21・勝利への脱出

<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>

「こ、これは…」
 倫子は目の前の書類を見て絶句していた。冷や汗が垂れ落ちる。
「…コスプレ喫茶?」
「ちが〜うっ!! れっきとした学園祭の出し物だっ!!」
「…私にはコスプレ喫茶にしか見えませんが」
 部室で力説する佐藤に倫子は半分引いていた。しかし、きちんと生徒会の書類で、生徒会長の判も押してある。倫子は書類も持ち上げて360°から眺める。
「…何してんだ?」
「いや、偽造じゃないのかと…」
「いい加減にしないと、お父さん怒るよ?」
「というか、よく部長がこれで許可出しましたね…」
「だって神崎の奴はやる気無いしな」
「…なんで神崎先輩なんですか?」
「だって部長じゃん」
 目を丸くする倫子。ぱちくりさせて記憶をたどる。
「変わったとは聞いていないですが…」
「だってお前が入る前だからな」
「…いや、私は入部する時に、池田先輩が部長だと紹介されましたが…」
「書類上は神崎が部長でまりあが副部長で律子が会計。でも3人とも仕事しないから、引退したオレたちがそのままやっているだけだ」
「そ、そうなんですか…初耳ですよ。それにみんな池田先輩を部長って呼んでるし…」
「お前とえみりとまりあと律子だけじゃん」
「いや、それって半分だし…というか、半分しか呼んでいないのか…」
「えみりは和佳子がいて池田さんが二人になるから部長にしてるって言ってたな。西村は言ってんのに直さねえ。律子の理由は知んねえけど、あれもえみりと一緒で、和佳子と混ざるからじゃねえの? まあさ、お前も姉貴と同じ部活じゃなかったら、みんなから名前で呼ばれることは無えんだしよ」
「でも、女は名前で男は役職ってのはなんだか差別っぽいなあ…」
「そんなこといったら、皇族だって男は位で女は名前じゃん。日本の習慣だよ」
「はあ…そう言えば、部長…池田先輩の方ですけど…は何処行ったんですかね?」
「本物の部長とゲーセン行ったよ」
「ふうん…」
「…なんで立ち上がる?」
「いや、私も行こうかと…」
「ふざけた事言うな〜っ!! お前は文化祭の準備だろ〜!?」
「コスプレが嫌だとはいいませんけど、積極的にやるのは嫌ですっ!!」
 佐藤を振り切って駅前のゲーセンにつく。
「あ、上岡先輩を発見。…エゥーゴvsティターンズですか?」
「ええ、もう…ズタボロですけれどねえ…」
「そりゃあ…1人プレイなのにリック・ディアスとか使っても…」
 手助けしても良かったのだが、取り敢えず池田を探す。すると、ゲーセンの片隅に大スクリーンの前に見付けた。
「くっついている…」
 横長の椅子の上に、池田と紫緒が並んですわっていた。そもそも二人でゆったりすわれる大きさではない。池田が半分腰を浮かせていた。それでも密着してすわっている。一瞬足が躊躇したが、一歩踏み出して横につく。
 紫緒が倫子の顔を見てふうっと溜め息をつく。邪魔をするなということなのか。池田はゲームをしているので一切話しかけてこない。
「サッカーゲームか…」
 大きなテーブルが池田の前にある。そこにサッカーのフィールドがあって、サッカー選手のカードが置かれている。テーブルにはモニターがついていて、そこではサッカーの試合の様子が流れている。テーブルに置かれた選手たちがそこで試合をしているわけだ。そして池田はせわしなくカードを動かしている。それによってポジショニングが変わるからである。
「アルゼンチンなんですね、やっぱり」
「よくわかったな」
「部長、バーチャストライカーでアルゼンチンしか使わなかったですから、同じ名前の選手が何人かいますし。…でも、モンテーロはウルグアイ代表では…」
「WCCFはセリエAの選手しかいないから足りないんだよ。足りない分はウルグアイで補っているよ」
 池田のチームがトーナメントの決勝を戦っていた。相手は人間のようだ。
「しかし…このフォーメーションは…バーチャは3-6-1でしたけれど、今回は3-5-2ですか」
「WCCFは何だか3-6-1は機能してくれないからな。基本的に攻撃にバランスが偏っているから、FWが多い方が強いんだよな。4トップとかで戦っている奴もいるからな。4-2-4とか」
「有り得ないですね…」
「まあ、ゲームだからある程度そうなるのは仕方ないところだが」
「ふぅん…野球ゲームはいまいちやる気がわかないけれど、サッカーはちょっとやってみようかなあ…」
「IDカードが500円、1プレイが300円」
「その1プレイでどのくらい出来るんですか?」
「練習一回と一試合。実際の時間で七、八分だな」
「た、高っ!!」
「ちなみに2ゲームが500円だ。普通は1500円で1時間ぐらいやるのがパターンかな。一日中すわっている強者もいるが」
「そうするとIDカードと合わせて2000円か。安くはないけれど…一度ぐらいやってみよう」
 近くにIDの自動販売機がある。500円玉を入れたが素通りする。何度入れても素通りだ。自販機はそれしかない。
「ま、まさかプレイする前からこんな罠が…」
「それ、先に商品のボタンを押すんだぜ?」
 横から紫緒が教えてくれる。自分がいつまで経っても来ないので見に来たらしい。
「す、すいません…」
「今ちょうど、池田の横の席が空いたぞ?」
「ほんとですか? これで教えてもらいながらプレイできる…」
 早速池田の横の席に座る。そしてIDカードの入った箱を開けた。説明書と、IDカードだ。
「…あの、選手のカードってどうするんですか?」
「一回ゲームをすると、一枚台から出てくるよ」
「いや、初プレイの時は…」
「自販機にスターターパックが1500円で売ってるぞ」
「はあっ!? それを先に言ってくださいよ!?」
「あんなの、白しか入ってないから買う意味無いな」
「白?」
「普通のトレーディングカードで言うと、コモンが白、アンコモンが黒、レアがキラ。WCCFは全て色で区別するんだ」
「例えカスカードでも、無いと出来ないですし…」
「そこのテーブルにゴミ箱があるだろ。そこから取ってこいよ」
「ゴミ箱って…」
 『不要カードをお入れください』という箱がある。中には大量のカードが入っていた。ダブったカードをみんなが入れているらしい。
「これはもらっていいんですか?」
「その為にあるんだよ。早くしないと小学生が全部持ってくぞ」
「はあ…ん、アンコモンなのに捨ててある。…モンテッラ? 私、バーチャストライカーでレギュラーなのに…。トンマージやピルロも黒なのに捨てられているよ…。イタリア人多いから、イタリア系でチーム作ろうかな。…というか、イタリア人と日本人選手しかわからないけれど…」
 そんなわけで、倫子はカードを選んで台に並べる。
 
FW デルヴェッキオ・モンテッラ
トップ下 ピルロ
ボランチ マレスカ・ペロッタ・トンマージ
4バック ザッカルド・フェラーリ・フェラーラ・パヌッチ
GK ヂダ
  
 池田が覗き込む。何も言わないので倫子は少し不安になってくる。
「な、何か変ですか?」
「いや、何もセンターバックにそんな二人を選ばなくてもな。いやらしい…」
「な、なな何を言ってるんですか!?」
「というか、何故にGKだけブラジル人なんだ?」
「他に知っている人がいなかったし…」
「しゃあねえな。一枚やるよ」
 そう言って池田はデッキから一枚出す。手に取って倫子は思わずぎょっとした。
「ブ、ブッフォン!? 最強のゴールキーパーじゃないですか!?」
「まあ、黒だからそんなに価値のある選手でもないがな。それこそお前の選手を全部黒に出来るぐらい余ってはいるが、自分で集める楽しみもあるだろうから、取り敢えず一枚だけ餞別だ」
「それは日本語が違う気もしますが、ありがたく頂きます」

「…ガンバ大阪にボコボコにされるなんて…」
「最初の試合なんてそんなものだ」
「それはそうかもしれないですけれど…あ、これがカードですね」
 ゲーム台の左から、カードが一枚出てきた。封を開けて中を見る。
「サムエル…」
「いきなり黒とは運がいいな。しかも最強クラスのセンターバックだな」
「でもアルゼンチンだし…」
「何っ!? アルゼンチンを馬鹿にするのか!?」
「いや、せっかくイタリア人で固めたのにと思って…」
 すると池田はまたしても自分のデッキを開き始める。そして一枚投げ渡した。
「マ、マルディーニ!? し、試合が始まる前に早く入れないと…」
 
「…ネ、ネスタ!?」
「ネスタとマルディーニのセンターバックとは、面白みも何もないチームだな…」
「いいじゃないですか、別に…」
「しかし、五枚で黒二枚とは…運が良すぎだな…」
「…あれ、次の対戦相手って…」
「ああ、俺か。ちょうど今日最後の試合だろ。成果を見せろと言う思し召しだよ」
「…しかし、このチームは…」
 試合が始まって池田のスタメンが画面に表示される。
 
FW レコバ・クレスポ
トップ下 ヴェロン
サイドハーフ ソリン・サネッティ
ボランチ シメオネ・アルメイダ
3バック モンテーロ・アジャラ・サムエル
GK カリーニ
 
「本当にアルゼンチンとウルグアイの選手だけなのね…。私にブッフォンくれたのに、キーパー白だし…。もしかして、結構点取れちゃうかも?」
 そんな望みを密かに抱く倫子。しかし、そんな野望はすぐに潰えた。ゲームセンターに実況がこだまする。
『ゴールエリアの荒鷲っ!! エルナン・クレスポ!!』
『ミラクル・レフティ アルバロ・レコバ!!』
『インサイド・アウトサイダー ハヴィエル・サネッティ!!』
『カピタン・ウンチーノ!! マティアス・アルメイダ!!』
『ゴールエリアの荒鷲っ!! エルナン・クレスポ!!』
『ゴールエリアの荒鷲っ!! エルナン・クレスポ!!』
「…6点!? 私は6点も取られたの!?」
 真っ白になって現実を受け入れられない倫子。池田は勝ち誇るでもなく、仕方ないといった趣きだ。
「まあ、カードを一枚終わらせるぐらいはやらないと、まともには戦えんがな」
「一枚って…単純に計算しても500円×50回で25000円…。無理だ…ゲームとしては面白そうな感じはあるけれど…」
 そそくさとIDカードの空き箱にカードをしまう。紫緒があごでしゃくる。
「カード取り忘れてんぞ?」
「あ、ああ、ありがとうございます。…あれ…」
「…どうした?」
「トッティ…」
 そう言われても、紫緒はさっぱりわからない。
「…トッティって誰?」
「ん?、トッティ引いたのか。6ゲームで黒三枚なんて、今月の運を使い果たしているんじゃないか。六枚全部白の時もあるぐらいだからな…」
「いや…なんか光ってるんですけれど…」
「…レアじゃねえか。やめるんなら、1万円で売れるぞ」
「い、一万っ!? でも、トッティはなんとなく取っておきたいような…」
「そんなのゲームのカードだから、普通のトレーディングカードと違って次のバージョン出たら暴落するぞ。まあ、それを使ってやるんなら別だけどな」
「…こ、これは…続けろと言うことなのかしら…」

 2週間後、倫子は幕張のクラブセガにいた。池田が、休みの日曜にはここでプレイしていると聞いたからだ。まだいないようで、倫子は早速プレイを始める。
「しかし、なんか勝てないのよねえ…」
 ふっと視線を感じて横を見ると、小学生がこちらを見ている。というか、台の真横に立っている。小学生ならではの勇気ある行動だ。さらに左を見ると、中学生ぐらいの男子が見ている。しかし、さすがに倫子と視線が合うと立ち去った。
「…これだから男は…」
 まあ、そういう自分も袖無しタンクトップで少し露出度高めではあるが。
「早いな…」
 その声に振り返ると池田がいた。ヒューストン・アストロズのビリー・ワグナーの背番号Tシャツだ。
「サッカーゲームなのに、メジャーリーグのTシャツですか…」
「覗くなよ」
 倫子の声は無視して、池田が小学生に一喝する。別の台のところに行ってしまった。
「全く、金の無いガキは金のある奴についてきて、誰それ構わず覗き込むからな…」
「そんな小学生を追っ払える部長もある意味凄いですけれど…」
「まあ、仕方ないと言えばそれまでだがな」
 そう言って池田が自分をちらっと見る。思わず身を引っ込めるような仕草をしてしまう。
「そ、そうですね…もうちょっと普通の格好でも…」
「キラのトッティなんか使っていれば、小学生の羨望の的だよな…」
「…はい?」
「いや、だからキラカードは小学生の憧れだから。女のケツよりそっちの方が大切な年頃なんだよな、まだ」
 一瞬目が点になる。
「…私じゃなくて、カードの方を見てたのね…」
「しかし、何だかよくわからん布陣だな…。全員イタリア人というコンセプトは褒めるに値はするが」
 池田が台を覗き込んでのたまう。今のメンバーはこんな感じだ。
 
FW デルピエロ・ヴィエリ
トップ下 トッティ
ボランチ ペロッタ・ガットゥーゾ・トンマージ
4バック ザンブロッタ・カンナヴァロ・ネスタ・パヌッチ
GK ブッフォン
控え デルヴェッキオ・モンテッラ・インザーギ・マルディーニ・マテラッツィ

「なんか、随分黒が多いな…そんなにプレイしたのか?」
「正直、あれから当てたのはヴィエリとカンナヴァロで、ザンブロッタとかは拾いました…」
「セリエAでは最もポピュラーな布陣だが、残念ながらWCCFでは全く勝てない布陣だな…」
「そ、そうなんですか? 具体的にどんなところが…」
「WCCFでは、基本的に2トップは駄目だな」
「えっ!? 部長だって2トップじゃないですか?」
「俺は4トップだぞ」
「…え?」
「攻めている時はウィングを上げるから4トップ。守る時は下げるから5バック。そういう布陣だ。基本的には守備を固めて、ドリブル突破の出来る1トップに頼るか、3トップや4トップで攻撃的に行くかでないと無理だな。まあ、勝つことが目的でないのなら別に構わんが」
「いくらゲームとはいえ、4トップとかそんなのは嫌ですよ…」
 試合が始まった。すると池田は黙って倫子のカードを入れ替え始める。ヴィエリを1トップにして、デルピエロを左に、トッティを右に位置させる。そしてペロッタの位置を少し上げた。
「これは…4-2-3-1ですか」
「この方がまだ勝てるだろ」
 トップ下がペロッタなのはどうかと思うので、始まったばかりだがピルロと交代させる。ディフェンスがボールを取った。するとその刹那、池田が再びカードを動かす。中盤にいたトッティを一気にFWエリアまで上げた。パスがトッティまで渡ると、ゴール深くまで攻め上がる。
「シュ、シュートだっ!!」
 相手のキーパーが弾く。しかし詰めていたヴィエリが押し込んだ。
『ミスターボゥ!! クリスチャン・ヴィエリ!!』
「み、見事に点を取ってしまった…」
 そして池田がいそいそとカードを動かす。トッティもデルピエロも、深めのMFにしてしまった。
「こんな感じで、攻める時はやはり人数を増やさんとな」
「トッティもトップ下より、FWで使った方がなんか活躍してくれるような…」
「というか、トップ下は元々黒子だからな。正直、今のこの面子だとトッティが一番シュートが強いから、FWで使った方がいいんちゃう? ヴィエリとデル・ピエロのキラが当たれば別だけど」
「そうですね…ハ…ハックシュッ!!」
「九月といっても、冷房ガンガンかかってんだから、そんな薄着じゃ風邪ひくぞ?」
「そ、そうですね…上着持ってくれば良かった…」
 すると突然、池田が上着を脱ぐ。呆気に取られた倫子だが、池田はその下に任天堂のTシャツを着ていた。
「ほら」
「あ…どうも…」
 ブカブカだ。背の高い池田だからLLサイズぐらいだろう。ほんわりと暖かい。思わずぽっとなってしまいそうになる倫子だが、池田は全く構わずにゲームの話を続ける。
「あともう一つアドバイスすると、サイド攻撃したいんならサイドバックじゃなくてサイドハーフにしないと駄目だな」
「え…なんでです?」
「このゲームの最大の特徴は、ゲーム時間が短いと言うことだ。他のサッカーゲームも実際のゲームのように90分やるわけではないが、それでもWCCFの試合時間の短さは物凄い。その短さの割には攻撃チャンスが多くなるように、全体的にパスが非常に早くて長いんだよ。だから全員で守って、1トップにロングパスでドリブル突破、という戦術が成り立つわけだが、逆にサイドバックがオーバーラップしている時間がない。サイドハーフにして、かつ攻める時はFWの位置にカードを動かしてやらんといけないんだよ。大抵は4バック全員、センターバックを並べるのがセオリーだな。それで守備的ボランチを何人並べるか、サイドハーフを置くのか、FWは何人置くのかという選択は、戦術に合わせて違ってくるよな。トリプルボランチとかでガチガチに守るならドリブル突破の出来るFWを置かないといけないし、サイド攻撃をするならポストの強いFWだろうし。逆にトッティのようなゲームメイクの出来る選手を使うなら、スルーパスを受けられるFWだろうし。基本的にドリブル突破、サイド攻撃、スルーパスのうち、どれかに特化した方がいいな。ちなみにドリブル突破派が多いけれど、それはドリブル突破が強いからじゃなくて、カードとかを動かさなくていいし戦術ボタンもカウンターと中央突破をつけっぱなしで何もしなくていいからだというだけだがな」
「そうすると…どうすれば?」
「それは自分で考えろよ」
「す、少しくらい実例を挙げててもらっても…」
「まず、DFはマルディーニを入れて3パックで、ザンブロッタとパヌッチをサイドハーフ、ダブルボランチでトップ下はトッティ、それに2トップだな」
「…まんま部長のチームじゃないですか」
「サイド攻撃をする場合はこれがベストな布陣だがな」
「私は4バック派なので、3バックはちょっと…」
「そしたら…この面子ならマテラッツィを入れて、ボランチは一人。若しくはトップ下を無くしてダブルボランチ。サイド攻撃をするなら2トップの方がいいだろう。サイド攻撃をするならこのどちらかだな」
「個人的に、4バックとダブルボランチとトップ下は決めたいんですけれど…」
「そしたらあと三人何処に置くかだけじゃないか?」
「そういわれれば、そうですね…」
「サイドハーフ二人に1トップか、3トップしかないじゃん。トリプルボランチで2トップという選択しもあるがな」
「う〜ん…サイド攻撃を切るしかないのかなあ…」
「あとはトッティをどう使うのかという問題もあるがな…」
「むむむむ…」
 
「う〜ん…」
「何を悩んでいるのよ?」
「トッティを右のFWで使うか、トップ下で使うか…決めかねているのよ…」
「はあ…」
「FWで使っても、かなり点を取ってくれるし、でもトップ下も、目立たないと言っても他の選手にするとやっぱり中盤の支配力が違ってくるのよね…。いっそトッティが二人欲しいぐらいだわ…。フォーメーションは4-2-3-1で決めたんだけど…。う〜ん…」
「別にいいけれど、文化祭の準備はちゃんとしてよね」
 1-Hの教室。文化祭では飲食店をやるらしい。らしいというのは余りやる気がなくてよく知らないからだが、少なくとも今はえみりと一緒に割り当てられた分のポスターを作っている。
「どうしようかなあ…。正直、イタリア人はトッティ以外にはトップ下いないのよねえ。ピルロももう少し強ければなあ…」
「お仕事ははかどっていますか?」
 さくらがやってくる。倫子は気付かないでブツブツと言い続ける。えみりが首を振った。
「なにか、サッカーゲームの事ばかり考えているみたいで、全然遅いのよ」
「サッカーゲームですか。なんですか?」
「…え? ああ、WCCFよ。と言っても通じないだろうけど…」
「な〜んだ、WCCF、倫子ちゃんもはじめたんですね」
「え…さくらもやってるの?」
「はい。ゲームは日本人の嗜みですもの」
 そう言ってにっこりと笑う。
「是非、お手合わせいたしましょう」
「うんうん、それはもちろん」
「じゃあ、今日はちゃんと仕事してくださいね」
 そう言ってさくらは行ってしまった。倫子がぶすっとする。
「なんか、上手く言いくるめられたわ…」
 そんな倫子を見て、えみりははあっと溜め息をつく。
「目の輝きが全く違って、こっちがあきれちゃうわよ…」
 ど
 試合はなんと、文化祭当日となった。何故ならさくらは部活で休みがないからだ。さすがに文化祭の日は、朝練だけだった。それでも朝練をするのは凄いとも思うのだが、空手の強豪校であるからそんなものか。文化祭さえも出ずに練習というよりはましだろうか。委員長に無理を言って倫子とさくらが出し物の当番を同じにして、終わると同時に学校を抜け出して最寄り駅前のゲーセンへと向かう。
「えみりまで付き合わせて悪いわね…」
「まあ、一人でフラフラしていても何だし…」
「パソコン部の方にいても…」
「いいじゃないですか。一緒に来て頂いたんですから」
「もちろん、嫌だという意味じゃないけれど、正直ゲームをし始めると放っり放しになっちゃうからさ…」
「別に、それは部活でも一緒だし…」
「…ごもっともです…」
 するとさくらが倫子の横に立つ。そして小声でささやいた。
「倫子さんと一緒じゃないと、部活に出ても一人で浮いちゃうんですよ」
「あ…確かに、一年生って私とえみりだけだった…」
 ちょうど並んだ台が開いていたのでそこを使う。えみりは間に立った。
「さて、さくらはどんな選手…っ、そ、それはっ!?」
「ええ、一応血も半分流れていますし、フランス人だけで作ってみました。というか、兄上にそうしろと言われたんですけれどね。私もいい案だと思ったのでのっかってしまいました」
「アンリ、ジョルカエフ、デサイー…そ、そして…ジダン!? そんなレア中のレアが四枚も!?」
「まあ、私のではありませんけれど…」
「それは部長から借りているってこと?」
「ジダンとアンリは私が引きましたけれど、デサイーとジョルカエフは兄上ですね。私、集めるのには興味がないので、全て兄上に渡しているんですよ」
「はあっ!? 何それっ!? 私が欲しいぐらいだわ…」
「その代わり、私の使うカードは全て兄上から借りてますから、このトレゼゲも兄上のサブチームで使われていたのを借りてしまいましたから…」
「別にトレゼゲはWCCFじゃ大した選手じゃ…って、光ってる?」
「ええ、MVPですから」
「MVP!? レア中のレアのさらにレアカード!? あ、有り得ない…」
 ちなみにさくらのチームはこんな感じだった。
 
FW アンリ・トレゼゲ・ジョルカエフ
トップ下 ジダン
3ボランチ カンデラ・ダボ・ダルマ
3バック デサイー・テュラム・ジェトゥー
GK フレイ
控え カマラ・ミクー・ラムーシ・コウエ・ゼビナ

「しかし…控えと中盤がなんか酷いことになってるわね…」
「フランス人はセリエAには余りいませんからね。ヴィエイラとマケレレのどちらかでもいてくれるとありがたいんですけれど、二人ともプレミアリーグですから…」
「でも、さくらが3バックなのはやはり部長の影響なの?」
「いえ、ディフェンダーが足りないので仕方なくですね。本当はデサイーとテュラムを中央に置いて、カンデラをサイドバックにしてもいいんですけれど、このゲームはサイドバックは意味がないので、渋々3バックにしてみました」
「ちゃんとゲームがわかってらっしゃるのね…まあ、取り敢えずやりましょう…」
 しかし、5-0でボコボコにされた。歯が立たなかった池田戦とは違い、ちゃんと攻めてちゃんと守ってはいるのだが、こちらのシュートチャンスはことごとく潰され、そして相手のシュートはことごとく入った。
「な、なんてこと…歯が全く立たないなんて…」
 傷心のまま、トーナメントに出場する。初戦はCP戦だ。試合が始まる。
「あ、カード忘れてた…」
 出てきたカードを開く。裏だった。
「何だ、インザーギか。黒、初めてだぶっちゃったな…。…ん、オーバー・ザ・トップ!? そんなスキルだったっけ…」
 取り出して表を見る。目が点になる。
「キ…キラだっ!? ああ、それより試合が…」
 はやる心を抑えつつ、CPに2-1で勝つ。そして次の試合が始まる前に黒のインザーギと入れ替えた。
「フォーメーションは…こうね」
 
FW デルピエロ・ヴィエリ・インザーギ
トップ下 トッティ
ボランチ ガットゥーゾ・トンマージ
4バック マルディーニ・マテラッツィ・ネスタ・カンナヴァロ
GK ブッフォン
控え デルヴェッキオ・モンテッラ・ピルロ・ペロッタ・ザンブロッタ

 トーナメントの準決勝は人間戦だ。恥じらいのないキラキラチームである。
「でも、MFがジダンとトッティと中田…全然攻めれちゃう気が…」
 相手の猛攻も激しいが、ダブルボランチとセンターバック四人でなんとか防ぎきる。そしてカウンターでトッティが中央でボールをキープする。そしてインザーギに縦パスを出した。
「そ、それはオフサイド…になってない!?」
 一対一になったインザーギが余裕のゴールを決める。
『スーペルスーペルスーペルピッポ!! フィリッポ・インザーギ!!』
 早口実況がゲーセンにこだまする。倫子は思わず拳を握りしめた。
「いける…戦術が固まった今なら、行けるかも…」
 その一点を守りきり、決勝はさくらとの試合だ。倫子はまだタイトルは何も取っていない。さくらのチームはほぼ全て取っているようだった。
「私はこれで終わりますから、決着戦ですね?」
「…望むところよ!!」
 そして試合が始まった。いつもより高揚感がある。早速、倫子がさくらのゴールに襲いかかる。そして一瞬フリーになったインザーギにボールが渡った。そこにわらわらとDFが集まった。インザーギが倒れ、審判の笛が鳴る。
「よし、PK!! あああっ!?」
 インザーギが立ち上がらない。故障だ。
「か、開始五分で…」
 トッティがPKを決めて先制する。取り敢えずインザーギはベンチに下げてモンテッラと交代させた。
「この一点を守ると言っても…き、厳しい…」
 さくらの怒濤の攻撃が始まる。ひたすら守る倫子。なかなか前線までボールが回らない。しかし、何とか前半を終える。
「DFとボランチのスタミナが…あと一点も取りたいけれど、なかなか…」
 後半開始。さくらチームのキックオフ。アンリがドリブルで突撃する。あっというまにボランチを抜いた。
「ま、まずい!?」
 慌ててプレスを指示してDFを中央に集める。しかしアンリはものともせずにミドルレンジからシュート。しかし、ブッフォンが何とか弾いた。
「ああ、ジダンの前に!?」
『新たなる将軍! ジダディーヌ・ジダン!!』
 ゴール実況が鳴り響く。倫子ががっくりと首を落とす。
「後半開始早々で同点なんて…。でもまだ負けたわけじゃないわ!!」
 ヴィエリが、デル・ピエロがゴールを脅かす。しかし、なかなかシュートまで持っていけない。こちらも中盤で相手を潰す。そんな後半も30分を過ぎた頃、ヴィエリのシュートをフレイが弾き、コーナーキックとなる。
「これがラストチャンスね…。なんとか決めたい…」
 トッティがボールを蹴る。ヴィエリが飛び上がる。しかし、同じく飛び出したフレイがボールをつかんだ。そして素早くスローイングする。
「や、やばい!? カウンターだ!?」
 ジダンがスルーパス。トレゼゲとネスタが走る。かなり遠いパスだ。
「一か八かよ!?」
 キーパーに飛び出しを指示する。ブッフォンがボールに向かって走る。トレゼゲとほぼ同時にボールに触れた。ボールは左サイドに転がった。
「やった、奇跡よ!? これでPK勝負に持ち込める…って、ああっ!?」
 ボールが転がった先には誰もいないはずだった。しかし、そこにテュラムがいた。ダイレクトでロングシュートを放つ。ゴール前には誰もいない。ころころと転がったボールが、まだ倒れているブッフォンの後ろを通ってゴールに入った。
『フランスの黒豹! リリアン・テュラム!!』
 倫子には余りにもせつない実況が響き渡る。そして頭を抱えた。
「ぎ、逆転負けなんて…」
 
「おい、いつまで灰になってるんだ…早く手伝ってくれよ…」
 第二視聴覚室。ここが文化祭の展示場だった。文学部と言うよりは、ほとんどアニメ部のような雰囲気だ。
「いっとくが、もう文化祭始まってるんだぞ。午後になっても飾り付けが終わっていないなんて、どういうことやねん…」
「…私は今、それどころじゃ無いです…」
 佐藤が一人で本を並べている。どうみても同人誌だ。少し気になった。
「先輩、そんなのいつのまに作ったんですか?」
「ばかもん。委託に決まってるだろ?」
「人が作ったのを売るわけですか…いわゆる一つのボロ儲けですね…」
「人聞きの悪いがことをいうな。ほら、お前もとっとと着替えて売り子をしろ」
「なんか、ほとんどコミケ状態ですね…。しかし、何で二人だけ…」
 と言っても、お客さんは結構いるのだが。つまり、準備をしながら本を売っているわけだ。
「仕方ない。乗り気じゃないけれど着替えるか…」
「倫子、何してるの?」
 着替えの入った紙袋を持って立ち上がったところで、えみりに呼ばれる。気だるく振り返った。
「そういう、えみりこそ何処に…って、あれ?」
「どうしたの?」
「その格好は…」
「ああ、今回のパソコン部の、文化祭のユニフォームね。部長のだからダボダボだけど…」
 ヒューストン・アストロズのTシャツだ。数字は17。ランス・バーグマンだ。
「どうした、見つかったのか?」
 そこに紫緒が現れる。彼女も同じ姿だ。数字は5でジェフ・バグウェルだが。
「ほら、さっさと来て部室に来いよ」
 そう言って投げ渡されたのは、この前ゲーセンで池田から借りた、13番のユニフォームである。
「こ、ここが展示場じゃ…」
「…ここは麻雀部の展示場だろ?」
「麻雀部? 確か佐藤先輩が出入りしていた…ま、まさか!?」
 スカートのポケットから文化祭の計画表のコピーを取り出す。申請者は…麻雀部だった。
「だ、騙された…」
「こら、倫子。さっさと…ゲッ!?」
 紫緒とえみりを見て佐藤が言葉を詰まらせる。倫子が振り返った。
「いっぺん死んでこいっ!!」
「グハッ!? 久々のプロレス技ネタ…今回は魔界風車固めですか…」


<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>
2004.9.18