3・野獣、死すべし
<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>
夜中と言うよりは朝方。カーテンから漏れる光に混じるのは雀の鳴き声。寝巻き姿に赤い目でテレビ画面を見つめる倫子が固まっていた。そして静かにロクヨンの電源を切る。
「…60時間もやって…オウガ3、バットエンド…」
倫子はそう静かにつぶやくと、その場にバブルスライムのように崩れていった。
「あ〜、眠い…まあ、今日は半ドンだからいいけど」
「倫子ったら、よくそんな古い言葉知ってるのね。辞書でも引いたの?」
「違うわよ、昨日、部長が言ってたから真似しただけよ」
食パンをかじりながら倫子がつぶやく。コーヒーをすすりながら姉の律子が冷たく突っ込んだ。
「まったく、そんな徹夜でゲームなんかしちゃって、肌が荒れるわよ? だからいつまで経っても男が出来ないのよねぇ」
「私は姉さんみたいにとっかえひっかえしないからよ。きちんと人を見ているの。クソゲーは買う方がバカなのよ。大体買う前から匂いがプンプンしてるんだからさ。男も一緒よ」
「あら、私はただ長続きしないだけで特定の人としか付き合っていないわ。一本のゲームを長くやってるのよ。あなたみたいに誰にしよう、誰にしようって迷いつついろんな人と付き合って、結局誰とも浅い関係で終わっている方が、よっぽど男泣かせだと思うけどね。あなた、今年も何本ゲーム買ったのかしら? ちゃんと全部クリアしてるわけなの?」
「毎週毎週休みになれば朝帰りしている人に言われたくないわ」
「あら? 倫子だって…」
「…ちょ、ちょっと待って」
姉妹の口喧嘩を、倫子が手を挙げて放棄しようとする。律子は不愉快そうに片眉を上げた。
「何よ、あなたが買ったんじゃないの?」
「そうじゃなくて…親のいる朝の食卓でするのはやめようよ…」
総武線に乗って五井で降りる。その後はスクールバスだ。いつもはバラバラに登校するのだが、普段は朝錬に行く…パソコン部で朝練というのもおかしいが、やっているので仕方がない…倫子が今日は寝坊して律子に起こされた。二人掛けの座席に並び、コンパクトを覗きながら律子がつぶやく。
「でもあなた、パソコン部入ってからデートしてないでしょ?」
「そ、そんなことないわよ。大体なんで姉さんにわかるわけ?」
「女を甘く見ちゃいけないわよ。大体あの部活、男4人しかいないのよ? しかもまともなのは部長だけなんだから」
「な、なんてことを…まあ、間違ってないけど…でも、上岡先輩はいい人だと思うけど。…ちょっと変なとこもあるけど」
すると律子が動きを止める。倫子の方に顔を向けた。目をぎょろりとさせて自分を凝視している。姉の真剣な顔を久しぶりに見た。
「倫子、あなたいい人と結婚してそれが幸せ?」
「そ、そんなことを急に真顔で言われても…」
「お金や地位なんて自分で手に入れればそれでいいの。だから男なんか顔さえよければそれで結構。次いでにセックスが上手ければ尚更ね。仕事が出来る人を選ぶ女は自分が仕事が出来ない、つまり自分で生活できないから、いい人を選ぶ女は他人に優しくされないと生きていけない、つまり自分で心の平穏を生み出せないからなのよ」
「…朝っぱらからすごいことを聞いてしまったわ…」
パチンとコンパクトを閉めると、律子は前を向いて溜め息をついた。
「バカね。それが私の覚悟なの」
放課後の部室。倫子がまりあ・上岡とスマブラをやっているところに佐藤が遅れてやってきた。倫子の側に直行し紙切れを渡してくる。8月のカレンダーで、2箇所ほど赤丸でくくられている部分がある。
「倫子、合宿はいつがいい?」
「え?」
「…なんだ、その反応は?」
「今日って…終業式ですよね?」
「それが?」
「…それで合宿の予定が7/30からか8/7からの二つなんですか?」
「アホ。8月の中旬はオレの、下旬は池田の奴の予定があるからこのどっちかだけだ!」
「な、なんと横暴な…ま、まあ、いつものことだけど…」
「他のみんなは朝錬の時に聞いちまったから、後はお前だけだ」
「私だけ? 姉さんは?」
そうすると、紫緒が呆れたように溜め息をつく。
「どうせあの女は来ねえから聞くだけ無駄だよ」
「え?…でも、確か去年、夏に合宿で出かけたような???」
「うおお! あの女は、あの女は〜!? 神聖なる強化合宿をアリバイ工作にしやがって!?」
「さ、佐藤君、気を確かに…」
「うおお!? 武士の情けじゃ、離せぇぇ!」
「殿中でござる、殿中でござるですぅ!」
「…何、それ?」
佐藤が突然暴れ出し、止めようとした上岡が後ろから羽交い締めにする。しかし、それよりも倫子は、後から意味不明の語句を連呼したまりあに目を丸くした。
「ほぇ? 部長様が、佐藤様が暴れだしたらそう言うことに決まっていると言われたですぅ!」
「…また、無垢な子にそういうことを教えてるし…」
「あんあん、池田にそんなこと期待しても無駄さ。所詮奴は世界中の全てを見下して生きている奴だから」
「まあ、昔の話ですけど、エヴァンゲリオンの話をしていて、『アスカの本名って何だっけ?』と聞いたら『アルバトロ・ナル・エイジ・アスカだよ』と返したりする人ですからねえ。まあ、それが池田くんのユーモアセンスだと思うしかないんですが…」
「そうそう、あいつはレイちゃんのことを『綾波』としか呼ばないから、貴様それでもエヴァファンか!?と糾弾したら、あの男はなんと言ったと思う!?」
「ええっと・・わ、私、そのアニメ存在しか知らないんで…」
「あの男は! 『レイと言ったらアムロ・レイだ!』とか抜かしやがって! しかも『俺は前の時間のウェディングピーチ見たらテレビを消すから』とか抜かしやがって! 思わずノーロープ有刺鉄線時限爆破マッチに突入するとこだったぞ!?」
「お、お怒りはわかるのですが、言っていることがよくわかりません…」
佐藤は憤懣やるかたない様子でソファーにどかりとすわる。倫子が思い出したように紫緒に聞く。
「ところで、姉さんの話は?」
「…ハン、男と出掛けてたに決まってんだろ?」
「な、なるほど…だからアリバイ工作なのね…」
「しかもあの女、二日目の夕方に合宿に合流してんだよ」
「はい?…な、なんで?」
「二日目の朝に男と別れたからだとよ。それで早く帰えると嘘がばれるからって初乗り切符で合宿先の最寄駅まで来やがってさ、それで池田を駅まで呼び出して金払わさせてんだからよ。大体、池田の奴は律子に甘過ぎなんだよ…」
「そ、そうなんですか? 女性に対しては全体的に優しいとは思うけど…」
「あいつのパソコンはあいつしか使わないんだぜ? なのに毎月毎月金かけてさ…」
「パソコン?」
パソコン部の部室はこのソファーとテレビがある通称『居間』は部屋の1/2で、部屋の奥はパソコンルームになっていて5台ほど並んでいる。全てウィンドウスマシンなのだが、一番奥のマシンだけマッキントッシュだった。
「他の人はマックはやらないんですか?」
「ガハハ、マックじゃエロゲーできんわい。なあ、上岡?」
「ぼ、僕は知りません…」
「つーか、律子がうちに入部した理由は、あいつが最初部活見学に来た時、マックがあるのに感激したからだからなあ。それからそのマックは律子専用機だよ。池田の奴が一台ぐらいマックがあってもいいだろう、とか抜かして使いもしないのに買ったわけだが、そのおかげで毎日律子のナイスバディを拝めるのだから安いものだ」
「お兄ちゃん、そういうことをみんなの前で言わないでよ」
「…あいあい、わかりましたよ」
えみりに諌められて佐藤は口をつむぐ。上岡が頭を書きながら恥ずかしそうに話し出す。
「しかし、うちの部活の女の子は美人ばかりですからそういう気持ちもありますけど。ただ、みなさん身長も高いのでちょっと肩身が狭いんですけどね…」
「そう言われてみれば…姉さんは170あるし、神崎先輩もそのぐらいですよね?」
「オレは169だよ。倫子とえみりも165ぐらいあるだろ?」
「はい、私、中学とかまで背の高い方だったのに、この部活入ったら二人も自分より背の高い女の人がいるんで、はっきりいってビックリしました」
「確かに、姉さんはモデルのようにスタイルがいいし、神崎先輩も美人、えみりもアイドル系だし…そう言われてみれば、ここって男にとってパラダイスなのかしら?」「それに倫子は巨乳だし…」
「な、なにするのよ、このバカッ!!」
倫子の胸にタッチしようとした佐藤をコークスクリューパンチで殴る。佐藤が頬を抑えながら涙を抑えて訴える。
「バ、バカヤロウ! こう言う時エロコメだと殴られるにしても胸を触ってからなんだぞ!? それをお前、いきなり殴るとはどういう了見だ!?」
「フザケないでっ! そんなの女の権利をふみにじってるわ! 女は商品じゃないのよ!?」
「現実を見ろ! 少年誌だって「ラブひな」のようなエロコメを載せてそれが主力になるような御時世だぞ!? 資本主義の前には理想なんてものは存在しない! 大体お前のその胸はなんだと思っている!?」
「な、なんだと言われても…」
「お前のその胸はティファ譲り、そしてそのティファの胸によってFF7及びプレステが売れたのだ! つまり! プレステ2千万台の天下制覇は、ティファの巨乳によって成し遂げられたのだ! つまり巨乳こそパワーだ!」
「……サイテー」
「ガハハ、何と言おうとそれが世の常世の定めだ」
「…バカに話をしても時間の無駄だわ。ところで、何の話をしていたんだっけ?」
「あん? 紫緒は律子が大っ嫌いって話だろ?」
「別にそうとは言ってねえよ」
紫緒はそう言って佐藤の言葉を否定するが、しかし、今の態度といい、先程の物言いといい、確かに姉のことは好いていない様だ。そこで聞かなければ余計な荒波は立たないのだが、倫子も女なのでそういう泥臭い話はついつい興味が引かれてしまう。ワイドショー精神と言うやつだ。
「なんか、喧嘩でもしたんですか?」
「…だから、別に嫌いなわけじゃないって…」
「それはもう、お兄ちゃんに律子がベタつくからよね?」
お兄ちゃん、と言うからえみりだろうか。しかし、律子が佐藤にべたつくはずもなく、誰だろうと思って倫子は振りかえった。肩にかかるぐらいのショート。小柄で、目元がきりっとしている。美人できつい感じの顔である。スカートが異様に短い。膝上何センチ、と言うレベルではなくあきらかにミニである。上履きが赤なので二年生、つまり律子・紫緒・まりあと同い年だ。
「あの…どちらさまで?」
「私? 池田和佳子よ」
「池田?…って、え? 妹?」
「そうだとうれしいんだけど、残念ながら従兄妹なのよねぇ」
そう言ってくすくすと笑う。本当に残念に思っているのか、それともこっちをからかっているだけなのか、皆目見当がつかない。突然の新キャラに倫子が目をぱちくりさせていると、紫緒がそっぽをむいたままかったるそうにつぶやく。
「何しに来たんだよ、ただでさえ人が多いんだから出て来んじゃねえよ」
「あら、随分な物言いね。本編では私の方が先に登場しているのに…」
わけのわからない意地の張り合いだ。だから女は難しい。和佳子はきょろきょろと辺りを見まわしている。
「なんだぁ。お兄ちゃんいないのか。わざわざ七階まで上がってきて損した。まあ、お茶でも飲んでいこうかな?」
そう言った後、上岡の方を見る。彼は首をかくかくと動かしながらキッチンの方に入っていく。
「…先輩を顎で使ってるよ、あの人…つ〜か使われる上岡先輩も上岡先輩か…」
「ところで、あなたが噂の倫子ちゃんね。律子とは全然イメージ違うわね」
「え、ええ、まあ…」
どういう噂なのかは聞かない方が無難の様だ。和佳子は上岡のいれたコーヒーを飲みながらくすくす笑っている。
「だけどまあ、お兄ちゃんもいろいろいろいろ恋の噂にはこと足らないわよねぇ。度が過ぎると余りよろしくないわけだけど」
「別に、池田は誰かと付き合ってたりとかはしてねえだろ?」
何故か突っかかる紫緒。和佳子が意地悪そうな視線を向ける。
「別に恋人じゃなくてもすることはできるしねぇ。そういう意味じゃ、恋人としか寝ない律子は真面目だといえなくもないのが悔しいけどね。ま、あんたもせいぜ頑張んなさいな」
紫緒は無言のまま和佳子をにらんでいる。突如として訪れた重苦しい雰囲気に、二人に挟まれている倫子はおろおろとする。
「ああ、私はどうすれば…それに部長も姉さんもいなくて、佐藤先輩もそこにすわっているのにキーボードを打つ幻聴が聞こえてくるし…」
「え? 幻聴じゃないわよ」
えみりの言葉に倫子が目をぱちくりさせる。彼女は黙って部屋の奥を指差した。するとそこには、確かにパソコンを打つ男子がいた。
「…誰、あれ?」
「うちの部活のもう一人の副部長、石沢宏行先輩じゃない?」
「そ、そういえば今朝、姉さんがパソコン部の男は4人て言っていたような…」
「やだ、倫子ったら今日まで知らなかったの? 毎日いるじゃない?」
「ま、毎日って…え?」
「第一話も第二話も風景にまぎれてパソコンを打っていたといっているのだよ、我が妹は」
「つ〜か、わからないです、そんなのは…」
そういって倫子が立ち上がる。佐藤が目を丸くした。
「ど、どうしたんだ、倫子?」
「いや、挨拶しておこうかと思って…」
すると佐藤が右手を顔の前で振る。
「ああ、いい、いい。どうせもう出て来ないからよ」
「…はい? で、でも、一言ぐらい…」
「会話のパターンもたいして固まってないから話すだけ無駄だって」
「そ、それって何も決まってないってこと?」
「うん? まあ、パーソナルデータは結構決まってるけど、男のキャラなんか増やしたって客は増えないから別にいいんだよ。それが定説なんだね、チミ?」
「は、はあ…」
「それより、早く合宿の日取りを決めてくれ」
「えっと…ま、まあ、ちょうど予定がないからお金さえ用意できれば行けることは行けるけど…そういえばお二人の予定って何の予定です?」
「ん? 両方ともゲームだよ」
「ゲームイベント? ふ〜ん、私、そっちの方が興味あるかなあ〜」
すると佐藤が倫子の手を握る。びくっとする倫子。佐藤は涙を流している。
「おおっ! よくぞ言った、倫子! それじゃ8/15日、朝6時半に千葉駅な?」
「えっ…え、私行くの?」
「今行くって行ったろ!? なんだ、それともこのオレ様の純真な心を踏みにじるってか!?」
「…欲望の塊みたいな顔をしてよ…」
「紫緒は黙らっしゃい! 決定、決定なのだぁ!」
「ま、まあ、別に駄目とは言わないけれど…ん?」
ふと横を見ると上岡が手を合わせて自分を拝むようにしている。倫子の顔に影が走る。
「な、なんですか、上岡先輩?」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「ちょ、ちょっとどういうことですか、先輩っ!?」
倫子は上岡の襟首をつかんで激しく揺さぶる。上岡は血の気の引いた顔でつぶやいた。
「ウフフ…僕はもう〜知りませんから〜ウフフ…」
朝6時半! ただひたすらに眠い。千葉を支える大動脈、総武線の起点千葉駅も、夏休みで学生が少ないこともあって閑散としている。東口で立っていると改札の外から、佐藤がずんずんと歩いてくる。その彼の様子を見て倫子は閉口する。
「先輩…なんですか、その荷物は…」
まるで登山にでも行くようなリュックを背負っている。佐藤は既に汗びっしょりだ。
「まあ、年に一度の話だから仕方あるまい。さっさと行くぞっ!」
二人で電車に揺られながら、倫子は溜息をつく。
「男女二人がデートだとするなら…半年振りがこの男とは…認めたくないわ」
東京ビックサイトについた。すると佐藤がデカいリュックの中から小さい鞄を取り出す。
「ほれ、着替えてこい」
「はい?」
「バカモノ! ビックサイトに来て着替えんでど〜する!?」
「ま、まさかコスプレ?」
「男なら躊躇するなあ!」
「…女ですよ、私は」
あんまり気が進まないが、絶対嫌と言うほどでもない。佐藤先輩がうるさいし、取り敢えずここは譲ってやろう。
「わかりましたけど、どこで着替えるんです?」
「トイレだよ、トイレ。もうめっちゃ混んでるぞ?」
確かに行列だった。トイレから春麗やら舞やらわらわらと湧き出してくる。壮絶な光景のような気もする。トイレに入って荷物を開けると、見覚えのある服がはいっている。
「なんだ、ティファか…変な紐みたいな水着だったら帰っちゃおうと思ったけど、これなら別にいいかな?」
そういって着替え始める。トイレの着替えはいろいろきつい。
「それにしても…スクウェアをバッシングする割には3回連続の登場というのはどういうことかしら?」
グローブをはめて、靴を履く。後ろ髪を止めて完成だ。
「よしっ!…どうして服のサイズがピッタリなのかは考えないようにしましょ」
佐藤の方に戻る。佐藤は目頭を抑えている。
「うう…いつのまにか大きくなって、お父さんはうれしいよ…」
「リアクションに困るんですけど…」
フラッシュが焚かれてそちらを向く。いつのまにか人だかりが出来ていて、自分を取っているようだ。バシャバシャとまぶしい。
「こ、これは一体…」
「それはあれ、倫子は美人だからなあ。コスプレする奴ってのは目立ちたがりなわけで、もともと美人な奴は別にお化粧しなくても注目されるわけで、コスプレする奴に本当の美人はいないわけでさあ、本当の美人で、しかも巨乳のお前がティファのカッコなんかしてれば、そりゃあ目立つってもんさ」
「…今のは少し池田先輩入ってましたね…ところで着替えないんですか?」
「ああ、オレはここで着替えられるんだけど、お前がわからなくなると行けないから待ってたんだ。少し待て」
そういってリュックから荷物を取り出していく。何かの着ぐるみの様でもあるが。佐藤はTシャツ短パンになるとそれを着こみ始めた。青い鎧みたいな感じだ。
「倫子、頭を取ってくれ」
「は、はい…」
ヘルメットを被ると完全に顔が見えなくなる。確かにこの格好で待たれていたら佐藤だとわからない。彼は剣を握ると倫子を撮っていたギャラリーの方にポーズを取る。
「この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!」
「おお〜!」
観衆から歓声があがり、フラッシュが光る。佐藤がいろいろとポージングを取ってリクエストに答えている。
「な、なんだか凄いことになってきたわ…あら?」
倫子の横を佐藤と同じような格好の着ぐるみが通る。微妙に違うようだ。微妙に違うと思うのは倫子の感覚で、佐藤たちからすればまったく別物なのだろうが。佐藤とその人は見つめ合ったまま動かない。観衆もどよめいている。すると唐突に佐藤がポージングを取り始めた。
「用意はいいかい、君たち?」
「おう! いつでも大丈夫だぜ!」
「よし、ではいくぞ! 日輪の力を今借りて!」
「ザンボット!」
「サン!」
「ムーン!」
「アタァァァーック!」
「コンビネーション!」
「クラァァァシュ!」
そのニ体が見事な…見事かどうかは元ネタを知らないので倫子には何とも言えないが、何故か説得力のある動きを見せる。観衆からは拍手とフラッシュがやまない。
「おお、スペースコンピネーションアタックを生きて見られるとは!」
「倫子、お前真ん中に来い」
「え?」
佐藤に腕を取られて二人の間にはいる。横の二機がなにかポーズを取っているので倫子もファイティングポーズを取った。フラッシュが光る。
「おお、無敵超人に無敵鋼人…それに巨乳超人の競演だぁ!」
「…よ、よくわからないわ…」
佐藤先輩の片割れとは、名乗り会うこともなく身振り手振りで別れた。佐藤は鎧を脱いだが、倫子はそのままのカッコで会場に入った。…が。
「佐藤先輩…これ、ゲームのイベントですか?」
「ああ、ゲームのイベントだよ」
「…コミケじゃないですか、これっ! 私をこんなとこに連れてきてっ!」
「こ、こんなとことは、どういうことだ!? 我々アニゲーファンの年に一度の魂の昇華ではないか!? 20万人はグレイのコンサートよりも多いんだぞ、今畜生目がっ!」
「欲望の消費の間違いでしょ、この野獣が!」
「わ、わかったよ、じゃあお前は池田に頼まれたこれを買って来い」
「え…い、池田先輩が?」
「頼んだからな。買ってこないと池田にどやされるんだから…わかったな!?」
そういって佐藤は冥界へと足を踏み入れていく。一人残された倫子は売り場の場所を書いた紙切れを持って立ち尽くしてしまう。
「池田先輩も…こういうの買うんだ…」
しかし、買いに行かないわけにはいかない。倫子はおろおろしながら売り場を探す。そこは随分閑散としていた。目的の売り場を見つけて、暇そ〜に本を読んでいる売り子の人に声をかけた。
「あ、あの…ここってこれであってます?」
「ああん?」
売り子は紙切れと自分の胸を交互に見ている。確かにここだと自分は浮いている。コミケの会場に着てコスプレをして浮いているというのも変な話だ。売り子はぺらぺらの冊子を指差した。倫子はそれを買うと入り口付近に戻る。佐藤はなかなか帰ってこないので着替えにいってしまう。
「うほーい、お待たせ。なんだ、もう着替えたのか? 先輩が遅いんですよ」
「まあ、いろいろあってなあ…しかし、今日の収穫は…」
「い、いいです、別に…」
買ってきたものを見せようとする佐藤を倫子は制する。そして手に持つぺらぺらの冊子を差し出した。
「あの…買ってきましたけど…なんですか、これ?」
「あん? そんなの中身見れば一目瞭然だろ?」
「こ、怖くて見れない…」
「はあ? なんでベスプレのデータが怖いんだ?」
「…ベスプレ?」
「ベストプレープロ野球だよ。野球のシミュレーションゲームの、今年のデータが書いてある本だよ」
「な、なんだ…でも、そんなゲーム、ロクヨンにありましたっけ? 昔ファミコンであったような気もしたけど…」
「だからそれだよ」
「…はい?」
「1990年に出たそれを未だに池田はやっているわけだな。「これに勝る野球SLGは無しっ!」とか言ってな」
「…それはそれで嫌な気もするわ…」
「つ、疲れた…」
家に帰ってきて倫子は自分の部屋に直行してベットに倒れこむ。律子が覗きこんできた。
「あら、お疲れね…」
「なんか、サイテーって感じ…。そうだ、池田先輩もゲームイベント行くって言ってたな。そっちで口直ししよ。姉さん、池田先輩の連絡先教えてよ?」
「別にいいけど…」
そういって律子は自分の部屋に戻っていくと、携帯を持ってきた。池田の番号を表示して自分に示す。しかし、その顔は曇っていた。
「どうかしたの?」
「まあ、別にあなたのことだからどうでもいいけど…池田はやめておいたほうがいいわよ?」
「…別に、そんなんじゃないけど…」
二人で降り立つは海浜幕張! といいたいところだがまりあもいたりした。しかも池田と手を繋いで歩いていたりする。別に妬いたり、とかそういうわけではないがなんか変な雰囲気だ。
「あ〜、楽しみですぅ!」
「急くな、まりあ。逃げるわけでもあるまい」
「…ところで先輩、具体的にはどんなイベントなんです?」
「…まわりを見ればわかるだろう?」
そう言われて当たりを見まわすと…ガキ・ガキ・ガキ。どいつもこいつも背丈が低い。自分らと同じような中高生風の人間はまばらだ。
「子供…そしてまりあ先輩がいるということは…ポケモン?」
「正確には任天堂スペースワールドだ。ポケモン金銀も発売間近だからガキも多いが、俺はパーフェクトダークとマザー3とゼルダ外伝を見に来ただけだからポケモンコーナーは関係ない」
「…それはそれで間違っているような…でも、すぐ会場に入れるんですかね?」
「そりゃあ、無理だな。なんっても一日で10万人のガキの群れだ」
「一日で10万って…な、何それ!?」
「だってほら、お子ちゃまは親と同伴じゃないと遠出しないから、家族総出とかで来ると1ユニットで3.4人だからなあ…2時間待ちかのう」
「2、2時間待ちって…ディズニーランド?」
「さてと、ゲームボーイでもやって時間を潰すかのう…」
「あ、まりあとテトリスするですぅ!」
そうして二人は列に並びながらゲームを始める。子供たちが二人を覗きこんで塊ができ、倫子は弾き飛ばされた。太陽はひたすら暑い。
「…やっぱ姉さんが正しいのかしら?」
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2000.6.12