12・明日は、どっちだ?

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 倫子は窓から流れる雲を眺めていた。わいわいと騒ぐ生徒たち。隣にすわるえみりが声をかけた。
「倫子ちゃん、あまり楽しそうじゃないのね。どうかしたの?」
「いや…また一年生なのに、五月に飛行機乗って修学旅行ってのも無理があるなあって…」
「…何言ってるの? 昨年の暮れからずっと準備していたんじゃない?」
「え?…それって進級したってこと? ほんと?」
「…ど、どうしたの、倫子ちゃん?」
「そ、そうなんだ…今年は進級してしまったのね…今年はいい年になるのかしら…」
 
 倫子はバスに乗って移動していた。ロスアンジェルスで自由行動である。席が開いていないので倫子は立っていた。隣がさくら。手前の席に緑川とえみりがすわっている。
「て言うか前回も言ったけど…なんであなたたち、パソコンやらないのに毎回毎回登場するわけよ…」
「しょ〜がないでしょ〜? 一年生、私たちしかいないんだからさあ」
「…男はいないの、男は?」
「男なんか作ってもさあ、キャラクターグッズ売れないからいらないのよ。女だけ12人作っとけばそれでいいのよ」
「12人…シュールな数字だわ…」
 ロスの街並みは賑やかだった。ところどころに巨大な広告が貼られている。
「しかし、アメリカも随分ゲームの広告多いのね…PSの看板あったり、さっきはセガのソニックがいたし…」
「ふぅん…私、ゲームやらないからよくわかんないけどね…」
「この4人…私しかゲームやらないんじゃん。このアメリカでどう話を進めればいいのかしら…」
「あ、着きましたね。降りますよ」
 さくらの声と同時にバスが止まる。4人は大きな建物がある方へ向かって歩き始めた。
「ところで、どこ行くのよ?」
 隣のえみりに聞く。えみりはかくんと首を曲げた。
「展覧会でしょ。エレクトロニック・ショーとかじゃない? 世界の最先端技術に触れるとか言って」
「…ああ、やだやだ。いかにも修学旅行で感じね。ゲーセン行きたいわ…」
「わざわざアメリカに来てゲーセンもないんじゃない?」
「…しかも制服だし。私服にしてくれればいいのに…」
 そうこう言う間にかなり馬鹿でかい会場の前に着いた。さくらがすらすらと受付を済ませる。
「…なによ、その「サトウ・システム・ソリューション」って…」
「これですか? えみりさんの父上様の会社ですよ」
「か、会社? え…ま、まさかえみりって社長令嬢っ!?」
「そんな、令嬢だなんて…うちの会社なんか、全然小さいし、まりあちゃんに比べたら全然…」
「…そりゃあ、毎日ベンツで送り迎えされるような人と比べたらそうでしょうけど、私たち一般人と比べたら…ああ、なんか裏切られた気分だわ」
「でも、別に会社はお兄ちゃんが継ぐわけだから、私は出て行くだけだし…」
「さ、佐藤先輩が社長!? 夜な夜なクラブに通って札束攻撃で…」
「…なんか、倫子さん人が違いますね…ちょっと面白いですわ」
 長いエスカレーターを下りながらさくらが微笑む。倫子はふうっと息を吐き出す。
「他のメンバーがみんな普通人だから、私がボケもツッコミもやらなきゃいけないだけよ…ところで、なんで入り口で会社の名前を書くわけ?」
「一般人は入れないそうです。だから会社の関係者ということで入るそうです」
「…なんか、さくら、何も知らないような口ぶりだけど…」
「ええ、知りませんよ」
 にっこり笑って答えるさくら。倫子はがっくりと首をうなだれる。
「…ふ、不安だわ…」
「でも、兄上にともかく行けと言われた場所ですから、大丈夫ですよ」
「そうかしら…あら、凄い爆音…」
 鼓膜が破れるような音楽音が響いてくる。コンサートというよりは、いろんな音が交じり合ってお祭りのようにも感じる。
「こ、これは…」
 エスカレーターを降りた倫子は口をあんぐりと開けたまま立ち尽くしている。緑川が前方を指差した。
「あそこ、看板があるわね」
「エレクトロニック・エンターテイメント・エキスポ。電気娯楽展覧会ね。直訳するとなんか変な感じだけれど…」
 えみりは物珍しそうに辺りを見まわしている。倫子は頭を抱えて叫ぶ。
「い、い…E3だっ! と、言うことは…」
「あ、あれって任天堂じゃん。やっぱアメリカでもやってんのね」
 緑川の言葉に倫子は振りかえる。天井に吊るされた、NINTENDOの巨大な文字が赤々と燃えている。巨大な人のうねりの中をそちらに向かって走り出す。
「ゲ…ゲームキューブだ…ほ、本物…ち、ちっちゃい…」
 発売前のゲームキューブが目の前にある。ガラスケースの中に入れられてはいるが、紛れもなく本物が目の前にある。
「あああ…キューブだ…」
「何よ、ガラスにべったり貼りついちゃって…」
「だって、発売前のゲーム機が…」
「そうなの? でも、あっちでみんなやってるみたいだけど…」
「それを早く言って!! ああ、スマブラっ!?」
 ゲーム雑誌にも載っていないゲームが今目の前で動いている。長い行列だが、ディスプレイではおなじみのキャラが暴れている。そして見知らぬキャラも。
「ピーチ姫がいる…ああ、あれは…まさかアイスクライマー!? そんなアホな…」
 並ぶ。しかし長い。心臓の鼓動を抑えきれない。馬鹿みたいに興奮している自分が恥ずかしい。そして遂にコントローラーを握る。N64よりずっと小さい。アナログスティックが少し柔らかかった。アメリカ人と4人対戦である。当然リンクを使った。マリオとサムス、そして新キャラのクッパと対決する。
「Oh! sit!!」
 倫子リンクがクッパを吹っ飛ばす。さすがに外国人はジェスチャーが派手だ。しかし倫子は異国の地で鬼神と化す。
「くっ…やっぱコントローラー使いなれないからスマッシュ攻撃が上手く出ない…それに投げボタンを反射的に押せないわ…」
 それでも勝った。思わず握り拳を突き上げる。そして制服でこんなことをしている自分に気付いて赤くなる。そそくさと試遊機から離れて連れを探す。すると3人はルーレットをやっていた。
「あら、1等だわ…」
 えみりが何か当たったらしい。渡された商品を見て倫子はぎょっとなった。
「ゲ、ゲームキューブ!? 何だ、ミニチュアか…」
 触ってみるとふにゃふにゃのクッションだった。しかしゲームキューブまんまの形である。元々小さいキューブだが、これはさらに小さくてかわいすぎる。猛烈に欲しくなったが、さすがにそれを言うのは気が引ける。躊躇しているとさくらがキューブを指でつつきながら言う。
「かわいいですねえ。兄上の御土産にしたいですわ」
「別にいいわよ」
「えええっ!? そんなあっさり?」
 かくしてふにゃふにゃゲームキューブはさくらの物となった。何故か憂鬱な気持ちのまま任天堂ブースを後にする。次に目に飛び込んできたのは、巨大なスクリーンだった。
「…ああ…」
「何これ、映画?」
「ゲームなんじゃないんですか?」
 さくらとひなのがそんな会話をしている横で、倫子は口をあんぐりあけたままスクリーンを見つめていた。それはそうだ。日本未公開の、メタルギア・ソリッド2のムービーが流れているのだから。
「プ、プレステ2…買わなきゃ…」
 さくらが時間だというので、2時間ほどで会場を後にする。ほとんどスマブラを並ぶ時間で費やしてしまったが。バスに揺られながら倫子は顔をしかめている。えみりが首を傾げた。
「どうしたの、倫子ちゃん?」
「…何か忘れている気がするのよね…なんだろ…」
 すると、窓の外にマイクロソフトの広告。はっとした倫子は思わず広告を追いかけてバスの後部座席の方に走る。
「あああっ!? Xbox見るの忘れた!?」
 
 その明後日、倫子たちはシアトルにいた。スペースニードルを見上げる倫子。空高くそびえたつ展望台だが、最上部がまるでUFOの様になっている。
「シアトルか…マリナーズの試合でも見るのかしら?」
 街並みをバスが走る。結構肌寒い。緯度は北海道とそう変わらないのだから当たり前だといえば当たり前だから、イチローのポスターが貼ってあったりして何か日本の様でもある。旅行代理点の添乗員、恐らく現地の日本人がガイドを始めた。
「シアトルといえば、今年のイチローの入団でマリナーズが有名になりましたが、今までは余り強いチームではなかったので、不人気チームというわけではないですけれど、例えばヤンキースとかと比べれば一つ下のグループに分類される球団ですね。最も、イチローの活躍はアメリカ国内でも注目されていますので、今後全国区の球団になる可能性はありますけど。そんなわけでまずは左手に見えるのがセーフィコ・フィールドです。マリナーズのホームグラウンドですね。総天然芝・開閉式の野球専用球場です。今のメジャーの新しい球場はどこも狭い球場を作っていて、それでここ数年ホームランが凄い数なのですが、このセーフィコ・フィールドはメジャーでも最もホームランが出にくい球場として有名です。それで元々チームにいたホームランバッターはみんなFAでいなくなってしまったのだけど、代わりに佐々木やイチローを初めとして、全体的にパワーよりもスピードがある選手を集めています。3年前、ホームランがよく出る昔の球場だった頃は、リーグで一番ホームランを打つチームだったんだけど、今は逆にメジャーで一番投手と守備がいい、それに盗塁数の多いチームに変わりました。イチローは親会社が任天堂だから無理して取ったと思っている人も多いのですが、実際チームは一番打者を探していて、それとイチローのポテンシャルが一致したんですね。だからきっと、FAしたのが巨人の松井だったらマリナーズは多分取りには行かないと思います」
「…作者がメジャー好きだからめちゃめちゃ詳しい解説だわ…」
「そして次、日本でもおなじみのスターバックスですね。実はこのシアトルがスターバックス発祥の地で、シアトルの新しい名所になっています。シアトルのお店は観光名所になってしまったので、何時行ってもとても混んでいるんですよ」
 そしてバスはドンドンと市外から離れていく。緑に囲まれた郊外を走る。
「さて、ではシアトル三大名物をこれから御案内しましょう。最初はまず、ボーイングです。世界最大の航空機会社ですね。日本だとロッキード事件で覚えている人も多いでしょうけど。最近移転話も出ていて、実はどうなるかちょっと地元住民は不安視しているのですが…そして次はマイクロソフトに向かいます。今や世界中の誰もが知っているパソコンのソフト会社ですね。本社はこのシアトル郊外にある形になります。そして最後はお馴染みの任天堂ですね。任天堂のアメリカ本社になります。この三つがシアトルの三大企業として、地元の雇用を含め経済の基盤になっています。実際、95年頃にマリナーズが経営危機で身売りとなり、他の地域の企業に買収されて移転寸前になったことがあるんだけど、その時は地元の有志が任天堂にお願いして買収してもらい、シアトルに残留することになったんだけど、逆にニューヨークのマスコミなどを中心に日本企業がメジャー球団を買うなんて、と言った反発が起きたりしました」
「…そういう話は散々部長から聞かされているのよねえ…どうせなら中を見てみたいわ…無理だろうけど」
 バスが止まった。きょとんとする倫子。クラスの面々が降りていく。
「な、何?」
「何って…見学じゃない? それとも、隣のクラスみたいにマリナーズとかスターバックスの方が良かったの?」
 えみりの言葉に一瞬固まる倫子。外を見る。ニンテンドウ オブ アメリカの文字。
「ま、マジ!?」
 任天堂の中はちゃんと見学ルートが出来ていた。なんとなくアトラクション的だ。マリオの人形が数多い。任天堂の全てのハードが置いてあったりする。
「ああ、バーチャルボーイ…部室以外で初めて見たわ…」
 日本では見たことが無いような任天堂グッズが大量に展示されている。任天堂は国内ではグッズには積極的ではないのだが、フィギュアなど大量に展示されている。
「ゲーム小説だからしょうがないと言えばそれまでだけど…アメリカに来てまでゲーム三昧とは…」
「さて、そろそろ帰りましょう」
「次はどこなの?」
「もうないわよ。日本に帰るだけね」
「…あの…ゲーム関係の場所を、ただ歩いただけのような気がするんだけど…」
「そんなこと言われても…ゲーム小説だし…」
「修学旅行なのよ、修学旅行っ!? アニメやゲームでは特別なイベントなのよっ!? 鹿に襲われたり、告白イベントが起きたり…」
 きれまくる倫子に、えみりはただ首を傾げる。
「…だから、名前のある一年生の男の人、いないのに…」
「こういう小説なんだから、私たちの旅行でも部長とか佐藤先輩とか出てくればいいのよ! 変なところでリアル思考だからイベントが発生しないのよっ! ほんと今回、私一人でボケもツッコミもやって…佐藤先輩がいれば温泉覗きでぶん殴り、それで十行ぐらい稼げるのよっ!?」
「…ともかく帰りましょ、ね?」
「いや、きっと飛行機に乗り遅れるとか、そういうイベントが起きるのよ、きっと…」
 うじうじ悩む倫子に、えみりは悪気無くバッサリ言った。
「…アニメの見過ぎよ」

 ゴールデンウィークの終わりと共に倫子たちは帰国した。そして登校初日を迎える。
「…本当に何のイベントも無く帰ってきてるし…だけど、本当にとうとう二年生なのよね…この後の展開、どうなるのかしら…」
 部室のドアを開ける。もっとも、朝連に来るのはもう自分ぐらいしかいないだろうが。
「よう、倫子。遅かったな」
「どうも、おはようございます」
 佐藤と上岡がいた。倫子は思いっきり床に頭から滑りこんだ。
「…何してんだ、お前は?」
「…やられた。この作品で進級があるなんて思った自分が馬鹿だったわ…」


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2001.12.10