13・アパートの鍵、貸します
<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>
「ああ…」
倫子はセブンイレブンでデジキューブのCMを見ていた。流れているのはFF10のCMである。
「…パソコン部に入ったせいで、前みたいに絶対買おうというわけではなくなったけど…でもやっぱ気になる…でもPS2の本体ごと買わないといけないし…お金自体はあるんだけど、ゲームキューブも延期されたとは言え、九月には出るわけだし…」
取り敢えず部室に戻る。土曜のお昼の弁当を買いに行っていたのだった。西村が一人でN64をやっている。
「あら、西村先輩…じゃなかった、まりあ先輩が一人でロクヨンしてるなんて珍しいですね」
「うふふふふ…」
いつも笑顔の西村だが、今日はますます笑顔である。なんか見たことの無いゲームだ。三角の帽子を被った女の子が広場に花を植えている。
「これ、何ですか?」
「うふふ…倫子ちゃんにまりあのお家、見せてあげるですぅ!」
「…聞いてないよ、この人…」
画面の中の女の子が走り出す。途中で犬や猫の人間?と擦れ違う。そして女の子は一軒家の中に入っていった。
「へえ…」
かわいらしい装飾がされている。メルヘンな壁。部屋の中央にハートマークのベットが置かれている。部屋の端に白いピアノが置かれていて、林檎の形をしたかわいらしいテレビが、またいい。
「これって…もしかして、どうぶつの森?」
倫子の頭に、任天堂から発売された謎なゲームのタイトルが思い浮かんだ。森に家を建てて生活するという、それだけ聞いてもなんだかわからないゲームだ。部長にどんなゲームなのかと聞いても、自分の家をコーディネートするゲームだとしか言ってくれないのでいまいちピンと来ない。
「…やっぱ見た目じゃよくわからないわね…」
何故こんなに気になるかと言えば、評判が凄く良いからだ。しかし、バリバリ攻略するというゲームでもなさそうなので評判買いというわけにもいかないのである。
「えへへへ…お散歩しますですぅ…」
西村が自宅を後にする。なんか村中が花だらけだ。どうやら西村が植えまくっているらしい。モンキチョウやモンシロチョウ、それにテントウムシが陽気な中を飛んでいる。やがて西村のキャラが猫のキャラと出会って話を始める。
『この前ピロシにメガネ貸したままなのよ。代わりに取ってきてくれない?』
「うふふ…お使いですぅ」
「メガネって貸すものなのかしら…」
西村のキャラはスタタッと走り出す。花に隠れていたカマキリが飛び出して逃げ出す。少し走って西村は一軒家の前に止まる。
「ああん、ピロシさん、いないですぅ…」
うろうろと回りを歩く。すると羊のキャラが川沿いに立っている。
「見つけたですぅ!」
西村は眼鏡を受け取ると、先程の猫のキャラまで持っていく。そしてお礼に家具をもらった。
「…なるほど、お使いをして家具を集めて、それを家に飾るゲームなのか…」
確かに部長の説明は限りなく正しいようだ。しかし、それのどこが面白いのだろうかという話になる。西村がセーブをした。やってみるのが早いと、倫子はコントローラーに手を伸ばす。
「…えっ?」
「…なんだよ?」
「いや…別に…」
「……フン」
なんと神崎先輩がコントローラーを握った。連載が始まって三年、一度もゲームをしたことがない紫緒がどうぶつの森をやろうとしているのだ。紫緒のキャラはまりあの家の隣だった。花柄を着ていた西村と比べると、地味な黒い服である。
紫緒のキャラは家の前のポストを開けて手紙をチェックする。他のキャラ…と言ってもゲーム内のキャラだが、彼らからプレゼントが届いている。紫緒はそれらを確かめると一目散に売店に向かっていく。
「…いいもんねえな」
そうつぶやくと、先程手紙でもらったものを全て売ってお金にする。すると家に戻ってセーブしてやめてしまった。
「…終わりなんですか?」
「欲しい家具なかったからな…」
今度こそ私の番だ。そう思ってコントローラーを取ろうとすると…えみりがコントローラーをつかんだ。
「…まさか、えみりまでやっているわけ?」
えみりは全くゲームをやらないわけではないが、それでもパーティゲームに付き合う程度で、こういった一人用のゲームをやるというのは実に珍しい。
「うん、なんとなくね…」
「なんとなくって…面白くないの?」
真面目なえみりは、真面目な表情で考え込んで、小首を左右に振っている。
「う〜ん…なんか、妙な雰囲気のゲームなのよねえ…とっても面白いってわけじゃないんだけど、ついつい毎日プレイしちゃって…なんか、日常になってしまうゲームなのよねえ」
日常に溶け込むゲーム。なんだそれは。そんなゲーム、今だかつてあったのだろうか。だからこそ、誰もがこんなゲームだという説明ができなくて、それを聞いた倫子も理解できないということになるのか。
えみりのキャラも手紙をチェックするとお店に向かう。店の中はアイテムが陳列してあるのだが、やたらと売り切れているものばかりだ。えみりがかくんと首を横に倒す。
「あら、まりあ先輩、また買い占めてる…」
「うふふふ…だって福引券い〜〜〜ぱい欲しいんですぅ!」
「あら、この服確か持ってなかったわ…」
えみりは今までゲットしたアイテムリストを開くと服の一覧をずらっとスクロールしていく。50着ぐらい、リストに載っていた。えみりがその服を買うと、置いてあった場所には売り切れマークが出る。
「ねえ…まさか、お店のアイテムって、買うと無くなるの?」
「そうよ。明日になれば違う品物が入荷するけどね…」
「それでゲームになるのかしら…その服、なんの効果があるの?」
「効果? 効果って?」
きょとんとするえみり。目をくりくりと丸くしている。ついついゲーマー的思考で物事を考えてしまう自分に、倫子は石沢がいる方に目を逸らす。
「え…いや、わからないならいいけど…」
えみりも村の住人のお使いを数回やってアイテムをゲットするとセーブして終わる。ソファーに深く背中を沈めて鑑賞していた倫子が、ぴょんと前に体を跳ねる。
「さて、ようやく私の番か…」
「私の番って?」
コントローラーを握ろうとする。倫子に、今日三回目の横やり。またしても倫子、えみり共にきょとんとしていた。
「え?…いや、体験プレイしようかなあって…」
「無理よ。だって一つの村に、四人しか住めないもの…」
「四人って…もう一人、誰よ?」
一瞬間が開く。えみりは人差し指を顎に当てて、気まずそうに答える。
「律子先輩だけど?」
「ね、姉さんが? というか、なんで私の分が無いの?」
「そう言われても…私も部長に言われて始めただけだから…」
「私、散々どんなゲームなんですかって聞いてたのに、なんで私の家が無いわけよ!?」
プンプンむくれる倫子。えみりは少し怯えた感じだ。そこに佐藤がやってきた。
「オイッス!」
「あ、佐藤先輩。そう言えば佐藤先輩はどうぶつの森はやってるんですか?」
何気ない倫子の質問。しかし、佐藤はズンと倫子に仏頂面を突き出した。
「何が悲しくてこのオレ様が獣の類と戯れなければならないんだ?」
「…それはごもっともで…」
「う〜ん、住んでいるのが全員妹だったらそれこそ毎日プレイしてしまうのだが…しかし確か一つの村に十五人だから三人足りないなあ…グヒッ」
「…はあ…」
真昼間からえいえんの世界に片足を突っ込んだ佐藤に呆れる倫子。何故か我に帰った佐藤は、珍しく一般的な受け答えを始める。
「ところで何をむくれてたんだ、オメエは?」
「いや、それがですね、どうぶつの森の家、私の分が無いんですよ? ひどいと思いません?」
「家? ハウス? オウ、イッツ スイートホーム! そんなに家が欲しいならオレ様が買ってやる! しかし! お前の全てはオレ様の物だぁぁぁ!!」
「キャアアアア!? そのネタはウルティマの時にもやったじゃないですか!?」
突如野生を解放し、抱き着こうとする佐藤。逃げようと身をよじる倫子。その刹那、炎が走った。
「ゴットバード・アタック!!」
「グハッ!? 富野の呪いか…」
池田の一撃で床に沈む佐藤。池田はただ佐藤に分別をくれている。その間に倫子が怒りの形相で割って入った。
「部長…なんでどうぶつの森、私の家無いんですか!? ひどいですよ!」
「お前はFF10でもやってればいいだろ?」
「ムグ…いや、別に買ってないですよ…」
心にグサグサと矢印が10本ぐらい間違いなく刺さった。池田はさらに情け容赦ない言葉を畳み掛ける。
「何が世界で一番ピュアなキスだ。ガキじゃあるまいし、バカバカしい…ピヨ、キスしたことあるか?」
「えっ!?…いや、無いですけど…」
「…何でそんなにドギマギしてるの?」
「い、いいでしょ、別に…」
倫子の気持ちなどいざ知らず、えみりの素朴な突っ込みに倫子はさらにどぎまぎする。しかし、その気持ちをもっと知らないのは池田の方だった。
「キスがピュアだなんて、今時少年漫画でも描かねえことなのによ…あんだけリアルな絵で、そんなチープなストーリーじゃチャンチャラおかしくてやってられねえっての」
「…人が買おうかどうか迷っているものに対して…ひどい言い方だわ…」
「夢が無い人に、そんな事言っても仕方ないわよ」
「…えみり、それは言い過ぎのような…部長だってファースト・キスの頃はきっと…」
「別に感動も何もなかったよ」
「……」
「…ほら」
「そんなんじゃ部長、女性に対して失礼ですよ! それじゃ付き合う理由ないじゃないですか!?」
「…ガキだな」
「へ?」
噛み付く倫子に、池田はたださらっと受け流す。そしてたるそうな顔をしているので、倫子は瞬間湯沸し器と貸す。
「ななな、なんなんですか、その言い方は?」
「まったく、ピュアなキスだとか、さっきからそんなんばっかで…おてて繋いでファーストデート、感動しましたってか? そんなのはモー娘だけで充分だよ。つうかあれが国民的アイドルだってことは、要するに一億総幼児化ってことなのか…ああ、とかくに人の世は住みにくい…」
「…部長はモー娘は好きじゃないんですか?」
「好きとか嫌いとか以前に興味が無いよ」
「何だと貴様! ミニモニこそ混沌に満ちたこの世を癒す愛の使徒ではないかっ!?」
「さ、佐藤先輩…さすがロリコン分野だと言うことが違いますね…」
復活した佐藤が熱弁を奮う。しかし、池田は不愉快きまわりない表情で吐き捨てた。
「あんなまだ生理も来てっかどうかわからんようなガキに興味が沸くかっ!」
池田の一喝に凍てつく部室の空気。えみりは呆れたように顔を背け、佐藤と倫子はムンクの叫びのような顔で絶句していた。そして佐藤がゆっくりと後ろに倒れていく。
「う〜ん…」
「せ、先輩!?…気を確かに…」
「ああ、地球がまあるいなあ…」
「あ、あんな人でなし相手にした私たちがバカだったんですよ…」
「おお、同志よっ! お前だけがオレ様の支えだ!」
「キャッ!?」
三度息を吹き返し、抱き着こうとした佐藤を倫子は虎襲投で床に叩き付ける。
「…同志ではありません…」
「…女は怖いよ…グフッ」
佐藤は息絶えた。肩で息をする倫子を余所に、池田はソファーにすわる。その膝に西村が飛び付いた。
「部長様ぁ、おうち持ってきてくれましたですかぁ?」
「あん? ああ、持ってきたよ…」
池田が白衣のポケットから出したのは、もう一本のどうぶつの森のカートリッジだった。倫子は顔を突き出して表情を凍らせる。
「…なんでもう一本持ってるんですか?」
「いや、俺のだよ」
「じゃあ、今この本体に差さってるのは?」
「部の備品だが?」
「び、備品!? 要するに部のお金? それでなんで私の家無いんですかっ!?」
「しゃあねえだろ。律子がやりたいなんて言うとは思わなかったからよ…」
「ひ、酷いですよ…」
「ねえ、部長様ぁ、こっちは準備出来たですぅ」
西村の声に振りかえると、いつのまにかN64を再プレイしている。というか、西村のキャラが汽車に乗って旅立っていた。池田がカートリッジを差し出すと、西村は笑顔で受け取って本体の物と差し替える。そして電源を入れた。
始まりがいつもと違う。自分の家から出て来るのではなく、汽車が村に入ってきた。そして西村のキャラが汽車から降りる。
「うふふ…部長様の村に来たですぅ!」
「…キャ、キャラが他の村に?」
「ああん、雨降ってるですぅ…」
西村はステータス画面を開いた。そして傘のアイコンを使う。
「うふふ…今日は氷の傘ですぅ…」
水色の傘に、雪の結晶が描かれている。西村のキャラはピシャピシャと雨音を起てながらやっぱり走る。
「そういえば、結局どういうゲームなんですか? これ…」
「ゼルダの伝説だな」
「ど、どこがです…」
「だってゼルダスクロールしてるじゃん」
「…確かにそうですけど」
「わ〜い、フルーツいっぱいですぅ!」
その画面は家などが何も無く、逆に林檎や桃のなっている木がたくさん生えていた。部活の村にも生えてはいたが、こんなには密集していなかったので、西村が花を植えまくっているのと同じく、恐らく池田が栽培したのだろう。西村のキャラは木を一本一本揺らしてフルーツを落として拾いまくる。
「またやられたよ…まあ、いいけど…」
「ああん、持ちきれないですぅ!」
すると西村のキャラはむしゃむしゃとフルーツを食べ始める。3つも4つも食べ続ける。どんなゲームか理解するため、ここぞとばかりに倫子は質問する。
「部長、フルーツって食べるとどうなるんですか?」
「いや、別に…」
「別にって…なんかステータスが上がるとかないんですか?」
「そんなものはない。フルーツってのは食べるもんじゃないのか?」
「はあ…そう言えば今、西村先輩傘差してないですけど、体力減ったりしないんですか?」
「だから、ステータスはお金以外何も無いんだって」
「え?…じゃあ、傘を差す意味は…」
「雨が降ったら濡れるからだろう?」
「…服って何種類ぐらいあるんですか?」
「詳しくは知らんが、100着以上はあるだろうな…」
「それも見た目だけで、何の効果も無いんですか?」
「…別に、服ってそういうもんじゃん。お前が今来ている制服は、何か効果があるのか? 私服だって、ただのファッションだろうが」
「で、でも、これはゲーム…」
すると池田が肩を掴む。ビクッとしながら、視線を交じり合わせる。厳しい顔の池田。息を呑む倫子。池田はふうっと溜息を付いた。
「ピヨ、ゲームのやりすぎだ」
「ゲ、ゲームのやりすぎっ!? う、う〜ん…」
倫子も後ろにバッタリと倒れた。佐藤と二つ、死体が並ぶ。
「ゲームのやりすぎって…そんなことを言われるなんて…ショック…」
「お前みたいに別ルートがどうの、隠しアイテムがどうのとか言っている奴はプレステでゲームやっているのがお似合いなんだよ」
「だからってやらせてくれないなんて酷いですよ…佐藤先輩みたいに、ギャルゲーやる傍らウルティマオンラインとか、ハードなゲームやる人もいるんですから…」
「あれは単なる病気だからな…」
「…鬼だ」
「お前さ、ポストペットとか、どこでもいっしょとかやったことある?」
「え? ええ、両方とも買いました…」
「何だ、買ったのか。本当にお前は流行に流されるんだな。まあ、流されて行くから、流行って書くのだが…ほんと、ゲームヲタクっうのは病気だよな。自分の趣味じゃなくても、話題になったゲームならなんでもやるんだから…」
「い、いいじゃないですか。別に自分のお金なんですから…」
「俺はホラーが嫌いだ。だからホラー映画は見ん。ドラマとかもな。当然、ホラーゲームもやらないよ。だからバイオハザードとかもやらん。1だけ佐藤にやらされたがな。ギャルゲーも然り。元々テレビのアイドルとかに興味が無いから、そう言う漫画やアニメ、ゲームもやらないだけだ。どんなに名作と言われようがな。同じ理由でサッカーゲームもやらないしな。それをお前、自分の趣味でもないのに、あのクリエーターだから、あの人が原画だから、雑誌で話題だから…そんなのは病気だよ、病気。全く、アホらしい…」
「…そ、そんな乱暴なことを言われても…」
「自分が面白そうだと思ったら胸を張って買えばいいんだ! ピヨ、FFだって自分が面白いと思うんだったら恥らずに買えっ!!」
もっともらしいことを言った後、さらにグサッと突き刺さる言葉を頂く。確かにその通りなのだが、だからと言って回りから…というか部活の人間から馬鹿にされるのではたまったものではない。
「そ、そんなこと言ったって…だって部長、めちゃめちゃバカにするじゃないですかっ!?」
「そんなもの、当たり前だ」
「言ってることが矛盾してますって…」
「バカモノ、俺は星のカービィもポケモンスナップも買ったぞ」
「そ、そうでした…」
「まったく、悟りが足りない奴だな…」
このまま話していても惨めになるだけなので、倫子はなんとか話を切り替える。
「ところで、ポストペットとかの話はなんだったんですか?」
「ああ、そうだった。つまんなかったろ?」
「い、いきなり来ますね。でもまあ、つまらなかったというより、そもそもゲームじゃないって感じですからね。コミュニケーションツールと言うか、日常的というか…」
また馬鹿にされるのかとしどろもどろにフォローする倫子。しかし、その言葉にえみりがクスクス笑う。
「やだ、私と同じこと言うのね」
「え…そ、そう言えば、さっき、えみり…どうぶつの森のこと、日常の一部って…え?」
偶然の一致に混乱する倫子。池田が助け舟を出す。
「ピヨ、どうぶつの森も、ポストペットやどこでもいっしょと同じ分類のものだ。つまり、日常的な、非ゲーム的なものだということだ」
「で、でも部長はそういうの嫌いじゃ…」
「任天堂が作ったんだぞ?」
「え?」
「任天堂が作ったら、それはゲームになるんだ」
池田の力強い言葉。きょとんとする倫子。数秒後、ハッとなった。
「わ、わかりました! 要するに、ここ最近一般人に受けている、ポストペットとか、どこでもいっしょとかの日常的ゲームは、ゲームとして見たら実は全然成立していないけれど…そういうジャンルの物を任天堂が作ったらしっかりゲームとして成立する。それが『どうぶつの森』って言う事なんですか?」
「それは自分で確かめろ」
「はいっ!!…って、だから私の家〜〜〜〜〜!」
再び泣きつく倫子。池田はぽりぽりと頭を掻いた。
「それはもう、俺に言われてもなあ…」
「うう、いくらなんでも、一度もプレイしないで買うのはちょっと…」
「部長様、お家に入ってもいいですか?」
「あん? 荒らすなよ?」
西村のキャラが池田の家に入る。ふっと視線を動かした倫子は目を疑った。
「こ、これは…」
ファミコンだ。ファミコンが部屋の壁から壁にずらっと並んでいる。ディスクシステムまである。
「ぶ、部長。これってなんですか?」
「何って…見たまんまだろ お前の家にはゲーム機がないのか?」
「だ、だからってファミコンばっか並べなくても…」
「…任天堂のゲームにプレステがあってたまるか。それにゲーム1つにつき1台ってシステムだからな。カセットを取り換えられれば1台でいいんだが…」
「え? ゲームって…」
「ええっと、右からテニス、ゴルフ、クルクルランド、ドンキーコング、ピンボール、アイスクライマーだったな。まだ全部集まっていないが」
「それが全部プレイ可能? や、やばい、欲しいメーターがグングンと…」
「そういや佐藤。せっかく備品を買う時に一緒にお前の分も予約していたのに本当に買わないのか?」
「だから獣と戯れる趣味はねえって」
「そうか、せっかく最初からゲーム内でファミカセが2本ついてくる限定版だったのにな…」
「予約? しかも初回限定で…ファミカセ付き!?」
「予約券の有効期限は…明日までか。自然キャンセルだな」
「あああ! 待ってください!!」
ポケットから取り出したチケットをくしゃくしゃにしようとする。倫子はがっくりと首を落とす。
「わ、私が買います…」
その日の夕方。自分の部屋。倫子は村に汽車で降り立った。最初のお使いを終え、ようやく自分の家を手に入れる。
「さてと、手紙にファミコンがついているのよね…」
ポストを開けると、プレゼントが届いている。宮本茂からの手紙付きだ。そしてファミコンの箱を開ける。
「ランダムなのよね…テニスがいいなあ…え?」
目を疑う。目を擦る。そして倫子はゆっくりと、体を左にフェイドアウトさせていく。
「…『ドンキーコングのさんすうあそび』って…」
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2002.3.11