9・未知との遭遇
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熱く燃える夏。千葉のヨドバシカメラから、袋を抱えて倫子が出てくる。
「つ、遂にドラクエ7が…本当に、発売されたわ…」
その夜、自分の部屋でプレイしている倫子のもとに、姉の律子がやってきた。
「…16にもなった女が、真夏に自分の部屋でゲームでこもるというのは、どういうことなのかしら?」
「他のゲームならともかく、5年振りにドラクエが出たのよ。ほっといてよ」
「…そういう問題なのかしらね。妹とはいえ情けないわ」
「うちの部活はゲーマーが多いんだから、早くクリアしないと日常会話でネタバレされちゃうのよっ! ゲーマーにとっては死活問題なのよね」
夏休み中は、土曜日は部活の出席日になっていた。正確には男3人衆が必ずいる日にするので女子も出来るだけ出てくれ、という日になっていた。平日でも誰かしらはいて、倫子もそこそこ出席していたが、ドラクエが出てからは初めての出席になる。
「こんにちわ〜」
扉を開けると池田がいた。ソファーにすわって、今年4シーズン目のパワプロをやっていた。
「…今日もパワプロですか」
「まあ、RPGとかわりばんこってとこかな」
「…どのくらい進みました?」
ネタばらしは怖い。でも他の人がどのくらい進んでいるか知りたくなるのもゲーマーの心情である。すると池田が眉間を掻きながら答える。
「来週オールスターだな…」
「…パワプロの話じゃないです」
「んーと、確かピンキーが仲間になったあたりかな」
「ピ、ピンキー!? そんな名前、聞いたこともないわ…もしかしてめっちゃ進んでる? 話を変えなくては…えっと、主人公とか、何装備させてます?」
「んー、ハンマーが好きなんで、ツラヌキハンマーとか、ジシンハンマーとかかなあ…」
「ハ、ハンマー!? そんな武器見たことない…も、もしかして隠し武器なの? あの、もしかしてもう二枚目なんですか?」
「二枚目? 二枚目って何?」
「え…だから、ドラクエ7って二枚組みじゃないですか…」
すると池田は倫子の肩をつかむ。池田の目がギラリと光り、倫子は思わず背筋に悪寒が走った。
「ピヨ、俺はプレステは持っとらん」
「…はい?」
「だからプレステは持っとらん」
部室の温度が二度下がった。山から蝉の声が、空気を震わせるように響いてくる。倫子の目が、死に際のドズル・ザビの様にクワッと開かれた。
「プププ、プレステを持ってない!? これだけゲーマーでプレステ持ってないってどういうこと!?」
「なんだ、お前、プププとか言って。福澤の真似か?」
「…そういうわけわかんないこといってる場合じゃなくて…」
「ぷぷぷ、プロレスニュースッ!!…プラスワン」
突然現れた佐藤の魂の叫び。倫子は顔を引きつらせる。
「…な、なんなんですか?」
「何をっ!? 貴様はジャストミート福澤の復帰を望まないと言うのか!? さてはマンモス若林の手先だなっ!? 粛清してくれるっ!」
「…全日本プロレス中継のアナウンサーネタなんか使って読者の誰がわかるっていうんですか!? つうかそもそも全日本プロレス中継は打ち切りになりましたってばっ!」
「貴様はNOAHの手先か? そんなに小橋がいいか、えぇ?」
「…もういいですよ、どうだって…佐藤先輩は間違いなくプレステ持ってんのよね。先輩、どのくらい進みました?」
「アホか! クリアしたらゲーム終わっちまうだろ?」
「そりゃまあ、終わって欲しくないと言う気持ちはわかりますが…」
「そうだよなあ、やっぱ倫子は同志だよなあ。池田にはこの気持ちは伝わらないのよ。やっぱしのぶちゃんはいいにゃあ…もうとろけるぐらいに最高っす!」
「な、なんでダン口調…っていうか、何の話です?」
「んなものDC版『ラブひな』の話に決まってるじゃないか、同志よ!」
「抱き着こうとするんじゃない、この大きなお友達が!?」
コークスクリューパンチで佐藤を吹き飛ばす。床に崩れながら佐藤がつぶやいた。
「…どうせなら廻し蹴りでパンチラのファンサービスでもして欲しかった…」
「黙れ、このクソ外道が…」
「何を何をっ! 幼稚園女子と混じってCCさくら見に行って何が悪い!? 池田だって小学生のガキに混じってミュウやセレビィもらいに行ってんだぞ!?」
「どっちもどっちです…」
「ってことは、婦女子への大きな愛に目覚めているオレ様の方が人間的ということだな。ニャハハ…」
「…何が大きいんですか、何が?」
「そんな池田みたいに子供は駄目だ、妹は駄目だ、人妻は駄目だ、半獣人は駄目だ、ロボットは駄目だとか言わないぜ、オレ様は。この偉大なる隣人愛に勝るものはないのだ、ガハハ…」
「…先輩が死んだらお棺の中にギャルゲーグッズいっぱい詰めて上げますよ…」
倫子が振りかえると、いつのまにか上岡がいて池田と話し込んでいた。
「なんかボスが倒せないんですよねえ…」
「ボス戦はバッチつけかえないと駄目だな。ハンマーしか利かないボスとか、その逆とかあるからな」
「…あの、さっきからハンマーって、何の話なんですか?」
「マリオストーリーだよ」
「マ、マリオストーリー!? ドラクエ7が出たというのにこの二人はロクヨンでRPG!?」
「ったく、ほんとにお前はピイピイうるさいな…」
「だって、ドラクエ出たのに…あれ、ちょっと待って?」
倫子は立ちあがったまま上目遣いで考え込む。やがて上岡の隣にしゃがむと、彼の肩を叩いた。
「上岡先輩、プレステ持ってましたよね?」
「…そうですけど?」
「…なんでドラクエじゃなくてマリオストーリーなんですか…」
律子が扉を開けると、部室は大勢で賑わっていた。壁を見ると、リーグ戦のトーナメント表が貼ってある。マリオテニスの部内大会のようだ。普段はゲームをしないえみりまで参加していた。順番待ちの倫子に話しかける。
「あら、忙しいんじゃなかったの?」
「…この部活でドラクエやってんの、私だけなのよ…」
「ふぅん…」
律子に気付いた佐藤が、牝を見つけた牡のように立ちあがる。
「おお、律子? 夏休みは初じゃないか? なんだ、オレ様が恋しくなったか? ガハハ…」
「あら、残念。部長なのよねぇ」
「ひ〜ん、池田ぁぁ! フラレちゃったよお!!!」
「どわっ! 対戦中に近付くなっ!」
池田は思いっきり蹴り飛ばす。その後佐藤と蹴りあいながらマリオテニスで勝つという器用なことをすると、立ちあがってキッチンに向かう。途中で立っち放しの律子の横で止まる。
「どうかしたのか?」
「いや、どの面下げているのかしらと思って、ね」
「はぁん…」
曖昧な返事でキッチンに入る池田。その背中を見ながら、律子はくすっと笑った。
コントローラーを握る手が汗ばむ。部室はガンガンクーラーをかけているのだが、それを感じないぐらい血潮が煮えている。倫子の操るマリオのスマッシュがコートを切り裂く。池田のデイジーが横っ飛び。しかし届かない。
「や、やった!」
思わず両手を上げる倫子。池田は首を傾げた。西村が歓声を上げる。
「倫子ちゃん、やったですぅ! 部長様に勝ったですぅ!」
「ナハハッ! ほれ、倫子。優勝商品だぎゃあ!」
「何故広島弁…達川の呪いなのかしら…」
佐藤から投げ渡された袋を開ける。それを開けると、中にはゲームソフトらしきものが入っていた。
「わあ、ゲームですか? でも、珍しいパッケージですね…って、これ、パソコンゲームのような…」
「ようなではなく、れっきとしたパソコンゲームだ」
「…私、パソコン持ってないですけど…」
すると池田と佐藤が同時に言った。
「買え」
「…あのですね。そんなお金ありませんって。大体これってなんです?…ウルティマ・オンライン。…ウルティマオンライン!?」
「なんだ、知ってんじゃないか」
「こ、これって世界初のオンラインRPGでは…」
「うむ、まさにその通りだな」
「その通りって…でも、一人で出来るもんなんですか?」
「大丈夫、我らパソコン部はUO上でも活動しているのだ! 何も恐れることはない」
オンラインRPG。最先端の響きに心奪われる倫子。しかし、いくら佐藤に急かされてもどうしようもないことがひとつある。
「でも、さすがにパソコン買うお金は…」
「うん?、ならこれ使え」
そう言って池田が、ビニールに包まれたボードを差し出す。倫子の目が点になった。
「…これ、前回の話で使った業務用基盤ですよね?」
「うむ、サイキックフォース2だ」
「…それとパソコンが何の関係があるんです?」
「バカモノ! 開発がギリギリまで遅れて専用基盤作る暇がなかったからDOS/VのマザーボードにROMを積んだだけという素晴らしい基盤じゃないか!?」
「…はあ」
「見ろ、基盤なのにPS/2のキーボードとマウスポート」
「…でも、繋いだからって動くわけじゃないでしょ?」
「そんなものどうにでもなる。まずはROMを外して…佐藤、お前この前新しいCPU買ったんだよな?」
「おうよ、仕方ねえな。この古いcereron533は譲ってやろう」
「あと古いグラフィックボードが8Mの奴があったな。これをパチッとはめて…後は拾ってきた古いパソコンだな。上岡、持って来い」
「ほいさ」
上岡が外に出ていく。やがて箱を二箱、台車に載せて持ってきた。池田が箱を開けるとそこには薄汚れたパソコンが入っていた。その箱を分解するとメモリ・FDD・HD・CD−ROMをマザーボードに繋いでいく。古いキーボードやマウスも繋ぎ、近くにあったモニターに繋げて起動した。倫子は目が点になったまま固まっている。「う、動くんですか?」
「知らん。パソコンに相性はつきものだ…動いたな」
「…んなアホな」
「小説の描写はむちゃくちゃだが、サイキックフォースがDOS/VのマザーボードでPCに改造できるのは紛れもない事実だ。真実から目をそらしてはいけないのだ。さて、そういうわけでピヨのパソコン完成!」 パチパチパチと拍手が起きる。西村が指を加えながらつぶやいた。
「倫子ちゃん、うらやましいですぅ…部長様にパソコン作ってもらって…」
「しかし、作ったと言ってもセレロン533・メモリ64・HDD2G・VRAM8MでWIN95。FDDとCD-ROMだけだからな…名前はどうするか?」
「そりゃあ当然、タイトー製PF2だべ。ギャハハ…」
「…ちなみに部長たちはどんなパソコンを?」
「俺? 俺はバイオだ」
「バイオってソニーの? 自作じゃないんですか?」
「やだよ、自作パソコンなんて怖いの使うの」
「ひ、人に自作渡しておいてなんちゅう言い草ですか!?」
「ダハハ、俺は自作だぁ! アスロン1G! この夏はつらかった…」
「…ちなみに上岡先輩は? NECとか?」
「いや、僕はe-oneですよ」
「…はい?」
「だから、SOTECのe-oneです」
「…さすが、ドラクエやらずにマリオストーリーやる人なだけあるわ…」
固まる倫子。池田は開封していない方の箱を叩きながら言った。
「ま、もう片方の箱は15インチのディスプレイだ。持って帰るのがつらければ宅急便だな」
「は、はあ…なんだかわからないうちにパソコンユーザーになってしまったような…って、あれ?」
「ん、どうした?」
「…なんでマザーボード、箱にしまってるんです?」
「だって持って帰るんだったら箱に詰めないと…」
「…ケースは?」
「心配するな。ケースは別に性能には関係ない」
すっぱりと言いきる池田。佐藤が笑った。
「まあ、クーラーついてないから、PC起動したら団扇で仰ぎながらやらないとな、ギャハハ…」
「…買います。自分で買いますよ…」
というわけで秋葉原である。電気街口に降りたって倫子は溜息をついた。
「部長と出掛けるの、一回目が幕張の任天堂スペースワールドで二回目が秋葉原…なんかドツボまっしぐらと言う感じね…しかも…」
「ギャハハ、やっぱ娑婆の空気はうまいのう…」
「なんか変なの、ついてきてるし…」
池田の他に佐藤・上岡・紫緒がついてきていた。
「さて、早速向かうか」
「おうよ、速攻で行かねばっ!」
先頭を切って歩く池田と佐藤。しかし、道が別れたところでそれぞれ逆に曲がった。
「…あの、なんで早速バラバラなんでしょうか?」
「まずはLAOXのコンピューター館で品定め。それが基本だっ!」
「LAOX? そんなとこ行ってられっかっ! 男ならジャンク、ジャンクッ!」
「…ゲームのみならず、パソコンも正反対なのね…佐藤先輩は、最初はどこの店に行くんですか?」
「そりはもちろん、虎の穴でげす、グヒヒ…」
「…部長、早く行きましょう」
「待て待て、こら! そうやってお前はいつも池田の肩ばかり持ちやがって!」
「やだ、触ろうとしないでください、変態っ!」
「何をっ、池田だってLAOX行くと言ってゲーム館地下のエロゲー売り場行くかもしれねえぞ!?」
「…コンピューター館って言っただろ」
池田に突っ込まれてずるっとこける佐藤。しかしすぐに反撃する。
「ぐぬぬ…そもそもオレ様が虎の穴で5000円使うのが認められなくて、池田がラブホに行って5000円使うのが許されるのかっ!?」
「…秋葉とはいえ、昼間の大通りで女子高生に向かって言う台詞ですか、それが?」
「ったく、お前と一緒にすんなよ」
「そうですよ、大体ですね…」
池田の加勢を得て、倫子は激しく攻めようとする。しかし、池田の台詞が続いた。
「お前のは消費行為で、俺のは生産行為だ、アホタレが」
「……」
固まる倫子。離れていた紫緒がぼそっとつぶやく。
「…バカ…」
「おうよ、消費こそ文明人の営みだよっ! お前みたいに原始的な人間とは違うんだよっ! お前なんか娯楽が無くて夜することが無い発展途上国みたいに5人も10人も子供作ってりゃいいんだよ! いいよいいよ、勝手に行けよ〜〜!」
「言われなくても行くっての。さて、気を取り直していくか」
「…取り直せませんって…」
「まあまあ、そんなこといわずに…グヒッ!?」
歩き出した池田についていこうとした上岡を、後ろから佐藤がチョークスリーパーで締める。
「かーみーおーかーく〜ん。君はこっちだよねえ〜?」
「グビビ…」
「おい、先輩。上岡先輩泡噴いてんぜ?」
「ったく、世話のかかる奴だな。オレ様が引きずっていってやるか」
紫緒に言われて手を放すと、そのまま上岡を引きずって佐藤は人混みに消えていく。倫子は人知れず手を合わせた。
カラフルな箱が棚に並んでいる。見た目はパソコンだが、ケースだけの空箱だ。
「箱だけだと5000円前後なんですね…それが数十万になるとは…」
「箱は別にどれ買っても変わらんよ」
「じゃあ、このブルーのスケルトンのにしようかな…」
「結局偽iMACだな」
「…それとも黒にしようかな…」
「おお、X68だっ!」
「…ああいえばこう言うし…もういいです、黒にします、私は」
「さて、クーラーはこれを買えば良し。後は…」
「後はって…まだ何かいるんですか?」
「ゲームをやるならグラフィックボードを32Mとか買わねば。標準的な奴だと2万ぐらいか。それで取り敢えず揃うが、OSをMeにするのに五千円、メモリを128増設するのに一万円、HDを40Gぐらいのに交換するのに3万円、ドライブをCDRWに交換すると二万円ぐらいか…それで文句無しのマシンになるな」
「…と、取り敢えず今回はこれで…」
「でも、HD2Gは正直つらいな。WINとUOで1Gぐらい使うからなあ」
「でもまあ、当面はそれだけですから…」
「しゃあねえな。買ってやるよ」
「はい?」
池田はすたすたと歩き出すと、HDを物色している。突然の話に倫子は慌ててしまう。
「か、買ってくれるって…え?」
「いらないの?」
「いや、そういうわけじゃないですけど…」
「じゃあ遠慮すんな」
「で、でも3万円もするものはさすがに…」
「せっかくパソコンを使うんだから、ちゃんとしたものを使ってもらって、パソコンを好きになってもらわないと困るからな」
「い、いやでも…」
「でもあれか。やっぱ女ならRWの方がいいかな…」
「RWって…なんですか?」
「CD−RとCD−RWドライブだな。CDを作れるんだよ」
「CD?」
「そ、テープみたいにCDで録音できる奴」
「…そ、それは惹かれる…」
というわけでお会計。ケースと内臓CDRWを買って店の外に出る。
「ど、どうもありがとうございました…」
「なに、気にすんな。じゃあ明日部室で組み込みだな」
「は、はい…」
「じゃ」
「は、はい…。え?」
池田は人込みの中に消えていく。呆然とする倫子。すると横からぽんと肩に手が乗った。
「神崎先輩?」
「…じゃ」
いつものぶっきらぼうな表情が、少し照れたように強張っていた。そして池田が消えた方に歩いていく。PCケースとLAOXの紙袋を両手に下げて、倫子は一人取り残される。
「…私、ヒロインじゃなかったの…」
ただ町に立ち尽くし、足元を木枯らしが過ぎる。すると遠方から聞きなれた声が聞こえてくる。
「ガハハ! そっちの買い物は終わったのか?…っておい、なんで逃げる?」
「虎の穴の袋掲げながら近寄らないでくださいって!」
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2001.4.30