1・俺たちに明日はない
<目次> <用語解説> <配役紹介> <次の回>
ゲーセンの、対戦台の周りに人が群がっていた。格ゲーブームも一段落した昨今では見られない光景である。
そこでプレイしていたのは女性だった。スト3サードでいぶきを操り、既に10人抜きをしていた。相手のラッシュをブロッキングで抜け、そこからターゲットコンボに繋げていく。相手の動きを読むかのようにコンボのパターンを変えていくため、相手は返すことができない。
こんなにも注目を集めるのは、プレイヤーが美人だというのもあるだろう。事実、画面よりもそちらを見ているギャラリーの方が多い。白いTシャツに、膨れ上がった胸が男性の目を留める。
「ぃぇーいっ!」
ラウンドを取る度に彼女は歓声を上げる。それが気に障るのか、台を叩いて席を立つ挑戦者もいる。やがて誰も乱入しなくなると、彼女は激ムズのラスボスもあっさり倒す。当然一位のランキングに、「R・Y」と入れて席を立つ。
「ねえねえ、君さ…」
「ゴメンナサイ、待ち合わせしてるの」
声をかけてきた男性にそういって、彼女は道路に出る。千葉の駅前の繁華街を、すたすたと歩く。
「やば、ちょっと時間遅れちゃったわね…姉さん怒ってるかしら?」
指定の喫茶店に入る。入り口で立っているとウェイトレスに声を掛けられた。
「どうぞ、お好きな席におかけください」
「いや、待ち合わせなんだけど…あれ?」
「どのような方ですか?」
「私と同じぐらいのロングヘアーで、一つ上の姉なんですけど…」
「多分いらっしゃってないと思いますが…」
彼女は店から出ると道路で携帯をかける。なかなか出ない。
「はい、どうしたの?」
「こっちの台詞よ。何かあったの?」
「え?」
「…まさか、私と待ち合わせしたの忘れてるわけ?」
「あら、そうだったわね。それで駅出てきたのよね。買い物してたら忘れてたわ」
「あらじゃないわよ! 早く来なさいよ!」
店に入って姉を待つ。紙袋を提げながら、姉がにこにこしながら入ってくる。
「ごめんなさい、倫子。別に待ってないでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょ? まったく、すぐにど忘れするんだから…」
「しょうがないじゃない、私ヤドランらしいから」
「…姉さんがゲームでギャグ言うとは思わなかったわ」
「それにしてもあなた、相変わらず適当なカッコしてるわよね。そんな服着てるんじゃ、痴漢に来てくださいって行ってるようなもんじゃない?」
「これでも一応、ティファっていうゲームのキャラをを意識してるのよ。姉さんこそ、ブランドバリバリの服装で…誰に貢がせてるわけ?」
「だってほら、私マックやってるからさ、周辺機器やらなんやらでいろいろお金がかかるのよ」
「何言ってるのよ、親からお金出してもらってるくせに。いいわよね、パソコンはお金出してもらえるから。ゲームには一切お金なんてくれないわよ」
「まあね、ゲームはソフトもバンバン出るし大変よねえ」
「…何よ、妙に理解あるわね」
「ほら、うちの部活、パソコン部といいつつもゲーム部に近い感じもあるから、みんなてんてこまいしちゃってるわ。部のお金もゲームにかなり回ってるし」
「部のお金でゲームできるのか…いいなあ、私もその部活入ろうかな?」
「あら?、中学の時は私と一緒じゃ嫌だって泣く泣くバスケ部入らなかったのに?」
「…誰が泣いたのよ。するとじゃあ、スクウェアのゲームとかはほとんどあるの?」
「スクウェアってプレステだっけ?」
「そうよ」
「じゃあないわ」
「…それ、どういう脈絡なの?」
「簡単じゃない、うちの部室にプレステがないからに決まってるでしょ?」
姉はころころと笑っている。倫子はきょとんとしてしまった。
「…プレステが無いの? 何してるわけ?」
「えっと、今はスマブラとかやってるんじゃない?」
「スマブラ…任天堂か。…ま、一度見に行ってみてもいいかな?」
今年の春から、倫子は高校生である。姉と同じ私立山城学園に入学した。最近出来た高校で、なかなかの評判で県内の中学生からも人気が高い。倫子も姉がいるのはちょっと癪に障ったが、それには目をつぶって入学したわけである。
放課後になって倫子は特別棟の階段を上っていく。目指すはパソコン部である。部室の扉をノックすると、自分よりもさらに髪の長い女性が出てきた。やけに無愛想な顔で自分を見る。
「あ、あの…パソコン部ですよね、ここ?」
「そうだけど?」
スカートは引きずるように長い。古い言葉だがスケバンのようだ。少しびくつきながらも言葉を続ける。
「あの、山内律子はいますか?」
「律子? まだ来てねえけど?」
「あの、妹なんですけど…」
すると彼女は扉を開けて中に入るように促す。
「そっか、律子の妹か。まあ入って待ってなよ」
「ハ、ハイ…」
一応、入部希望で来たのだが妙な雰囲気だ。部屋に入って、倫子は棚においてある黒いパソコンに気付いた。
「あれ、これって…」
倫子は近付いてみる。感心したようにうなずいた。
「これ、もしかしてX68000? へえ、初めて見たあ…」
「ほう、ロクハチがわかるんですか?」
隣にひょろっとした男性が立っている。いきなり話し掛けられたのて少しびっくりしていると相手は話を続ける。
「正確には後継機種のX68030なんですけどね。いやあ、なかなか骨のある人みたいですね」
「ど、どうも…」
「僕は上岡健司だよ。山内さんの妹さんらしいね?」
「は、はい、倫子って言います」
「う〜ん、山内さんが二人になっちゃうなあ。なんて呼べばいいか困っちゃうよ」
「いいじゃねえか、別に名前だってさ」
「そうは言っても、女の人の名前を呼ぶのはどうも…」
「先輩はオレや律子のことも苗字にさん付けで呼ぶもんな…」
妙に感じのいい人で少し安心した。オタクくさい人ばかりだったらどうしようと心配していたのだ。
「上岡先輩は部長なんですか?」
「いや、僕は会計だよ。部長はまだ来てないよ」
倫子はソファーにすわる。先程の女性の隣だ。
「あ、あの…お名前は?」
「あん? 神崎紫緒(しお)だよ」
「神崎先輩は…」
パシャパシャパシャ。フラッシュ音が響く。自分の前のテーブルに乗っかって、少し小太りの男性が『写るんです』で自分を撮っている。
「あ、あの…」
「いやいや、気にするな。ポケモンスナップをしているだけだからな…それにしても御立派ですなあ、グヒヒ」
「はあ…」
どうやら自分の胸を撮っているらしい。突然の状況に倫子はただ呆然とする。紫緒が呆れたように言った。
「…佐藤先輩、そういうことしてっと、また部長にどつかれるぜ?」
「大丈夫、奴は生徒会の会議でいないよ」
「バカモノ!」
「こ、この声は!?」
「後ろだっ! コークスクリューパンチッ!」
「ガハッ!?」
佐藤が吹っ飛ぶ。現われた白衣の男性はかんかんに怒っていた。
「この破廉恥きまわりない輩めが!」
「うるさいっ! 人の趣味を邪魔する奴が!」
「そういうこと言ってると、しゃがみ強パンチキャンセルクラックではめるぞ、コラ!?」
「…テリー使いなんですか?」
倫子がそういうと、白衣の男は喧嘩をやめてこちらに向く。そしてじろじろと自分を見ている。
「そういうお前は誰だ?」
「はい。山内倫子と言います」
「倫子? コッコの妹か。…しかしお前はメロンでも入れているのか?」
「は、はい?」
「天然だよ、天然」
佐藤の言葉を聞いて、自分の胸のことを言っているのだとようやく気付いた。この人も充分破廉恥…今時破廉恥という言葉もどうかと思うのだが、いきなり人の胸の話が始まるのはどういうことか。仕方ないとは思いつつも、ここまで二人揃って言われるのもどうかと思うが。
「そ、そういう訳じゃあ…ないですけど…」
「コッコの奴もなかなかだが、妹ってことは16か? う〜む、最近の女はもう、ほとんど異常体質だな…」
さっきの佐藤とか言う人も失礼だが、この男も別の意味で失礼だ。しかし、部長らしいので話を続ける。
「お名前は?」
「オレ様は佐藤豊だ! ガッハッハッ!」
佐藤がふんぞり返って答える。倫子は少し引きつりながら返答する。
「…聞いてませんけど」
「ひ〜ん、フラれちゃったよお、池田ぁ!」
「ええい、くっつくな! 病気が移る!」
「ふん、いいよいいよ、俺にはマルチがいるんだよ!」
「ロボットじゃねえか、それ?」
「ロボット言うな〜! HMX−12って言え!」
「うるさい、MSXだかRX−78−2だか知らんが、あんなのただの鉄じゃねえか、このタコっ!」
「ああ、貴様、そういうこと言ってっとな、大きなお友達は恐いんだぞ、コラ!?」
「ああん? 自分らが著作権侵害してたのに、訴えられたらもうポケモンは買いません、てか?」
「なんだてめえ、エロ本読まないってのか!?」
「エロ本は読むがエロ同人は読まんわ、このたわけっ!」
「もしもし…話がずれてますよ…ってのはいつものことですけど、今はお客さんがいるんですけど」
上岡がフォローを入れると池田は倫子の方を向いた。
「これは失礼。自分はパソコン部部長、池田直也だ。コンゴトモヨロシク」
「ちなみに俺は副部長だ。ガッハッハッ」
「あの…ひとつ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだね」
「先月何を買いました、ゲーム?」
「そんなもの、当然パワプロ6だ!」
「ああん、何言ってんだ。プレステ版To Heartに決まってんだろ!」
何故か白衣を着て、一見運動系に見える池田は、バリバリのゲーマーらしい。逆に佐藤の方は完全にオの時の様だ。学ランの前を開けて、直にTシャツを着ている。そこに書かれた文字は…悪だ。しかも旧書体の悪だ。
「しかし、コッコの奴遅いなあ。妹が迎えに来てるって言うのに…」
「あ、あの…私、入部希望なんですけど?」
その言葉を聞いた瞬間、紫緒の顔色か変わる。
「そ、その言葉を言ったら…」
「悪いがうちは入部は受け付けとらん」
「テメエ、またそういうこと言いやがって! この娘を入れんというのか!」
「うっさい、お前今マチル…それはダ・アジャンだ、マルチがいいっていったばっかりだろ!」
「オレは包容力があるからマルチだろうが綾波だろうがティファだろうが万事『OK!』て感じだね!」
「貴様がテリーの台詞を使うな! お前は『ウホー』とでも言ってやがれ!」
「あ、あの…私、どっちかっていうと、池田先輩の趣味の方ですけど…」
「悪かったな! どうせ俺はしがないヲタクだよっ! しかしなあ、こいつの顔に一体何人泣かされてきたのか…」
「そ、そうじゃなくてゲームの趣味が…」
「ほほう、では、今までで一番面白かったゲームは?」
「う〜んと…FFかな、やっぱ」
「いくつ?」
「8はいまいちだったから…やっぱ7かな?」
「失格」
そういうと池田は席にすわってしまう。倫子はびっくりしてしまった。
「え、え? な、なんで?」
「いや、さすがに俺も、それは失格だなあ」
佐藤もそう言う。倫子は少しカチンと来た。
「なんなんですか、一体全体この部活は!」
「そんなに感動したいなら、映画館に行ってハリウッドでも見てろ! ゲームは感動するものじゃない、極めるものだっ!」
「た、確かに、FFはやり込むゲームじゃないってのはわかりますけど…あ、私、スト3やります」
「ほほう、それはなかなかだな。よし、それでは入部テストだ!」
「な、なんですか? 対戦で勝ったら、とか?」
「違う。最初に買ったゲーム機はなんだ?」
「え…スーファミは家にあったけど…自分で買ったのはブレステかな?」
「はい、失格」
「…さっきから先輩だと思って丁寧に応対してればなんなのよっ! そんなにファミコンが偉いわけ!?」
完全にキレてしまった倫子がその場で叫ぶ。しかし、池田はさらりとかわす。
「ファミコン? 俺が最初に買ったのはそれじゃないぞ」
「え?」
「俺が最初に買ったのはMSXだ!」
「エム…はい?」
単語の意味が理解できなくて倫子は固まる。佐藤が池田に懇願する。
「なあ、池田ぁ。この娘に再テストを!」
「ええい、まとわりつくな! しょうがない、それじゃ佐藤が最初に買ったゲーム機を当てろ!」
「こ、ここまでコケにされたら、意地でも当ててやる…落ち着いて考えるのよ…きっとファミコンより古い機体だわ。なんか昔の本で読んだ…名前…名前…! カセットビジョンでしょ!」
「ブ、ブー! 正解は任天堂のVS麻雀でした」
「は?」
完全に石化する倫子。池田がぼそりとつぶやいた。
「…お前、まだ生まれてないだろ、その時」
「どっちにしろ、最初に買ったのハチハチだからな」
すると倫子の肩を上岡が叩く。
「まあまあ、後でお姉さんが頼んでくれると思うから、大丈夫ですよ」
「か、上岡先輩はファミコンですよね?」
すると上岡は横を向いてニヤリと笑った。
「いや、僕はPCエンジンシャトルですよ」
「シャ、シャトル? PCエンジンはわかるけど、シャトルって何? お、恐るべし、コア構想…というか、上岡先輩も普通じゃない!?」
「おい、池田。後輩の妹をそんなに虐めていいのかよ?」
「バカモノ、後輩の妹だからここまで虐めてるんだよ。赤の他人にこんなことしたらマズイだろ?」
「それに、入部してもこの会話についてこれなくて1日で辞められても困るしよ」
「そうそう、そういうこと」
佐藤の言葉に池田が相槌をつく。倫子が半信半疑ながら聞いてみた。
「そ、それってもしかして…入部OKってこと?」
「うむ、なかなかゲーマー魂のある奴だ。我々パソコン部は君を歓迎する!」
「あ、ありがとうございます」
そういった後、何故お礼を言ったのだろうかと疑問に思ってしまう。すると池田が笑った。
「別に先輩後輩だからと言葉遣いは普通で構わん。気にすることはない」
「はい、先輩」
「つーわけで、これ」
すると池田は倫子にゲームボーイカラーを投げ渡す。倫子はきょとんとした。
「ポケモン? なんですか?」
「そーいうわけで宿題だぁ!」
「ま、まさか151匹集めろとか?」
「違ぁぁぁう! 一週間以内に『ポケモンいえるかな?』を暗唱だ!」
「そ、そんなの無理!?」
「うるさい! 出来なきゃデス・クリムゾン購入の刑だ!」
こうして始まった倫子の高校生活は、ゲームに満ち溢れ…ハッピーなのだろうか?
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99.10.4