「な、何で場面が変わるのよっ! 話の続きはっ!?」
放課後。パソコン部室。えみりが眉をしばたかせる。
「…どうかしたの、倫子ちゃん?」
「いや、ちょっと取り乱して…」
「ふぅん…」
学年末テストも終わったので、さすがのえみりも英語の予習はしていない。春休みの課題をやっていた。その隣では西村がニコニコしながらGBを傾けている。
「ウフフ、ころころですぅ…」
「コロコロカービィか…」
「きゃあっ!」
西村の悲鳴に、倫子とえみりは肩をすくめる。西村が涙目でつぶやいた。
「カービィ…落ちちゃったですぅ…」
「……」
倫子が顔を引きつらせていると、姉の律子が入ってきた。自分の隣にすわる。ムッとする香水の匂い。
「今日はどうかしたの?」
「時間潰しよ。ニ時間ぐらいかしらね」
「ふぅん…」
「まったく、ホワイトデーなのに夜の七時に待ち合わせなんて、その後が見え見えよね。いくら食事に連れていくったって、これじゃどっちがお礼してるのかわからないわね」
「…だったら別れればいいじゃん」
ぶすっしながら投げやりに言ってやると、姉はこちらを見て、さもうれしそうに満面の笑みをたたえながら切り返す。
「あら、賢いわね。実はそうしようかと思っていたところなの」
「あっそ…」
姉はいつもこうだ。気に入らないことがあると、それが即別れるということに繋がる。倫子にはよくわからない。
「そうだ、あれ付けていきましょ…」
鞄から細長い箱を取り出す。中に入っていたのは金のネックレスだった。首にかけると頭を振るようにして首に馴染ませる。倫子は細い目で姉を冷淡に見る。
「何よ、あれだけ文句言っといて、貰う物貰ってんじゃない?」
「あら、だってこれ、彼氏からじゃないもの」
「…そっちの方がまずい気が…」
要するに二股なのかと、律子は少し気が引ける。しかし、律子は事も無げにさらっと言った。
「部長からよ。別に問題ないでしょう?」
「へ?」
「別に、お互い相手がいる同士なんだから問題ないでしょう?」
「も、問題ないって…だってこれ、いくらぐらいなの?」
「さあ、一万円ぐらいじゃないかしら?」
「い、一万!? 彼氏がいる相手に一万円!?」
「別に、神崎さんだってそのぐらいのアクセサリ貰ってるわよ。これも昨年のでそのぐらいだし…」
そういって耳にかかる髪をかきあげる律子。金色のイヤリングが光っていた。
「そのお気に入りの奴って…部長に貰った奴だったのね…」
「これを枕もとの台とかに置いておくじゃない? ふっと目に入ると、なにか部長に見られてるみたいで一瞬冷めちゃうのよね…」
「…あっそ」
ふと前を見るとえみりが仏頂面で辞書をめくっている。そんなに嫌なら無理にこの部室にいなくてもと思うのだが。すると倫子はとんとんと肩を叩かれた。
「あれ、どうしたんですか、佐藤先輩?」
「…お前ら、池田のお返しで盛り上がっているところ悪いんだが…オレ様、貰ってないぞ?」
佐藤の主張に、山内姉妹は思いがけず言葉が揃う。
「なんで先輩に上げなくちゃいけないんですか?」
「そ、そんな2人でハモらなくたっていいだろっっっ! チキショー! 家出してやるっ!!」
「あっ、先輩、そっちはベランダ…」
「うぉぉぉぉ!?」
落ちていった。しかし、誰も見に行かない。
「えみり…お兄さん、落ちちゃったけど」
「…少しは頭が冷めるでしょ」
「はあ…」
女だけになる部室。タイミングよく池田が入ってきた。
「うっす」
「こんにちわですぅっ!」
西村が元気良く答える。池田はキッチンに入っていく。
「そう言えば、西村先輩は何貰ったんですか? ホワイトデー?」
「はい? なんですか、それ?」
「え?…ホ、ホワイトデーですけど…」
「…まりあ、わからないですぅ…」
「わ、わからないって…」
「あん、どうかしたのか?」
池田が戻ってきた。アクエリアスのペットボトルをラッパしている。
「いや、西村先輩がホワイトデー知らないっていうから…」
「お前な、カップラーメンの蓋全部開けちまうような奴が、そんな庶民のチンケなしきたりなんか知っているわけがなかろう」
「そ、それはいいんですが…部長、私バレンタインあげましたよね?」
「あん? 新庄がどうかしたのか?」
「それはニューヨーク・メッツのバレンタイン監督です。そんなギャグ、日本中の誰でも考え付きますよ…」
「じゃあ、シカゴ・ホワイトソックスのショートストップだな」
「は?」
固まる倫子。すると池田は西村の背後から耳元にささやいた。西村が元気良く立ちあがって右手を上げる。
「それはホゼ・パレンティンですぅっ! 微妙に違うですぅ!」
「…あっそ」
倫子の溜息をよそに池田は満足げな顔でパソコンの方に向かおうとする。倫子が慌てて呼び止めた。
「ぶ、部長、だから私のホワイトデーは…」
「何だ、貴様? お返しが欲しくてくれたというのか? チンケな女だな…」
「姉さんに上げて私にはないっていうんですか!?」
「ったく、相変わらずピイピイうるさい女だな…お前の後ろの棚に入れてあるから勝手に取れ」
「…女性として扱われてないわ…」
池田はもうパソコンの前にすわってしまったので仕方なく自分で開ける。結構大きい袋だった。胸に抱えてソファーにすわりなおす。えみりが辞書の上から覗き込むようにしている。
「随分大きいのね…」
「うん…私もちょっとびっくり…」
包装紙に包まれた箱があった。ビリビリと切り裂く。しかし、その指が途中で止まった。
「こ、このマークは…」
律子が肩口から覗く。オレンジ色の渦巻き模様。
「なんなの、それ?」
「…ドリームキャスト」
「いくらなの?」
「…9980円」
「あら、なら私と同じ金額じゃない?」
「でもでもでも〜〜〜っ! 生産中止になった商品なんてっっっ!」
「生産中止言うなっっっっ! これは戦略的撤退なのだっ!」
突如後ろから復活した佐藤が叫ぶ。一瞬引っ繰り返りそうになった倫子だが、すかさず言い返した。
「有り得ない戻り方をした上に、何を大本営発表みたいなこと言ってるんですか? もうセガの時代は終わったんですよっ!」
「まだ終わってないっ! こみっくパーティもサクラ大戦もカノンも出ていないではないかっ!?」
「そんなギャルゲー、私は知りませんよっ!?」
「やらせはせん、プレステ2ごときにやらせはせんぞぉぉぉぉ!」
暴れまわる佐藤。すると後ろから肩をつかまれた。池田である。一瞬の沈黙。睨みつける佐藤、息を呑む倫子。一触即発。池田がニヤリと笑った。
「シェンムー2もまだだったな」
「ゲフッ!」
崩れ落ちる佐藤。虫の息ではいつくばる。
「終わった…セガの時代は終わった…」
「…なんですか、それは…」
「そうさ、時代はやはりゲイツなのだっ! エッッッックスッ! 時代はペケボックスなのだ! 国産の時代は終わりなのだっ!」
「じゃあ、お前はゲームボーイアドバンスのデジコは絶対に買わないな。そうか買わないのか…ラブひなもエンジェリックレイヤーもCCさくらも絶対出ると思ったが買わないのか…」
池田の台詞に佐藤の決意は一瞬にして緩んだ。すかさず池田の足に寄りすがる。
「いやいやいや、池田君。男たるもの、愛する者のためならわ死さえいとわないのだよ。ましてや魂の一つや二つ、売り飛ばすこと恐れるに足らず。ガハハ…」
「ええい、触るなっ!」
まったく遠慮無く蹴り付ける池田。そのまま喧嘩が始まる。ドリームキャストを抱えながら倫子は溜息を付いた。
「勝手にしてください…え? アドバンス?」
「どうかしたのか、コッコ?」
「ホワイトデーってことは今日は3月14日…」
カレンダーを見る。21日には赤丸がぐれぐるとしてある。倫子はくわっと目を見開いた。
「…来週発売じゃん! ゲームボーイアドバンス!?」
水曜日だが冬休みである。朝6時。倫子は秋葉原駅にいた。コートを着こみ、すさぶ風に耐える。
「…そりゃまあ、欲しいけど…だからって秋葉に並ばなくても…」
LAOXに向かうと、佐藤と上岡が列の十番目ぐらいに並んでいた。彼らは徹夜である。ゲームボーイアドバンスを買う為に並んでいるのだが、二人はゲームボーイカラーで対戦していた。倫子はその横に立つ。
「はい、お弁当ですよ」
「おお、コッコ。やっと来たか」
「ああ、せっかく僕のリードだったのに!?」
佐藤はGBCの電源を切るとおにぎりとお茶を食す。倫子はきょろきょろと辺りを見まわした。
「凄い人出だわ…部長はいないんですか?」
「あいつは買わないよ」
「え? そうなんですか? あの部長が珍しい…」
「よお、並んでるか?」
その声に振りかえると池田が駅の方から歩いてきた。池田は列には並ばずに、佐藤の向かい側のガードレールに腰掛けた。倫子はその前に立つ。
「来ないって聞いてましたけど…」
「まあ実際、列を見に来ただけだけどな」
「ふぅん…なんで買わないんですか?」
そういうと池田はコートのポケットから横長の携帯ゲーム機を取り出した。目を丸くする倫子。
「…ワンダースワンですか?」
「…ゲームボーイアドバンスだよ」
「えええ!? ア、アドバンスッ!?」
倫子は思わず手を伸ばす。池田が離したので手につかんだ。小さい。軽い。
「な、なんで持ってるんですか…」
「ローソンのロッピーで予約したからだよ。二十四時間やってるんだから、0時過ぎれば買えるんだよ」
「で、電源入れてもいいですか?」
「いいよ、別に…」
ミスタードリラー2だった。PSにも負けない画面だ。少し画面が暗いが、元々ゲームボーイは反射型TFTを使用しているのでバックライトがついていない。その代わり太陽光の下では色鮮やかになるようになっている。暗闇では出来ない代わりに電池寿命が長くなっているのだ。
「ああ…凄い…」
「スーパマリオ、F−ZEROその他…出るゲームはスーファミや、2DのPSゲームばかりだ。そうけなす奴もいるし、実際その通りだと俺も思う。でも俺は逆の考えだ。SFCとPSの間ぐらいの性能を持ったゲーム機が携帯できるんだぜ?」
「はい、それは間違いなく凄いことだと思います…」
「コッコ! そろそろ開店だぞっ!?」
佐藤に呼ばれて倫子はアドバンスを池田に返し、慌てて列に戻る。いよいよ開店である。それぞれ本体と、二十三本の同時発売ソフトから思い思いのものを買って外の池田と合流する。
「ようやく全員購入したか。ならば早速F−ZEROで対戦だっ!」
「おおっ! 男は黙ってサムライ・ゴロー!」
「…今回いませんって」
「というか、路上でやる気なの…」
いきなりケーブルを繋げて対戦を始めようとする。しかし池田がケーブルを引っ込めた。
「やばい、どっかの取材が近付いてきている。逃げろっ!」
「ええっ!? やだ、こんなのニュースで撮られたら恥ずかしいっ!」
というか、ゲームの発売で秋葉原に並んでしまったことが恥ずかしいと思わなくなってしまった自分に、倫子は気付かなかった。