10・サタデーナイト・フィーバー

<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>

「…おはよう…」
 倫子が教室に入ってくる。隣の席のさくらが、ダラダラと歩いてくる倫子の顔を見て目をぱちつかせている。
「…倫子さん、なんか凄い顔してますね…」
「まあね…」
 席に着くなり突っ伏してだれる。どう声をかけたものか、さくらも困ってしまう。
「……ぐぅ…」
「「り、倫子さん…ね、寝てる? あ…ひなの?」
「…朝からたる〜としてるわね〜」
 緑川が声をかける。反応無し。緑川はげんこつを頭に落とした。
「…痛いんだけど」
「痛いじゃないでしょ〜? 無視しといて〜」
「休めるものなら休みたいわよ…」
「あら、倫子ちゃん。こっちにいたのね」
 えみりが入ってきて倫子の前の席にすわる。彼女は八時に登校して部室に行くので、教室には五分前に入る。
「部長とか、いた?」
「ええ、げっそりしてたけど…」
「そりゃあ、そうよね…」
「…どうしちゃったのかしら?」
「さ〜ね〜」
 空手部コンビは顔を見合わせる。するとえみりが倫子の顔の前に手のひらを差し出す。
「倫子ちゃん、その様子だと、もしかして…CD忘れてきた?」
「…それはちゃんとやってきたわよ…」
 学生鞄の中からがさがさとCDを出す。シングルが数枚と、アルバム一枚だ。自分の机の上に置いた。緑川が身を乗り出してきた。
「何貸したの〜? あゆ?」  
「貸したというか、頼んだのよ」
「え〜? あれ、何〜? この金色の何も書いていないCD…」
「…CD−Rよ」
「…なにそれ?」
「コンパクト・ディスク・レコーダブル。記録できるCDよ」
「それってさ〜、えみりに渡されたここにあるシングル、全部これ一枚に入ってるってこと?」
「…そうよ」
「ちょ〜すごい! いいな〜、私もやって欲しい〜!」
「パソコンあれば誰でも出来るわよ、別に」
「倫子パソコン買ったんだ〜? 前持ってないって言ってなかった〜?」
「…夏休みに、ちょっとね…」
「ふぅん〜、なあに? バイオ〜? マック〜?」
 知っているパソコンの名前を手当たり次第に言う緑川。倫子は一瞬言葉に詰まった後、答える。
「…PF-600RW…」
 
 放課後。重い体を引きずって部室に辿り着く。ソファーで佐藤が寝ていた。
「…邪魔なんですけど…」
「ぐぅ…」
 ふと横を見る。セガサターンが置いてあった。おもむろに手に取る。
「の〜てん直撃っ!!」
「ぐあっ!? き、貴様、神聖なるセターンで何をする?」
「邪魔なんですってば、だから…」
「そもそもな、この作品はラブコメだぞ!? 倒れている相手がいたら、スカートのお前が踏みつけて起こすのが礼儀っ! そして『…今日は白か』『この変態っ!』で2ページ使うのが基本なんだぞ!」
「そんな締め切りに追われているエロコメ漫画家のページの稼ぎ方なんか知りませんって…ともかくどいてください」
「ったく、わかったよ…」
 佐藤が立ちあがる。すると倫子は彼に代わって横になった。
「おい…」
「ぐぅ…」
 顔の前で手を振るが反応しない。すると佐藤は倫子の膝元にしゃがんだ。
「今日は何色かなあ?」
「何すんの、この腐れ外道がっ!」
 スカートをめくろうとした佐藤の顔面に倫子の膝が直撃する。鼻っ柱を押さえながら佐藤が絶叫する。
「お前、なんちゅうことするんだっ!? 任天堂じゃなかったら血が出てるところだぞっ!? それに前々から言っているが、めくってから蹴ろっ! そんなんじゃいつまで経っても『オヤマ! 菊乃介』は越せないぞっ!? このまま刃牙のヒロインの様にフェードアウトしてもいいというのか、お前はっ!?」
「それは思いっきりエロじゃないですか…そもそも先輩、隣に仮眠室があるんだから、そっちで寝ればいいじゃないですか?」
「そっちは池田の奴が使ってんだよ」
「…」
 倫子は細い目をしたまま仮眠室のノブをつかんだ。佐藤が首を傾げる。
「なんだ、夜這いか? 昼間から節操の無い奴…」
「…叩き起こすだけですっ!」
 振り返って佐藤に怒鳴る。するとガチャリと扉が開いた。
「…あ…」
「…よう」
 紫緒と見つめ合う。無言。部室の中の静寂。佐藤は小指で耳をほじくっている。紫緒はプイと斜め下に視線を向けて歩き出すとソファーにすわる。
「こんにちわ。…倫子ちゃん、なにしてるの?」
 えみりが部室に入ってきた。扉の前で立ち尽くしている倫子を見て小首を傾げる。
「い、いや、別に…」
「ふぅん…」
 そういってえみりは紫緒の隣に座る。そして例の如く鞄の中から英語の教科書を取り出した。佐藤は欠伸をしながらソファーにふんぞり返っている。するとえみりがきょろきょろと辺りを見回す。
「今日は部長はいないんですか?」
「え?…っと、仮眠室に…」
 ガチャッ! ドカッ! 仮眠室の扉が勢い良く開き、倫子は前につんのめる。眼の下にくまを作った池田が、鋭い目で睨みつけてくる。
「…邪魔だよ」
「じ、邪魔って…部長は私のこと、乱暴に扱いすぎですっ! ヒロインなんだからもっと優しく扱ってくださいよ!」
 倫子の魂の叫び。すると池田がずんと顔を突き出してきた。
「ヒロインだぁ? そんなオタクの欲望の消費対象なんか腐るほど溢れてるんだ! お前一人どうなろうと知ったこっちゃあないね そんなにヒロインになりたければ、語尾に『にょ』でも『なり』でもつけやがれ!」
 そう言うといつものパソコンの前にすわる。わなわなと怒りに震える倫子。
「こ、この男は…」
「…『なり』はギャルゲーじゃねえだろうが…ふわぁ…池田がくだらねえこと言うから、余計に眠くなってきたな…」
 佐藤は大欠伸をかく。えみりが心配そうに言った。
「お兄ちゃん、もう帰って寝たら?」
「んにゃ、帰ったらシレンをやらねばならんから、ここで寝るんだよ」
「もう…体壊すほどゲームなんかやらないでよね…」
「チッチッチッ…それがシレンは体を壊すんだよ。なあ、倫子?」
「え?…ええ、まあ…」
「倫子ちゃんも、お兄ちゃんと同じゲームやってるの?」
「まあ、そうよ」
「…体壊すようなゲームなの?」
 えみりの素朴な疑問。すると倫子は目頭を押さえながらえみりの手首をつかんだ。
「それがさあ、聞いてよっ! 最後の階の最後のフロアで、でも回りに敵だらけ。よ〜し、強行突破で入り口に入ればクリアよっ! って突っ込んだら罠を踏んでさ〜。しかも眠りよっ? 信じられる!? それで死んでオジャンよ。せっかく建築資材大量に持っていたのに…」
「…何言ってるか全然わからないんだけど…」
「そんなの甘いっっっ! オレ様なんか、レベル30で合成しまくりの剣、ケンゴウにはじかれて後ろにいたカッパの野郎が投げちまって消滅だよ、消滅っ! くぅ〜」
 二人して涙する。えみりはただ呆然とするしかなかった。
「そ、そう…紫緒先輩、なんなんでしょうか?」
「…さあ…オレもゲームはやらないかんな…」
 するとそこに上岡が入ってきた。もともとひょろい彼だが、今日は一段とげっそりしていた。
「…おはようございます…」
「先輩もシレンですか?」
「ええ、そうですよ。相変わらず泣かせてくれるゲームですよねえ…」
「例えばどんな?」
「そうですねえ〜お店で買い物していたら、モンスターに外に投げ出されたら泥棒扱いになって店主に嬲り殺されたとか、にぎりパンチでレベル20の剣がおにぎりになったとかですかねえ…」
「さ、さすが上岡先輩…泣ける。泣け過ぎるわ…」
 池田が欠伸をしながらこっちにやってくる。佐藤の横にすわった。
「およ、もうお仕事終わりかい?」
「今日はもう疲れた…ゲームでもやるよ」
「…疲れていてもゲームはやるんですね…え?」
 そう言いながら倫子は、池田がテーブルの下から出した機体に目を丸くする。
「あ、あの、これは…白サターンでしょうか?」
「違うよ…」
「じゃ、じゃあ…ニューファミコンですか?」
「かなり似ているが、やはり違うよ…」
「えっと…えっと…」
 言葉が続かない倫子。相変わらず不機嫌そうな顔をしている紫緒がぼそっとつぶやいた。
「よくわかんねえけど、ドリームキャスト、とか言うんじゃねえのか、これ?」
「な、なんでこの部室にドリキャが…ああ!? カプコンvsSNK!?」
 始まったゲーム画面を見てひっくり返そうになる倫子。池田と佐藤がキャラを選び始める。
「あああ…や、やりたい…」
「やりたい? グヒヒ…」
「…すいません、突っ込む余裕ないです…」
 テレビを凝視する倫子。対戦が始まる。お互いのメンバーを見て倫子の目が細くなる。
「ブランカ・本田・ダルシム対ザンギエフ・ライデン…なんか違うゲームに見えるのは気のせい?」
 ガシガシ攻める池田に、投げを狙う佐藤。白熱した対戦は、追い詰められたザンギのスクリューで佐藤が逆転勝利をおさめた。
「くそっ、やられたか…ほら、ピヨ」
 コントローラーを差し出す池田。倫子が慌てて手を差し出す。
「は、はいっ! ああ、タダでゲームがやりたくてパソコン部に入部して一年五ヶ月…何故か一年生のままだけどようやくその夢が…あ、あれ?」
 倫子の目が丸くなる。コントローラーを持ち上げて下から眺める。人差し指でこすってみる。えみりがきょとんとしている。
「何してるの?」
「…これってセガサターンのコントローラーのような…」
「嫌ならオレ様のVサターンのコントローラーと変えるか?」
「そ、それは結構です…というか、え?…これは一体どういうこと…」
「どういうこともどうも、コントローラーを繋げる機械を買ってきたからだろう…」
「は、はあ…」
「嫌ならドリキャのコントローラーでやるか?」
「い、いえ、それも結構です…」

「…寝不足だったのに…どっぷりとCVSをやってしまうとは…」
 ソファーにうずもれる倫子。他の部員は帰宅の準備をしている。えみりが肩をゆすった。
「倫子ちゃん、置いていかれるわよ?」
「…大丈夫よ、鞄取るだけだから…」
 倫子はロッカーを開けると鞄を取る。しかし、そこで上棚にある青い袋に気付いた。
「こ、これは…ぶ、部長!?」
「何だ、もう部室閉めるぞ?」
 鍵のリングを人差し指にかけてくるくる回している。倫子は袋をつかんで池田に詰め寄る。
「部長! ウルティマは何時やるんですか!? 前回お金かけてまでパソコン買って、まだやってないじゃないですか?」
「本当は前回はウルティマの回だったんだが、パソコン買うだけで長くなったから今回に延ばしたんだよな」
「しか〜し! 今回もシレンやらCVSやらで長くなりすぎたし、またまた延期だな、ウヒャヒャ」
「それじゃオチがつきませんって! 今回は絶対ウルティマやりますからね?」
「わかったよ、じゃあ、今晩夜10時に集合だっ!」
「…あ…こ、今晩は寝かせてください…」
 
 テレホタイムに入るまでPCの前で待つ。夜十一時から朝八時まで、二つの市内局番の電話料金が1800円で固定されるNTTのサービスだ。プロバイダーの電話番号も登録できるから、ナローバンドでネットをやる人間には必須である。プロバイダーも定額1950円なので、倫子は税込み3937円を月々払うだけで、先程の時間内限定だが繋ぎ放題でネットをやることが出来る。回線は一本しかないのだが、姉は余りネットをやらない。
 十一時だ。電源は入れてあるので、デスクトップのダイアルアップのショートカットをクリックする。カタカタカタ、ジ〜…アナログ電話でネットを繋げる時に必須のダイヤル音が鳴る。タスクバーに電話機のアイコンが表示されれば接続は完了だ。続いて自動的にICQが立ち上がる。簡単に言えばオンラインコミュニケーションツールである。開かれたウインドーには部員たちの名前が表示されている。それらが赤から青に反転すれば、その人はオンラインでICQを立ち上げているということだ。一人でネットをやりたい時はICQをあらかじめ切っておけばよい。
 佐藤の名前が点滅した。メッセージが来たのだ。クリックすると短い文が現れる。これを複数人と行えるツールがICQなのである。
『もうインストールとアカウント登録は済んでんだろ?』
『はい、すぐに入れます』
『じゃあ起動してパスワードを入れな』
「ああ、いよいよUOの世界に足を踏み入れるのね…」
 パスワードを入れるとサーバー選択画面だ。UOではシャドーと言っている。英語・ドイツ語・韓国語…日本語サーバーは2000年現在では五つである。このうちパソコン部が拠点としているhokutoサーバーを選択する。次はキャラメイクだ。
「名前は…本名じゃさすがにねえ。癪に障るけど、ピヨでいいか…英語だからPIYOね…」
 顔はアメゲーだけあって迫力満点だ。普通に女にする。職業はどうしたもんだろうか。こういう時は戦士が普通なのだろうが。すると池田がICQに現れた。
『部長、キャラはどうしたらいいですかね?』
『うちらのギルドはあらかたのキャラは揃っているから、別にどうでもいい。好きにやれ』
『好きにやれといわれても、ピンと来なくて…でも、最初は戦士がいいかなあと』
『じゃあ、魔法使いを選べ』
 戦士がいいといったのに、池田から謎の指令が来る。倫子はディスプレイを見つめたまま固まった。
『あの、戦士がいいのですが…』
『つべこべ言わずに魔法使い。そしてスキルはメイジリーに30振ったら、後は出来るだけレジスペにしろ。ステータスは知力が11あれば、後は適当でいいが、力の数値はHPも兼ねるから、力を高めにしておいた方がいいな』
 よくわからないが、相手はベテランだから素直に従う。佐藤だったら絶対にだまされていると思っただろうが。とにもかくにもゲームは始まった。そこで池田からメッセージが来る。
『チュートリアルはキャンセルして、ともかくブリテンの町に来い。そうすれば迎えに行く』
『チュ、チュートリアルをキャンセルですか?』
『アメゲーのチュートリアルなんて、やっても意味わからんよ』
 説得力があるような、ないような。ともかくマウスでうろうろ歩きながら、ワープゲートに入ってブリテンの町を選ぶ。大きめの建物の前に自分は立っていた。
「ああ、遂に始まったのね…確か最初にステータスバーとか、いろいろ出しておけって言われてたわよね」
 池田にもらったメモを読みながら設定を変えていく。いろいろあって面倒だ。すると携帯が鳴り響く。「海のトリトン」だから池田である。いや、池田がそれにしろと言って聞かないので仕方なく入れてある。友達といるときに鳴ったりするとちょっと恥ずかしいのだが。
「はい、なんですか?」
「…お前、ICQの返事を入れろ」
「え? 来てないですよ?」
「タスクバー見てみろ」
「え?…あ、来てる!? 音、鳴ってないのに…」
「音源がウルティマのプログラムに取られてるから、ICQの音は鳴らん。じゃな」
 そう言ってブチッと切れる。用件があるのなら今言ってくれてもいいのだが。ICQはUOでの現在位置を聞いてきているので、多分宿屋の前だと返答した。
 たっかたっかと騎馬が走ってくる。あれも全部世界の何処か…日本語サーバーだから多分日本人だが、全く見知らぬ誰かが動かしているのである。そう思うだけでも感動してしまう。もう一騎来た。黒い鎧に赤マント。名前がTASHIROだった。その騎士は自分の前で止まる。
「…あれ?」
『そういう一目でわかる名前にするか、普通』
 キャラの頭上に日本語フォントが現れる。相手のキャラがしゃべったのである。
『部長ですか?』
『本名を言うな。斬られたいのか?』
「おおお、オ、オンラインゲームだ…あれは、家で部長が操作しているのね…」
『取り敢えず馬をやる』
 部長が馬をくれた。早速騎乗する。さらに刀ももらった。
『なんとかいっちょ前だな。さて、行くぞ。ついてこい』
「…どこにですか…」
 ゲームの中でも相変わらずだなあと思いつつ、池田の後を追う。しかし、池田は今自分に馬をくれたから徒歩なのだが。
「抜かしちゃうような気がするんだけど…あれ?」
 全然追いつけない。というか距離が離れていく。他の歩いている人間は抜くのだが、池田に追いつかないのだ。
「な、なんで? って、ゲゲッ!?」
 画面中に人の名前が溢れる。銀行前についたのだ。途端に動きが鈍くなる。池田のキャラは完全に画面外に出てしまった。牛歩の様に進んで、ようやく人混みを通り抜けた。道なりに走っていくと、橋の手前で池田が待っていた。
『さすがに土曜の夜の銀行前はお前じゃつらいか。さて、こっちだ』
『ちょ、ちょっと待ってください!』
『なんだ、どうかしたのか?』
『銀行前が混んでいて重くなるのはしょうがないとして…な、なんで歩いているのに私より早いんですか?』
『俺はISDNだし、なによりパソの性能がお前とは違いすぎるからだ』
『…回線はわかるんですが、パソコンの性能で歩くスピードが変わるんですか?』
『こっちはペン3の1Gだし、そもそもメモリがお前の八倍あるからなあ…』
『は、八倍って…512Mですか…推定価格四万円…ま、まさか私がこのパソコンに使ったお金より…高い?』
 徒歩の池田のキャラを追って草原に出る。池田のキャラが立ち止まって待っていた。
『どうしたんです?』
『今ゲートが出るから少し待て』
 ゲートとはワープゾーンのことだ。しばらくして縦に長い楕円が画面に現れる。池田に続いてそれに入っていく。
「こ、ここは…」
 出た場所は、前と同じ地形だった。しかし森は全て枯れている。倫子は慌ててタイピングする。
『こ、これってPKの出来る方の世界では…』
『…そうだが?』
『か、帰してくださいっ!』
『…別にいいけど、俺たちのギルドはこっちにしか勢力がないけど…』
 つまり、表の世界では一人でやれということだ。そんなの聞いていない。半分だまされたようなものだ。すると突然、目の前に人が現れた。ラマに乗った女性キャラだった。
『あら、新入りさんね?』
『おう、俺は馬買ってくるから、先につれていってくれ』
 そういうと池田のキャラは走っていってしまう。二人だけ取り残された。しかも相手は女性である。見知らぬ相手だ。するとまたゲートが現れた。相手が入っていく。仕方なく倫子も続いた。
 ワープした先には、家が建っていた。小さい2階建ての家である。といっても一階は吹き抜けになっていたが。そこには禿げの男がいた。
『おうおう、やっと来たか!』
『…誰ですか?』
『オレ様だよ、ガハハ!』
 佐藤先輩のようだ。知り合いにあえてほっとする。
『…しかし、何で名前が『ガカチ』なんです? 変な名前…』
『別に変じゃねえだろ。ちゃんと関連づけてあるっての』
「関連って…タシロ、ガカチ、その女の人がファラ…え、まさか?」
 倫子の頭に嫌な予感が走る。するとそこに女性キャラが現れた。紫のローブを着ている。
『おお、女王。今日も御機嫌麗しく…』
『…ピヨよ、今日そちを我がザンスカール帝国の一員として迎えられたことをうれしく思います。早速ギルド加入の手続きを…』
 ディスプレイの前で、倫子はマウスを握ったまま沈んでいった。
「な、何故にVガンダム…」
 
 倫子は大都市・ブリテンの近くの森で動物相手に剣の稽古をしていた。初期職業が魔法使いだから、剣技はゼロに近い。しかしUOは、初期職業で成長が限定されてしまうゲームではないので、戦士を作ろうとするなら魔法使いで始めた方が、最低限の魔法を最初から使えるので最終的には楽なのだそうだ。鹿を相手に剣を振るう。
「ふう、そろそろ町に帰ろうかしら…」
 馬の蹄を鳴らして銀行に走る。稼いだお金を預けるためだ。表の世界と比べれば空いているが、それでも銀行前は混雑している。銀行の近くで金庫を開け、中に物を入れて整理をする。すると魔法を打つ音が鳴った。
「…街中なのに? ええっ!?」
 自分が攻撃されていた。二人の戦士がやってきて、ボコボコにされる。あっというまに死んでしまった。さらに自分の死体を漁るが、何も持ってねえとか、散々罵声を発した後去っていってしまった。
「…な、何故? 私、何か犯罪でも…あら?」
 何故か生き返った。隣の人が蘇生魔法をかけてくれたようだ。
『す、すいません…』
『…ギルドウォーやってる割には、随分あっけなく死ぬのね…』
『…なんですか、それ?』
『…え?』
『すいません、まだ始めて三日なんで…』
 相手はしばらく発言しない。どうかしたのだろうか。
『…始めて三日の人間を、ギルド戦争しているギルドに入れるとは…ひどい人間ね』
『…よくはわかりませんが、確かにひどい人間です』
 自分の境遇を憐れに思ったのか、その人は鎧一式をくれた。本人は宝箱から見つけたけどいらないから、とは言っていたが、いい人には違いない。早速装備すると、お礼を言ってリコール(ドラクエのルーラ)を使って家に戻った。
「ななな!?」
 家の前は戦場と化していた。多くの人間が切りあい、魔法を放つ。ドラゴンまでいた。呆然としていると、デーモンに攻撃されてあっけなく死んだ。わっと人が寄ってきて死体を漁る。
「ああ! せっかくもらった魔法の鎧がっ!?」
 激闘はしばらく続く。倫子は幽霊のまま、しばらくぼ〜と眺めていた。うちの部員たちのキャラ名もある。どうやらザンスカール帝国とリガ・ミリティアのギルド同士が戦っているようだ。つまり、先程街で自分を殺したのはリガ・ミリティアのメンバーということだ。初心者とはいえ、ザンスカールに所属してしまったからには攻撃対象なわけである。その激闘は一時間以上続いていた。
『なんだ、いつのまにいたんだ?』
『…』
 戦闘が終わった後、池田たちに生き返らせてもらうが、釈然としない倫子はその場で抗議を始める。
『あの、私初心者なんですから、もっと安全な場所にしてくれないですかね?』
『何を贅沢な。家があるだけ幸せと思えっ!』
『その通り。UOで最も深刻なのは住宅問題だ。それに文句を言うなんて…』
『そんなこと言われたって、こう死んでいたら強くなれませっんて…』
 池田と佐藤のキャラと言い争いをしていると、それまでは黙って聞いていた魔法使いのファラが発言する。
『タシロ、あんたの家使わせたら使わせてあげたら?』
『ハア? あれは俺のプライベートルームだって言ってんじゃんか…』
『ケチケチしないでセキュアの1個ぐらいあげなさいよ』
『あの…その家ってどこですか?』
『今見せてあげるわ』
『おいおい…』
 ファラがゲートを出す。そこに飛びこむと、海岸線だった。近くには木が生い茂っていて、熱帯のジャングルのような風景だ。船が一台、留めてある。画面の上部に玄関が見えていた。
「これがそうなのかしら…ゲゲッ!?」
 2階建ての家だった。幅が本拠地の家の二つ分で奥行きもある。さらに玄関の横はテラスになっていた。
『…すげえ…』
『やあね。はしたない』
『さて、見たら満足したろ?』
『何言ってんですか。中入れてくださいよ!?』
『だ・か・ら、ここは俺のプライベートハウスだって言ってんだろうがっ!』
『何よ、ケチッ!』
『やだねえ。体で誘惑して家を脅し取ろうとしているよ、コイツ』
 酒を飲んで酔っ払っている佐藤のキャラがからかってくる。まあ、酔っ払っていると言っても時折『ヒクッ』と自動的に言うだけだが。
『…そうじゃないでしょ。先輩も家持ってんでしょ? そう言うならそっちの家に住まわせてくださいよ』
『別に構わんぞ。但し!』
『はい?』
『オレ様の家はお前の物、お前の胸はオレ様のもの。わかるな?』
「…この人は…うん?」
 呆れた倫子がタイピングしようとすると、タシロ(池田)とファラがガカチ(佐藤)を攻撃し始める。逃げ惑う佐藤、追う池田。ほとばしる火の玉。唸る電撃。しばらく激闘が続いた。
『貴様等、殺す気かっ!』
『…そのつもりだが?』
『黙りなさい、この女の敵が?』
『…それで、私の家はどうなるんでしょうか…』
『だからあれはプライベートの家だから駄目なんだって』
『…要するに、コッコがあんたのプライベートになればいいんでしょう?』
『は?』
 ファラの言葉に全員が同じ台詞を吐く。
『結婚すればいいじゃない。あんた独身だし』
「けけけけ結婚!? そ、それは…」
 画面の前で倫子は絶句する。しかし、池田はただ淡々と発言を続ける。
『…ゲーム始めたばっかの奴の結婚なんかGM承認するのか?』
「…部長って、どうしてそう冷静なのかしら…ゲームとはいえ私と結婚するのに…」
 数日後。池田が家に入れてくれないのでブリテンで無宿人として戦士修行に励む倫子。鹿を殺し、皮を剥いで肉を取る。
「ようやく、並の戦士にはなれたかしらね…」
 取り敢えずザンスカールの拠点に戻ることにする。また戦争でもしていると怖いのだが。
『あ! ちょっと、どこ行ってたのよ!?』
 リコールした途端、ファラに怒鳴られた。そして白いドレスと帽子を渡してきた。
『なんですか、これ?』
『花嫁衣裳よ。剣とか盾とか、さっさと外しなさい』
『ええ!?…ほ、ほんとに結婚!?』
『早くしないと式が始まっちゃうわよ?』
 ファラのゲートで移動する。教会ではなく、屋外ではあったが、多数の人が並んでいる。ドスンと回線が重くなり、倫子のキャラが祭壇に辿り着くのにかなり時間がかかった。司祭の名前は紫で、スタッフのキャラである。
「…本当に、本当に結婚式挙げてる…」
 隣の池田のキャラはずっと黙っていた。彼は鎧のままだった。しかし黒ではなく銀色ではある。兜を外していてちょび髭だった。
 びゅんびゅんびゅん…リコールのような音がスピーカーから鳴り響く。しかし、画面はフリーズしてしまっている。
「な、何よ…結婚式の最中に…あれ?」
 びゅんびゅんと鳴り響く魔法音。間違いなく攻撃魔法だ。そして画面が切り替わった。
「あああっ!?」
 リガ・ミリティアのメンバーが多数画面にいた。魔法弾が飛び交う。再びリコール音。魔法を一斉発射してすかさず帰っていったようだ。
『やられたままで黙ってられるか!? 野郎共、敵の本拠地に突入だっ!!』
『おー!!』
 参列者たちが一斉にゲートに入っていく。結婚式なのにフル装備してきているのだろうか。そして倫子のキャラがぽつんと取り残された。
「…また一人になるオチなのね」


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2001.6.13