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ACT.1 強襲
二宮はビルに入ると、フロントの女性にオフィシャル・カードを見せる。
「アレン・フーバー総司令にお会いしたいのだが?」
「少々お待ち下さい…」
女性は彼のカードを受け取って、パソコンの端末に差し込んだ。そして、アウトプット(出力)されたデータを本人と照合する。
「第一部署、二宮正也。SPBの正式隊員ですね。総司令は四階の執務室におられます」
「今日からよろしくお願いしますね?」
「ん?。ああ…」
曖昧な返事をして、彼はエレベーターに乗った。ガラス張りの窓からは、だいぶ集まってきた隊員たちの姿がある。
「不釣合だな…」
こんな物騒な仕事場に、あんな受付嬢がいるというのは、二宮の感覚からすれば馬鹿げた事だった。そんな事に気が回る上層部が支配するから、社会に矛盾が出てくるのである。特に戦争においては、司令官が前線に出ず、安全な場所の机の上で作戦を練るようになってから、大量殺戮の歴史を歩み始めたのである。そして二宮自身、そんな二十世紀の兵士のように犬死にする可能性は、かなり高い。
言われた通りに四階で降り、会議室や広い資料室の前を通って執務室の扉の前まで来る。二宮はカードをインターフォンに差し込む。天井のセンサーからリング・サーチが出て二宮の体を調べる。ドアの上のカメラもギシギシと言っていた。
カパッと扉が開いた。その先のディスクのところに黒人がすわっている。その広い部屋の奥はガラス張りになっていて、外の様子が一望できる。このビルはちょうど交差点の角に立っていて、丸くフォルムされた窓がどこか会社のオフィスを連想させる。
「よく来てくれた、二宮君」
男は立ち上がって歩み寄ってくる。二宮も部屋に入って、握手をする。
「私はアレン・フーバー。日本の血も流れている」
「…自分は、そういう事は気にしません」
「そうか、そう言ってくれると嬉しいな…私の事はヘッドと呼んでくれ。敬語も必要ない」
「はい」
二宮の淡白な返事を聞いて、アレンは首を少し上下に振りながら、席へと戻った。
「それでは早速、仕事について…君も知っている通り、ブルーラ…これも仮の名前にすぎないが、彼らのテロは近年日本に無かった危険なものだ。そのテロは目標はありとあらゆる範囲に及び、児童施設が狙われたこともある。北方問題を匂わす声明を出しておきながら、ロシア大使館にまでテロをする始末だ。よって犯人は、日本にもロシアにも反目する者か、もしくは北方問題に格好つけた凶悪犯になるだろう。君の所属する第一課はこの犯人の確定に力を注いでもらいたい」
二宮はうなずくだけだった。あやふやに思う箇所が無いわけではないのだが、ここでつまらない問答をしても時間の無駄になる。
「…彼らの情報はあまりに少ない。しかし、東京で犯罪が行われるからには、必ずどこかに奴等の足跡があるはずだ…。大変な仕事であり、また危険な仕事でもある。覚悟はいいかね?」
脅すような鋭い視線で、アレンは見つめてくる。しかし、危険につられて来たような二宮には、その棘々しさを感じる事はない。
「構いません…」
「そうか。ならば、君のパートナーを紹介しよう。第一課は最低二人行動を原則とする。…実はSPBに一人だけ外国人がいてな、君が人種にこだわらないと言ってくれたので助かるよ」
二宮は驚きを表面に出さず、淡白に答える。
「外人、ですか…」
「純潔なロシア人でな、上がどうしてもとうるさいのだ。まあその分、腕は確かだが」
「なら、構いません…」
アレンは嬉しそうな顔になって立ち上がると、左奥の扉に声をかける。
「ナターシャ・ドローホフ。こちらへ」
入ってきたのは、白い肌に豊かな金髪をポニーにまとめた、幾分小柄な女性だった。なかなか美人で、案外アジア系の顔付きをしている。
「彼女は元シベリア駐留軍の砲撃部隊長で、中尉だったそうだ」
「よろしく」
はにかんだ笑顔を浮かべてナターシャは握手を求めてくる。いわゆる亡命ロシア人という奴だ。まだ三十代には届いていないだろう。亡命してきたのは遅くても三年前だから、その時点で中尉と言えばそこそこのエリートになる。そんな人間の亡命してくる理由など、二宮には想像もつかない。
第一、人種にこだわらないとは言ったが、女にこだわらないと言った覚えはない。こんな危険な職場で、安易な経済目的で日本に来たような女と組むなど、こっちの命がたまらない、と二宮は考えていた。美人と一緒になれた感慨など、彼は感じない。
「本日は午後二時からSPB全体でミーティングを行う。それまでは部署の仲間とでも顔合わせをしていてくれたまえ」
二宮とナターシャは部屋から退出して、ムービィング・ウォーク(M・W 自動床)に乗る。
「私は、あなたの事なんて呼べばいいかしら?」
かなり流暢に日本語で話す。これで髪を染めて、黒のコンタクトでも入れれば日本人と間違われるだろう。
「別に何とでも…」
「じゃあ、正也。最初に武器庫に行きましょう?」
そのまま二宮は黙っている。ナターシャは小首をかしげていた。
「…何か、聞かないの?」
「ん、別に…。聞きたいこともない」
「ヘンな人…」
そう言ってナターシャは二宮を見つめている。彼はコートの襟首を立て直した。
「なんだ?」
「結構…かっこいいなあ、と思ってね?」
「お世辞ならいい…」
そこでエレベーターに乗り、二階に降りると武器庫は目の前だった。ナターシャは奥に入って、拳銃を一丁、二宮に手渡す。
メタリック・ブラックの、ズッシリとくる重量感。いたってシンプルなデザインだが、よく手に馴染む。
「…いい銃だな」
「SPBの標準銃よ。正也用のオーダーだから、かなり使いやすいはずだけど…」
「そうか…」
右手を真っ直ぐに伸ばして、銃を構える。陰のかかったきらめきが走る。
「正式名称はNLG−9。種別的には、疑似レーザーガンなんだって」
「疑似、レーザーねえ…」
電導分子を高密度にまで集束するのがLASERである。その為小型化するにはそのエネルギー量と圧縮技術の問題が残っている。もし今の技術でハンドガンタイプのレーザーを作ったら、銃がオーバーヒートするのがオチか、もしくは紙が焦げるぐらいにしかならない。
「弾丸の中にね、電磁を組み込んでいるのよ。撃つと電磁誘爆を起こしながら飛んでいくのよ?」
「まるで電池を撃つみたいなもんだな…しかし、そんな物、途中で銃身が燃えちまうんじゃないか?」
「それが上手く作ってあって、発射してから爆発するのよ。もし人に当たったら、弾がバチバチと肉を焼くのよ?。…ああ、想像しただけでも背筋がゾッとするわ…」
「…日本語上手だな…」
「大学で専攻したのよ。英語ヤダったから…」
再び銃を構える。結局は、新兵器の実験まで行わせようと言うのである。所詮、上の連中はそのぐらいにしかSPBを見ていないのだ。
「あと、PPN(警察手帳)も最新のやつね?」
十センチ四方の薄いディスプレイをナターシャに渡される。ディスプレイ・タッチ方式だからほとんどボタンは無い。
「うーん、そうね…後は弾丸パックを正也に渡して…。私もブラスターショット(熱線銃)の銃身合わせないと…」
ズッドーン!!。爆発音と共にビルが大きく揺れる。二宮は床に腰を付く。
「な、なんだ!?」
室内の電気が落ちる。二宮が入り口から顔を出すと、数台のヘリが外を旋回している。青い装甲だった。
「ブルーラか?。手荒い御挨拶だな!」
二宮は廊下を駆け出す。敵が動力源を破壊したのだろう、M・Wは止まっている。ヘリからは数十人の青い服をまとった兵士が窓をブチ破って侵入してくる。二宮は早速銃を撃った。
ズギューンと、静かな唸りを上げて白い光弾が飛んでいく。窓の縁に足をかけていた兵士に当たり、真っ逆様に落ちていく。立て続けに銃を撃つが、敵兵がサブマシンガンを撃ってきて、二宮は壁を盾にする。残りの兵は次々に奥へと進んでいく。
「正也!」
ナターシャがやってきて、彼に弾丸パックを幾つか手渡す。そして彼の右腕を引っ張った。
「こんなの、かないっこないわ、逃げましょう?」
彼女は蒼白な表情をしている。二宮は腕を払って射撃を続ける。
「…そんなに逃げたきゃ…一人で逃げろ…」
敵の攻撃は激しい。するとナターシャが走って戻っていく。二宮はそれに気を配っている暇は無かった。
「伏せてっ!」
白い閃光。二宮の銃とは比べ物にならない太さ。床に這いつくばる彼の頭上を、巨大な球体が通り過ぎていく。その場にいた敵兵はほとんど消滅し、乗り付けていたヘリは旋回していった。
「な…なんだ、それは…」
「荷電粒子砲よ。それより、早く逃げようよ?」
「だから、そんなに逃げたきゃ一人で逃げろって…」
「だ…外人が一人で逃げたら、日本の国民から何を言われるかわからないわよ…」
「そんな弱気な奴が、よく軍人なんてやってられたな?」
そう言って二宮は階段に向かっていく。ナターシャはくちびるを噛み締めて追いかける。二宮は少し走るのを遅めて、彼女と並ぶ。そのまま無言だった。
非常階段を駆け上って、総指令室に向かう。途中の廊下でヘリが一台上昇してくる。二人は柱の影に隠れる。
「…くそ…」
二宮は両手で銃を構える。ローターの音に、呼吸を合わせた。1、2、3…
ズギューン!!。レーザー弾は窓ガラスを貫通し、ヘリの土手っ腹に向かう。一瞬の静寂の後、ヘリは空中爆発を起こす。エンジンに直撃したようだった。
「ナターシャ、行くぞ?」
口を開けて呆然としている彼女の肩に、二宮が手を乗せる。
「あ……うん…」
ヘッドの部屋の前では、ブルーラ兵が入口へ銃を乱射している。廊下には敵味方問わずたくさんの死体が倒れている。
「ナターシャ!。バズーカーだ!」
「え…うん…」
「何躊躇してんだ!」
二宮が自分の銃を連発する。不意を突かれたブルーラは総崩れになる。僚友と協力してなんとか全滅させた。やがてアレンが顔を出す。
「無事ですか?」
「おお、なんとか平気だ……グワァ!」
「キャア!!」
ビル全体が激しく揺れ、総指令室の入口からは炎が吹き出す。二宮もナターシャも、内側の壁に叩き付けられる。
「な、なんだ…」
「…ナパーム砲をブチ込んだのよ」
「無茶なことをする…」
二人はそれぞれ総指令室の扉の左右から顔を覗かせる。物という物はすべて焼け去り、窓ガラスも一枚も無い。ローターの音からして敵のヘリは下にいるようだった。そして二、三度ビルが揺れる。全ての階にナパームを撃ち込んでいるらしい。やがてヘリの上昇する音が聞こえてくる。
「…ヘリが見えたら、俺が何機か落とす。ナターシャはそれを見てから一番ヘリの固まっている場所にその荷電粒子砲を撃つんだ。いいな?」
「で、でも、そんな無茶な事…」
「やらなきゃ俺もおまえも死ぬだけだ」
「…ラジャー」
段々とヘリの頭が見えてくる。全部で九台いる。二宮は片膝をついたまま、ゆっくりと照準を合わせる。
ズギューン、ズギューン、ズギューン。青白い三つの光は黒焦げた床の上を飛ぶ。一台のヘリがよろめいた。隣り合った二つが炎を吹き上げ、そのうち一つが爆発を起こし、それに誘爆する形で二台とも落下してく。しかしナターシャは撃たない。
「何を迷ってる!」
強く両目を閉じて、ナターシャはトリガーを引く。光の帯が突き進み、右端の二台が消滅する。残りの五台が旋回して体勢を整える。
「二…宮君…」
二人が振り返ると、血塗れのアレンが死体と瓦礫の中から手を差し延べている。
「ヘッド!。今助けます!」
「…もう、私は無理だ…SPBは君に任せる。…奴等を…ブルーラを…」
「ヘッド?。…ヘッド!?」
二宮は静かにアレンの腕を床に置く。そして下を向いたまま立ち上がる。
「…ナターシャ、車はどこにある?」
「え…地下に車庫があるから、やられてなければホバーカーぐらいは…」
途端に二宮は走り出す。アレンの腕を組ませてから彼女も続く。
一階も真っ黒に焼けていた。二宮はフロントにある黒い塊を視認しつつも、目を伏せて地下に降りる。
たくさんの車が横転し、幾つかは火を吹いている。それでも無傷のホバーカーを見付けて、バギー型の一台に二宮は飛び乗る。ナターシャも近付いて車の横にしがみつく。
「ちょ、ちょっと正也、どこに行くのよ?」
「敵を追撃するに決まっているだろう」
「そんな…死んじゃうよ?」
「…俺一人、生きているのは御免だ…」
ナターシャは表情を強張らせる。やがてバズーカーとブラスターを後ろの席に放り込む。そして助手席にすわると二宮にそっぽを向けた。
「……私だって、一人は御免よ…」
二宮は黙ってオフィシャル・カードを車に差し込む。ホバーカーは小さな唸りをあげてゆっくりと上昇する。
ブールラのヘリはだいぶ離れているものの、大通りを真っ直ぐと進んでいてまだ視認できるレベルだった。町中なのでそれほど速くもない。二宮のホバーカーの方が、よほど交通を妨害していた。
「…どうして上空を飛んで、さっさと逃げないのよ?」
「上じゃ自衛隊に砲撃されるだろう。自衛隊は町中じゃ砲撃はしないよ」
「そんな事で、爆撃でもされたらどうするの!?」
「野党がうるさいんだよ、ここの国は!」
レーダー上では、ヘリは東京湾方面に向かっている。首都高速の浜崎町インターへ出ると、その上に沿って飛んでいく。二宮の車もすぐにその場に着いた。
「ナターシャ、つかまってろ!」
ホバーカーをジャンプさせて、一気に道路に飛び乗る。ヘリとの距離は少しずつ縮まっていた。
「ナターシャ、撃て!」
「こ、こんな高速でどうやって撃つのよ!?」
「上に撃つんだから大丈夫だ!」
ナターシャはブラスターショットを持ち上げてフロントガラスの上に乗せる。十センチ程しか銃身を外に出していないのに、ちょっと力を抜くと銃が吹っ飛んでいってしまいそうだった。ナターシャは数発斉射するが、一発も当たらない。二宮がNLG−9を撃つと、それはエンジン部に当たってヘリは空中爆発をおこす。その残骸を避ける為に二宮はアクセルを踏む。落下したヘリが炎上し、そこに次々とホバーがクラッシュしていく。
「か、片手運転なんてやめてよ!。それで壁に激突でもして死ぬなんて冗談にもならないじゃない!?」
「それを言うなら洒落だろ!。ったく、文句の多い奴だな」
二台のヘリがマシンガンを撃ってくる。残りの二台がなぜか寄り添っている。片方はビルで二宮の攻撃を受けて黒煙を出しているヘリだった。
「くそ…バズーカーが使えれば…」
「そんな事したら、反動でひっくり返るじゃない!?」
「だから『れば』って言ったんだろうが!」
二宮はヘリの攻撃を避ける為に車を運転するのが精一杯で、とても攻撃にまで手が回らない。しかし、ナターシャの攻撃は淡白で、とても迎撃できそうにはない。二宮がチラッと顔を覗くと、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ナターシャ。お前本当に軍人だったのか?。戦場でナーバスになった奴は死ぬだけなんだぞ!?。…それとも死にたいのか!?」
その言葉に、彼女はキッとなって叫び返す。
「私だって死にたくないわよ!」
彼女の気合いの一撃がヘリを貫通し、炎上しながらヘリはアスファルトに激突する。それを振り返りながら、ナターシャは沈んだ目になる。
「ナターシャ。あれは何をしているんだ?」
「え…さ、さあ?」
場所は右カーブに差し掛かるところだった。すると、煙を上げているヘリが自由落下してくる。残りの三台はそのまま直進して高速から抜けて言った。
「く…乗り移ったのか?」
二宮は急いでハンドルを左に切った。ヘリの落下からは逃れたものの、目前には壁が迫る。
「ナターシャ。死んだらすまんな!」
「え、え…ちょ、ちょっと!」
二宮はアクセルを踏み、高架から飛び出す。背後でヘリが大爆発し、その風圧でホバーが少し前に傾く。目の前には三台のヘリが並列している。
「くそっ!」
二宮は疑似レーザーガンを構える。そして真ん中のヘリを狙った。
ズキューン、と弾丸は中央を突き抜ける。ヘリは空中で爆発するが、二宮達のホバーはそこに向かっている。
「ま、正也!?」
「ままよっ!」
緊急用のターボのスイッチを叩き入れる。エンジンからバックファイヤーを吹き出して、ホバーは炎上するヘリの下を通り抜ける。ナターシャは頭を抱えて目を閉じる。
ホバーが下を通り抜けたと同時に、ヘリは地面に激突して再び爆発する。今度は完全にホバーがひっくり返りそうになるのを、二宮は強引にハンドルを入れ車をスピンさせる。ナターシャは座席に背中を叩き付ける。
「…今度からシートベルトをつけようよ…」
「それより、あのヘリは何をしようとしているんだ?」
ヘリは水面に近付いていき、やがて着水する。ローターの回転が止まると、その刃が縮んだ。
「ビームローター?」
ヘリ、いや、ヘリのような潜水艦は、次第に東京湾へと潜っていく。ゆっくりとホバーを進め、埠頭近くで二宮は止める。
「なるほどね…安全に潜れるところまで飛んできたのか…東京湾はいろいろと海底トンネルがあるからな…」
「正也…これからどうするの?」
「どうするったってね…」
チラッと見ると、ナターシャは半分涙顔になっている。もしかしたら軍を脱走してきたのではないか。そんな風にも思える。二宮はハンドルにもたれかかった。
高速の方からは、ひっくり返ったホバーの救助の為か、救急車のサイレンがけたたましく聞こえてくる。
「SPB…半日で壊滅か」
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