20・栄光のウィナーズ
<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>
「抜けっ!! 差せっ!! 巻けぇぇぇぇぇぇっ!?」
「あああ!? 抜かれるぅ!?」
ゴール直前、ピンクの機体、ファイアスティングレイが弾丸のように駆け抜ける。スパークムーンも黄色いその体を揺らしながらブーストを連打するが及ばない。
「ま、負けた…ずっと一位だったのに、最後の最後で抜かれた…」
「ダッハッハッ!! 男は黙ってサムライ・ゴロー!!」
勝ち名乗りを上げる佐藤。シートに身を預けるようにして倫子はがっくりと頭を垂れる。
「6戦全勝!! ど〜にもこ〜にも絶好調!!」
ゆっくりとシートベルトを外す倫子。佐藤が怪訝な顔を見せる。
「なんだ、どうかしたのか?」
「いや、そろそろ席を譲ろうかと…」
「誰も並んでないぞ?」
「…確かにそうなんですけれど…」
ゲーセン。F-ZERO AXには人が並ばない。200円だったものもあっという間に100円になった。だからこうして6戦も連続でやれたりするのだが。面白いと思うのだが、やる人はなかなかいない。
「やっぱ、今はリアル系じゃないと駄目なんですかねえ…」
「そういうテメエもグランツーリスモとかやってるクチじゃねえのか?」
「あれはあれでいいですけれど、F-ZEROも負けず劣らずだとは思いますよ」
「まあ、オレ様はどちらにしろまだ続けるよ」
そう言ってコインを入れる佐藤。倫子は他の部員を探して辺りをうろつく。上岡は1人で連邦vsジオンをやっていた。
「…1人でやるのに旧ザク使ってるよ…」
援軍に入るのはやめた。池田たちが見当たらない。離れた場所のUFOキャッチャーのコーナーに西村の後ろ姿を認める。近付いてみると、池田がぬいぐるみを取ろうとしていた。
「部長って、UFOキャッチャーって嫌いじゃなかったっけ…」
しかし、変わった筐体だ。ぬいぐるみが一つしか入っていない。しかも買えば数千円はしそうな大きめの熊のぬいぐるみが入っている。まあ、利益が出るように安物には違いないだろうが。そしてクレーンも超巨大だ。
「おおっ!?」
持ち上がった。そしてゆらゆら揺れながら移動していく。そして下に落とす。
「やったですぅ!! 熊さんゲットですぅ!!」
池田が取ったのに、西村が先に喜び勇んで引きずり出す。西村が体ごと抱き抱えられるサイズ。よくよく見れば西村は既に鯨のぬいぐるみを持っていた。枕になりそうな大きさだ。
「すいません、まだコインあるんで追加してください」
池田がそう言うと、ゲーセンの店員がやってきた。ガラス窓を開けて奥にしまってあるぬいぐるみを取り出そうとする。
「あ〜ん、お犬さんがいいですぅ!!」
店員は苦笑いしながら、へたれこんだ感じの犬のぬいぐるみを中央に動かす。
「部長、UFOキャッチャーやるんですね…」
「このワイドクリッパーは普通の奴と比べると取り易いからな。500円から1000円で1個は取れる」
池田が再びプレイする。よくよく見るとクレーンは左右別になっていた。1本ずつ下に落とし、巨大ぬいぐるみの脇に差し込む。左側は持ち上がったが、右のクレーンが外れてしまって持ち上がらない。
「やぁ〜ん!!」
池田はずっと無言だが、まるでシンクロしているかのように西村が声を上げる。確かに一般のUFOキャッチャーはいくらやっても取れる気がしないが、これは次にどうすればいいか直感で感じられる。
4回目のチャレンジで見事に持ち上げる。500円で三回なので700円といったところか。値段としては妥当っぽい。
「うふふふ…えみりちゃんはどれがいいですかぁ?」
「え? 私?」
「みんなでわけるですぅ!!」
満面の笑み。興味無さげに突っ立っていたえみりは少々戸惑っている。熊・鯨・犬…えみりが妙に強張った顔で指を伸ばした。
「熊が…いいかな?」
「えみりちゃんは熊さんですねぇ。紫緒ちゃんは?」
「…オレは…余った方でいいよ」
「まりあはどっちでもいいですからぁ、選んで下さいぃ!!」
「…じゃあ…鯨で…」
「はいですぅ!!。うふふ…まりあはお犬さんですぅ。よろしくですぅ」
ぎゅ〜〜〜と抱き締める西村。紫緒とえみりは少し恥ずかしげだ。池田が店員に声をかけるとビニール袋を持ってきてくれたが、西村はそのまま抱き抱える。
「さて、そろそろ帰るかな…飯を食いに来ただけのつもりが、随分時間を潰してしまったな…」
「えっと…佐藤先輩と上岡先輩はプレイ中ですけれど…」
「子供じゃあるまいし、自分で帰って来れるだろう」
そういって池田が店の外に向かって歩き出し、女子の面々も続く。倫子はぼそっとつぶやいた。
「私にもぬいぐるみ取ろうって気にはならないのかよ…」
部室に戻っても何をするわけでもない。池田と石沢はPCに向かい、えみりは英語の予習を始める。紫緒はただぼおっとすわっていて、西村は犬(のぬいぐるみ)に話しかけている。
「暇だわ…」
やっぱりゲーセンに残ればよかったかとも思い始める。そうすると上岡が帰ってきた。小脇に段ボールを抱えている。
「ふう、けちょんけちょんにされちゃいましたよ…」
「そりゃあ、旧ザクなら…ところでそれは?」
「ああ、部活の備品ですよ」
「…Amazonって書いてありますけれど?」
「でも、備品は備品ですから…」
上岡が箱を開ける。大仰な箱の割りには、小さなパッケージが出てきた。
「ゲームキューブのソフト?…あああ!! F-ZEROだっ!?」
「別にそんなに興奮しなくても…」
教科書から目を離さないえみりに突っ込まれる。半分無視してパッケージを上岡から奪い取る。封を開けるとライセンスカードが出てきた。
「こ、これは…確か特別なマシンが使えるライセンスカードのはず…」
「お前のじゃねえぞ」
今度は池田の突っ込み。わかってますと言ってふてくされながら説明書を読み始める。そして早速プレイ。
「…揺れない分だけやりやすいかも…」
「確かにそうですねえ。あれはあれで面白いですけれど…」
体感マシンのゲーセン筐体は、下手をすれば酔うほどにグリグリにシートが動く。家庭用は落ちついてプレイできる分だけしっかりとコース取りが出来る。ちなみに倫子はアーケードと同じくプリンシア乗車のスパークムーンだ。上岡はMR.EAD乗車のグレートスターである。多分、一生のうちにこのキャラを使う人と出会うことはもう無いだろう。
面白いゲームだが勝ちまくりで…と言うか上岡が弱過ぎて嫌になってくる。思いきって池田に声をかけてみた。
「部長、やりませんか?」
「しょうがねえな…」
そういって池田がPCをスタンバイにしてこっちに来る。そして上岡のコントローラーを奪って機種選択。
「…ゴマ&シオーですか?」
重量が物凄く低くて、最高速の出ないツインノリッタというマシンだ。佐藤のように豪快にパワー系で来るのかと思ったが、 随分テクニカルなマシンだ。マリオカートのような乱戦になるレースゲームではテクニカルなマシンも強いが、ここまでスピード勝負のゲームでは正直使えないと思うのだが。ちなみに倫子のマシンはバランスタイプである。
そしてレース開始。軽い分だけ池田が先を行く。しかしすぐに倫子が抜いた。
「もしかしたらこのまま勝てちゃうかも?」
そんな甘い期待が倫子の胸によぎる。そしてカーブにさしかかった。
「ななな!?」
倫子の機体の前に、ツインノリッタが横滑りしてくる。端から見るとスリップして吹っ飛んでいるようだが、そのまま倫子の前の位置に付ける。
「ドリフト!? 普通のカーブなのに!?」
このゲーム、何故かドリフトをするとスピードが上がる。しかし、S字やUターンならともかく、普通のカーブでそんなことをすると距離が膨らんでかえって遅くなるのだが、現に今、池田は自分を抜いている。そのまま前を走る。そして連続カーブが視界に入ってきた。
「え?」
突然池田のマシンが横に傾く。直線でスリップしたかのようだが、リッジレーサーじゃあるまいし、このゲームではまず無い現象である。一瞬、何が起きたのか理解できない倫子であったが、次の瞬間、またしても目を丸くした。
「そ、そのままコーナー突破ですって!?」
ツインノリッタは滑ったまま連続カーブを抜けていく。一度だけ機体の向きを変えたが、ほとんど減速することなくそのカーブを抜けていく。
「そんなバカな…」
唖然とする倫子であったが、その後は直線が多く、最高速に勝る倫子が抜き返す。そして2週目からはブースト解禁である。まずは軽く連発して池田との差を広げる。ブーストはスピードが上がってカーブが曲がりにくくなるので、前半と後半に直線のあるこのコースでは最初の連打は常套手段である。そして中盤のカーブ多発地帯に差し掛かる。
「ここで並んでおけば、最後の直線で抜き返して…って、ええ!?」
池田が来た。倫子の予測より速い。そしてブーストをかけて差を広げる。
「次、連続カーブでこんなに短い直線なのにブーストかけて平気なの?」
カーブに入る前に池田の機体が再び傾く。カーブの中で機体の向きが変わる。そしてカーブの中でブーストを点火した。横滑りしていたマシンが突然前方に飛び出す。しかし、それがちょうどカーブの終わりのふくらみに入って、そのままコーナーを抜けていった。呆然とその様子を見つめる倫子。「な、なんなの、今のは…」
次のカーブ。普通に曲がれる緩いカーブだが、ツインノリッタはドリフトしながらカーブの中でブーストを吹かしている。
「まさか…カーブで減速していない?」
圧倒的な差をつけられて完敗する倫子。打ちひしがれていると珍しく池田がアドバイスをしてくる。
「お前、パワー殺法なのにバランス機体使ってどうするつもりだ?」
「いや、でも…パワータイプってみんな格好悪いし…」
盗賊やら悪の怪人やら恐竜やら…。見る分には構わないが、使う気にはなれない。と言ってもこのゲームにSNK的な格好いいキャラも皆無なので女キャラのプリンシアを使っているわけである。
「まったく、レースゲームのマシンまで面食いか」
「い、いいじゃないですか、使いたいキャラ使っているんですから…」
ブランカ・Q・カービィ・ギャンを愛用している池田に何を言っても無駄だとも思うが、倫子は悪態をついてみる。すると池田がF-ZEROのパッケージからライセンスカードを抜いて差し出す。
「え?…さっき駄目って…」
「お前のじゃないとは言ったが、使うなとは言っていない。一週間後に決戦だな」
「…わかりました。では早速特訓…って、まりあ先輩?」
「はい? なんですかぁ?」
「…どうぶつの森やってるよ」
「違いますですぅ!! どうぶつの森e+ですぅ!!」
「要するにインターナショナルなのよね…」
アメリカで発売されるにあたっての追加要素がプラスされている。またイベントもアメリカになっているようだ。個人的に家具のファミコンがNESになってしまっているのが萎える。旧スクウェアがはじめたインターナショナル版商方だが、任天堂はそういうことをしないメーカーだと思っていたので少しガッカリした感じも無くは無い。
「練習が出来ない…」
「つうかお前、ライセンスカードは家庭用じゃ使えないんだからゲーセン行ってこいよ」
「…酷い…」
そして一週間後。お小遣いをはたいてのゲーセン修行が終わる。パーツを買い揃え、キャラクターもマクラウドに乗り換えた。スターフォックスの父親である。元々は軽量級なので使わないでいた。まあ、彼も格好いいというわけではないが、F-ZEROの中ではかなりまともな方だ。
ゲーセンでの最終調整を終えて部室に戻る。池田がゲームキューブをしていた。
「練習ですか…って、パワプロかよ!?」
なんだかゲームの季節が七月だ。確か2週間前に発売されたゲームだったはずだが。
「部長、今日の約束覚えていますよね…」
「ああ、ちょいと待て。今、最終練習するから。まりあ、レースやるぞ」
「はいですぅ!! 待ちくたびれたですぅ!!」
「ええっ!? 西村先輩が? まさか、さくらみたいに秘めた力を持っているの?」
ゲームキューブにソフトをセットする。唾を飲む倫子。そしてゲーム画面が映し出される。
「…って、カービィのエアライドかよっ!?」
「今月はどうぶつの森e+にカービィにパワプロにF-ZEROで…目が回る忙しさだよ…」
5レース程プレイした。そしてようやく池田が席を立つ。
「さて、では決戦の地に赴くか」
「…絶対にこてんぱんにしてやる…」
「…って、なんで電車に乗っているんですか?」
「だから決戦の地に行くからだろう…」
学校の最寄り駅前のゲーセンでは駄目らしい。そして千葉に降りてゲーセンに向かう。
「こ、これは…4人対戦台?」
今までは二人対戦までしか見たことが無い。専用の筐体だからなかなか四台買うゲーセンは無いのが現実である。
「なるほど、だから佐藤先輩と上岡先輩もついてきているんですね…」
「うむ、面倒なので電車のシーンではいないのと同じだがな」
「そんなど〜でもいい話はいいから、早くやろうぜ」
「そんな慌てなくとも誰もやらねえよ」
佐藤はさっさと一番左の筐体にすわってベルトを調整している。池田と上岡もすわった。倫子も席について、特別ライセンスカードを入れる。
「これで準備完了と。…って、部長、なんですか、それは!?」
「何って…ゲームキューブのメモリーカードじゃねえか?」
池田が筐体にゲームキューブのメモリーカードを挿している。そう言えば確か、家庭用のショップで使えるポイントがアーケードだと溜まっていく様な気がした。
「…ライセンスカードは挿さないんですか?」
「だってこっちにマシン入っているからな」
そういって挿してあるメモリーカードを人差し指で撫でる。家でしっかりカスタマイズしているようだ。そして4人対戦が始まる。
「ハンドリングは弱めで、加速と最高速重視にしているから、スタートからかっとばさないと…って、ええっ!?」
佐藤のファイアスティングレイがいきなり体当たり。さらに回転しながらガシガシと当たってくる。そして…爆発した。
「ななななんですってぇ!?」
「ガハハっ!! そんなやわな装甲のマシンを使う奴はオレ様の餌食だぜっ!!」
佐藤は続けて上岡のマシンも破壊する。家庭用は爆発したら終わりだが、アーケードはマシンは復活する。但し、その間も他のマシンは走り続けるので、リカバー出来ない程の差が付くわけだが。
「こんな高速で動いているのに、寸分違わずぶつかってくるなんて…有り得ないわ」
先頭集団は池田と佐藤が激しく鍔ぜリ合う。体当たりを狙う佐藤と、それをかわす池田と。ただ、その分走りに集中できないのでタイムは伸びない。最終ラップで遂に倫子は先頭を捉えた。ギリギリまでメーターを削ってブーストをかける。
「最後のっ!! 最後のカーブを曲がったらっ!!」
緩やかな直線。その先がゴール。倫子はブーストをかける。これでメーターは指1本分だ。前の2台にぶつからない様に祈る。
「抜いたっ!?」
機体の向きを直す。しかしその横を池田のカスタマイズマシンがブーストで機体を光らせながら平走する。
「勝負よっ!!」
最後のブーストをかける。体力はゼロ。池田のマシンもブーストをかけるが、直線では倫子のマシンに分があった。
「勝ったっ!! ええっ!?」
佐藤のマシンが後ろからぶつかった。爆発炎上しながらスピンする倫子のマシン。その横を佐藤と池田のマシンが抜いていった。そして、ゴールラインの手前でスクラップと化したマシンが動きを止める。
「ちっ!! 倫子に真後ろからぶつかった分、負けたか…。横で擦るように当たればあんまり減速しねえんだが…ミスだミスだっ!! ちくしょ〜!!」
さっさと席から降りてくやしがる佐藤。倫子はシートの上で真っ白になっていた。
「酷い…酷過ぎる…」
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2004.5.24