15・猫の宅急便
<目次> <用語解説> <配役紹介> <前の回> <次の回>
「ダハハハ・…燃えろっ! 燃えてしまえぇぇぇっ!! イッツ・バーニング!!」
「ああ、またファイヤーブレス!?」
クッパの吐く炎がリンクを包み込む。その背後に音もなくサムスがやってきた。そして腕のランチャーを構える。
「ああっ!? 溜め撃ち!?」
「き、貴様ぁぁぁ!? 人がせっかく痛めつけた獲物を!!」
「じゃかしいわ。そういうゲームだろうに」
佐藤のクッパが、倫子のリンクにダメージを与え続けたのに、池田のサムスがとどめをさしてしまったわけである。怒り狂った佐藤は池田に襲いかかる。逃げる池田。途中で上岡のルイージにチェーンを伸ばしてつかまえると、佐藤クッパの方に投げる。
「ななな、人を飛び道具にするなんて!」
「ルイージは黙っとけ」
「…ひどい」
画面の端に逃げ、そこからさらにクッパを飛び越して反対の端に逃げる。すると佐藤は振りかえって上岡に襲い掛かる。
「ぼ、僕なんですか!?」
「ルイージなら当たり前だ!」
スマッシュパンチでルイージにとどめを刺す。そんなスマブラの風景だった。
「ああ、今日も疲れた…」
上岡より上というだけの三位の成績で倫子は終わる。ぐったりとソファーに寝そべった。池田はさっさとパソコンの前に行ってしまう。にこにこ顔の西村が、待っていましたとディスクを入れ換える。
「うふふふ…さんさんと雪が降っているですぅ…」
「どうぶつの森+か…」
「現実世界は39度の真夏だと言うのに、この小説は雪かい…」
「あずまんが大王も真夏に雪合戦やってたからいいんじゃない?」
「あれはゴールデンウィークに夏休みだからな…」
佐藤と池田のわけのわからない話には耳を傾けず、倫子は雪が降る中、かえる模様の傘を差して走り回る西村のプレイを見ていた。N64版を半年前に買ったばかりなのに既にゲームキューブ版である。今回からメモリーカードがあれば好きなだけ村が作れるので、倫子も先に自分の村を持っている。お年玉でキューブを買って、そしてどうぶつの森+も買えば、そのまま移行出来るという塩梅である。西村と紫緒とえみりは一つのメモリーカードでやっている。全ての資源が独占できないのが倫子は嫌なので独立したのだが、一緒に住んでいると、それはそれで楽しい。まりあがやたらと手紙を書くので、紫緒やえみりもそれにつられていろいろと書いている様である。ちなみに姉は飽きたのかまだ家を作ってなかった。
「どうぶつの森+とスマブラとピクミンか…まあ、その三本買っておけば、当分は大丈夫か…」
しめて4万円の出費である。しかし、最初ハードを買うのがつらくても、一度買ってしまえば後はソフト自体は1本につき5千円ぐらいであるから、バイオハザードやらゼルダやら、絶対欲しいソフトがいくつか出るわけなので、お年玉で無理して買ってしまおうというわけなのである。
「高校生だと、親とおじいさんおばあさんぐらいしかくれないだろうから、4万円はいかないかもなあ…冬休みだけ、バイトでもしようかな…」
「倫子がバイト!? オレ様が一番で払うぞ! というか常連だじょ!」
「何故にオデン小僧の口調なのかしら…どうせ風俗のバイトとか言い出すんでしょ」
呆れた視線を送る倫子に、出っ張った腹を掻きながら佐藤は首を振る。
「ノンノン。コスプレ喫茶だよ」
「コスプレ喫茶!? そんなとこで私にウェイトレスをやれと!?」
「おうさ! 時期的に毎週土日はミニスカ・サンタDAYだね。普段はもちろんティファだ! もう、毎日指名入っちゃうね。オレ様も指名しちゃうね」
「指名が入るなら、喫茶店じゃなくてキャバクラじゃねえか」
パソコンをいじりながら池田がつぶやく。佐藤はそれを無視してノートPCを取り出した。ノートも自作という恐ろしい人である。まあ、ノートは自作といっても秋葉原の店で半分は組み立てられている、所謂ベアボーンだが。
「さてと、早速申し込まないと…」
「何がです?」
「もちろん、お前の応募に決まってるだろ」
佐藤はそう言いながら、嬉々としてAirH’を差しこむ。倫子は眉間に皺を寄せる。
「やりませんよ、そんなの…」
「WHAT?」
「だから、やりませんって」
「……」
「…そんな涙目で見ても嫌なものは嫌です!」
「ちくしょー!! オレ様の清純な心を弄びやがって!」
「いたっ!? なんで僕の頭殴るんですか?」
突然殴られた上岡が頭を抱える。佐藤は彼の襟首を掴んで激昂する。
「うるさいっ!! 倫子に襲いかかるとセクハラ禁止のこの作者だとティルトスラムだとか目からビームとか、その他色々酷い目にあうからテメエで我慢するんだよ!」
「…目からビームは出してないです」
半泣きの上岡を見て、まだ休み前にも関わらず冬休みの課題を始めているえみりが口を挟む。
「お兄ちゃん、そのぐらいにしとかないと後で大変よ?」
「…フンだ。どいつもこいつも人をコケにしやがって…こうなったらオレ様も片岡みたいに涙のFAでもするか…」
「どこにですか?」
倫子だけが呆れながらも突っ込んであげる。ソファーに仰け反って佐藤は鼻の頭を掻く。
「そうだな…いちご100%にするか」
「いちごパンツですか!? ていうかあれもパンチラだけじゃないですか、別に…」
「何を!? いちごパンツこそ男の浪漫!!」
「…はあ。部長、どうしますか?」
「ダハハ。オレ様の再契約金は高いぞ」
「いいよ。お前は乱丸XXXにでも移籍しとけ」
「ノーッ!? 全然萌えとらっっっっっん!!」
「じゃあ警視総監アサミで」
「セーラ服騎士かよっ!?」
「…部長、バカにしているのはわかりますが、ほとんどの読者がついてこれないような凄まじい例え方ですね…」
「お前みたいな奴は阪神にFAした山沖の様に一軍登板無しで引退してしまえ。こっちは別人材取るから」
パソコンから目を離さずに、徹底的に佐藤をこき下ろす池田。倫子はがっくりと首を垂れた。
「誰ですか?」
「どうせなら萌える妹にしてくれ。そしたらオレ様も残留するぞ」
「じゃあ、ステファニー・マクマホンだな」
「ス、ステフってWWEの!? ていうか確かに妹だけど萌えてない…」
「まあ、カバカバのゴミ溜め娘だからな…」
えみりが顔をしかめる。倫子も口を尖らせた。
「ちょっと、そういうのってセクハラですよ、部長」
「セクハラもクソも、全米のゴールデンタイムで発表された彼女のキャッチコピーじゃねえか」
「キャ、キャッチコピー…」
「倫子もそうすっか、ガハハ」
「何がです?」
ゲラゲラ笑う佐藤に、倫子がきっとした視線を見せる。佐藤は怯まない。
「だから、ガバガバの…グハッ!?」
倫子は黙ったままアックスボンバーで佐藤を吹き飛ばした。佐藤は大の字になって床に沈む。
「り、倫子…ソファーにすわったままその技を出すのは無理だぞ…」
「黙れ、この腐れ外道が…」
そうして夕方になり、部員たちは帰り支度を始めた。倫子は鞄を持つと、まだ作業をしている池田の横に行った。
「じゃあ、お先に失礼します」
「ああ。また明日な」
「…日曜じゃないですか。うちは日曜は休みですよね」
「朝7時に稲毛駅」
「…え?」
池田はそれ以上何も言わない。顔面を硬直させたまま、倫子はえみりに声をかけられるまで、そこに直立不動していた。
「……」
ベットの中でうつ伏せになったまま、倫子は起きていた。枕に顔を沈めて擦りつける。全然眠れない。
「…何のつもりかしら…ムチャは言うけど、冗談は言わない人だから…ああ、でもどこにつれていかれるのかわからない…」
やがてうとうとになり、6時の目覚ましで目が覚めた。服装はどうしようか。本当にどこにつれていかれるかわからないのでラフな格好でいいだろう。デートに行くような服を持っていないわけではないのだが、ジーパンにスニーカーで家を出た。途中のコンビニでパンとマッ缶を買って、バスに乗って稲毛駅に向かう。7時20分前。池田はまだいなかったので、バス亭のベンチにすわって彼を待った。
「…はやいな」
「え?」
女性の声に振り返ると、紫緒が立っていた。相変わらずのぶすっとした表情でそれ以上何も言わない。倫子は正面に振り返ると溜息を付いた。
「やっぱ神崎先輩付き…またオマケだよ…」
そのまましばらく待っていると、バスのロータリーに猛スピードで軽トラックが入ってきた。緑と黄色の、宅配便の車である。そして自分の前に急停止した。
「…ぶ、部長!?」
「よう、早いな」
「…なんでそんなの運転してるんですか?」
「俺はもう18歳だ。免許持っていて何が悪い?」
緑のツナギに帽子を被って、完全に仕事の格好だ。紫緒は黙って荷台に乗り込む。池田は近くの自販機に歩いていく。やっぱりマッ缶を買って戻ってきた。
「ほら、早くお前も乗れ」
「というか、状況が全く飲みこめていないんですけど…」
「バイトだよ。早く乗れ」
池田は運転席に乗ってしまう。倫子はどんよりとした顔でトラックを見つめる。
「バイトしようかなとは言ったけど、バイトするなんて一言も言っていないのに…」
倫子がトラックに乗ると、ゆっくりと走り出す。紫緒がツナギを倫子に渡す。
「結構汗かくから、下は何も着ないほうがいいぜ」
「は、はい…」
紫緒は薄いTシャツと下着だけの上にツナギを着る。帽子を被ると、完全にスタッフの服装だった。
「…何、じっと見てんだ?」
「いや…この小説始まって以来のセクシーシーンだったなあと…」
「…バカ言ってんじゃねえよ」
紫緒は軽く受け流すと助手席に行ってしまう。倫子も上着を脱いだ。
「ツナギなんか着るの、始めてだな…」
「ピヨ」
「は、はい!? まだ着替え中ますけど…」
「わかっとる。バックミラーに映ってるからな」
「えええっ!?」
倫子はさっと胸を隠す。池田は鼻で笑った。
「胸隠したって、見えてるのは背中の方だぞ」
「…酷い…」
荷物の影に隠れてツナギに着替える。池田は矢継ぎ早に声をかけてくる。
「終わったか?」
「まだ靴を履いていないですよ」
「帽子も忘れずに被れよ。さて、どっかにつかまれ」
「はい?」
「紫緒、例の奴を頼む」
「ああ…」
紫緒は何故かラジカセを取り出した。そしてスイッチを入れる。洋楽が流れてきた。
『YAHYAHYAHYAHYAH!!』
「オフスプリング? クレイジータクシー?…まさか!?」
ギュルルルンとエンジンがうねりを上げてクレイジーダッシュ。倫子はゴロリと荷台を転がった。
「た、助けて〜〜!!」
「毎度ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして倫子は立ち去る。とぼとぼと階段を降りてトラックに戻る。
「遅いぞ」
「…エレベーターの無い団地の5階に行ってきたんですよ。堪忍してください…」
「さて、コンビにに寄ってお昼でも買うか…」
「聞いてないよ、この人…」
近くにあったローソンの駐車場にトラックは入る。池田は車の中で留守番になり、倫子は紫緒と二人でコンビニに入る。紫緒は池田の分も買っているようだった。おにぎりばかり、いくつも買っている。
「神崎先輩の分はどれなんですか?」
「あん?…余った奴だよ」
「余り?」
「池田が選ばなかった奴ってことだよ」
そう言ってジュース売り場に行ってしまう。倫子は思わず唾を飲んだ。
「…け、献身的過ぎる…」
お昼時ということもあって長い行列が出来る。二人で並びながら、倫子は返事をされなくてもいいつもりで、小さい声で言ってみた。
「…部長と…付き合ってるんですか…」
「…そんなんじゃねえよ、オレは…」
振り返りもせず、紫緒も小さくそう言った。それは独り言のようで、自分に言い聞かせてもいるようで。紫緒は帽子のつばを深くした。
「…そういうお前はどうなんだ?」
「いや…別にそこまでは…」
自分でも、よくわけのわからない答え方だ。紫緒は、それには何も言わなかった。
夕方には、トラックの中が空になる。夕方や夜の荷物は、別のトラックが積んでいて、このトラックはコンビニを回ってその日の集荷を済ます。オフスプリングにノリノリの池田が、倫子に聞く。
「このまま集荷センターに行って終わりだが…どうする? 一緒に行けば取っ払いだが、明日で良ければ家の近くで降ろしてやるが?」
「ピンハネしないなら明日でいいです」
「ああ、わかった。着替えとけ」
荷物が朝より少ないので、池田や外に見えないように苦労しながらツナギを脱ぐ。そして家に近い国道で、赤信号で止まった。
「ここで良ければ急いで降りろ」
「は、はい! じゃあ、また明日…」
そう言って逃げるようにしてトラックから降りる。ふっと横を見ると信号は青だ。急いで扉を止めると、トラックはそのまま走り去った。もうすっかり日も暮れていた。
「…クリスマスも近いってのに、なにやってんだろうな、私…」
なんだかんだ言ってもお金は欲しい。いつもは遅い倫子も、その日は朝早く家を出た。途中のバスで空手の朝連に向かうさくらと一緒になった。
「あら、随分早いんですね」
「うん、今日はちょっと用事があってね…部長は?」
「兄上は家を出る前に起こして差し上げましたので、2度寝しなければ次の電車で来ると思いますわ」
「男は身支度が短くていいわよね。女は出掛ける一時間前には起きないと無理だもの」
「まあ、男性の方でも長い方はいらっしゃいますけどね…そうそう、倫子は、クリスマスの予定はどうなんですか?」
「クリスマス? 今のところは、別に…」
「じゃあ、予定が無かったら私の家に来てください。部活のみんなでパーティするので、倫子ももし良かったら…えみりも来る予定よ」
今のところは、とは言ったものの、予定の入る見込みなど無い。なんとなく気恥ずかしかったので曖昧にううんと答えたが、取り敢えずクリスマスの予定が出来たので少しほっとした。格技館に向かうさくらとは校門で別れて、倫子は特別校舎の七階にパソコン部室に向かう。高速エレベーターに乗り込む。扉を閉めようとすると、そこに人が駆けてきたので開延長ボタンを押す。
倫子は思わず息を飲んだ。入ってきたのは、物凄い美人だった。他に表現の言葉が思い浮かばない。ただ、ただ美人だと、その言葉しか頭に浮かんでこない。背は自分より少し高いぐらい。なのに明らかに自分より長い足。全体的にカールしたセミショート。少し気難しい顔をしたその顔は、余りに端正だった。自分は今まで生きてきて、姉より美人な人には会ったことが無かったが、この人は正直、姉より美人だった。
七階につく。その女性もそこで降りた。倫子も慌てて降りる。女性はカツカツと歩いていく。歩き方も美しい。そしてなんと、パソコン部室の前で立ち止まった。ノブをガチャガチャと回している。恐る恐る近付いて声をかけた。
「あの…何か御用でしょうか…」
「うん?…あなた、ここの部員?」
「は、はい…って…何?」
彼女はじろじろと自分を見ている。それこそ、頭のてっぺんから足先まで見ていた。そして右腕でぱっと髪を掻き上げた。
「失礼だけど、どなたかしら?」
「えっと…パソコン部員の、山内倫子です…」
「山内? 私の知っているここの山内さんとは違う顔ね」
「えっと…多分、それは姉だと思いますけど…」
すると彼女は目を丸くして驚いた顔を見せる。なんだか全てのリアクションがきびきびとしていて女優のようだ。
「妹? ふうん、妹さんか。…ところで、ここの部室は朝から開いていなかったかしら?」
「と、特に時間を決めているわけではないので、日によってバラバラです。今日は私が一番みたいですけど…」
「ふうん…それじゃお願いがあるのだけど…、…池田君が来たら私が来たって言っておいてくれる?」
「は、はい…」
「それじゃ、時間が無いので失礼するわ」
右手首に逆さにつけた腕時計を見ながら彼女はエレベーターホールに歩いていくと、スッとエレベーターに乗っていなくなる。しばらく呆然としていると、再び上がってきたエレベーターから彼女と入れ替わる様にえみりがやってくる。ボーとたっている自分を見て、かくんと首を曲げる。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもないわ…」
朝練には池田は来なかった。そして放課後、倫子はえみりと共に部室に向かう。
「倫子、今日さくらの家に来るのよね?」
「え?…明日じゃないの?」
「ううん、今日よ」
「さくら、クリスマスって言ってたけど…」
「ふふ…クリスマスに遊ぶって言ったら、普通はイブの夜でしょ?」
部室に入ると、佐藤がドリキャでカプエス2をやっていた。紫緒がつまらなそうにその横にすわっている。
「こんちわっす」
「うっ〜〜す」
倫子とえみりは並んですわる。えみりは英語の教科書を取り出し、倫子はテーブルの上のオーザックをつまみ始める。そのままの状態がしばらく続いた。倫子がぼそっとつぶやく。
「部長はまだですかね?」
「…今日は生徒会の会議があっから、今はそっちに出てるよ。…どうかしたのか?」
「いや、朝、お客さんが来てたんで…」
「…誰が?」
「えっと…あ…」
紫緒の問いかけに倫子は固まる。紫緒は片目を吊り上げて怪訝な顔になる。えみりも英語の課題の手を止めて倫子の顔を見た。
「…聞き忘れた…」
「…それじゃ意味ねえじゃねえか…どんな奴だよ」
「女性で…えっと…」
「上履きは何色だよ?」
「…確か緑だったような。そうすると三年生ですよね…」
「…全然覚えてないのか?」
「いや、凄い美人だったので、呆気に取られてしまって…」
「西田じゃないの?」
ゲームをやりながら佐藤がつぶやく。紫緒の体がビクッと震える。えみりも小首を傾げた。倫子がきょとんとしていると、佐藤が尋問を始める。
「髪はショートで前髪はカールしてたか?」
「ええ、そうですね…」
「んでもってGカップだったか?」
「…一度会っただけでどうやってバストサイズがわかるんですか…」
「いやいや、サイズはわからんよ。この作者、キャラのデータは身長とカップしか決めないから。だからお前の体重も未公表でゲス。グヒヒ…」
「別に太ってません。…でもまあ、そう言われてみれば大きかったような気も…」
「態度はでかかったか?」
「それは…まあ…はいというのはアレですけど…」
「胸と態度がでかいのは空手部のナームと西田だけだろう。名乗らないのがいかにも西田らしいんじゃねえか? 私の顔なんか知ってて当然よってか?」
「お兄ちゃん、あんま悪口言わないの…でも、西田先輩なら、今朝部室に来る時にエレベーターで擦れ違ったから、多分間違いないんと思うけど?」
「…えみり、知り合いなの?」
倫子のその言葉に、佐藤兄妹はきょとんとする。
「いや…知り合いではないけど、顔は知ってるから…誰だかわからないの? 西田亜弓さんじゃない」
「だから、誰だか知らないんだって…」
「お前、ミューズはわかるか?」
「石鹸がどうかしたんですか?」
「…うちの学校のミスコンだよ」
「ああ、そっちですか。全校で9人いる奴ですね」
まるでクイズに答えるような倫子の口ぶりに、佐藤はやれやれといった様子で首を振る。
「それのトップは誰だよ?」
「……あ…確か…に、西田?」
「西田亜弓だよな? 知ってるじゃねえか?」
しばしの沈黙。そして倫子は頭を抱えた。
「に、西田亜弓!? 確かグラビアアイドルもやってる山学一番の美人のあの人!?」
「…今更気付くなよ」
「だ、だって別にミューズったって、そう会うわけでもないし…」
「…お前、隣と前にすわってる奴、なんだと思ってるんだ?」
「え?…えみりと神崎先輩がなにか?」
「…二人ともミューズじゃないか」
「ええ!? いつのまに!?」
「しかも! 今まで出てきた池田和佳子と中井美樹と広瀬ナームもミューズだっ! つまり、お前がどんなにヒロインぶろうとも、この作品には少なくともお前より美人が6人いるんだよっ!」
「そ、そうだったのか!?」
「お前はこの作品で一番なのはその巨乳だけだ! お前にはそれしか取り柄が無いんだよっ! サービスシーンを躊躇している場合じゃねえんだよ!」
「い、いや…それは結構ですが」
「まったく、お前はだからいつまで経ってもギャクキャラのままなんだよ」
わけのわからないダメ出しを佐藤から受ける。そうこうしているうちに池田がやってきた。
「うっす」
そのまま自分のパソコンの前にすわる。倫子がソファーから声をかける。
「あの…西田さんが来てましたけど…」
「ふうん…」
「…ふうんって…それだけ?」
池田は本当に、それ以降はまるで無視しているかのように無反応。神崎は黙りこくり、えみりも押し黙ってしまった。
「…な、何?…この雰囲気は…」
クリスマス・イブの夜。一度帰宅し、稲毛海岸駅でえみりと待ち合わせる。そこから池田邸に向かった。
「そう言えば部長っているのかしら?」
「さくらは出掛けるって言ってたわよ」
「ふうん…」
神崎先輩なのだろうかとふと思いながらの道。池田邸は思いのほか近かった。かなり立派な作りの一軒家だ。呼び鈴を鳴らすと、しばらくしてさくらが扉を開けた。
「お待ちしてました。さあ、中に入ってください」
門を自分で開けて、玄関口まで行く。さくらは扉を開けたまま笑顔で待っていた。やっぱり着物だった。と言っても簡素な帯なので浴衣っぽい。料理をしているからなのか割烹着を着けていた。小学校の給食当番のような白ではなく、淡い桜色である。そこにひょっこりと、大きな物体が顔を出す。
「こら、グフ。駄目でしょ?」
「うわあ…犬だあ…」
玄関まで出てきたのは、白と茶色の大型犬だった。その場にしゃがみこんで頭を撫でる。ふかふかの毛が気持ちいい。グフはハアハアと激しく呼吸している。
「凄いなあ…セント・バーナード犬でしょ? これ」
「そうよ。ほら、グフ。中に入りなさい…」
さくらが腰のあたりを撫でると、グフはすたすたと居間に入っていく。倫子は追い掛けるようにして、リビングでグフの隣にすわって頭を撫でる。
「かわいい〜。でも、グフなんてモビルスーツの名前なのね…まあ、部長らしいといえばそれまでだけど…」
「え? グフ?」
「…そう呼んでなかった?」
「私はグスって呼んでんですよ」
さくらはにっこりと笑う。聞き間違えたようだが、しかしグスというのもなんか変な名前だ。
「なんでそんな名前なの?」
「本当は違う名前なんだけど、長いからどうしても略して呼んでしまうんですよ」
「本当の名前は?」
「グスタフ・アドルフですよ」
「…何それ?」
するとテーブルを片付けていたえみりが倫子の方を向いた。
「倫子、あなた世界史でしょ? そんなこと言っててセンター試験どうするの?」
「え?…歴史上の人物?」
「そうよ。ドイツ30年戦争のスウェーデンの国王じゃない?」
「…そもそもそれ自体がチンプンカンプンで…」
すると倫子の膝元を白い物体が通り過ぎた。倫子がびくっとする立ち止まる。
「ね、猫?」
白毛に黒の模様が不規則に入っている。まだ子猫だ。倫子を見上げてミャアと泣いた。左手はグスタフにかけたまま、右手を伸ばす。子猫はぐてっと板間に寝っ転がると、白い腹を倫子に見せてぐねぐねと暴れている。その腹を倫子が撫でてやると、ますますごろごろと板間を転がった。
「か、かわいい…」
「マザラン、おいたしちゃ駄目ですよ?」
「ミャミャ!」
マザランは一気に飛び上がると廊下の方に飛び出していく。気になった倫子が歩いていくと、階段の麓にマザランと同じ色の、しかし大きな猫がすわっていた。マザランはその近くでバタバタと転がっている。キッチンの方からさくらの声が聞こえてくる。
「マザランはまだ子猫だから暴れてしょうがないんですよ。リシュリューはもう大人しいんですけどね…」
「なんかまた、聞いたことがあるような、ないような名前だし…」
「おい」
その声に振り返る。そして下を見る。ちっちゃい男の子が、料理の皿を持って自分を見上げていた。くりくりの目がかわいい。ぶすっとしたその顔は、部長がそのまま小さくなったような感じだ。
「…弟?」
「邪魔だよ、デカパイ」
「ななっ!?」
「…ったく…」
その子は倫子を迂回してリビングの方に入っていく。そしてまた自分の横を通ってキッチンへ入る。
「…間違いなく、部長の弟だわ…」
やがて空手部の面々も集まってきてパーティになる。テレビにはeカラが繋げられて、ナームがずっと熱唱していた。男子は部長の弟、達也とナームの彼氏らしい中井雄弌しかいなかった。達也はせわしなくフライドチキンやサラダなどをキッチンから運んできている。雄弌はソファーにすわって所在無さげにぼーとしていた。倫子は近寄ってきたマザランを抱き抱える。
「ウフフ…かわいいなあ〜」
「そんなに好きなら飼えばいいのに…」
「うちは団地だもの。無理よ」
「うちもこの子の兄弟もらったのよ。おかげで今は3匹だわ。うちはもう、去勢しているから子供産まないけど…」
「去勢?」
「…辞書引いて。さくらの家は完全に家飼いだから去勢していないのよね…」
「ああん、やっぱ一軒家はいいわよね。動物は飼えるし、カラオケやっても近所からうるさいとも言われないし…」
「まあ、可愛いのは子猫のうちだけだけどね…」
そうこうしているうちにお開きとなった。道路に出た後、倫子はさくらの方に振り返る。
「私、直接帰るわ」
「あら、道わかるの?」
「大通り出れば稲毛駅着くんでしょ? えみりの家、方向逆なのに付き合わせちゃ悪いしね…」
「そう…じゃあまた来年ね」
「うん、じゃあね…」
倫子は一人で歩き出す。池田の家は一軒家の密集地に建っていた。すぐ横に広い公園がある。そこを通り過ぎながら倫子は夜空を見上げる。
「ふう…つまらないわけじゃないけど、なんてことのないイヴだったわね…今年一年がそうだけど…」
「バカッ!」
突然の叫び声に倫子はびくっと立ち止まる。女性の叫び声だ。辺りをきょろきょろしていると、左手の道から人が走ってくる。そし自分の前を通り過ぎた。
「あ、あれって…西田亜弓?」
突然のことに呆然とする。ふと左手を見ると、池田が公園を横切っていた。
「ええ?…偶然?…いや、でも、今朝探していたし…」
「ただいま〜」
倫子は自宅に付く。猫と戯れて少し癒されたのに、なんだか気分が盛り下がってしまった。節目がちに居間に入っていき、そこで意外なものを目にして倫子はびくっと震えた。
「…どうかしたの?」
「姉さん、なんでいるの?」
「変なこというのね。自分の家にいるだけなのに…」
律子はそういって笑っている。それでも自分を馬鹿にしているような顔だが。母親はキッチンで洗い物をしていて、父はお風呂に入っているようだ。
「クリスマスなのに、出掛けてないの?」
「もう帰ってきたのよ」
「はあ…」
コートを脱いで椅子に腰掛ける。律子が食べていたクッキーに手を伸ばす。
「何か言いたげね?」
「いや、だとしてもこんなに早く帰ってくるのは珍しいなあって…」
「ラブホが満員だったのよ」
ぶほっとクッキーを吐き出す。律子はちょうどテーブルにおいてあった台布巾で粉片を拭き取る。
「もう、汚いわね…半分冗談よ」
「は、半分なのね…」
「誘おうかなあとは思ったんだけど…道歩いていて二軒程あったけど、満員だったわね」
「はあ…変わった彼氏ね…」
「あら、彼氏じゃないわよ」
「ほえ? 姉さんも今フリー?」
「そうよ。三日前からね」
「…それはまた微妙な時期に別れたのね…」
「まったく、イブは俺んちに来いなんて、要はホテルの予約が取れなかっただけのくせにね。まったく、話にならないわよね…」
「…はあ」
「しょうがないから部長に飯おごらせたのよ」
「ぶ、ぶちょ!…ゴホッ!」
倫子は再び蒸せる。律子は再びテーブルを拭いた。
「何よ、もう。いい加減にしなさいよ」
「だ、だって…今晩、部長といたの?」
「疑われるようなこというのやめてよね。五時から八時なんて夕方じゃない?」
「ま、まあ、そうだけど…部長、誘おうとしたのかよ…」
「正直、あんま面白くなかったけどね。途中まで佐藤先輩いたし」
「ふうん、みんなで遊んでたのか…」
「というか、部長と佐藤先輩が遊んでいるのを私が見てて、それが終わった後に部長と御飯食べてそれで終わりよ」
「…ゲーセンでも行ったの?」
「違うわよ。知りたい?」
「え?…いや、まあ…」
すると律子はあやしい笑みを浮かべながらあごをしゃくった。
「部屋に戻ればわかるわよ」
「…はあ。じゃあ、早速見てくるわ」
そう言って自分の部屋に戻る。3DKに住んでいて、それぞれ両親・姉・自分の部屋だ。入り口に見覚えのない宅急便の箱が置いてあった。開けるが何も入っていない。宛先は秋葉原のお店発、この家だった。三日前発・本日着で送られている。
「…なんでこんな物が?」
電気を付けるが、特に変わった様子はない。倫子はダイニングの方に叫ぶ。
「姉さん、別になんともないけど?」
「そのうちわかるから、いつも通りにしなさい。ふふふ…」
わけがわからないが、取り敢えず服を着替えた。テレビをつける。どうぶつの森をやる。別に普通だ。一通り終わったのでPCの電源をつけた。
その時、部屋の中に轟音がこだまする。慌てふためきながら倫子はPCに手を触れる。激しい振動を起こしていた。
「な、何!? パソコンの中から爆音が…こ、壊れたの? ええっ!? もう起動している?」
いつもは起動するのに5分はかかるのだが、何故かもうデスクトップ画面になっていた。困った時はデバイスマネージャーを開けと部長から教わっているので、取り敢えずマイコンピューターのプロパティを開いた。
「ななな!? CPUがペンティアム3 1BGHZ!? セレロンのはずなのに何故!?」
もう一度PCを触る。すると、横蓋がばたりと倒れた。
「ね、ネジ止めしているのに何故…ああっ!?」
中でファンが回っていた。自分のPCはヒートシンクだから基本的にHDDの音しかしないので静かなのだ。それがファンが中で回っている。それも巨大なものが爆音を上げながらである。しかもグラフィックボードにもファンが付いていた。グラフィックボードもヒートシンクだったのにである。つまりPCの中にファンが2個増えているわけだから、それはうるさいはずである。
「…ただの嫌がらせ? でも、だったら何故ペンティアム3…あれ?」
そこでデスクトップにreadmeファイルがあるのに気付く。倫子はそれを開いた。
『ペンティアム3は佐藤のお下がり。
GeForce2MXは俺のお下がりです』
池田の文章のようだ。文章を作る時は丁寧語になるのでそれが少しくすぐったい。
「…よ、要するに…姉さんが三日前に部長にクリスマス遊ぼうと言って、部長が佐藤先輩誘って私のPC勝手に改造して姉さんはそれを見ていて、その後部長と姉さんは食事したと、そういうこと?…でも、二つともお下がりならあの宅急便の箱はなんなのかしら?…またわけのわからないものつけられているのかしら?」
プログラムを開いてみるが、特に新しいソフトなどは入っていない。デバイスマネージャーの項目も増えていなかった。そこで倫子はふと気付く。
「待って…そもそも私のマザーボードって、ペンティアム3なんか動かないでしょ?」
まさかマザーボードごと交換したのだろうか? いくらギャグでも一万円もするような買い物をするのはちょっと疑ってしまう。しかし、箱の中身をよく見てみるが、特に変わった様子はない。
「でも、マザーボートなんて私には判別出来ないからなあ…やっぱ交換してるのかしら?…あ、ファイルに続きがあるわ…」
倫子はreadmeファイルをスクロールさせる。そして目を疑った。
『CPUはゲタを付けておきました。巨大ファンも一緒に取り寄せたので大丈夫だとは思いますが、
例によって火を吹いても当方は責任を負わないのでそのつもりで。
部長より愛をこめて…』
そうして倫子は後ろへと引っ繰り返るのであった。
「へ、変換アダプターの人体実験かよ…か、彼女?すっぽかしてまでやることなの…」
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2002.9.30