」
「え? きゃぁ」
鞄で後頭部をはたかれて瑠佳がその場にうずくまる。突然の乱入者と瑠佳のことを
おろおろと一馬は交互に見た。
「カーバ。なに後輩を苛めてるんだよ、瑠佳」
「つ〜。大滝くん、その鞄、もしかして辞書か何か入ってない?」
後頭部を右手で押さえ、涙目になって瑠佳が修司のことを見上げた。おお、と、
手を叩いて修司が笑う。
「そう言えば今日は英和と漢和と国語の辞書を持って帰るつもりだったんだ。
忘れてたわ。悪いな」
「……そう」
「あ、あの、大滝先輩、でしたよね?」
おずおずと問い掛けられ、修司は一馬のほうへと視線を向けた。
「おっと、俺のことを知ってるのか? 有名人じゃん、俺って。
ま、ともかくさ、少年。今日は帰って一晩ゆっくり考えることだな。そんな
混乱した頭じゃ、ましな考えなんて出やしねぇぞ?」
「え、ええと……」
「少なくとも、瑠佳はお前のこと嫌いじゃないよ。こいつがあれだけ長く一人の
人間と会話を交わすなんて滅多に無いことだからな。それだけ少年のことを 気に入ってるって証拠さ。
自信を持って頑張れよ、少年」
修司の言葉に、ぱっと一馬が顔を輝かせた。
「本当ですか!?」
「ちょっと、大滝くん!?」
「お、瑠佳の動揺した顔なんて久し振りに見れたな。結構、結構。命短し、恋せよ
乙女ってね。恋愛するのはいいことだ」
一人でうんうんと頷くと修司は一馬の肩を叩いた。
「ま、少年のほうがあの生徒会長よりは何倍もましだからな。負けるなよ?」
「は、はい! 頑張ります!」
「結構。じゃ、今日はこの辺で、な? あんまりしつこいとかえって嫌われる
からな」
修司の言葉にはいっと素直に一馬が頷く。駆け去っていく一馬の背中を
見送りながら、はあっと瑠佳は溜め息を付いた。
「……何を考えているの?」
「さぁて? 当ててみなよ」
おどけてみせる修司に眉をしかめると、瑠佳はスカートの埃を払いつつ
立ち上がった。すっと正面から射るような視線を修司へと向ける。
「自分がどれだけ残酷なことをしているのか、分かっているの?」
「ほら、俺ってエゴイストだからさ。それに、少年にとってもいい勉強になるん
じゃないかな。彼のことを想ってくれる女の子も多そうだし」
「……そう。なら、いいわ。さよなら」
素っ気ない口調でそう言うと瑠佳が修司に背を向ける。軽く肩をすくめると、
修司はその後へと続いた。
「なぁ、何が不満なんだ? 家族と何かあったのか?」
「別に……。夫婦の仲も円満だし、問題なんて何もないわ。
ただ、今、私の隣にあの人がいない、それが不満なだけよ」
「あの人?」
修司の言葉に足を止め、瑠佳が振り返る。にっこりと笑顔を浮かべて。
「詳しく聞きたい?」
「さぁて……話したいなら聞いてあげてもいいけど?」
「じゃあ、そのうち、ね」
「楽しみにしてましょ。ああ、そうそう。生徒会長には気をつけなよ。 彼ってば相当な近視みたいだから」
軽い口調でそう言った修司に、瑠佳はくすっと笑った。
「知っているわ。だから、いいんじゃないの」
「怖い女」
足を止めると修司がそう言う。彼のことを振り返ろうとはせずに、瑠佳は少し
笑った。自分でも、何が面白いのかは分からなかったけれど。
そうして、三日が過ぎて。校内の掲示板に、三谷一馬の停学処分を告げる 掲示が張り出された。理由は……生徒会長に対する暴行。
私物をまとめ、一馬は鞄の紐を肩に掛けた。クラスの人間の好奇の視線を
浴びながら教室を出る。既に授業は始まっている時間だから、廊下には人気がない。
教科書を読み上げる教師の声ぐらいしか聞こえない廊下を、一馬は一人 歩いていた。肩に食い込む紐が、いつもよりも重く感じる。
昇降口で、靴を履き替える。この時間は校庭を使う授業がないらしく、
外はしんと静まり返っていた。一回だけ校舎のほうを振り返り、一馬は小さく
溜め息を付いた。
(これで、いいんだ……)
自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟いて歩き始める。だが、 校門にもたれるようにして自分のことを見ている人物に気付いて足が止まる。
「つ、土屋先輩……?」
「何があったの? 三谷くん。あなたは、自分から喧嘩を売って歩くような
人間じゃないと思っていたけど」
校門から背を離し、僅かに咎めるような口調で瑠佳がそう問い掛ける。ふいっと
視線を逸らすと一馬は答えた。
「別に……ただムシャクシャしていたからです」
「私に関係があるんじゃないの?」
瑠佳の言葉に一馬が言葉に詰まる。ふうっと軽く息を吐いて瑠佳は一馬のことを
見つめた。
「ごめんなさい。私が悪いのね」
「違います! 土屋先輩は、全然悪くありません! 悪いのは、生徒会長です」
「彼を挑発したのは、私よ。私の行動があなたに迷惑を掛けたことに変わりは
ないわ。ねぇ、三谷くん。どんな話を聞いたの?」
「それは……言えません」
「いいのよ、気を遣ってくれなくても。大体予想はついているんだから。
仲間を集めて、わたしのことをレイプしてやるとか何とか、そんなことを
言っていたんでしょう?」
さらっとした口調でそう言われ、一馬が言葉に詰まる。くすくすと笑いながら
瑠佳は視線を空へと向けた。
「世の中の男全部がそんなに単純だとは思わないけど、彼は相当に 単純な思考回路の持ち主みたいだから。少し挑発されれば、すぐにそういう
馬鹿なことを考えるんじゃないかな、とは思っていたの」
「じょ、冗談でしょう? だって、そんな、自分の身に危険が……」
「……ねぇ、三谷くん。私が柔道と合気道で段を持っているの、知ってた?」
ふっと視線を一馬の方に戻しながら瑠佳がそう問い掛ける。唐突に別の話題を
振られて一馬は戸惑ったような表情を浮かべた。
「え? いえ、知りませんでしたけど……」
「どうして、私が武道なんてやっていると思う? 護身用なのよ。それも、
かなり切実な、ね」
「どういう……ことです?」
「私はね、レイプされたことがあるの。それも二回も。最初は小学校の時、
二回目は去年の夏休み。結局自分の身を守るには自分が強くなるしかないから、
親に頼んで武道を習い始めたの。
でもね、どんなに強くなっても、一度汚れた身体は綺麗にはならないから。
後はどれだけ汚れても同じは同じ。必要があるなら、何度でも泥をかぶってみせる。
そう思っていたんだけど、そのせいであなたにまで迷惑を掛けてしまったわね。
ごめんなさい」
そう言って頭を下げる瑠佳。言葉を失って立ち尽くしている一馬に怪訝そうに
彼女は小首をかしげた。
「三谷くん……? どうしたの?」
「どうしたのって……そんな、そんなこと、急に聞かされたら……」
「隠しているつもりは、なかったんだけど。話す機会もないから、話さなかった
だけで、ね。別に、隠す必要もないことだから。
ただ、そのせいで三谷くんに迷惑を掛けたのは、私のミス。償いになるか
どうかは分からないけど、私にできることなら何でもするわ」
瑠佳の言葉に、一瞬一馬が傷付いたような表情を浮かべた。
「僕は……別に、そういう事をして欲しくて、各務先輩を殴ったわけじゃないです。
あの人が言っていることを『僕が』許せなかったから、やっただけで、もしも
土屋先輩に今の話を聞かされていたとしても、きっと同じことをしたと 思いますから。
だから、どうか気にしないでください。失礼します」
瑠佳と視線を合わせず、素っ気ない口調でそう言うと一馬は彼女の横を擦り
抜けた。とんっと校門にもたれかかり、瑠佳が溜め息を付く。
「本当に……真っ直ぐなのね」
『私はね、レイプされたことがあるの』
頭の中で言葉がグルグルと回る。ベットの上に転がって天井を眺め、一馬は
額に手を当てた。
『一度汚れた身体は綺麗にはならないから』
汚れたとか、傷物になったとか、どうしてそんな言葉を使うんだろう? 人間は
物じゃないのに。
『私にできることなら何でもするわ』
じゃあ、僕と付き合ってください。あの時そう言いそうになった。綺麗なことを
言ってみても、結局はそんなことを考えている自分がいる。
「一馬? 寝てるの?」
遠慮がちのノックと共に母親の声が聞こえる。ベットの上に上体を起こすと
一馬は扉のほうに視線を向けた。
「起きてるけど……何?」
「電話よ。百瀬さんから」
「ん、分かった。いま行く」
軽く反動を付けてベットから降りる。扉を開けると心配そうな表情を浮かべた
母親がコードレスの子機を持って立っていた。無言のまま子機を受け取ると扉を
閉める。
「僕だけど……どうしたの?」
『あのね、一馬君が生徒会長を殴って停学になったって聞いたから、びっくりして。
本当、なの……?』
「学校が違うのに、どうして知ってるの?」
『あ、その、美弥ちゃんが、電話くれたから……。ねぇ、本当、なの?』
「本当だけど、それが何?」
ベットに腰掛けてそう言う。電話の向こうで相手が息を飲んだ気配がした。
『どうして……? 一馬君、人に暴力を振るうような人じゃ、なかったじゃない』
「ねぇ、万葉(かずは)」
『え? 何?』
「君には、関係ない話でしょ? 僕が誰を殴ろうと。余計な詮索をするのは
やめてよ」
『ご、ごめんなさい……。でも……』
「用はそれだけ? なら、切るよ」
『ま、待って! あのね、私の学校、明日創立記念日でお休みなの。会いに行っても、いいかな?』
幼馴染みの言葉に、一馬は意味もなく髪の毛を掻き回した。
「僕は停学中なの。家からは出ちゃいけないことになってるんだよ。
大体、僕に会いにきて何をするつもりなのさ?」
『え? しばらく会ってなかったから、いろいろとお話とかしたいし……』
「僕には特に話すことなんてないよ。せっかくのお休みなら、同じ学校の友達とどこか遊びに行けばいいじゃない」
『……一馬君。もう、私のこと、嫌いになっちゃったの?』
泣きそうな万葉の言葉に、一馬が軽く溜め息をつく。
「好きとか嫌いとかいう話じゃないって」
『でも、一馬君が停学になったのって、土屋さんのせいなんでしょ?』
「……それも香川から聞いたのか?」
『ううん。美弥ちゃんは理由は分からないって言ってた。今のは私の勘。
でも、そうなんでしょう?』
「だから、何?」
不機嫌そうにそういう一馬。万葉が僅かに沈黙した。
『どうしてなの……? 私、あの人の良くない噂、いっぱい知ってるよ?
それなのに……』
「ねぇ、万葉。君はわざわざそんな情報集めてるの? 別の学校に行った君が、
どうしてうちの学校の、それも先輩の噂なんて知ってるのさ?」
『だって、一馬君の好きな人なんでしょう? 気にするなっていうほうが
無理よ!』
万葉が激しい口調になってそう言う。僅かに表情を歪めると一馬は前髪に
手をやった。
「あのね、万葉。僕は確かに君のことを嫌いじゃないよ。でもそれは、友達と
してであって、恋人とかそういう視点じゃ見られない。もしも君がそういうことを
期待しているんだとしたら……」
『勝ち目がないっていうこと、分かってる。でも、そんなのは関係ないの。
私が、あなたの事を好きなんだから』
「迷惑だよそんなの。相手の負担にしかならないんだ、そんな想いは!」
思わず声が荒くなる。びくっと向こうで万葉が身体をすくめた、ような気がした。
数度浅く息をつくと一馬は精一杯の優しい声を出した。
「怒鳴ったりして、ごめん。でも、これは僕の問題で、万葉には関係のない
ことだから。……もう、切るよ」
『待っ……』
万葉の声がぶつっという音によって遮られる。ツーツーと固い音を立てている
受話器をベットの上に放り出すと一馬はごろんとベットに転がった。
「負担、か……」
考える時間は、ある筈だ。少なくとも、一週間は。
心に重い疲労を抱えたまま一馬は瞼を閉じた。
ちゃぷん。ゆっくりと湯船に身体を沈めながら瑠佳は小さく溜め息をついた。
傷一つない肌へとそっと指を這わせる。
「一生残るかと思った傷は、消えたのにね……」
身体に刻まれた刻印は消えても、心の傷は治らない。時間の流れが癒してくれる、
そんな事を言う大人もいたけれど、きっとこの記憶は忘れられない。
だから、誰にも知られたくないとそう思った。自分から他人に話すことなんて、
絶対に有り得ないと思っていた。それだけ、深く刻まれた傷だから。
「好き、なのかな……? それとも、嫌い、なのかな……?」
好きだから、隠し事をしたくないのか。嫌いだから、距離を取ってほしいのか。
どちらなのか、自分でも分からない。自分の心なのに。
「三谷一馬、か……。
杉本! そこにいるわね?」
瑠佳の言葉に、浴室の扉越しに男の声が返ってくる。
「はい、お嬢様」
「私の学校に、三谷一馬っていう男子生徒がいるのは知っているわね?
彼に関する情報を、全部集めて頂戴。大至急で」
「三谷一馬、ですか? でしたら、既に一通りの資料は揃えてありますが」
「……そう。なら、後で部屋のほうに届けて」
素っ気なくそう言うと、瑠佳は天井を見上げた。
「既に揃っている、か……」
「土屋瑠佳、三谷一馬、百瀬万葉、そして、大滝修司。
恋愛ごっこの駒は揃ったってところかな?」
歩道橋の上から車のテールランプの列を眺めながら修司がそう呟く。自分の
後ろを小走りで駆けていった少女を横目で見やり、苦笑とも微笑ともつかない
微妙な笑みを浮かべた。
「分からないものなんだろうな。自分がどれだけ愛されているかなんてことは」
そう呟くと修司は歩道橋のてすりから身を離した。
「百瀬万葉ちゃん?」
「え?」
不意に呼び掛けられて万葉が思わず足を止める。振り返った彼女は微笑みを
浮かべている修司の姿に警戒の表情を浮かべた。
「どなた……ですか?」
「万葉ちゃんとは初対面だったね。俺の名前は大滝修司。三谷一馬の先輩さ」
「一馬君の……?」
「そ。ま、本来無関係っていえば無関係なんだけど、万葉ちゃんは可愛いから、
特別サービスで忠告してあげる。
今、少年の所に行くのは逆効果にしかならないよ。電話を切られ ちゃったんでしょ? 恋は盲目って言うぐらいだからね、どんなに万葉ちゃんが
真心を尽くしても、今のあいつには理解してもらえないと思うな」
おどけた口調で修司がそう言う。僅かに万葉が目を見張った。
「どうして……知っているんですか?」
「それは俺が超能力者だから、何てわけなくて、単なる『論理的帰結、もしくは
推理』って奴さ。もっとも今回のはだいぶ推測が入ってるけどね」
軽く肩をすくめる修司に、万葉が怪訝そうな表情を浮かべる。苦笑を浮かべると
修司は前髪をかき上げた。
「ま、手品の種を明かしちゃうと面白くないからね。どうやったかは秘密。
それより、少年と万葉ちゃんのことを考えようよ。今のあいつは、恋と
憧れの区別もついてない状態だからね。何を言っても無駄だし、下手な口出しは
かえって嫌われることになっちゃうよ。ここはしばらく彼からは距離を取って
おくのが正解だと俺は思うな」
「恋と憧れの区別がついていない……? どうしてそんなことを言いきれるん
ですか? もし彼が本気だったら……!」
「本気だったら、どうするの? 邪魔するの? その権利が、万葉ちゃんに
あるの?」
口調自体はさっきまでと変わらない軽さで、だが内容的にはかなりきついことを
修司が言う。ぐっと言葉に詰まった万葉に修司は笑いかけた。
「ま、心配することはないよ。憧れが恋に変わる可能性がないとは言わないけどね、
少なくとも瑠佳の側にその気はないし、少年も肝心のところで押しが弱いみたい
だから。学校が違うことで万葉ちゃんが焦ってるのは分かるけど、急いては事を
仕損じるって言葉ぐらいは知ってるでしょ?」
「あなたは……他人だから、そんなことが言えるのよ。私の気持ちなんて……」
「そりゃ、他人の心なんて完全に分かるはずないけどね。俺だって、少年と
瑠佳にくっつかれると少し困るんだぜ?」
「え? それって……」
「ま、そういうこと。万葉ちゃんは聖鈴女子でしょ? 明日は確か創立記念日で
お休みだよね。その気があるなら、瑠佳に会わせてあげるけど?」
くすくすと笑いながら修司がそう言う。警戒するような表情に戻って万葉が
彼のことを見つめる。
「何を狙っているの……?」
「べぇつにぃ。ただ、瑠佳は多分万葉ちゃんのことを知ってるけど、万葉ちゃんは
瑠佳のことを知らない。それはちょっと不公平かなって気がしてね」
「ちょ、ちょっと待って。あなたもそうだけど、どうして私のことを知って
いるの? 一馬君が話したの?」
おどけた口調と仕草で笑う修司に、少し慌てた口調になって万葉がそう問い掛ける。
顎に手を当て、考えこむようなポーズを修司はとった。
「んー、少年から聞いた事はなかったなぁ。まぁ、世の中には興信所って
便利なものがあるからね。少年の事を調べると、万葉ちゃんのことも自動的に出てくるんだ、備考扱いだけど。
で、瑠佳の性格だと、備考扱いの情報でも多分詳しく調べさせるだろうから」
さらっと言われ、一瞬万葉が言葉を失う。
「興信所、って……」
「瑠佳は日本でも三本の指に入る財閥の跡取り娘だからね。あいつに近寄る男は
みんな、徹底的に調査される。まぁ、少年はそんなことは全然知らないだろうけど。
土屋なんて、ありふれた名前だし」
「それじゃ……一馬君なんて、最初から相手にもされてないんじゃない」
修司の言葉に、本人は無意識だろうが万葉が暗い笑みを浮かべる。軽く肩を
すくめると修司は万葉に問い掛けた。
「で、どうするの? 俺にできるのは忠告だけだし、万葉ちゃんがあくまで少年の
家に行くって言うんなら止めるつもりもないよ。少年の家に行くのはやめて、
明日瑠佳に会うっていう選択も有りだし、どっちにも会わないっていうのも有りだ。
決めるのは万葉ちゃんだからね」
「……土屋さんに、会うわ。会って、これ以上一馬君を弄ぶのはやめてもらう。
二人とも本気で、相思相愛ならともかく、身分違いの相手をただ弄んでいるだけ
なら許せないもの」
万葉の言葉に、瞬間、修司が表情を歪めた。だがすぐに元の笑顔に戻って頷く。
「じゃあ、明日の、そうだね、昼休みの方がいいな。十二時半に、うちの
学校までこれる? 無理なようなら、また別の日程を考えるけど」
「いえ、大丈夫です。あの、服装は……」
「ああ、それは大丈夫。私服で平気だよ。裏門使うし、どっちにしても人目に
つかない方がいいでしょ? 話題が話題だけにさ」
「はい。それじゃあ、お願いします」
ぺこんと頭を下げた万葉に、ふっと意地の悪い笑みを修司は浮かべた。
「なぁに、いいって。生命短し、恋せよ乙女、俺は恋する女の子の味方だからさ」
ベットの上に放り出された、電話。
ぼんやりと天井を見つめている、一馬。
誰かを待つように。
机に向かい、報告書の束をめくる。
無味無乾燥な、文字の列。
不適格。溜め息。
そうして、月が沈み日が昇る。
「お嬢様におかれましては今日もご機嫌うるわしゅう」
おどけた仕草でそう言って頭を下げた修司のことを不機嫌そうに瑠佳が睨む。
「何の冗談なの?」
「少年のことで話したいことがあってね。昼休み、時間いいだろう?」
「少年? ああ、三谷くんのことね。
……今じゃ駄目な話?」
「人目に付きたくはないんだ。裏庭なら、誰にも聞かれずに本音で話せるじゃないか。
それに、ゲストも呼んであることだし」
悪戯っぽい表情を浮かべた修司に、呆れたような表情で瑠佳が再び溜め息を
つく。
「ゲスト、ね……。いいわ、今回だけは付き合ってあげる」
「御協力、感謝。じゃ、昼休みになったら迎えに行くから」
「別に、一人でも行けるけど? 逃げたりしないわよ、心配しなくても」
「んー、そーゆー心配はしてないんだけどね。ま、つまらない俺のポリシーだと
でも思って」
くしゃりと下駄箱の中に入っていた手紙を握り潰すと修司はそう言って笑った。
その行動に僅かに眉をひそめると瑠佳が修司に背を向ける。
「まぁ、好きにするといいわ。じゃあ、ね」
「はーい。昼休み、楽しみにしててねー」
おどけてみせる修司の方を瑠佳は振り返ろうとはしなかった。
今は、彼の顔がみたくなかったのだ……。
「ゲスト、か。確かにね。どうやって引っ張り出したの? 彼女を」
どちらかというと自分に腹を立てている口調で瑠佳が修司にそう問い掛ける。
てっきりここに来るのは一馬だと思っていた自分がうかつだったのだ。彼女の
気持ちを知ってか知らずか、ひょいっと修司は軽く肩をすくめてみせた。
「昨日、偶然に知り合ってね。ま、そういう偶然が起きるのが面白いところだ
よね、世の中って」
「土屋さん。今日は、一馬……三谷君のことでお話したいことがあってきました。
単刀直入に聞きます。あなたは、三谷君のことが好きなんですか?」
軽い口調の修司とは対照的な硬い表情と口調で万葉がそう問い掛ける。彼女と
修司の顔を交互に見つめ、ふっと瑠佳が唇だけで笑った。
「三谷君? ああ、そういえば居たわね、そんな子も。なかなか面白い玩具
だったけど、そろそろ飽きてきたってところかしら」
「なっ……!」
「何? あなた、あの子のことが好きなの? でも残念ね。彼は私しか目に
入ってないわ。運がなかったと思って諦めなさい。いくら飽きた玩具とはいえ、
人に譲ってあげるほど気前のいい女じゃないから、私」
くすくすと意地の悪い笑みを浮かべながら瑠佳がそう言う。僅かに眉をしかめた
まま修司は沈黙を守り、万葉は怒りのためか小刻みに握り締めた拳を振るわせて
いた。そんな万葉の表情を楽しげに見つめながら瑠佳が言葉を続ける。
「私のことは修司君から聞いているんでしょ? 彼がどんなに頑張ったところで、
絶対に手が届かないところにいる女なのよ、私は。
もっとも、そうとも知らずに無駄な努力を続けるのを見るのが楽しいん
だけどね。本当に見ていて飽きないいい玩具だわ、彼って」
「あ、あなたって人は……!」
怒りのためか、声が言葉にならない万葉。くすくすと瑠佳が笑う。
「いい表情ね。恋人を取られた女の子の表情ってとっても素敵だわ。私はね、
その表情を見るのも好きなのよ。あなたたちって、本当に私のことを楽しませて
くれるいい玩具ね」
「か、一馬君が好きになった人だから、す、少しは、信じていたのに……!」
「信じるのも期待するのもあなたの自由だけど、私がそれに答えてあげなきゃ
いけない理由なんてないでしょう?
さて……『真実』を知ったあなたはどうするのかしら? このことを彼に
告げ口する? でも、私とあなた、どっちの言葉を彼は信用するかしらね」
瑠佳の言葉に、ギュッと万葉が唇を噛み締めて俯いた。嘲るような口調で瑠佳が
言葉を更に続ける。
「自分の立場は、分かっているみたいね。そう、私は彼の憧れの人で、あなたは
幼馴染み。どっちが勝つか、少し考えてみればすぐに分かるでしょう?」
「私は……私は、負けないわ! あなたみたいな女に、一馬君は渡せない!」
毅然と顔を上げて万葉がそう宣言する。くすっと瑠佳が笑った。
「まぁ、せいぜい足掻いてちょうだい。その方が私も楽しめるんだから」
「あなたなんかに、絶対に負けない!」
叫ぶようにそう言い放つと万葉は瑠佳に背を向けた。走りさっていく万葉の
背中に視線を向けたまま、苦笑を浮かべる瑠佳。
「若いっていいわね。自分の感情に素直に動けて」
「中学生の台詞じゃあないな。それより、瑠佳。どういうつもりだ?」
不機嫌そうな表情を浮かべて修司がそう問い掛ける。くすっと口元に手を
当てて瑠佳が笑った。
「あら、私に男を弄ぶ悪女の役をやらせたかったんじゃなかったの? 大滝くんは。
それに、誇張はしていても、嘘はついていないもの」
「叩き込まれた帝王学? そんなものに何の価値も見いだしてないだろう?
お前は」
「あらあら、本当に不機嫌ね、大滝くん。
でも、私が三谷くんに好意を持っていないのも、私と彼女じゃ勝負にならないのも本当のことじゃない。大丈夫、ちゃんと三谷くんにも同じ演技をしてあげるわ。
これで三谷くんに優しくするほど私、悪い女じゃないもの」
くるりと半回転して修司に背を向ける。意味もなく髪を掻き回すと修司は
溜め息混じりに呟いた。
「馬鹿な女……」
「なっ……何て言ったの!? 今」
「何度でも言ってやるよ。周りの目を気にして、自分の気持ちを押し殺しちまうような女は可愛くもなんともない馬鹿な女だってんだよ!」
カッとしたように振り返った瑠佳に、怒鳴るように修司が言葉を叩き付ける。
一瞬言葉に詰まり、瑠佳が顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「だ、誰が自分の感情を押し殺してるのよ!? 大体ね、私が可愛くもなんとも
ない馬鹿な女だとしても、あなたには関係ないでしょう!?」
「ああ、関係ないよ! そんな女のことを好きな俺が大馬鹿野郎だって……あ」
怒鳴り返しかけ、慌てて修司が口元を覆う。びっくりしたような表情を浮かべて
瑠佳がその場に立ち尽くした。
「今……何て?」
「う〜〜〜〜〜。あー、もう!」
がりがりと髪を掻き回すと修司が唸る。口元を覆い、顔を真っ赤にしたままで
瑠佳は修司の次の言葉を待っていた。
「くそっ、いろいろ考えてたのに、何だってこんな所でぽろっと……。
俺は、お前のことが好きなんだよ。だから……ああ、もう、格好悪いな」
うまく言葉が出てこないのか、いらただしげに修司は髪の毛を掻き回した。
「どうして……どうしてこんな時にそんなことを言うの? 卑怯よ……」
口元を覆ったまま、瑠佳がそう呟く。ぽろっとその瞳から涙が零れた。
「嫌いな演技をして、自己嫌悪で一杯の時にそんなこと言われたら……ごまかせないじゃないの、自分の気持ちなんて」
「る、瑠佳……?」
「…………なぁんて、ね。少しは本気にした?」
一転して明るい笑顔になって瑠佳がそう言う。ちえっと修司が小さく舌打ちを
した。
「もう少し、告白ごっこをやってたかったのにな。にしても、お前、泣くの上手いな」
「そりゃ、涙は女の武器だもの。何時でも使えるようにしとかないとね。
まぁ、私も、一瞬ドキッとさせられたけど」
「お前のことを好きっていうのは本当だからな」
「一番じゃないだけで、ね」
くすくすと笑う瑠佳。つられたように笑いながら修司が乱れた髪を 手櫛で撫で付ける。
「それはお互い様。代用品の恋人ごっこだからな」
「彼女たちは、そうならないわよね?」
「おお。お前が他人の心配をするとは……まるくなったなぁ」
感心したようにそう言った修司の事を軽く瑠佳が睨んだ。といっても、目元が笑っているのだから凄味はないが。
「自分が手に入れられないものを、他人に期待するのがいけないことなの?」
「いーや。非常に正しいことだな。ま、もっとも、俺の見る限りじゃ、あの二人、
問題はなさそうだが」
「そうね」
どちらからともなく、二人は笑みを浮かべた。
´Gokko´しましょ 恋人みたいに見える二人 でも恋人じゃないの 恋人ごっこ 演じてる二人 あの子とこの子 親友だって みんなは噂をするけれど 騙されないで 友達ごっこ 一家で団欒 幸せな家族 だけど嘘なの 家族ごっこ 騙されないで でも騙されて みんながみんな 演じているから 恋人ごっこ 友達ごっこ 知っているのに騙される ううん 自分を騙してる ´Gokko´しましょ 欲しいものが手に入らなくても ´Gokko´しましょ 笑顔を浮かべて だっていつかは 本当になるから だから ´Gokko´しましょ