17・彼女を見ればわかること

<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>

「いっちに、いっちに!」
 朝から西村の元気な声が鳴り響く。その隣で、倫子が死んだ魚のような目でテレビの画面を見つめていた。
「どうしたですぅ? 倫子ちゃんもやるですぅ!」
「は、はい…」
 ラジオ体操が一通り終わった。倫子はソファーにガツンと頭を落とす。
「ラジオ体操やるから来い!とか言われて、高校生にもなってわざわざ1時間もかけて部活に来てみれば…どうぶつの森の中かよ…」
 西村はそのまま朝の散歩を始めた。池田は相変わらずPCをやっている。紫緒がつまらなそうにソファーにすわっていた。
「別に時間変更して、昼でも夜でもラジオ体操すりゃいいじゃん…」
「…まりあにそんなこと言ったってわかんなえって」
 西村と同い年の紫緒が言う。重ね重ね言うが、西村は姉の律子と同い年である。一通り終わると、西村は立ち上がった。
「でわ、まりあはこれで失礼しますですぅ!」
「はい、お疲れ様です…って、ええっ!?」
 倫子が血相を変えた時には、既に西村がスキップしながら部室を出ていった後だった。
「わざわさどうぶつの森のラジオ体操やりに来ただけ!? 自分ちでやれよ!」
「…言葉遣いがおかしいぜ…」
「そ、そんな事言ったって、何故?」
 憤る倫子。なだめるように、しかしさらっと紫緒がつぶやく。
「まりあはゲーム機とか、家に無えからな…」
「腐るほどお金持ってるお嬢様なんだから、色違い全部買ったって平気でしょ…」
「お嬢様だから、物を買うって言う発想がねえんだよ。なんでも欲しいと思う前に置いてあるからな。で、ゲームキューブは部室にやりに来ればいいから欲しがらないんだよ。さすがにGBAは自分の持ってるけどな」
 池田がPCをいじりながら冷たく言う。少しくらい同情してくれてもいいのにと思いつつ、いまさら部長にそんなことを言っても始まらない。自分を慰めるように言った。
「…ノーブルな人の考え方は私には理解出来ません…」
 西村がいなくなったので倫子はマリオサンシャインを始める。あらかたクリアしたのだが、スターが全部集まらない。
「部長はもう、大体集まりました?」
「いや、まだまだだよ」
「どんな感じなんですか?」
 一瞬、キーボードを打つ手が休まる。そしてふうっと溜め息をついた。
「野手は大体完成したから、今はひたすら投手を作ってるところだな」
「…はい?」
「パワプロの話だろ?」
「…違います」
「ああ、やきゅつくか。そっちは今日本シリーズ5連覇中だが、スタメン野手がそろそろ年だから世代交代させないといけないんだよなあ…」
「結局野球かよ…」
 よくよく話を聞いたら、マリオサンシャインを買っているのは自分と上岡だけだった。部長と佐藤はひたすらパワプロらしい。
「さて、そろそろコンビニに今日の弁当が入った頃だから朝飯でも買いに行くかな?」
「あ、私も行きます…」
「…じゃあ、誰もいないんじゃあれだから、オレは待ってるよ」
 紫緒を残して池田と倫子はローソンに向かう。今年の夏も暑い。というか、もはや毎年のように猛暑だ。でも、昔は猛暑の時は冬は暖かかった。今は夏も冬も激しい。春と秋が凄い短い感じがする。
 コンビニの中にはなんだというぐらい寒い。薄手の夏服では入った瞬間に震えてしまう。そう言えば部長は夏でも長袖である。さすがに薄手ではあるものの、見ているこっちが暑くなる。
「あ…午後ティーが無い…」
 紫緒に頼まれていた午後ティーがなかった。正確にはストレートとロイヤルミルクティーが置いてある。紫緒の要望はただのミルクティーだ。
「新発売のロイヤルミルクティーか…どうしよう…」
「何ぼさっとしてんだ?」
「あ、いや、午後ティーのミルクがないんですよ、どうしよう…」
「ふぅん」
 そういうと池田は携帯電話を取り出した。その行為をぽかんと見ている倫子。
「ああ、俺だけど、午後ティーミルクないわ…ああ、新発売のロイヤルミルクティーだから、多分前より濃い感じだと思うけど…ああ、わかった」
 池田は携帯を切ると、爽健美茶を取って倫子の持つ籠の中に放り込んだ。鳩が豆鉄砲を食らったような、きょとんとした顔で倫子がつぶやく。
「…文明の利器って、凄いんですね…」
「何バカ言ってんだ…」
「あら、池田君」
 その声に振り返ると、ショートカットの女性が立っていた。池田と同じように買い物篭を提げている。肩に届くぐらいのセミロング。最初は一瞬、ミューズの西田亜弓かと思ったのだが、西田と比べると少し優しげな顔立ちをしている。背も池田より少し低い。どちらにしろ美人には違いないのだが。
「なんだ、夏休みなのに珍しいな」
「文化祭の話し合いをするから集合かけたのよ」
「朝早くから御苦労なこったな」
「フフ、池田君に言われたくはないわね…おはよう、山内さん?」
「ええ? あ、はい…おはようございます…」
 いきなり話し掛けられて驚いてしまう。姉のおかげで、意外と初対面の人にも知られてはいるのだが、それでも名前を聞かれて山内だと言うと、妹さんね、と言われる具合で、いきなり名指しなのは初めてだ。
 お互い買い物を終えると、彼女も加えて並んで学校に戻る。池田と女性は、ずっと世間話をしていた。それを黙って聞きながら、池田の横を歩く。
「別に妬くとか、そういうわけじゃないけど…なんか変な感じ…」
 学校に着き、倫子は一人、一年の登校口で上履きに履き替える。小走りで特別棟のエレベーター前に向かうが、女性はそこでも池田と一緒にいた。そのまま7階まで向かう。しかもそのまま一緒に歩いていた。
「ま、まさかこのまま部室に来るの?」
 倫子が底知れぬ不安を抱く。すると女性はパソコン部室の手前の扉のノブをつかんだ。
「それじゃ、またね」
「おう」
 そう言って彼女はその部屋の中に入ってしまう。倫子はきょとんとしながらその扉を見上げた。
「…陶芸部?」
「どうした、そんな呆然として」
「あの…今の人って、誰ですか?」
「陶芸部の部長の永瀬智子じゃないか。入部した時に挨拶したし、しょっちゅうすれ違ってるじゃねえか」
「…いや、4年目にして初めて会ったような気が…」
「本編では第一巻から登場してるよ」
 そうして部室に戻る。ちんたらと食事をしながら、部員が揃うのを待つ。佐藤と上岡が遅れてやってきた。さすがにえみりは来ない。倫子はぼそりとつぶやいた。
「凄いわ…」
「あん? なにがさ?」
「さっき朝の6時過ぎだったのに、もう夕方だよ…」
「ネタがない時の展開なんてそんなもんさ」
 佐藤の開き直った言葉。倫子は頭を抱えた。
「というか、ゲーム小説なのにゲームネタで展開してないよ!」
「…お前、本当に最近、言葉遣いが破綻しているな…」
 すると着メロが鳴った。浜崎あゆみだ。でも、自分は使っていない曲である。紫緒を見たが、彼女は出る素振りはない。
「はい、もしもし」
「ええっ!? 部長が浜あゆ!?」
「ああ…ああ? はあ…了解」
 なんだかよくわからない受け答えで電話が終わる。紫緒が声をかけた。
「永瀬先輩、なんだって?」
「6時からカラオケやるから来いだって」
「あれ…部長、カラオケ嫌いじゃなかったでしたっけ?」
「嫌いな奴とゲーセン行くようなもんさ」
「はあ…」
「…6時って言ったら、もう出ないと間に合わねえじゃねえか。全く、ふざけてやがる…」
 そう言って池田が立ち上がる。白衣を脱いでロッカーに閉まった。紫緒も立ち上がった。
「お前等は?」
「及びじゃねえからいかねえよ。なあ、上岡?」
「ええっ!? 僕は行きますよ…って、グゲッ!?」
「ふざけるな! 貴様は俺と一緒にぴあキャロ3をやるんだ!」
「佐藤先輩…それ一人用ですよ…」
「今日初めてしゃべった奴を殺すな。戸締りちゃんとしろよ」
 そう言って池田は歩き出す。倫子は上岡の首を締め続ける佐藤の方を見ながら溜め息をついた。
「はあ…この面子で残りか…」
「おい」
 その声に振り返りながら上を見上げる。池田が自分を見下ろしていた。相変わらず怖い顔している。悪くないんだから、もう少し笑顔でもいいと思うのだが。
「来ないのか?」
「…え?」
「いや、行かないんなら別にいい」
 そう言って池田は、くるっと振り返ってさっさと廊下に出る。扉を開けて待っていた紫緒が、呆然としている倫子の方を見ながらあごで廊下の方をしゃくった。
「い、行きます! 行きますよ!」
 山城学園前の商店街。そのカラオケの前に三人は向かった。本屋の2階である。まだ来てねえなといって池田は階段のところで壁に寄りかかる。その横に紫緒が立って、誰が来るんだろうという話をしていた。少し離れたところで、倫子は夕闇を見上げていた。
「…ゲーム小説なのにまだゲームの話してないし…いや、まさかこれでアニソン大会とかになったりするのかしら? そ、それはそれで嫌だわ…」
「あら、何してんの、あんた?」
「え?」
 その声に振り返ると、オレンジの髪を揺らした空手部のナーム広瀬が立っていた。
「い、いや…待ち合わせを…」
「あら、池田がいるじゃない。一緒?」
「え、ええ…」
「じゃあ、うちらと一緒じゃない」
 相変わらず自分勝手な話の進め方である。ただ、空手部のメンバーもいるっぽい。さくらやひなのもいると気が楽なのだが。
「あれ、彼女、誰?」
 そう言って男子生徒がやってくる。やけに笑顔だ。ナームは露骨に嫌なそうな顔になった。
「律子の妹よ」
「へえ、話には聞いていたけど…」
「…前にお会いしませんでしたっけ?」
「へ? いや、初めてだと思うけど…」
「えっと…彼氏さんですよね?」
「はあ?」
 ナームの大きな声。若しかしてもう別れてしまったのだろうか? 気まずい雰囲気。突如、ナームが右の拳を作った。倫子が冷や汗を流す。
 ボコッ!
「ぐへっ!? な、なんで俺が…」
「なんでこの私がこんなスカポンタンと付き合わなきゃいけないのよ!?」
「す、すいません…で、でも、こんな感じの人だったような…」
「…何してんだ?」
「ええっ!?」
 今度は倫子が声を上げる。そこに現れたのは…今、脇腹をえぐられてもがいている彼と同じ顔をしていた。彼は真顔でナームともがく男子生徒とを見比べる。ナームが困ったというように両手を広げるジェスチャーをした。
「雄次が律子の妹に手を出そうとしてたから、止めたのよ」
「ち、違うだろ…」
「じゃあ、どういうつもりで話し掛けたのよ?」
「べ、別に話しかけるぐらいいいだろ…」
 雄次がやっと立ち上がった。顔が相当青褪めている。スピードといい、音といい、はっきりいって手加減無しの一撃だった。同じ顔の男がぶっきらぼうに言った。
「普段の行いが悪いからだ」
「兄貴、そりゃないよ…」
「…そういや、確か雄弌さんって名前だった気がするわ…双子なのか」
 そんな風に疑問が解消されると、そこにさくらとひなのがやってきて、ようやく倫子も体が落ち着く。クラスメート三人でいろいろ話していると、そこに永瀬がやってきた。池田といろいろ話をすると、階段を上がっていく。倫子もそれに続いた。
「♪ダリダリ〜ン…」
 ナームがヤイダを熱唱している。面子は空手部がナーム・中井兄弟・さくらにひなの、それに中井美樹で6人だ。パソコン部は三人。そして陶芸部は永瀬一人だった。リストを見ながら、倫子は池田の方を見る。右に紫緒、左に永瀬がすわっていた。池田も紫緒もつまらなそうにすわっている。ナームが終わると、雄次が一人でケミストリーを歌い始める。
「…普通だ。ゲーム小説じゃない…」
「倫子は歌わないの?」
「え、いや、どれがいいかなって…さくらって、部長とよくカラオケとか来るの?」
「家族では行きませんわ。空手部で行くって言う時に、たまに兄上も来てますね」
「ふぅん…」
 すると扉が開いた。入ってきたのは丸眼鏡の掛川だった。
「遅〜い!」
 丁度歌っていた中井がマイクで声を上げる。部屋が笑い声で包まれる。掛川は池田と言葉を交わすと、紫緒の隣にすわった。
「失礼するわ」
 倫子の隣は空いていた。そこに三つ編みの女性がすわる。チラッと見た後、倫子はもう一度彼女に向き直る。
「…なにか?」
「…キャ、キャミィ?」
「…はあ?」
「あれ、早紀ったら何しに来たの?」
 ナームが怒鳴る。うるさいので怒鳴らないと聞こえないのだ。
「な、何って…呼ばれたから来たんじゃない」
「掛川先輩は呼んだけど、あんたは呼んでないでしょ?」
「うるさいわね。別にいいでしょ!」
 なんだか険悪な雰囲気になっている。ナームが雄弌と話し出したので口喧嘩は収まった。
「せ、生徒会の人か…」
 するとまたしても扉が開いた。入って来たのは茶髪の長髪。少しキザな感じだ。格好いいには違いないが…倫子はまたしても絶句する。
「ケ、ケン!?」
「おう、片岡。早いな」
「新山先輩、もう用事済んだんですか?」
「ああ、なんか早く終わったよ…」
 そう言って彼は奥に入っていって永瀬の隣にすわった。それを呆然と見つめている倫子。さくらがそんな様子に気付く。
「どうしたの?」
「あ、いや…第7話の野球対決の時に部長が言ってたことを思い出したわ…」
「そうなの?」
「…ストU生徒会って…いいの?」

 カラオケが終わると、デニーズに移動した。大人数なので3つ程のテーブルに別れる。パソコン部三人のところには永瀬が来た。池田と紫緒が並んだので、倫子の隣に永瀬がすわった。
「はあ、喉渇いちゃった…」
 お冷を飲み干す永瀬。池田は黙ってメニューを見ている。横から覗く紫緒。もう一部テーブルに置いてあるが、永瀬に気を使って倫子は正面の池田の方を見ていた。と言っても、メニューに隠れて見えるわけではないが。
「山内さん、決めないの?」
「え、いや…お先にどうぞ」
「遠慮しないでいいのよ」
 そう言ってメニューを押し渡す。ぺこぺこと頭を下げながら、倫子はメニューを開いた。池田はまだ見ている。
「池田君、二人も待っているんだから早く決めなさいよ。いつも来てるんだから迷うことないでしょ?」
「いつも来てるから食うもんがねえんだよ」
「文句はいいから決めなさいよ」
 すると池田は決めたのか、紫緒に手渡した。紫緒もチラッと見ただけで永瀬に渡す。永瀬は何か鼻歌を歌いながらメニューをパラパラとめくっていた。
「山内さんはもう決めたの?」
「えっ!? は、はい…大体…」
「大体ってなんだよ」
 確かに日本語の使い方としてはおかしい。毎度のことだが、それをいちいち突っ込まなくてもと今日も心に傷をつける倫子。するとメニューに視線を落としながら永瀬が口を開いた。
「女の子のいうことにケチをつけないの」
「へいへい…」
 あの部長に対等な口を利いているよ。それだけで倫子には驚きなのに、それで池田が言葉を納めてしまうのにまたびっくりした。佐藤は池田と対等に口を利いているが、いつも口喧嘩になってしまう。掛川とは基本的に意見が合うので喧嘩にならない。それに掛川は一歩引いている感じがある。上岡は抵抗する時もあるけれど、基本的に池田の意見についてしまうわけだ。姉さんの場合は部長が間違いなく甘いだけである。
「倫子。早く言えよ」
「え?」
 紫緒に声をかけられてハッとすると、テーブルの三人とウェイトレスが自分を見ていた。慌てて注文をする。その後で永瀬の顔を再び覗く。カラオケ嫌いの池田を呼び出して、さらに少し池田の方がポジションが低い。まさかあの部長をコントロールする人がいたなんてと、倫子はなんだか隣にすわっている人が凄い人の様に思えてきてしまった。
「どうかしたの?」
 自分の視線に気付いてか、永瀬が話しかけてきた。慌てて適当に言葉を繕う。
「えっと…お一人なんですか?」
「え? 一人って?」
 永瀬が優しく笑う。倫子は気恥ずかしそうに正面を向く。
「いや、陶芸部の他の人はと思って…」
「うふふ、私しかいないのよ」
「え!? 部員一人なんですか?」
「違うわよ。名前があるのがよ」
「…出たよ。設定ネタ…」
 倫子の表情に影が差す。池田がクリームソーダを飲みながらつぶやいた。
「最初はチョイ役だったからな」
「いいじゃないの。実力よ」
「本編の陶芸部のシーンでも、いつも誰かとお前だからな…」
「しょうがないじゃない。名前の無い生徒は出さないってのがあばんちゅうるの主旨なんだから…」
 やっぱり池田の出すケチに反論して、池田の方が先に黙ってしまう。なんだかいじけているような表情にも見える。いつもの自分の立場みたいにも見えて、倫子はただ永瀬のパワーに圧倒されていた。
 
「はあ…」
 寝巻に着替えて、ベットに腰掛けて倫子は溜め息をつく。するとドアが空いて律子が顔を出した。
「今日学校行ったの?」
「うん、行ってきたわよ。なんで?」
「ううん、部長が寂しがってるなら、明日暇だから会いに行ってあげようかって、それだけだけどね」
 冗談ともつかない台詞。倫子は少し嫌味がましく答える。
「…佐藤先輩は会いたがってましたよ」
「うふふ、ノーサンキューね。…どうかしたの?」
 少しブルーになっている自分に気付いたようだ。そうやって自分の心を見透かしてしまう姉は、有り難くもあり、迷惑でもある。
「…うん、ちょっとね」
「悩み事があるんだったら、シャワーを浴びながらとか、湯船に入りながらにしなさいよ」
「…なんで?」
「バカね。それがアニメや漫画のサービスシーンの理由付けなのよ」
「は、はあ…。ねえ、永瀬先輩って知ってる?」
「ええ、もちろん」
 またもや、ふうっと溜め息をついた。律子は困ったような笑みを浮かべる。
「それがどうかしたの?」
「いや、ちょっといろいろとね…」
 余計惨めな気持ちになりそうなので、倫子は口篭もる。しかし、律子には見え見えだった。
「あなたなんか永瀬先輩の足元にも及ばないんだから、自分と比べたって埒が開かないわよ」
「そ、そうはっきり言わなくたって!」
「身の程を知りなさいってことね。おやすみさない」
「さっさと行っちゃえ!」
 倫子は枕を投げる。閉まった扉に力無くぶつかる。怒りにわなわなと震えながら、倫子はトボトボと枕を広いに立ち上がる。
「…今回は結局、私を貶めるだけのストーリーなのね…」
 
 朝。倫子は五井駅前に止まる送迎バスに乗っていた。前のバスが行ったばかりなので、しばらく出発しない。
「おっはよ〜」
 ひなのがやってきた。そして倫子の隣の席にすわる。
「ひさしぶりに登場したのに、危うく台詞無しになるところだったわ。ギリギリセーフね」
「…カラオケのシーンにいたことなんて、多分みんな気付いてないわよ…。というか、朝練は?」
「あるわよ」
 今気付いたが、池田とひなのが気が合うのは、似た者どうしだからなのかもしれない。池田と西村もマイペース同士で馬が合うようだから、ひなのと西村が仲がいいのも同じ理由なのだろうか。
 そんなどうでもいいことを考えていると、バスに一人の男子生徒が乗ってきた。バスの中が色めきたつ。
「うわあ…」
 倫子も思わず声を上げる。はっきり言って美形だ。下手なジャニーズのメンバーよりよっぽど男前だ。アクション俳優というよりは、アメリカのラブコメディのナンパな2枚目みたいな感じがする。ひなのも気付いて声を上げる。
「うわ。あれって角亮じゃない?」
「…誰それ?」
「知らないの? 山学で一番格好いいって、山城新聞でも結構話題になる人じゃない?」
 そこに池田も紫緒を伴って入ってきた。さすがの池田も、今の人の前では霞んでしまう。あくまで部活の中の格好いい先輩、というレベルだからだ。池田は立ち止まる。中央の席にすわった角と一言二言言葉を交わした。そして奥の方に入ってくる。
「よう」
「おはようございます…」
「ねえねえ、池田先輩。角亮と知り合いなの?」
「ああ、そうだが」
「いいな〜。同じクラスとか?」
 もじもじするようなひなのの態度を見て、池田は鼻で笑った。
「知り合いの男だからな」
「ええっ!? 彼女いるの!? ショック〜」
「話したこともないのにショックも何もないでしょ…」
 一人でジタバタしているひなのを横目で見ていると、永瀬が入ってきた。池田を見つけると運転席の横から手を振った。その動作に振り返ると、後部座席の中央にすわった池田が、しかめっ面のまま右手人差し指で左を差していた。再び永瀬の方を見ると、右側を見た永瀬が何かを見つけて笑顔になった。
「えええ!?」
 永瀬は角の横に立った。一人がけの席だったのが、角が立ち上がる。そして永瀬の背中を押した。恥ずかしそうな顔をしながら、永瀬はその席にすわる。
「ま、まさか…」
「あ〜あ、なんかラブラブな感じ〜」
 ひなのもブスっとつぶやく。倫子は後ろに振り返った。
「あの…若しかしてさっき言ってた知り合いって…」
「…見たまんまだ」
 GBAをやりながら、さらっと池田の台詞。倫子は昨晩の姉の台詞を思い出してがっくりと頭を垂れた。
「確かに…一生かなわないかもしれない…」


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2003.5.17