ぼんやりとベンチに座り、百合沢朱音(ゆりさわあかね)は木漏れ日を 浴びていた。そろそろ四コマが終ろうかという時間で、学生たちの姿が徐々に増えてきている。
「冬馬さん、今日は少し遅くなるかもって言ってたっけ・・・」
ちょうどこの前の授業の教授が大量の資料を使うのが趣味らしく、回り持ちで荷物持ちを学生にさせるらしい。それで出席を取っているという噂もあり、
面倒だからといってさぼるわけにもいかないと彼がぼやいているのを聞いたことが
ある。それを思いだしてくすっと彼女は小さく笑った。
「気持ち、いいな・・・」
穏かな風が吹き抜けていく。僅かに乱れた髪を朱音は左手で押さえた。
ふと視線を巡らした拍子にこちらへと向かってくる一組みの男女を見つけ、彼女はベンチから立ち上がると軽く頭を下げた。
「こんにちわ」
「やっ。今日も来てたんだ。精が出るわね」
軽く右手を上げて女の方がそう言う。ぽりぽりと頬を掻きながら男の方が口を開いた。
「でも、冬馬の奴、皆川に掴まってたからしばらくは来ないと思うぞ」
「ええ、知ってます。少し遅れるかもしれないって、冬馬さん、言ってましたから」
「あ、そ・・・。何、ここで奴のこと待ってるつもり? 部室使ってもいいよ。
どーせ俺ら以外滅多に使う奴なんていないんだし」
「ありがとうございます。でも、一応私は部外者ですから。もっとも、それを
言ったら構内に入っているのも問題になるんですけれど」
朱音の言葉に二人が苦笑を浮かべる。一応、建て前の上では朱音は他大学の学生だから、許可がない限りはこの学園内には入れない。だが、実際にはそんな
ことまでいちいちチェックなどしてはいられない。 今でも、明らかに高校生という少年や、反対に主婦にしか見えない女性が平気で構内を歩いている。無駄に広いこの学園を道にそって大回りするよりは中をつっきった方が早いし、中には堂々と学食で昼飯を食べていく豪の者もいる。
「まぁ、そういう真面目なところが朱音ちゃんのいい所なんだけどね」
「あなたが不真面目すぎるのよ、タキ。ところで、さ、朱音ちゃん。今日のお弁当、何?」
「おまーなー、朱音ちゃんが冬馬のためにわざわざ作ってきた弁当に堂々とたかるなよ。一応はお前も女だろ? 自分で弁当作ってくるぐらいの芸当は見せられねーのか?」
呆れたようなからかうような大滝の言葉に、土屋は苦笑を浮かべた。
「ま、そりゃ、作って作れないことはないけどね。他人が作ったお弁当だから
美味しいんじゃないの。分ってないわねー、タキは」
「だからって、朱音ちゃんの愛の籠った弁当をお前が食っていいっていうことにはならんだろーが」
「あ、あの、余分に作ってありますから、宜しかったら、どうぞ・・・」
おずおずと朱音が口を挟む。苦笑を浮かべると大滝が彼女の方に視線を向けた。
「気にしなくてもいいんだよ、朱音ちゃん。こいつのはただのワガママなんだから。
いちいちつきあってたらキリがないぜ?」
「ふぅん。タキはお弁当いらないってさ。行こ、朱音ちゃん。それとも、たまには芝生で食べる?」
「え? あ、あの、その、冬馬さんが来てからじゃないと・・・」
土屋に手を掴まれて朱音が動揺の表情を浮かべる。呆れたような表情を浮かべて大滝が肩をすくめた。
「ああ、駄目駄目。何でかは知らないけど、今日は朝からずっとこの調子なんだ。
妙に浮かれてて手におえないんだよね。ほら、瑠果。朱音ちゃんが困ってるだろ?」
「朱音ちゃん、私のこと、嫌い?」
小首をかしげて瑠果がそう問い掛ける。困ったような表情を朱音が浮かべた。
「そ、そんなことは、ないですけど・・・」
「あはははは、あのねぇ、私、朱音ちゃんのことだぁい好きなの」
けたたましいとさえ言えそうな笑い声と共に土屋が朱音に抱きつく。目を白黒
させている朱音の姿に、他の学生たちが苦笑を浮かべながら通り過ぎていく。
「あ、あの、瑠果さん? もしかして、酔っぱらってるんじゃ・・・」
「まっさかぁ。昼間っからお酒飲むほど不良じゃないし、大体私が酔っぱらう
なんてありえないわ。素面よ、素面」
「はたから見てるとそうは見えんがな・・・」
額に指を当てて大滝がそう呟く。もっとも、彼の見ていた範囲では一滴たりとも
彼女は酒を飲んでいないし、そもそも本人が言っているように彼女が酔っぱらうと
したら相当量の酒が必要になるはずだ。酔っぱらっているというのは、ありえない。
「もしかして、アノ日か? いつもとは人格が変わる奴もたまにはいるって
言うけど・・・」
「残念でしたぁ。それも外れでぇす。生理は昨日終りましたぁ。きゃはははは」
「ちょ、ちょっ、瑠果さん」
朱音の顔が真っ赤に染まる。くすくすという苦笑混じりの声が彼女たちにかけられたのがちょうどその時だった。
「随分と楽しそうね。私たちも仲間に入れてくれない?」
「・・・・・・恭子」
不意に冷静な口調と表情を浮かべると土屋が朱音から身を離した。彼女の視線の先に立っているのはモデル----それも、一流の----と言っても通用しそうな
スタイルと美貌を備えた 男女だ。やや遅れて二人に視線を向けた大滝も眉をしかめる。
「何しにきたんだ?」
「あら、ご挨拶ね。久し振りに会った友人に向かって、いきなり何しにきたんだはないんじゃない?」
くすくすと笑いながら恭子がそう言う。憮然とした表情を浮かべると、大滝は土屋と朱音の二人を背中に庇うように一歩前に出た。
「で?」
「あらら、嫌われちゃったわね。まぁ、仕方ないか。
ええっと、用だっけ。あなたたちには特にないんだけどね。そっちの彼女・・・
『冬馬が私の代りに選んだ代用品』に興味があるのよ」
「恭子!?」
「あら、だって本当でしょう? でも、ちょっとプライドが傷付いたわね。
私の代用品にこの程度の娘(こ)を選ぶなんて・・・」
じろじろと無遠慮に朱音のことを眺めながら恭子はそう言った。きっと正面から
恭子の事を見つめて朱音が口を開く。
「今の言葉・・・取り消してください」
「あら、怒ったの?」
完全に状況を楽しんでいる表情で恭子がそう問いかける。こくんと小さく
頷くと朱音がゆっくりと口を開いた。
「冬馬さんは、私のことをあなたの代用品だなんて考えていません。
あの人は、今でもずっとあなたのことだけを愛しているんです。 誰もあなたの代りにはなれない。それなのに、あなたがそんな風にあの人のことを
辱かしめるようなことを言わないでください」
「へぇ・・・」
これは流石に意表をつかれたような表情を浮かべて恭子が朱音のことを見つめる。
臆することなく朱音も恭子の瞳を見つめかえした。
「自分が代用品扱いされて怒ったんじゃなくて、冬馬が侮辱されたと思ったから怒ったの? ひょっとして」
「はい。あなたが私のことを認めないなら、それはそれで構いません。 私は結局、ただの『お友達』どまりの女ですから。あなたとじゃ、勝負になんてならないってことぐらい、ちゃんと分ってます。だから、私のことを
悪く言うのはかまいません。
でも、冬馬さんのことを悪く言うのは止めてください。お願いします」
そう言って朱音が頭を下げた。苦笑を浮かべつつ、首だけを捻って春日の
方を見ると恭子は彼へと問い掛けた。
「お願いされちゃったわよ、春日。こういう時は、どうしたらいいと思う?」
恭子の問いに、同様に苦笑を浮かべて美春が肩をすくめる。
「私が何を言ったところで聞くあなたではないでしょう? でも、私は彼女の
ことが少し気に入ったんですけどね」
「同感ね。つまらない女なら苛めてあげようかとも思ったけど、ね。後ろで怖い人たちも睨んでいることだし、今日は顔見せだけにしておきましょうか」
「恭子・・・私はね、あなたのことが好きだったわ。私と同じだと思っていたから。
ううん、多分、かなりの部分まで私とあなたは重なっているんだって、今でも
思ってる。
でも、これ以上冬馬とその周囲の人間に迷惑を掛けるようなら・・・」
硬い表情で土屋がそう言う。くすっと笑うと恭子が肩をすくめた。
「私とあなたは似てるかも知れないけど、同じじゃないわ。それに、私には
あなたみたいな『忍ぶ恋』なんて理解できないし、理解しようとも思わない。
欲しいものは手に入れるだけ。必要なら、奪ってでもね。
あなたも、本当に大切なものはちゃんと手の中に入れておくことをお勧めするわ。
じゃないと、なくなっちゃうもの」
「……あの時みたいに?」
ぞっとするような笑みを浮かべて土屋がそう言う。その言葉に込められた響きに、思わず大滝と朱音が彼女へと視線を向けた。
「瑠佳……?」
「うふふ、怖い顔ね。でも、駄目よ。私はあなたじゃ止められない。それも、
分かっているんでしょう?」
「分からないわよ? 私も、あの時の弱い私じゃないんだし」
からかうような恭子の言葉に、挑むような口調で土屋がそう言う。ふふっと余裕
ありげに笑う恭子。
「まぁ、精々頑張ってちょうだい。もっとも、私は今、別の遊びで忙しいから、
あんまり相手はしてあげられないかもしれないけどね」
「そう……」
「さっきの言葉は、取り消してあげる。だから、あなたも少しは私のことを
楽しませてちょうだいよね。百合沢朱音ちゃん」
笑顔で恭子がそう言う。困ったような表情を浮かべながらペコリと 朱音が頭を下げた。
「あの……頑張ります」
「さて、それではそろそろ僕たちはお暇しましょうか。あなた方も、水瀬さんと
冬馬さんを会わせたくはないでしょう?」
「お心遣い、感謝、とでも言ってほしいか? わざわざそっちから会いに来て
おいて?」
美春の言葉に、棘のある口調で大滝が応じる。苦笑を浮かべて美春は肩を
すくめてみせた。
「勘違いしないで下さいよ、先輩。僕たちが会いにきたのは百合沢朱音さん、
彼女です。正直な話、あなた方が一緒にいるとは思ってなかったんですから」
「嘘だな。お前らが知らないはずがない」
ばっさりと美春の言い訳を切って捨てる大滝。くすくすと笑いながら恭子が
口をはさんだ。
「私たちがどんな意図で来たのであれ、春日の提案は妥当なものだと思ったけど?
別に私は、かまわないのよ、どっちでも」
「……そうね。なら、早く消えて」
ふいっと視線を逸らして土屋がそう言う。悪戯っぽい笑いを浮かべると恭子は
何気ない動作で朱音へと歩み寄った。咄嗟に反応できずにいた朱音の顎に 人差し指をかけて仰向かせると、その唇を奪う。おやおやと美春が苦笑を浮かべ、
他の三人が目を丸くして凍り付いた。側にいた学生たちの何人かがその光景に
気付いて足を止める。
「っ……! な、何、を……!?」
「うふふふふ。ごちそうさま、朱音ちゃん。じゃ、またね」
顔を真っ赤にして一歩後退した朱音に、恭子は笑いながらそう言うと身を翻した。
凍り付いている大滝と土屋へと春日が軽く一礼してみせる。
「では、僕らはこれで」
「朱音ちゃん!? 大丈夫!?」
口元を覆って目を見開いている朱音の肩に土屋が手を掛ける。大滝の視線を背中で
受け止めながら恭子と美春は人込みの中へと紛れ込んでいく。一瞬追いかけ、
舌打ちをすると彼は朱音たちのほうに向き直った。
「大丈夫か?」
「あ、はい……。ちょっと、びっくりした、だけです。あの……初対面の人に
こんなこと言うのはいけないんですけど、水瀬さんて、その……」
「男でも女でも気に入ったら見境なし。そういう奴なんだよ、あいつは」
吐き捨てるように大滝がそういう。少し驚いたような表情を浮かべて朱音が彼の
顔を見た。
「さっきも思ったんですけど、修司さんも瑠佳さんも、水瀬さん達と話す時って
余裕がないというか、妙に攻撃的になっていませんか?」
「……朱音ちゃんは、あいつらの本性を知らないからね。知らないで済めば、それに
越したことはないんだろうけど……」
溜め息混じりに大滝がそう言う。同じように溜め息をつくと土屋が小さく
首を振った。
「シズのことが好きなら、嫌でもあいつらとは関わることになるわね」
「そんなに……嫌な人達なんですか?」
「恭子の性(さが)は色を好み血を好む。それと平気な顔してつきあってられる春日も、
結局は同種の人間さ。自分の楽しみが最優先で、そのために他人を踏みにじる
ことなんて何とも思ってないような連中と、朱音ちゃんみたいな純粋な人間が
付き合う必要なんて、本当はないんだよ」
心底嫌そうな表情になって大滝がそう言う。僅かに寂しげな笑いを浮かべると
朱音が首を振った。
「そんな……私だって、綺麗じゃありませんよ? 必要があれば、いくらでも
汚ないこと、卑怯なことが出来るんですから」
「でもそれは、必要があれば、だろう? それは誰だってそうさ。俺や瑠果だって、
その気になれば相当に悪辣なことができる。
あいつらは、それが必要じゃないのに出来るから問題なのさ」
「必要じゃ、ないのに・・・?」
「殺那の楽しみのために平気で人を殺せるのよ、彼女は。比喩でなしにね」
小さく呟くように土屋がそう言う。ぎょっとしたように朱音が彼女の顔を
見つめた。
「土屋さん・・・今、何て?」
「あんまり、人の多い所で話すようなことじゃないわ。・・・それに、シズも
来たみたいだし」
背後を振り返りながら土屋がそう言った。コキコキと首を鳴らしながら
四須崎冬馬が人混みにまぎれて歩いてくる。
「ごめん、待った? ・・・どうしたの? 怖い顔して」
「あ、何でもないです。お昼御飯、どこで食べます?」
かなり無理をしたような笑顔を朱音が浮かべる。僅かに首をかしげた四須崎の
頭を土屋がぱんと軽くはたいた。
「ほらほら、とっとと決めちゃってよ。私ら、シズのこと待ってたんだから。
いいかげん、私、おなか空いちゃったわよ」
「・・・別に、待っててくれって頼んだ憶えはないけどな」
はたかれた所を押さえながら僅かに憮然とした表情を四須崎が浮かべた。
呆れたような表情になって土屋が肩をすくめる。
「あ、の、ねぇ。いい? シズ。このお弁当はね、朱音ちゃんがシズのために
心を込めて作ってくれたものなの。それを、シズのいない所で食べるわけにいくと
思う?」
「だから・・・ああ、もう、いいよ。
いい天気だし、たまには芝生で食べるとするか」
「あ、そ。なら、とっとと行こうぜ」
冬馬の言葉に、さっさと大滝が歩き始める。朱音の腕を掴むと土屋は四須崎に
聞こえないように小さく囁いた。
「さっきのことは、内緒ね?」
「え? あ、はい」
「何話してるんだ? 二人で?」
大滝の後を追いかけた四須崎が首だけ捻じってそう問いかける。
「何でもないわ。行きましょ、朱音ちゃん」
完璧な笑顔を浮かべて土屋はそう言った。ふぅんと軽く呟いただけで四須崎は
それ以上追求しない。ほっとしたような寂しいような、不思議な感覚を覚えて
朱音は少し首をかしげた。
「そーそー、そういえばさ、朱音ちゃん、来週の日曜日、暇?」
サンドイッチをつまみながら土屋がそう朱音に問い掛ける。軽く小首を
かしげる、朱音。
「日曜日、ですか? 特に予定はありませんけど・・・」
「ならさ、ちょっと私たちにつきあわない?」
「おいおい、瑠果。日曜ってあれだろ? 空手の総体を見に行くって奴。
そんなのに朱音ちゃん誘ってどうするんだよ? 興味ない人間には退屈なだけだぜ、あんなの」
つまようじの先に刺した唐揚げを口に放り込みながら大滝がそう言う。
土屋はひょいっと肩をすくめてみせた。
「でも、シズがオプションでついてくるのは美味しいと思わない? 別に無理にとは言わないけど」
「総体、ですか? 確か、高校の全国大会ですよね。でも、私の記憶が確かなら
夏休みじゃありませんでした? 開催日は」
「本来ならね。でも、今年は何故だか七月の第二日曜なんだって。まぁ、
前日が休みだし、父兄も見にこれるように一応の配慮はしたみたいだけど」
「別に・・・私はかまいませんけれど・・・。でもいいんですか? 私、完全に
部外者ですけれど」
朱音の言葉にクスクスと土屋が笑う。
「ホントに真面目ね、朱音ちゃんって。大丈夫よ、私のコネがあるから。
それに、それを言ったらタキだってシズだって部外者みたいなものだもの。ね?」
「まぁ・・・な。一応、通ってた道場の後輩が出場するから、その応援っていう名目はあるが」
大滝が苦笑しながらそう言う。四須崎は憮然とした表情を浮かべていた。
「だからさ、朱音ちゃん。行こ?」
「構いませんか? 冬馬さん」
「別に・・・。来たければ来ればいいさ。どちらにせよ、俺と修司は道場の師範に見に行くように言われてるから行かなきゃしょうがないし」
素気ない口調で四須崎がそう言う。一瞬寂しそうに笑い、朱音は土屋の方に視線を向けた。
「じゃあ・・・御一緒させていただきます」
「よぉし、決まり。タキとシズも文句はないわね?」
「ハイハイ。俺は別に構いませんよ。野郎ばっかで行くのもむさくるしいなって
思ってた所だし」
「タァ〜キィ。今、何って言った!?」
ジロリと土屋が大滝のことを睨む。視線をあらぬかたにさまよわせて大滝が
とぼけた。
「え? 何のことかなぁ? あ、朱音ちゃん、これ、美味しいよ」
「コラッ。ごまかすなっ。タキッ」
「わ、たった、タンマ。ロープロープ」
土屋に襟元を締め上げられて大滝が大袈裟に両手をバタバタさせる。もっとも、
二人とも目が笑っているせいでじゃれあっているようにしか見えないが。
困ったような表情を浮かべて朱音が止めに入る。そんな三人からふっと
視線をそらし、つまらなさそうに四須崎は溜め息をついた。
「・・・ふぅん、総体、ね」
耳からイヤホンを外し、恭子がそう呟く。半歩遅れて歩いていた美春が
軽く首をかしげた。
「何ですか? それ」
「これ? さっき朱音ちゃんに付けた小型盗聴器の受信装置。ちょっと感度に難があるんだけどね」
「はぁ、なるほど」
やや呆れたように春日がそう答える。くるくるとイヤホンを回しながら
恭子は春日へと問い掛けた。
「あなた、今度の日曜、暇?」
「残念ながら、先約ありです。しかし、何故?」
「彼女たち、今度の日曜に総体見に行くんだってさ。冬馬も一緒に。 ちょっかいを出すには丁度いいと思わない?」
唇に悪戯っぽい笑みを浮かべて恭子がそう言う。軽く春日は肩をすくめて
みせた。
「しばらくは手を出さないんじゃなかったんですか?」
「あら、誰がそんなことを言ったの? 私はただ、『今日は顔見せだけにしておく』って言っただけよ。『今度の日曜日』は『今日』じゃないもの」
「別の遊びで忙しい、とも言っていませんでしたか?」
「あら、だって、その別の遊びって、アレのことだもの。ね? 『ついでに』
出来るでしょう?」
恭子の問いに春日が苦笑とも微笑とも付かない笑みを浮かべた。
「どうぞ御自由に。しかし、今度の日曜だというなら、お手伝いはできませんよ? まぁ、そんなものが貴女に必要だとも思えませんが」
「うふふ、ありがとう。でも、そうねぇ。そのうち、手を借りることにはなると
思うわ。その時はお願いね」
「怖いですね。ですが、心には留めておきましょう」
芝居がかった仕草で美春が頭を下げる。本当に楽しそうな笑みを浮かべて。