そんなわけで不本意ながら、倫子は佐藤と一緒に部室に向かった。無論、一メートル程間隔は空けて歩いたが。部室に入ると池田がパワプロをやっていた。
「うっす。今チーム編成終わったら止めるからちょっと待て」
部員が揃えば個人ゲーは止めて対戦するのがパソコン部の流儀である。倫子は池田の隣にすわった。
「ゲームの中はもう七月ですか…確かそれ、四月末発売でしたから、倍のスピードですね…」
「何寝ぼけたこと言ってんだ。二巡目だ」
「はい?…に、二巡目って、二ヶ月で1シーズン終わらせて、さらに二度目ももうオールスター終わってるってこと?」
「今年はパワプロとゼルダのムジュラが同時発売だったからなあ…今年は全球団でプレイするのは不可能かもな…」
「……さ、さらにムジュラも終わらせてるんですか…」
池田がセーブしてパワプロのカセットを抜く。彼個人のカートリッジだから白衣のポケットにしまった。しかし、その後しばらく無言が部室を包む。
「どした、何かやらんのか?」
「正直言って、進んでやろうって言うゲームがないんですよね、今…」
「スマブラもゴールデンアイも今更だしなあ…来月マリオテニス出るまではなんか対戦するゲームがねえよ。家に帰りゃいろいろと…グフッ」
佐藤は一人で悦に浸っている。倫子は溜息をついた。
「格ゲーとかやりたいなあ…この部室、ドリキャも無いのよねえ…」
「ドリキャ? ドリキャって何色だっけ?」
池田のつぶやきに佐藤が答える。
「クリスタル・ピンクじゃねえか?」
「それは誰も買わなかったサクラ対戦限定カラーです…白ですよ、白」
「オレ様の家のはピンクだぜ?」
「お前はセターンのバックアップカートリッジだってSS版ときメモ同梱のエメラルドだろ?」
「そうそう、本体もVサターンで、この二つのコントラストが実に絶妙で…」
「…話が逸れてきちゃったんですけど…」
「ドリキャってあの渦巻き模様の奴だっけ?」
「ええ、そうですけど…」
「こんちわ〜す。電車が混んでで遅れちゃいましたよ〜」
そこに上岡が入ってきた。池田があごで棚を指す。
「上岡、ピヨが『白くて渦巻き模様のゲーム機』を探しているんだが?」
「ああ、それならそこに入ってますよ」
「ええ!? ドリキャあるんですか?」
ソファーから跳ねあがった倫子は上岡が指差したロッカーを空ける。しかし、中の物を見たまま固まった。
「…あの…この長方形の物体はなんですか?」
「バカモノ、バリュースターとか言ってこじゃれた機体を出したりしているが、白プラスチックの長方形こそNECの伝統なのだっ!」
「いや、これは確かに白くて渦巻き模様ですけど、PC−FXって言うんじゃないですか?」
「まあ、そうとも言うな。気にするな」
「そう言う問題じゃなくて、プレステとドリキャがないのに、なんでPC−FXがあるんですか? おかしいですよっ!?」
「それは部活の備品じゃねえよ」
佐藤の言葉に倫子は目を丸くする。
「そ、それって個人の持ち物ってこと?」
「…そういやあの寒い12月の次世代機戦争の時、俺がセターン買う横でFX買ってた奴がいたな…」
「…それって中学の時の話ですよね?」
「ああ、そうだが…」
「…池田先輩の中学の同級生って…」
倫子が恐る恐る後ろを振り返ると、上岡が恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「いやあ、みんなプレステとかサターン持ってる中であのでかい箱は恥ずかしかったですねえ、うん」
「…やっぱ上岡先輩は普通じゃない…」
「ドリキャドリキャっていうけど、何がそんなにやりたいんだ?」
「はい?…まあ、格ゲーがたくさん出てますから…今更かもしれないですけど、スト3サードとかやりたいなあなんて…」
「スト3?」
そういうと池田はソファーに座ったまま手を伸ばして背後のロッカーを開けるとビニールに包まれた板状のものを引っ張り出した。そして倫子に手渡す。
「ほらよ」
「…なんですか、これ?」
「スト3サードやりたいんだろ?」
「は、はあ…」
倫子がきょとんとしていると、上岡が棚から6ボタンのスティック二つと、FXの半分ぐらいの高さの箱を持ち出してきてテーブルの上に置いた。その光景と、手にある板を交互に見てハッとする。
「こ、これってもしかして基盤!?」
「…ほら、コントロールボックスに繋ぐから早く貸せ」
佐藤が横取る様に基盤を引っ張るとコントロールボックスに繋ぐ。そして電源を入れた。
「わ、私やってもいいですか?」
「ああ、いいよ。コマンド忘れちったな。どっかに攻略本あったよな。確かゲーメスト最後のムックだったはず…」
池田は立ち上がって本棚に向かう。初めての基盤体験に、心をわくわくさせながら起動を待つ。もうひとつのスティックは佐藤が持った。
「ああ、基盤があるならもっと早く言い出せばよかった…あれ? なんですか、このタイトル画面…」
「…おい、池田。この基盤スト3じゃねえぞ?」
「え? 一番上ってそうじゃなかったか?」
「しかし、お前はなかなか見所のある奴だ。間違って引いたのが『エドワード・ランディ』だからな。ここはデコ追悼記念として是非ともプレイせねばっ!」
「ええ? 私、格ゲーがやりたいんですけど…」
そういって二時間…今はエンディングロールが流れていた。
「…はまってしまった…不覚にも…」
がっくりとうなだれる倫子。すると棚を漁ってスト3を探していた池田が声をあげる。
「おお、これは『エイリアンvsプレデター』じゃないか?」
「何? それはプレイせねば…」
池田と佐藤は基盤を付替えるとプレイを始める。押し退けられた倫子は腕時計を見る。
「そろそろお昼なんだけど…あら?」
倫子は棚の上のチップスターに気付いた。手を伸ばして蓋を開ける。
「間食しちゃおうっと…え?」
固まる倫子。筒の中のピカチュウと見つめあう。蓋を閉めると黙って棚に戻した。
コンビニで買ってきた弁当を平らげる。普段はゲームを常にしているのでバラバラだが、やはりやるゲームが落ちついているので珍しくみんなで食べていた。
「そういえば、今日は紫緒先輩がいませんね…」
「なんか家族で出掛ける用事があるって言ってたな…」
「ふ〜ん…」
カップアイスを食べながらつぶやく。すると部室備え付けの内線電話が鳴った。一番席の遠い上岡が出る。
「はい、パソコン部です…はい、わかりました」
「どこからです?」
「なんか、事務室にうち宛に郵便が届いているから取りに来てくれだそうです。僕、ちょっと行ってきますね」
そう言って上岡は外に出ていった。すると池田がポテトチップの袋を開ける。倫子がきょとんとした。
「…部長、何してるんですんか…」
「なんだピヨ、お前はポテトチップ見るの始めてか?」
「そ、そうじゃなくて…それ、上岡先輩のじゃ…」
「弱肉強食なんだ、この世の中は」
そう言ってバリバリと食べる池田。佐藤も何食わぬ顔で手を伸ばす。
「い、いいのかしら…」
やがて上岡が小さい段ボールの箱を持って帰って来た。池田はポテチの袋を手に取るとそそくさとパソコンの方に向かっていく。
「何が届いたんです?」
「さあ、わかりません」
「…な、何でですか?」
「英語で書いてあるんで、宅配の人もなんだかわからないって言ってました」
「フォー イングリッシュ! 洋ピンだ、洋ピンに違いないっ!」
興奮した佐藤が箱をバリバリと開ける。中から出てきたのはさらに小さい箱だった。いかにもアメコミな、けばい女性のイラストが描かれていた。さすがの佐藤も許容範囲外のようで無言で固まっている。
「…誰だ、こんなの注文した奴…」
「さあ…」
すると池田がこちらに戻ってきた。
「部長、これ知ってます?」
「ああ、俺が注文した奴だよ」
「オロローン…ギャルゲーに興味が無い奴だとは思っていたが、まさかアメリカン・タトゥーンに走るとは…ああ、行きつくとこまで逝ってしまったのか…」
「…佐藤、箱に書いてあるタイトルを読んでみろ」
「パーフェクト・ダーク…何? パーフェクトダーク!?」
「…なんですか、それ?」
「ゴゴゴ…ゴルゴじゃなくて、ゴールデンアイの続編だよっ!」
「ゴールデンアイの続編!? そ、それって確か秋発売じゃ…」
「…アメリカでは5月に発売されてるよ」
早速対戦開始。激しいバトルに気がつけば日が暮れていた。池田がコントローラーを置く。
「…さすがに3D酔いしてきたな…」
「少し休むか…それにしても、メインイベントのはずなのにゲーム描写が一行で終わっていいのか…」
「あの…一人用やってもいいですか?」
「あん? 勝手にやれ」
倫子はコントローラーを握ってリセットボタンを押す。流れ出すムービー。N64だから、ワークステーションで描いたCGを取りこんだレンダリングムービーではなく、あくまで機体の描画能力のみのモーションムービーだ。しかし拡張メモリによる高グラフィックス、英語の字幕に英語の音声が延々と続く。
「ああ…凄い…」
「別にムービーなんかゲームにはなんも関係ないだろ…」
「でもあれだな、ゼルダのムジュラと比べると、同じ拡張パック使用でも随分違うな。ドリキャのフルポリゴンとそんなに遜色ねえな」
「ムジュラは同時に登場する敵の数が多いんだよ。逆にPD(パーフェクトダークの略。以後の文でも使用するのでお忘れなく)はグラフィックに使用してるからずっと綺麗なんだ。ほら、F−ZEROって30台の車が同時に動くけどポリゴンかすかすだろ? N64はそういう作り方が出来るマシンだからな」
「だから作るのが難しくて日本のメーカーは参入しなかったけどな、グヒヒ…」
「アメリカはパソゲーでもいつも最新の機体に合わせてガリガリ作るからな。アメリカでは売れたのは、やっぱソフトがそれなりにあったからだと思うね、やっぱ」
「そうそう、日本ってのはいつの時代も一番悪いハードが一番売れる。なんせ技術力の無いギャルゲーメーカーがみんなそこに流れちまうからねえ…」
オープニングムービーが終わり、いよいよ本編に突入する。しかし、ミッション指令を読んで倫子はフリーズした。
「あ、あの、部長…指令が全部英語なんですけど…」
「…貴様、アメゲーをやりながら何をほざいてるんだ?」
「だって! スパイゲームなのに指令がわからなかったらクリアできないですよっ!」
「ったく、しょうがないな。そう思って攻略本も一緒に買っておいたよ」
「本当ですか!? ありがとうございます…って、これも英語じゃないですかっ!?」
「本当にお前はピイピイうるさいな。やりたいゲームが英語だったら辞書を引けっ!」
上岡が用意してくれた辞書を引きながら倫子が愚痴る。
「…なんでゲームやるのに辞書を引いてるのかしら、私…」
「池田君はゲームやるのにルーズリーフ用意してメモりながらやる人ですからねえ。仕方ないですよ」
なんとか解読してゲームを再開する。美しい背景には、池田がなんと言おうが感動するものはする。ビルの屋上から進入し、最下層へと突き進んでいく。それを見ながら佐藤がつぶやく。
「なんかエレベーターアクションみてえだな…」
「わけのわからないこと言わないでください…」
一番下に着く。すると警報が鳴り響いて敵がわらわらと沸いてくる。激しい銃撃。主人公・ジョアンナの体力がみるみる減っていく。
「うっそ? 一面でしょ!?」
出口らしきものが画面の奥に見えたが、そこで力尽きてキャラは死亡した。
「…ぞ、続編だからってこんなに難しくていいの? ていうか、一面なのに敵が一発で死なないってどういうこと?」
「別に、ゴールデンアイもそのくらいだろ?」
「いや、もっと簡単でしたよ…」
「それは日本語版だろ?」
「え?…海外版って、これが普通?」
「ゴールデンアイの場合、海外版は敵の弾のダメージが二倍だからな」
「に、二倍? そんな無茶な…」
「ああ、あとこっちのHPは半分ね」
「……そんなのが700万本も売れたんですか…」
「そんな国と戦争して勝てるわけがないってことだな、グヒヒ」
「どれ、俺に貸してみ」
池田がコントローラーを奪ってゲームを始める。屋上を通ってビルに入る。敵が三人出てきたが、池田はそれを無視してエレベーターに乗り込む。
「…へ?」
倫子が呆然としている間に最下層に着いた。警報機が鳴り響き、わらわらと沸く敵兵。その合間を通りぬけてエレベーターに飛びこむ。
「2分ちょっとでクリアか。まずまずだな」
「…そ、それって反則のような…」
「だからお前はわかってないんだよ。このゲームの目的は敵を全滅させることか?」
「いえ、違います…」
「なら、目的であるゴールに辿り着くために何をするかと言うことだ。ドラクエみたいに敵を倒さないとレベルがあがらないゲームならいざしらず、ゴールデンアイとかバイオとかは倒さなくてはは行けない敵だけ倒せばそれでいいんだよ」
「…そ、それって楽しいんですか?」
「…お前、レースゲームはタイムアタックが楽しいんじゃないのか?」
「レ、レースゲーム!? バイオハザードってレースゲームだったの?」
「…倫子、池田と張り合ったって無意味だよ。お前、ときメモやったことある?」
「え、はい。一度知り合いに借りて…」
「クリアするのにどれくらいかかった?」
「…10時間ぐらいはかかったような…」
「池田は3時間だよ、大体」
「三時間? どうやって3時間でクリアするんですか、あのゲームを?」
すると池田はさらりと言った。
「デートをしないから」
「…は?」
「デートをしなければ、3時間から4時間ぐらいでクリアできるが?」
「…ギャ、ギャルゲーでデートしないってどういうことですか?」
「ほんとわかってねえな。あのゲームの目的はデートすることじゃなくて告白されることだ。システム的にデートしなければ告白されないならいざ知らず、ときメモはパラメータをあげるだけでも告白される。現実的には2.3回はデートしないと無理だけどな」
「…佐藤先輩、この人これでいいんですか?」
「ゲームとは極めること。それがゲーマー魂なんだから仕方あるめえ」
「はあ…」
すると上岡がポテチの袋を手に取った。倫子は目を疑う。
「あれ、さっきみんなが食べてしまったはずじゃ…」
袋を白い粉が上岡の顔面に直撃する。
「グヘッグヘッ…な、なんですか、これは!?」
「おお、無差別テロだ! 世の中には怖いことをする奴がいるのう…」
「明日の朝刊一面はこれで決まりだな」
「…そういう問題なのかしら…」