今、東京を脅かす一つの集団がいる。名称、目的、一切不明。爆弾テロ、要所襲撃を行い、その目標は、公的機関、新聞社、大手企業、外国大使館、さらには幼児施設など、あらゆる限り無差別。謎めいた青ずくみの男達。彼等はそのブルーで統一された服装から、マス・メディアにより『ブルーラ(青き者)』と呼称された。
この事態に、政府は対ブルーラ特別捜査班『S.P.B.』の設立を発表した。
男はレンタ・ホバーに乗っていた。徹底された管理の元で行動する無人のタクシー。その為彼はゆっくりと手紙を読むことができた。
やけに繊細な文字。ビデオ・レターのあるこの時代に手書きの便箋と言うのは、よほど貧しい人や、もしくは相手に読み返させるための意図的な場合のみである。今の時代、後者のようにしっかりとした文章を書ける人間は少なく、インテリと言われ兼ねない。文字だけのメディアは衰退し、わずかな知識階流の娯楽となってしまった。しかし、この手紙はそんな悠長な物ではない。
彼、二宮正也はその手紙をアルスターコートの内ポケットにしまう。そしてボタンを押して窓ガラスの色を取ると、外に目をやった。
全て等速で走るまばらなホバーカー、ホログラフのような単調な景色。何の面白味もない。そんな無機質な世界から避けるために、彼は警察などと言う、危険な職に就いたのかもしれない。近年、各先進国のモラルは退廃し、犯罪数は鰻登りであった。日本は戦前の名残を残し殺人などは少ないものの、窃盗は他国とあまり変わりは無い。石油価格の高騰による気違いのような物価上昇は、他給他足に馴れた文明国の市場を根底から覆すことになった。地方では兼業農家が急増し、都市部ではかつてのリオデジャネイロやサンパウロのように、富豪の高層住宅の谷間に多数のスラムが形成されていった。だから今日の警察業務というのは、一番嫌われる職種になっている。
それを二宮は、若年ながら検挙数の数多い優秀な、時には危険な刑事だった。そして今回のSPBにも、進んで名乗りを上げた。手紙にこめられた願いも空しく、彼の乗ったホバーは、とあるビルの前に到着する。
港区新橋中田ビル。ここがSPBの本部であった。二宮が降りると、ホバーカーは音も立てずに去っていく。新品の青いガラスが、灰色の空よりも眩しく見える。
二宮は玄関口に続く低い階段を登り始める。それは手紙の懸念するように、地獄への道となるのかは、彼にも判断はつかない。