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第七話 初恋物語


 キラキラと光るものを知っていますか?
 とてもはかなくて、とても美しい
 そんなものをあなたは知っていますか?
 きらきらと光るものを
 あなたは、知っていますか?
 

 一目惚れ。
 そんな、ありふれた言葉では表現したくはないけれど、多分あれはきっと一目惚れだったのだろう。
 登校時間、ぼんやりしている時間なんてどこにもない、遅刻ぎりぎりの時間帯に。
 それでも、私はあの人に出会ってしまった。
 ううん、多分、出会ったと思ったのは、私だけ。
 ただすれ違ったただの女の子なんて、きっと彼の目には入っていなかったろうから。
 それでも、それが私と彼との運命の出会いだったのは、間違いないと思う。
「どーしたの? ユッコ。遅刻するよ?」
「あ、うん。何でもない」
「何でもないって顔じゃ、ないけど……あ、さてはぁ」
 くくくっと含み笑いをしながら、さやかが私の脇腹を肘で小突く。
「恋だな、恋。そっかぁ、あんたにもついに春が来たのかぁ」
「ち、違うってば、さやか。ただ……今すれ違った人、格好いいなぁって思っただけ。もう二度と会うこともないだろうし、恋なんかじゃないってば」
 慌てて否定した私の言葉を、全然信用していない表情でさやかが肩をすくめる。
「まあまあ、恥ずかしがることないって。あ……でも、今すれ違った人、かぁ。経験値ゼロのユッコにはちょぉっと荷が重い相手かなぁ、どっちにしても」
「知ってるの!?」
「まぁ、ネ。時間やばいし、詳しい話は歩きながらでもいいでしょ?」
 もう一度軽く肩をすくめるとさっさとさやかが歩き始める。慌ててその後を追いながら私はもう一度問いかけた。
「ねぇ、さやか。知ってるの?」
「私を誰だと思ってるのよ? 百合女名物娘の一人、『情報屋』神崎さやか様よ。
 ま、もっとも、あの二人になら私でなくても知ってる人は多いだろうけどねぇ」
「有名人、なの?」
「いい意味でも悪い意味でも、ね。ああ、そうそう、先に聞いときたいんだけど、ユッコのお目当てはどっちの彼なの? 背の高いのと低いの」
「高い方、だけど……勘違いしないでね、本当に好きとかそんなんじゃないんだから」
 私の言葉にはいはいと流すように答え、さやかが軽く肩をすくめる。
「ま、背の高い方って言うんなら、応援したげてもいいかな。とりあえずはまだマシだし」
「まだマシって……何か、悪い噂でもあるの?」
「んー。悪い噂って言うか……背の低い方の彼はね、大滝修司って言って、暴走族のリーダーやってるらしいのよ。これはお姉からも聞いた話だし、多分、間違いのない情報だと思う」
 ポリポリと頬を掻きながらさやかがそう言う。彼女のお姉さんは三人いるが、話の流からするとレディースに所属していると言う次女のみちるさんだろう。もっとも、そう言われなければ気付けなかっただろうと思うぐらい優しい人なのだけれど。
「で、ユッコのお目当ての彼は、四図崎冬馬。かたぶつの風紀委員長らしいわ。何でそんな人が族とつき合ってるのかは、成城学院七不思議の一つとさえ言われてるそうよ」
「四図崎、冬馬……」
 そっと、名前を口にしてみる。そんな私の呟きに気付かなかったのか、それとも聞かなかったことにしてくれたのかは判然としないものの、さやかが更に言葉を続ける。
「成績優秀、スポーツ万能。容姿端麗、品行方正。誉めるところばっかりで逆に胡散臭く思えるぐらいの優等生。もっとも、それだけ完璧だと近寄りがたい雰囲気になっちゃうんでしょうね、特に親しい友人と呼べるのは大滝修司ぐらいらしいわ。敬して遠ざく、敬遠するって言葉の見本ってとこかな」
「それじゃぁ、彼女とかも……?」
「おやぁ? 好きなわけじゃないんじゃなかったっけぇ?」
 くすくすと笑いながら、意地の悪い口調をつくってさやかがそう言う。思わず私はうつむいてしまった。
「そ、そうだけど……」
「あはは、ごめんごめん。別にいじめるつもりはないのよ。んーと、彼女よね。少なくとも、人の噂に上っている彼女って言うのはいないみたい。アタックしたっていう子の話は時々聞くけど、成功したっていう噂は聞かないから、みんな玉砕しちゃってるんじゃないかな。これは私の予想だけどね」
「そう、なんだ」
「まぁ、今まで全員玉砕してるからって、ユッコが駄目って決まったわけでもないし。ミス白百合の自信を持ちなさいよ」
 元気づけてくれてるのか、ばんっと力を込めてさやかが私の背中を叩く。
「そんな……私なんて」
「ん、もう。そうやって自分を卑下するの、やめなって言ったよね? ユッコみたいな美人が、美人じゃありませんって言うの、私らみたいな普通の顔してる人間から見たら嫌みにしかならないんだから。ね?」
「う、うん……」
「まぁ、傲慢よりはよっぽどマシだろうけど、さ。おとなしすぎるのも、ねぇ。何たってユッコてば抱いてみたい相手部門で去年トップだったわけだし。ぼぅっとしてるとこ有るから私としては心配で心配で」
「抱いてみたい相手部門?」
 私の問いに、一瞬きょとんとしたような表情をさやかが浮かべた。
「あれ? 知らない? 文化祭の時にミスコンやるじゃない。そん時裏でやってるのよ、新聞部と報道部が共同でゲリラアンケート。百合女の関係者をランダムに選んで『抱いてみたい相手』と『抱かれたい相手』をそれぞれ三人まで答えてもらうって奴。ユッコ、去年はダントツでトップだったし、今年の新入生にはいまいち当たりがいなかったから二年連続は間違いないってもっぱらの噂よ」
「そんな……だって白百合は女子校じゃない。抱きたいとか抱かれたいだなんて……」
 私の言葉に、さやかが軽く肩をすくめる。
「ま、お遊びなんだけどね。中には『本物』だっているだろうし、それでなくてもユッコ、同性異性を問わずに人をひきつけるフェロモン出してるもの。少しは自覚しないと、酷い目に合うわよ?」
「フェロモンだなんて……そんなの」
「出てるわよ、絶対に。私だって時々むらむらぁってなっちゃうもの。他の奴に渡すぐらいならいっそこの手でこの花を散らしてみたい、とかね」
「もう……冗談ばっかり」
 無理矢理冗談にしようとした私の言葉に、へへへっとさやかは笑っただけだった。
 

 夜空に星々の瞬くが如く 我が心は千々に乱れ
 大地を草木が覆うが如く 我が心は占められている
 遥か遠き 愛しきあなたよ
 我の想い 届かぬあなたよ
 願わくば 今ひとたびの逢瀬の有らんことを
 願わくば 輪廻に連なる縁の有らんことを
 

 ふと人の気配を感じて、私は呼んでいた本から視線を上げた。放課後もだいぶ遅い時間だから、帰宅部の人たちはもうとっくに下校しているし、そうでない人たちは当然ながら部活に忙しい。放課後の教室に残っている人間は私も含めてもごく少数のはずだ。少なくとも、私のクラスでは、私一人。
「ミサさん……?」
「うふふ〜〜。こ〜んに〜ちは〜〜」
 独特の口調でそういうと教室の後ろのドアの当たりからミサさんが手を振ってきた。隣のクラスの人だけど、さやかとは中がいいせいで私とも結構よくしゃべる方だ。
「今日は〜、何だか星の巡りが〜よくないのよねぇ〜。あなたのせいかなぁ〜?」
「ほ、星の巡り、ですか?」
「うふふ〜。星々の運行はセフィロトの血の流れなの〜。セフィロトの最下層たるここアッシャーの全てに影響を与え、更には影響を受けるもの。災厄が王の座を脅かす暗示が出ているわ〜〜」
 トレードマークのビン底眼鏡を左手で押し上げながら楽しそうにミサさんが笑う。もっとも、彼女の眼鏡はどういう仕掛けがあるのか、こちらからでは白い曇りガラスに黒い渦巻が書いてあるようにしか−−本当に−−見えないから、目が笑っているのかどうかまでは分からないのだけれども。
「私には〜〜直接関係ないからかまわないんだけど〜〜気をつけなさいね〜〜〜。
 一応〜さやかちゃんにも頼まれてるから〜霊研に来てくれれば相談には乗ってあげるから〜〜。うふふ〜じゃぁねぇ〜〜」
「あ、ちょっと……」
 一方的に言いたいことだけを言うとミサさんが姿を消す。軽く溜息をついて私はもう一度呼んでいた詩集に視線を落とした。
「相談、か。恋占いでも、してもらおうかな」
「あの、すいません」
 こんこんっという軽いノックの音と共に、遠慮がちな言葉がまた後ろの方から聞こえた。今日は何故だか来客が多い。さやかがあちこちに振れまわったせいだろうか。苦笑を浮かべつつ振りかえった私に向かって扉の辺りで歩さんが頭を下げる。
「少し、お時間よろしいですか?」
「いいですよ。あ、その辺に適当に座ってください」
「いえ、用事が済んだらすぐに帰りますから」
 私の言葉に小さく首を横に振ると、こちらがぎょっとしてしまうほど真剣な表情になって歩さんが私のことを見つめてくる。
「あ、歩さん?」
「さやかさんに聞きました。本気、何ですか?」
 じっと、口先での言い逃れなど許さないという表情で歩さんが私のことを見ている。軽く溜息をついて私は彼女の瞳をまっすぐにみつめ返した。
「まだ何も知らないような私がこんなことを言うのはおかしいのかもしれませんけど、本気です」
「そう、ですか……」
 つっと視線を足元に落とし、歩さんが沈黙する。何となく、つられるように私も無言を守った。何故だか、そうしなければならないような気がしたのだ。
「すいません、変なことを聞いて。応援、しますから。それじゃ」
「あ、あの」
「縁あれば千里の道を隔てても出会い、縁なければ擦れ違いても気付かず。出会えたと言うのならば、それはきっとあなたとあの人の間に縁があったと言うことでしょう。
 ……それに、あなたは多分、私以上に辛い道を歩むことになるから」
 後半は、私に対してと言うより独白と言った感じでそう言うと、歩さんがもう一度頭を下げる。
「どうか、負けないでくださいね。宿命に」
「は、はい……」
「それでは、失礼します」
 なんとなく気圧されてしまった私に向かって一方的にそう言い放つと、歩さんは姿を消した。
「宿命、か。便利でずるい言葉よね」
「何がずるいって?」
「きゃっ」
 不意に背後から響いた声に、思わず私は悲鳴を上げてしまった。一体何時の間に教室の中に入ってきたのか、さやかがにやにや笑いながら教壇に頬杖をついている。
「さ、さやか。何時の間に?」
「ん? 今来たばっかりだけど?」
「そ、そう。全然気付かなかったわ」
「あはは、気配を消すのは私の七十七の特技の一つだもの。そう簡単には見破れないわよ」
「もう……」
 私が少し唇を尖らせてみせると、くすくすっと口元を覆ってさやかが笑う。
「それよりも、さ。誰か、来た?」
「ええ。ミサさんと歩さんがついさっききたばっかりよ。廊下で会わなかったの?」
「うーん、じゃ、逆方向に行っちゃったのね。ナギちゃんは?」
「薫さん? ううん、来てないわ。あの人にも話したの?」
「名物娘には全員話したわ。自分で言うのもなんだけど、百合女名物娘はみんな有能だから。こと情報収集にかけては私の右に出るものはいないけど、相手が相手だし、こっちも万全の布陣で立ち向かわないと」
 軽く肩をすくめながら、意外とまじめな口調でさやかがそう言う。思わず困惑の表情を浮かべてしまったのだろうか、さやかが表情を苦笑に変えて言葉を続けた。
「喧嘩するわけじゃないんだし、万全の布陣は変ね。でも、みんな喜んでたわよ。ユッコにもやっと春が来って。特にアユなんて自分のことみたいに大喜びしてたわ」
「歩さん、が?」
「うん。ユッコは知らないだろうけど、アユ、いつもユッコのこと気にしてたもの。正直な話、私なんかよりもずっと、ね」
 さやかが笑いながらそう言う。別に、彼女が私のことを心配していないということではない。彼女も含めて、何故か私の周囲に集まる人間というのは一癖も二癖もある人間ばかりなのだが、一つだけ共通点が有る。
 私のことを面白いおもちゃだと思っていること。それがその共通点だ。
「あ、誤解しないでね。ほら、私の場合、さ。性格的に深刻になれないから、どうしてもからかうような接し方をしちゃうじゃない? そんな接し方を長くしてると、さ、つい心配するより先に楽しんじゃうところが有るから、その分をマイナスしてってことなんだから」
「ん、分かってる。今更さやかのこと誤解したりなんてしないわよ。
 でも、そうなんだ。歩さん、喜んでくれたんだ……?」
「意外そうに言わないでよ。……もしかして、アユがさっき変なこといったりしたの?」
「そういうわけじゃないけど……うん、ただ、心配してくれただけ。大変な相手だけど、負けないで頑張ってってはげまされたから」
「そっか。彼女もちょっと素直じゃないところ有るからねぇ。と・も・か・く、がんばんなさいよ?」
 ばんばんと私の背中を乱暴に叩くとさやかが笑う。
「ユッコの場合、このチャンスを逃したらもう一生好きな人が現れないような気がして恐いのよねぇ。そりゃあんまり遊びすぎるのも問題だけど、さ」
「さやかだって彼氏いないじゃない。他人の世話ばっかり焼いてて、気がついたら自分だけ一人だった、なんて可能性も有ると思うけど?」
「あ、言ったなぁ、こいつぅ」
 笑いながらさやかが私の首に腕をまわし、ぐりぐりと拳を頭に押しつけてくる。本人は手加減してるつもりなのかもしれないけれど、正直言って、少し痛い。
「ごめんごめん。冗談よ」
「ん、分かればよろしい。……とはいえ、私も格好いい彼氏は欲しいのよねぇ。いっそ大滝修司、狙ってみよっかなぁ」
「さやか?」
「……あはは、なんて、ね。私なんか相手にもされないわよ。実はもう、れっきとした彼女がいるらしいし、さ、彼には」
 ちょっと寂しそうに笑うとさやかが私に背を向けた。一瞬の間を置き、首だけねじって肩ごしに私を見た時には、もう、いつもどおりの笑顔に戻っていたけれど。
「ま、ユッコのおかげで丁度いい退屈凌ぎのネタが出来たのは、感謝しないとね」
「もう」
 わざとちょっと怒ったように、私は頬を膨らませてみせた。
 

 ゆらゆらと ゆらゆらと
 波間に漂う小さき船よ
 為す術もなく 風波に翻弄される
 哀れな小さき船人たちよ
 

 雑踏の中で、意識せずに視線を巡らせただけなのに、彼の姿を見つけたのは偶然だったのだろうか。それとも、必然だったのだろうか。それとも誰かの、作為だったのだろうか。
 いつもの習慣で、早く来すぎた待ち合わせ場所。私はいつものようにぼんやりと雑踏を眺めていた。
 人の波が、それ自身意思を持っているかのように淀みなく流れていく。特定の個人としてではなく、群集の中の一人としてしか周りには認識されない、無数の『誰か』。
 関心を持たず、持たれず、ただ流れていく人の群。私の視界の中にいるのはみんな、私とは何の関係も持たない人たちのはずだった。それなのに。
 ふっと彼が視線を巡らせる。ほんの一瞬、私と彼との視線が交錯した。もちろんそれは、私の勝手な思い込みで、彼にとって私は群集の中の一人に過ぎなかったのだろうけど。
 それでも、どくんと一回、心臓が大きく鳴った。
 ゆっくりと彼が、私の方に歩いてくる。
 思わず私は俯いた。頬が熱い。私が立っている辺りは丁度待ち合わせにはよく使われる場所で、彼もただ、誰かと待ち合わせをしているだけなのだろうけど。間違っても私の方へ向かってきているわけではないのだけど。
「ごめん、待った?」
 すぐ側で、彼がそう言う。私に向けられた言葉だと一瞬錯覚しそうになるほど近くで。鼓動が一回、スキップした。
「……私も、今来たところだから」
 澄んだ、けれど少しかすれた声が彼に答える。女の子の、声が。
「そう。それじゃ、行こうか?」
「はい」
 じっと自分の足元を見つめている私の耳を、ごく短い会話が通りすぎていく。バックを握る手が、小刻みに震えているのが見えて何故だか無性におかしかった。涙が出なかったのは、幸運だったと思う。
 彼と、結局顔を見なかった『彼女』の気配が遠くに消える。無意識のうちに止めていた息を、私は吐き出した。
「ごっめぇん、ユッコ。出がけに弟たちに掴まっちゃってさ」
 それから、だいぶ時間が流れ、待ち合わせの時間を少し過ぎたころになってやっと、そんなことを言いながらさやかがやってきた。顔を上げた私を見て、びっくりしたような表情をさやかが浮かべた。
「って、どうしたの? もしかして、泣いてた?」
「ちょっと目にごみが入っちゃって。もう取れたから大丈夫よ」
「そう? ま、確かに今日、結構風が強いもんね。みんなはまだなんだ?」
 ぐるりと周囲を見回して、さやかがそう尋ねる。
「ええ。さやかが二番目よ」
「まったく、しょうがないわね。もうとっくに集合時間は過ぎてるのに」
「あら、それを言ったら、さやかだって遅刻よ?」
「う……そうだけど、さぁ」
「うふふ〜〜。ごめんなさいね〜、今日の悪魔払いは大変だったの〜〜」
 ぬっと、よく分からないいい訳と共にミサさんが現れる。くるりと振りかえると腰に手を当て、さやかがミサさんの顔へと人差し指をつきつけた。
「ちょっと、ミノちゃん。もうちょっとまともないい訳はないわけ?」
「だって〜。本当なんだもの〜〜」
「はぁ、まったくこの娘ときたら……」
「変人なのは〜〜あなたも一緒だと思うけど〜〜?」
「……自分を平然と変人呼ばわりするとは、ミノちゃんやっぱり恐るべしね」
 呆れたように溜息をつくとさやかが肩をすくめる。うふふ〜と笑うとミサさんが私の方に顔を向けた。
「そう言えば〜今日家を出る時に剣の暗示が出てたのよねぇ〜。心辺り、あるかしら〜〜?」
「剣の暗示、ですか?」
「そのまま怪我とか事故も暗示するんだけど〜、恋の終わりとか、そっちの方の意味も有るから〜〜」
「……別に、特に心辺りは有りませんけど」
 一瞬の間を置いた私の言葉に、にいっとミサさんが笑った。ちょっと恐い。
「そう〜〜? だったらいいんだけど〜。気をつけてちょうだいね〜〜」
「はい」
「ちょっと、ミノちゃん。不吉な予言は止めてよね。ユッコの運命の王子さまなんだから」
「私は〜〜忠告しただけよぉ〜〜」
 ちょっと不本意そうにミサさんがそうさやかの言葉に答える。それに更にさやかが何かを言おうとした時、雑踏の中から歩さんが姿をあらわす。途中で買ったのか、腕には花束を抱えていた。
「すいません、遅くなりました」
「あ、アユ。珍しいわね。あなたが遅刻なんて」
「ええ、ちょっと」
 さやかの言葉に、僅かに言葉を濁すと歩さんが私の方にまっすぐな視線を向けた。
「途中で、これを買いに戻っていたので」
「これを買いにって……何なの? 別に今日は何かの記念日じゃなかったと思ったけど……?」
 さやかが首をかしげるのにはかまわずに、歩さんが私へと抱えていた花束を差し出す。とりあえず受け取って私は気付いた。花束、と、そう言ったが、実際には花は咲いていない。茎と葉っぱだけだ。
「バラ、ですよね?」
「ええ」
「もしかして、途中で……?」
 私の半ば確信めいた問いに、僅かに歩さんが目を見開いた。
「あなたも……?」
「……やっぱり、そうだったんですね」
「ちょっと、何よ、二人とも。二人だけで納得してないで、私たちにも分かるように説明してよ!」
 少し怒ったようにさやかがそう言う。どう答えようか私が悩んでいる間に、軽く首をかしげてミサさんが口を開いた。
「花言葉だなんて〜〜比良坂さんってロマンチック〜〜」
「そうですか? 私は、会話に向いていませんから、こういう方法を選んだんですけれど」
「でも〜、葉っぱだらけのバラの花言葉なんて〜知らない人の方が多いと思うんだけどなぁ〜」
「……そう、ですね」
「うふふ〜〜比良坂さんって、優しいんだ〜〜。魅鎖ちゃん感激〜〜」
 ミサさんの言葉に、歩さんがちょっと困ったような表情を浮かべる。もうっと両の拳を握り締めてさやかが私たちの方を睨んだ。
「ズルイわよ、私だけ仲間はずれにして!」
「仲間はずれになんてしてないわよ、さやか。ただ……ううん、何でもないの。ちょっとしたお遊びだから、ね」
「そんな雰囲気じゃないわよ、絶対。何か隠してるでしょ! ユッコ、私に嘘をつくの?」
 一歩も引かないという感じでさやかがそう言う。言葉に出して言いたくはなくて、黙り込んでいる私のことをさやかが悲しそうな表情になって見つめていた。
「ねえ、ユッコ」
「真実を明らかにすることは、必ずしも幸福を招くとは限らない。それは当然、分かっていますよね、あなたなら」
 私が黙り込んでいると、歩さんが横からさやかへとそう言った。僅かに不機嫌そうな表情を浮かべてさやかが頷く。
「あたりまえじゃない。私を誰だと思ってるのよ?」
「……四図崎冬馬の彼女については?」
 歩さんの言葉に、さやかがぎょっとしたような表情を浮かべた。
「嘘……?」
「御存じ、なかったようですね。私たちも、偶然に味方されなければ、知ることは出来なかったでしょうから、あなたが恥じる必要は有りませんけど」
「待ってよ、ちょっと待って。本当なの? 確認したの? 親戚だとか、ただのクラスメートだとか、可能性なんて……」
 慌てたようにさやかがそう言う。ほんの僅かに視線を下げて、歩さんがそれに答えた。
「だから、その花束なんです」
 葉っぱだらけのバラの花言葉は、『諦めないで』。花束を抱え直すと私はちょっと無理をして笑った。
「ごめんなさい、みんな。私のせいで心配かけちゃって。私は、大丈夫だから。
 ちょっとはショックだったけど、諦めてもいないし、落ち込んでばかりもいられないわ。可能性が少しでも有るうちは、あがいてみないといけないもの、ね」
「そ、そうよ。それに成城学院は男子校でしょ? 学校が違うって言う弱点は変わらないんだし、ユッコにだって可能性は」
「うん。ありがとう、さやか」
 きちんと笑えているか不安だったけれど、それでも私は精一杯の笑みを浮かべてみせた。
 

 トクン……トクン……トクン
 小さく鼓動が踊ってる
 あなたに向かってただ一言
 「好き」って言える 勇気が欲しい
 

 やがて時は流れ、大学で二人は再会することになる。
 その再会が、多くの人を巻き込んでいくことを、この時はまだ、誰も知らなかった。 



後書き
 久しぶりに一人称の物語を書いた気がします。結構、この話を書き始めた初期からあたためていたネタなのですが、どうだったでしょうか? 個人的には、結構気に行っているのですが。
 時間が行ったりきたりで少し混乱するかもしれませんが、作品の全体の流れとして計算しているつもりですので御容赦ください。完結後には、時間軸に沿った並びというのも公表しますけれど。 
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原作:水無月時雨
文章:夢☆幻