2・死亡遊戯

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 倫子はパソコン部のカーペットの上に正座していた。表情は硬く、うっすらと汗が流れる。正面にすわっているのは、幼い感じの女の子。髪の左右にリボンをつけている。その彼女が一枚、カードを倫子に見せた。ちょっと変わった色の、ウサギのイラストだ。倫子は息が詰まる。
「さあ、答えるですぅ!」
「ニ、ニドラン…」
「ニドラン?」
「ニドラン…メス」
「ブッブー! こっちはオスですぅ! 倫子さん、いいかげんポケモン覚えて欲しいですぅ! ちゃんとアニメ見てますですかぁ?」
「いや、その…見てもわからないんだけど…」
「なんだ、なんだ? 倫子、そんなことでは一軍への道は遠いぞっ!」
 池田もやってきた。右手にラジカセを持っている。そういえば、どうして白衣を着ているのかまだ聞いていない。…聞きたくもないが。
「よぉーし、今日も特訓だっ! 『ポケモンいえるかな?』 今日は超兄貴アレンジでいってみよう!」
「わ〜いですぅ!」
 池田と女の子は妖しい音楽と共に歌い始める。他の学校の部室から見ればこの山城学園の部室は広い。それは関係ないぐらい迷惑である。一心不乱に踊っているので倫子はソファーにすわった。
「ハア…いつまでこんな生活が続くのかしら…」
「ふふ…倫子はビデオゲームが出来る分、相手にされるから大変よね 同じ新入部員としては、助かってる部分もあるからなんとなく悪い気もするんだけど…」
 そういって笑うのは佐藤の妹のえみりだ。とてもあの男と同じ父と母が産んだとは思えない、かわいい女の子だ。まさに箱入り娘と言うべきで、きっと両親がえみりばかり可愛がったので佐藤先輩がああなったと言うことで納得しよう。
 髪型は、肩にかかる程度の中途半端なロングヘアー。そしてアニメでキャラを区別するには欠かせないヘアバンドをつけている。汚れを知らないという形容詞がここまで似合う子も珍しい。
「でも、まりあ先輩もポケモンが好きなだけで、ゲームが上手いわけじゃないみたいだけど…」
 やけにニコニコしながら踊っているのが西村まりあ、あれが姉と同い年だとは今年阪神が優勝するよりも信じられない。見た目もそうながら、性格も破綻しているとしか言い様がないぐらい幼いわけで、それがどうして部長と気が合うのか。しかしまあ、お金持ちの家の人らしいので、一般人とは違うノーブルな資質だということにしておこう。
 というか、この部活には常識の範疇を超えたことが多すぎるのでいろいろ妥協しないとやっていけないわけである。
「ふう…今日もまたいいことをしてしまった…ん?、どうした、そこの二人?」
「え?…いや、私はその…ちょっと休憩…」
「まったく、練習の合間合間に休憩とは…だから元木はいつまで経っても上宮の4番でしかないのだ!」
「は、はあ…」
「ほら、えみりも立った、立った!」
「部長、私はそういうのに余り興味ないですから…」
「喝っっっ! 恋愛ゲームのメインヒロインは、選り好みがあってはいけないと完璧なキャラになりがちだが、欠点を愛してこそ初めてその人間を愛したと言えるのだ! 故にメインヒロインが一番人気になったことは皆無っ! えみり、そんなマドンナぶってても人気ランキングで一位は取れんぞっ! 歌え! 叫べ!」
「だから私、興味ないんで…」
「ええい、ハッ!」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
 池田はえみりのヘアバンドをつかもうとする。その手を激しく叩くえみり。しかし池田は怯まない。
「ちょこざいな! 所詮ヘアバンドのみで外見を区別しているような安直な女など衆愚の中に埋没させてやるわ! 覚悟っ!」
「部長、やめてくださいって言ってるじゃないですか?」
 あくまでクールと言うか、事態を深刻に受け止めていないというか、いつもと変わらぬペースで池田に対応するえみり。すると紫緒がすかさず間に入った。
「ほら、池田。新入部員を虐めてないで、ゲームでもしてろよ?」
「うーむ、しかし今日は佐藤がいないからな…」
「部長様! まりあとマリオカートするですぅ!」
「ふむ、たまにはそれも悪くないな…」
 そういって二人はゲームを始める。えみりはテーブルを二人に空けてやって、倫子の横にすわって英語の辞書を開く。
「あれよね。部長も悪い人ではないと思うんだけど…やっぱ変わってるわよねえ。ほんと、困っちゃうわ」
「ま、まあね…」
 そういって倫子に同意を求めてくるが、曖昧に受け流す。というか、そんなパソコン部に入って、毎度毎度のこの馬鹿騒ぎの中で平然と英語の予習を続けるえみりもよっぽど変わっていると思うのだが。
「そうはいっても…どうしようかしら?」
 なんか余ってしまったのですることがない。マリオカートは4人まで出来るのだが、グランプリモードは二人までである。つまり三人以上だと一戦勝負になってしまうのだ。暇なのでロクハチでも触ってみようかと飾ってある棚に近づいた。
「あら、何これ?」
 近くに白いビニール袋に包まったものがある。相当埃を被っている。倫子は池田に聞いた。
「先輩、これなんですか?」
「ん? ただのゴミだから気にするな」
「ただのゴミなら捨てればいいのに…何かしら?」
 埃臭かったが気になったので開けてみる。中には黒いゲーム機が入っていた。
「確かこれは…メガドライブ。…ゴ、ゴミ扱いなのね…」
「ゴミ言うな〜!! メガドライブこそ漢の機体!」
「さ、佐藤先輩、いつのまに帰ってきたんですか…」
「つーか、お前、黒い機体つったら何を思い浮かべる!!」
「えっと…メガドラと、X68と…あとロクヨン」
「それで思い浮かぶことは…」
「…マニア受け?」
「ち、が〜う! パンピーを相手にした愚劣なマシンの前に玉砕するのだ!」
「…自滅していませんか?」
「ケケケ、シルキーリップは最高だにゃあ…」
「は、はあ…」
「そういえぱ〜3DOも黒かったし〜」
 マリオカートをやりながら池田が聞こえるようにつぶやく。佐藤が指を指して糾弾した。
「なんだコノヤロ〜! テメーだってロクヨンユーザーじゃないか!」
「500万台売れたハードと、100万行かなかったハードを比べて欲しくないなあ〜」
「テメー、こら! ロクヨンだってサターンより売れてないじゃないか!」
「うるさい、ドリキャスユーザーが! バーチャロンは出たのか?」
「うるさい、マザー3だって出てないだろ!」
 ロクヨンユーザーとドリキャスユーザーが罵り合う。上岡がやれやれといった感じで溜息をつく。
「まったく、新入生が入っても二人は相変わらずだね…」
「上岡先輩はどっちも持っていないんですか?」
「ロクヨンは練習しないといけないから買ったよ」
「練習…なんか、初めて部活らしい言葉を聞いたような気がしたわ…するとやっぱ普段はピーエス?」
 すると上岡は横を向いてニヤリと笑った。
「いや、僕はもっぱらPC-FXですよ」
「エ、エフエークッス!? ソフトが全部で62本しかないというPC-エフエークッス!? お、恐るべし、アニメ戦略…というか、上岡先輩も普通じゃない!?」
「いや、虚空漂流ニルゲンツが良くてねえ…」
「そ、そんなソフト知らないわ…」
 傍らでは池田と佐藤の喧嘩も一段落ついて、佐藤はリュックを開け始めた。倫子が覗く。
「そういえば、今日は遅かったですけどどうしたんですか?」
「いや、ゲームを買いにな…」
 そういって池田と上岡に紙袋を渡す。そして佐藤も自分の分の袋を空けた。中身を見て倫子が喚声をあげる。
「わあ、オウガ3だ!」
「…正式にはオウガ64だがな」
「私、これやりたいんですよねえ。FFタクティクス好きだったから…あれ?」
 部室の空気が変わった。池田、佐藤、それに上岡までもがバイオハザードのゾンビのような顔でこちらを見つめる。
「し、しまった…この部屋でスクウェアのゲームの話は禁句だったのに…」
「FFTだと!? あんなものにゲーマー魂が宿っているというのか! 否! つーかタクティクスオウガまんまじゃけっ!」
「聞け! 泣け! 全てのスタッフを引き抜かれた社長は! 伝説オウガやタクティクスのPSとSS版の版権をアスク講談社やアートディンクに売りつつ会社を再建し! スクウェア憎しと誰もが耳を疑ったロクヨン参入、そして今ここにその魂は昇華するのだぁ!」
「は、はい、ゴメンナサイ…」
「ったく、わかりゃいいんだよ、わかりゃ…」
 そういって佐藤は説明書を読み始める。倫子はペコリと頭を下げてから箱を借りて裏面を眺める。
「それにしても今日火曜日ですよね。普通ゲームの発売日って木曜なのに…変わってますね」
 するとマリオカートをやっている池田が、視線を画面に向けたまま突っ込みを入れてくる。
「いや、明日発売だよ」
「え?」
「だから、明日発売だよ」
「…なんで、明日発売のゲームがここにあるんですか?」
「買ったからに決まってるだろ。時々お前は理解できないことを言うな」
「ど、どこで買ったんです?」
 佐藤は説明書を熟読しながら返事をする。
「アキバだよ、アキバ。お前、ファミ通の発売日知ってるか?」
「…金曜日じゃないんですか?」
「バ〜カ、水曜に決まってんだろ?」
「す、水曜日? アキバでは水曜日にファミ通が出るの? 少年ジャンプが沖縄では水曜日発売だと言うこと以上の衝撃だわ…」
 佐藤と上岡は黙々と説明書を読む。池田はまりあの相手をしているからなのか、紙袋も空けずに棚に置いている。
「でもあれね。説明書をちゃんと読むところはゲーマーなのよね。私、結構読まないこと多いもんねえ」
「ところで倫子、アキバってお店の名前なの?」
「アニメの名前だよ」
 えみりの言葉に兄が投げやりに答える。一つ咳払いをしてから倫子がきちんと答えた。
「秋葉原の略よ。聞いたことはあるでしょ? 電気街なんだけど、今じゃゲーム街といったほうがいい感じになってるのよ」
「…そこって、放課後に行って帰ってこれる距離なの?」
「え?」
 そういわれてみれば、ここは市原、千葉の先である。行くだけでも1時間半、往復三時間、買い物をする時間をいれれば、4.5時間。放課後はまだ1時間ほどである。
「多分…というか、絶対無理…」
 倫子がそう言うや否や、えみりは辞書をパタッと閉めると兄の前に歩み寄った。
「兄さん、学校サボってゲーム買いに行くなんて…どうしてそんなことするの?」
「そりゃお前、そこにゲームがあるからだ」
「そんなの言い訳にもならないわ! 部長も部長です。兄さんにゲーム買いに行かせるなんて!?」
「俺は別に今日買いに行けとか、学校サボッて行けとか言った記憶はない。そんなことまで俺は知らん」
「そんなの普通に考えればそうなるってわかるでしょう? 大体…」
 いつのまにかえみりは池田に文句を言い始める。マリオカートをやりながら適当にあしらう池田。倫子は目を点にして見守っていた。
「ど、どうして部長が悪者になっているのかしら…」
「あら、どうしたの、倫子?」
 姉の律子が遅れてやってきた。池田を責めているえみりを見てくすっと笑う。
「まったく、あの子も相変わらずなのねえ…」
「な、何が?」
「え? 大好きなお兄様を取られて、激しく糾弾する妹の美しき兄妹愛じゃない?」
「…なんか、同人誌っぽい響き…」
 律子がゴメンサナイといいつつえみりの横を通る。ふっと気が抜けたのか、えみりの口撃が止まる。律子は池田の背後のソファーに腰掛けるとバインターを彼の視線の横に広げる。
「このJAVA、打って欲しいんだけど?」
「うん?」
 ゲームをしながら横向きにチラチラと読む。やがてあきれたように鼻で笑った。
「お前、大して難しいプログラムじゃないじゃないか? 自分で打て」
「あらぁ。だって私忙しいんだもの」
 そういってコロコロ笑っている。池田はマリオカートから目を逸らさない。
「ったく、今度はどこのどいつとだ?」
「あらやだ。私は一意専心なのよ?」
 フンと鼻を鳴らしながら池田はバインダーを脇に挟む。律子はアリガトと耳元で言うと部室の奥の自分のiマックで作業を始める。池田とまりあもちょうどマリオカートのグランプリが終わった。
「さてと、次はどうするか…倫子、お前も入るか?」
「え?…う〜ん、でもマリカはもう…」
「ふぅむ、ならスマブラにするか?」
 ニンテンドウオールスター大乱闘スマッシュブラザーズ。長ったらしいタイトルのこのゲーム、倫子も一人用でなんとかクリアできるようになっていた。しかし、池田・佐藤を加えて対戦したことはまだない。
「つ、遂にこの二人と格ゲーの舞台で勝負するのね…」
 話からゲームが上手いのは察しがつくが、実際見たのはマリオカートをやっているところぐらいだ。怖くもあるが、普段かなり馬鹿にされている仕返しをしようと密かに心に誓った。
「いいわ。やりましょう。誰が入るんです?」
「佐藤、お前も入れ。あとはまりあでいいか」
 上岡がロクヨンに振動パック付きのコントローラーを繋げる。池田が1コン、まりあが2コンでそのまま。佐藤は4コンを持った。そして本体のスイッチが入る。池田が対戦のオプションを多少いじる。
「何をいじってるんですか?」
「取り敢えずステージセレクトをオフにして…あとはマキシマムトマトは場が冷めるから無しにするんだ。ハートの器はあってもいいだろう」
 そしてキャラセレクトに入った。この部室のルールでは同キャラ対戦は禁止になっている。強いのはリンクとネスだ。ともかくそれを取らなくては…。セレクト画面に入った。
「よし!…ってあれ?」
 倫子はリンクを取った。しかし、誰もリンクを取りに来なかったし、ネスも空いている。池田はカービィを、まりあはピカチュウを、そして佐藤はルイージを選んだ。倫子が少し拍子抜ける。
「やっぱ最初はルイージじゃないとなあ。ガッハッハ…」
 ゲームが始まった。このキャラだとリンクが圧倒的に強い気もするのだが。ステージはプププランドになった。するとカービィがリンク目掛けて一直線に走ってくる。「リーチはこっちの方が!」
 ブーメランを投げた。するとカービィはくるっと緊急回避でそれをよけると懐に入り、いきなり投げを食らう。
「え!?」
「懐が甘いっ!」
 着地したところを佐藤に攻められる。ボコボコに殴られた上ルイージのスピンアタックで持ち上げられるとそのままジャンプパンチに繋げられる。さらに池田のカービィがジャンプしてキックを入れる。リンクは遥か空まで浮き上がった。
「も、もう100ダメージ!?」
 フルフルと落ちてくるリンク。その真下にカービィが入ってくる。池田が叫んだ。
「星になってしまえ!」
 上スマッシュ攻撃でリンクを弾く。リンクは高速で上空に消え、星となって池田に1ポイント入る。
「つ、強い…」
 復帰したリンクはうろうろしているまりあのピカチュウに近寄った。少し卑怯な感じもするがともかく1ポイント返さなくてはいけない。
「や〜んですぅ!」
 画面端に逃げていくピカチュウ。なんとか落とせそうだ。スマッシュ攻撃で画面外に弾く。あとは帰ってきたところを叩き落すだけだ。するとピカチュウがビュンビュンと高速移動してあっというまに画面の中央に戻る。思わず目が点になる倫子。
「う、嘘…まりあ先輩がピカチュウの高速移動を使いこなすなんて…」
 その頃二人で激しく戦っていた池田と佐藤が、段々と倫子の方に近寄ってくる。
「テメエ、この! 弟は家で寝てろ!」
「なにを!? 未だにロクヨンでソフトも出ていないようなゴムマリが!?」
「クタバレ、髭親父!」
 罵詈雑言を交えながら戦っている。倫子はこっそりとカービィの背後に近寄った。そして切りかかろうとしたまさにその時!
「な〜んでも吸い込む〜!」
 カービィがルイージを吸い込んだ。変身するのだろうがそこで吹き飛ばしてくれよう。するとカービィが振りかえった。
「え?」
 ピュン! カービィがルイージを正面に吐き出した。それがリンクに当たって吹き飛ぶ。端に立っていたのでステージ外に出てしまった。
「な、何よあの技は…え?」
 カービィがこっちに向かって飛んでくる。自殺行為だ。カービィはリンクにジャンプキックを当てる。充分戻れる距離だったのだが、それによってリンクは落下してしまう。またしても池田に1ポイント入った。
「じ、自殺覚悟なんて…え?」
 カービィはさらに空中ジャンプでステージに近寄ると、さらに上必殺技のカッターを出して飛び上がる。ぴったりステージ端につかまると転がって中央に戻る。 倫子はテクニックの差に愕然とした。
「な、なんて高等テクニックなの…」
「こらこら、あのぐらい普通だ」
 復帰したリンクはダメージを食らっている佐藤を狙う。ルイージのダメージは150を越えていた。ようやく初ポイントかというその時、再び倫子は目を点にする。
「…ええっ!? な、何で?」
 ルイージは自ら飛び降りた。倫子が声を張り上げる。
「ちょ、ちょっと何してるんですか、佐藤先輩!」
「うるさい、お前に点をやるぐらいなら自分から死んでやるっ!」
 このゲームは相手を落とすと自分に1ポイントが入るが、同時に相手のポイントも1マイナスになる。つまり2ポイント差が開くわけだ。しかし、確かに自殺なら自分が1ポイント減るだけなのだが…。
「く〜、チキンよ、チキン! うん?」
 ピカチュウに弾き飛ばされたカービィが自分の上に落ちてくる。さっきのスターフィニッシュの仕返しをするチャンスだ。
「回転切りよ!」
 リンクが飛び上がる。するとカービィが一瞬空中で静止した。そしてストーンになって急降下してくる。リンクはまたもやステージ外に弾き飛ばされた。
「え、ええ!?」
 なんとか復帰してステージ端につかまる。しかし、そこにつかつかとルイージが近寄ってきて挑発の『拗ねて足元の石蹴り』を出す。一瞬何かと思った倫子だが、次の瞬間表情が固まる。リンクの手が離れて下に落下していく。あの挑発には攻撃判定があったらしい。
 そんなこんなで倫子はボロ負け。1ポイントも取れずに最下位となった。その後もズタボロにされる。そして日も暮れて帰宅しようとすると…池田のオウガが棚の上に置きっぱなしになっているのに気付いた。
「あれ、先輩。オウガ持って帰らないんですか?」
「あん? 今忙しいからな。マリオゴルフのキャラも出し終わってないし…貸してやるぞ」
「え? でも私、ロクヨン持ってない…」
「買えばいいじゃん」
 さらっと池田が言う。倫子が返す言葉がないと、佐藤が追い討ちをかける。
「スマブラも練習してくれんと相手にならんしなあ…買え買え」
「…バ、バカにして…」
 
「え〜、ロクヨン本体とスマッシュブラザーズで17619円になります…」
 その帰り道、駅前の量販店に倫子はいた。涙を流しながらお金を払う。
「うう、タダでゲームが出来ると思ってパソコン部に入ったのに…これで今年のお年玉はパアだわ…」
 家に帰ると自分の部屋に直行して早速ゲームを始める。しばらくして律子が扉を空けて覗いてくる。
「あら、ロクヨン買ったのね?」
「ま、まあね…」
「あれ、それ何?」
「オウガだけど?」
「…スマブラの練習するんじゃないの?」
「…駄目、止まらないわ…この先のストーリーが! 展開が気になってぇぇ〜!」
 
 池田はひたすらカービィを使うのだが、佐藤は毎回使うキャラを変える。今はドンキーを使っていた。ダメージは100を越えていてもうすぐ落とせそうだ。
「覚悟っ!」
「ええい、何を!? 共に死ねぇ〜!」
 ドンキーはリンクをつかんだ。ドンキーの場合、投げる前につかむ動作が入るのだ。するとドンキーはリンクを抱えたままステージの端に歩いていき…そのまま落ちた。
「あ〜! またやった!?」
「うるせー、お前みたいな初心者にポイントやるぐらいなら死んだ方がマシだ!」
「私まだ20しかくらってなかったのに!」
「力こそパワーだ!」
 その様子を見ながらえみりがため息をつく。
「はあ…あのゲームやるとみんな口喧嘩ばかりするのよね」
 相変わらず英語の予習をしているえみりに苦笑しながら、紫緒がつぶやく。
「ま、ゲームってのは一人でやるから駄目みたいに言われっけど、やっぱ面白いゲームにはコミュニケーションがあるもんだよな…」
「…そういえば紫緒先輩、どうしてゲームしないのにパソコン部に入ったんですか?」
「え? いや、それは…」
 あたふたする紫緒を見て律子がくすっと笑う。紫緒は少し苦笑いしながら言った。
「ま、コミュニケーションってのはいいもんだよ」
「はい?」
「わかんなきゃ、いいよ…」

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2000.2.11